第145話 仕返し


 深淵第2層に出現した溶岩魔人。 

 その弱点は水や氷などによって熱を奪われると体が固まってしまうことで、その状態で砕かれると通常の無敵ぶりが嘘のようにあっさりと討伐できてしまう。

 

 ただその体躯が内包する熱量は凄まじく、ちょっとやそっとの水で冷え固まるものではない。むしろ中途半端な水をかければ通路全体に高温の蒸気が溢れ、視界を制限されたり肺にダメージがいくなど、逆にこちらの首を絞めることになる。深淵にふさわしい理不尽なまでの力を有していた。