第149話 ミラーマッチ

「さて、そんなこんなで深淵第3層まで降りてきましたけど……」


 深淵第2層ボス討伐から間を置かず降り立った第3階層で、カリンが浮遊カメラと一緒に周囲をキョロキョロと見回す。


「こちらも第2層と同じで普通の岩窟タイプのようですわね。さすがに今日の配信は長くなっちゃってますし、もっと違う環境のほうが見栄えも変わって助かったんですけど」



〝見栄えは草〟

〝とっくにわかっちゃいたけどこのお嬢様深淵のこと舐め腐ってておハーブ〟

〝まあ舐め腐るのもわかるわっていう攻略を散々見せつけられましたしお寿司……〟

〝カゼナリ装備してるとはいえ未だにドレスの時点でいまさらスギィ!〟

〝どんな環境でも適応可能なエイリアンお嬢様だからな……〟

〝しかしまあ環境が普通だからって油断できんのは2層でわかってましてよ!〟

〝もうこのお嬢様なら大丈夫だと思いますけど気をつけてくださいまし!〟

〝引き続き命大事にですわよー!〟


 

「もちろんですわ! これまでどおりお優雅にいけるよう務めますの!」


 視聴者の心配にも(なんだか少しズレている部分はあるが)応え、カリンは深淵3層を進んでいった。




 そうして始まった深淵第3層攻略は順調そのものだった。


「キュイイイイイイイイイイイ!?」

「グギャアアアアアアアアアアアッ!?」



 アルマジロ、未来視のサメ、普通に陸上でも活動しているクラーケン……スタンピードもかくやという勢いで多くの深淵モンスターが出てくるのだが、そのすべてがこれまでカリンが倒した既存モンスター。


 第2層ボス撃破からカゼナリ状態を継続していたカリンの敵ではなく、一方的な戦いが続いていたのである。



〝おいおい瞬ころだよ〟

〝いやもう比喩でもなんでもなく瞬殺なんだよね怖くない?〟

〝もう倒し方は地上に伝えたしモタついてらんねーですわという声が拳から聞こえる……〟

〝あの、ここ深淵ですよね? 中層とかじゃないですよね?〟

〝お嬢様の攻略見てたら感覚おかしなるで〟

〝カゼナリのヤバさはわかってたけど改めてガチでやべぇなこれ……〟

〝この装備と普通にやりあってたシャリーさんじゅうよんさいはなんなんですの……?〟

〝カリンお嬢様が暴れれば暴れるほど自動的に株があがっていく自称14歳〟

〝なにがヤバいってこんだけの魔法装備で暴れ倒して魔力切れも起こさず平気な顔してるカリンお嬢様本体が一番ヤバい〟

〝マジでこのままノンストップかつ無傷で3層も突破しちゃいそうなんだが!?〟

〝最強最強お嬢様! 人外魔境のお嬢様!〟



(うんうん、皆様の反応もいい感じですわね!)


 深淵を深遠とは思えないほどサクサク進んでいく攻略に配信も引き続き盛り上がっており、テロの不安を払拭するという目的も順調に進みつつある様子にカリンはアルマジロを貫きながら満足げに頷く。さすがにそろそろお優雅配信も難しくなりそうだと覚悟していただけに、そういう意味でも悪くない展開だ。


 とはいえ、


( 第3層が既存モンスター様だけなわけありませんの。今回の配信は万が一ダンジョンが崩壊してしまった場合に備えてモンスター様の情報を地上に届けるためという意味合いもありますし、ボス部屋に到着しちゃう前に新顔モンスター様とも遭遇しておきたいですわね)


 とカリンがそんなことを思いながら引き続き深淵モンスターたちを蹴散らしていたそのときだった。


 その危機感に欠ける希望に応えてやるとばかり――範囲を広げていたカリンの感知に妙な気配が引っかかったのは。


「……ん? なんでしょうこれ……?」


 それはまるで、いきなり巨大な気配が膨れ上がったかのような――。


「なんか深淵ボスみたいな気配のモンスター様がいきなり現れてこっち来てますわね?」



〝え?〟

〝は?〟

〝は?〟



 カリンがぼそりと呟いたあり得ない言葉に視聴者たちが聞き間違いか? と短いコメントを打ち込みだした直後――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!?」」」



〝は!?〟

〝なんだ!?〟

〝あ!? サメさんが消えた!?〟

〝いきなりなんですの!?〟

〝なんだこの爆風!? いや衝撃波!?〟

〝なにが起きてんの!?〟

〝え、ちょ、サメさんたち死んでね!?〟 



 突然の暴風と破砕音、そしていつの間にか死んでいたモンスターたちにコメント欄が驚愕に染まる。


「……!」


 ろくに丸まってすらいないアルマジロが通路の奥から何者かの手により〝投擲〟され、2匹の未来視サメが避けきれない速度で激突。アルマジロを含めた3体全員がダンジョン壁に叩きつけられて絶命した――と、その投擲を当然のように避けていたカリンが一連の出来事を正確に認識すると同時、


「「キュイイイイイイイイイイイイ!!」」


 突如同胞たちが殺されたことに殺意を滾らせた残りのアルマジロたちがカリンへの攻撃をやめ、丸まった状態で通路の暗がりへと突っ込んでいく。だが――ズボォ!!


「「ギュイイイイイッ!?」」


 響くのはアルマジロたちが仇を討つ音ではなく、返り討ちに遭ったことを示す悲鳴。

 そしてカリンと浮遊カメラがその暗がりに視線を向けていれば、


「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「……あなたが先ほどの気配の正体のようですわね」


 暗がりから姿を現したのは、全身を銀の毛で覆われた大猿だった。

 体長は4メートルほどとアルマジロより少し大きいくらいだが――印象としてはそれよりもかなりでかい。


 体毛の上からでもわかる筋肉や身体の分厚さが尋常ではないのだ。

 

 逆立つ体毛はまるでライオンのようであり、筋骨隆々のガタイとあわせて〝銀獅子〟と呼んで差し支えない威風を纏っている。凶暴性が具現化したような相貌とあわせ、画面越しですら目をそらせない存在感を放っていた。

 

 だがなにより目を引くのは体躯以上に――その野太い腕の先端。

 そこには先ほど仇討ちに向かった完全防御形態のアルマジロが甲殻の継ぎ目を貫かれ絶命していたのである。



〝は!? なんだこいつ!?〟

〝なんかヤベェやつ出てきた!?〟

〝んん!? ちょっと待てなんだこのフィストファ〇クゴリラ!?〟

〝あれ!? こいつお嬢様と同じことしてない!?〟

〝継ぎ目に指突っ込んでアルマジロの甲殻ぶち抜いてる!?〟



 その異常性に視聴者たちが気づいた刹那、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 戦闘開始とばかり、獅子が先ほどと同様凄まじい速度でアルマジロを投擲した。

 

 だがそれはカリンを直接狙ったものではなく――ドッゴオオオオオオオン!


 カリンの手前。ダンジョン壁の地面に着弾したアルマジロがダンジョン壁を砕き、その破片が散弾銃のようにカリンを襲う。

 

 無論カリンはそれを回避するのだが、直後。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「!」


回避行動を取ったカリンの眼前に、その巨大な拳が瞬間移動のごとき速度で迫っていた。


 常時展開の感知でそれを察していたカリンは、カゼナリの機動力と反応速度向上によりそれもギリギリ回避する。


が……カリンをかすめたその攻撃は決して不意打ちによって生み出された一撃限りのものなどではなかった。


「オロロロロロロロロロロ!!」

「――!」


 身に纏う莫大な魔力と筋肉を爆発させるように暴れ回る大猿の両腕が、常人どころかベテラン冒険者にすら視認不能の速度でカリンを襲う。その速度はこれまでの深淵モンスターと比べても異次元。


 腕を振るっただけで生じる爆風が周囲に転がるモンスターたちの残骸を吹き飛ばし、カゼナリの風操作さえ貫通しかける。


 その拳は無数の刀剣で襲いかかってきた第2層ボスよりも確実にカリンの命に近い部分をかすめており、一瞬でも気を抜けばクリーンヒットは確実と断言できた。


「なるほどこれは――」


 その凄まじい身体能力から繰り出される連撃を回避し続けていたカリンが拳を握る。

 そして今度はこちらからとばかり、カゼナリの補助を受けた必殺の一撃を叩き込んだ。


 直後――、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ゴギイイイイイイイイイイイッ!!


 カリンの攻撃速度に完全対応し、真っ向勝負とばかりに合わせてきたのだ。


 しかもその激突でカリンの拳はもちろん銀獅子の拳にもダメージらしいダメージがなく、発生した衝撃波が大気を揺らす。



〝は!?〟

〝なんだ!?〟

〝え!?〟



「どりゃあああああああああ! ですわああああああああ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 拮抗した拳を引き、カリンがその場に留まってさらに連続で拳を叩き込む。


 だが銀獅子はそれにも対応。


 ゴギギギギギギギイイイイイイイン!!


 カゼナリ状態で常のドレス姿より遥かに速度も威力も上がった拳――それも電撃を纏う拳と平気な顔で打ち合い、轟音を響かせカリンとまったく対等に殴り合う!


 無数に繰り出される拳のすべてが真正面から激突しまくり、鈍い音とともにダンジョンを震撼させた。



〝なんだあああああああああ!?〟

〝いきなり消えたお嬢様とゴリラがようやく見えるようになったと思ったらなんか殴り合ってる!?〟

〝おいれこ両方腕が消えてるんだが聞こえる轟音的に拳打ち合わせてんのか!?〟

〝はあ!? なんだこいつカゼナリ装備お嬢様と互角に殴り合ってんの!?〟

〝なんやこのフィジカルゴリラ!?〟

〝ゴリラミラーマッチやんけ!?〟

〝ミラーマッチは草草の草ァ!〟

〝いやこれ笑い事じゃねえんだが!?〟

〝マジでなんなのこいつ!?〟

〝カゼナリ装備お嬢様と殴り合い成立してんのヤバすぎじゃねえか!?〟

〝カゼナリは空間魔法ボスにも追いついて一方的にボコってたヤベー形態だぞ!?〟

〝なんで殴り合えてんだこのゴリラ!?〟

〝い、いやでもお嬢様にはまだ手がありましてよ!?〟



「――しっ!」


 動揺する視聴者たちの声に応えるようにカリンが動きを変える。


 憧れの鬼龍院刹那のようなお嬢様探索者となるためにカリンが磨き上げてきたものは単なる身体能力だけにあらず。見切りの力に光姫経由で習った武道の技術や知識もあわせ、ただの力比べは終わりとばかりにフェイントなども駆使して大猿へ拳を叩き込んだ。


 ゴギャアアアアアアアアアアアア!


 鍛え抜いた拳が銀獅子の防御を超えてその体躯に叩き込まれる。

 だが、


「――っ!! グ、ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 拳を叩き込まれてなお、銀獅子は健在だった。

 口から血と苦悶を漏らすもダメージはそれだけ。

その場から吹き飛ぶことすらなく、これまで通りにカリンへ拳を放ってくるのだ。


 しかもそれはアルマジロのように回転と甲殻のコンボで防いだわけでも、インセクトウォーリアーインパクトのように特殊能力で凌いだわけでもない。


 ただただシンプルに、異常な魔力と筋肉で覆われた身体の頑強さでもってカリンの拳に耐えていたのである。



〝 はああああああああああああああああああ!?〟

〝おいいま何発かお嬢様の攻撃通ったんじゃねえの!?〟

〝なんだこいつ!? 速度や膂力特化とかじゃなくてお嬢様の拳まで効いてねえの!?〟

〝なんだ!? 能力!?〟

〝虫さんと同じ衝撃吸収とか電撃無効とかありますの!?〟

〝いやこれ……微妙にダメージ通ってるし能力とかじゃなくて素で耐えてましてよ!?〟

〝ギミックとか能力じゃなくて普通に耐えてんの!?〟

〝完全無効化ならギミック疑うけど微妙にダメージ入ってると逆に絶望が深まるやつじゃん!?〟

〝一方的にダメージ入れられるならいちおう倒せそうではあるけど……アルマジロとは比べものにならんしこれが通常モンスってヤバくねえか!?〟

〝さっきまでの楽勝ムードが一気に風向き変わったんだが!?〟

〝武器使ったほうが……と思ったけど一番繊細かつ高速で戦える拳でこれだから厳しいか!?〟

〝いちおうカリンお嬢様ノーダメ継続とはいえこれは……〟

〝深淵ヤバすぎじゃねえ!?〟

〝いや限度があるだろ! さすがにこれが通常モンスはありえねぇですわよ!?〟

〝てかさっきお嬢様が深淵ボス級がどうこう言ってたけどマジでそのレベルじゃねえのこのゴリラ!?〟

〝深淵のパワーバランスが崩れる!〟

〝さすがに速度と力だけじゃなくて耐久までこれはおかしいだろ!〟



 深淵ということを差し引いても異常すぎる敵の強さに視聴者たちを動揺と驚愕が襲い、呆気にとられている者が多いのかむしろコメント欄の動きが遅くなる。そんななか、



¥10000 @Captain pizza

妙だな……確かにそのゴリラはマッチョなクソ野郎だが真に厄介なのは集団連携のはず

1匹でここまで強いはずがないんだが


¥10000 

俺のサイドエフェクトが囁いてるんだが……なにか妙な気配がするぞお嬢様!



〝サイエフェ兄貴にピザ兄貴!?〟

〝おいこのピザ様さっきからマジでなんかヤバい情報書き込みまくってませんこと!?〟

〝え、つまりこれまさかなにかのイレギュラー!?〟

〝言われてみればどう考えてもおかしいし……〟

〝おいおいこれまさか深淵の強化種とかそういうことなのか!?〟

〝深淵の強化種とかヤバすぎでは!?〟

〝いやでも強化種ならそれ1体倒せばどうにか……〟


 

 と、そのあまりにも強すぎる通常モンスター銀獅子にそんな仮説が飛び交うのだが、


「いえ」


 こんな状況でも一瞬だけコメント欄をチラ見していたカリンがその説を否定した。


「これはイレギュラーとかではなさそうですわ」


 呟くと同時にカリンは戦闘開始時からずっと感じ取っていたその気配のするほうへ鋭い視線を向けて――ドッゴオオオオオオオオオオオオオン!


 銀獅子との戦闘の巻き添えでヒビの入っていたダンジョン壁。

隣の通路に繋がる比較的薄いソレをカリンが戦闘の最中に殴り飛ばしたところ、


「「「「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!!」」」」


 ――その異常な強さを持つ銀獅子が唯一特別な1体イレギュラーだったらどれだけマシだったか。


 露わになった通路の先で蠢いていたいたのは、無数の小柄な影。

 杖を構えて銀獅子になにか〝力〟を送り込んでいるような素振りを見せるピエロ型のモンスターたちが、「これがこの階層の普通だ」とばかり、カリンを嘲笑う醜悪な鳴き声を響かせていた。


――――――――――――――――――――――

というところで申し訳ないのですが、以前から告知していたように色々不安定なのもあって次回はちょっと更新お休みですわ…!(ほかシリーズに集中しないとなのと、また周辺環境の変動で体調が不安定で 汗)

短い文字数で週2更新したりそこそこの文字数で週1更新になったりと更新タイミングがバラつきそうなので、更新を見逃さないよう作品フォローしておいていただけると見逃しが減ると思われますわ…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る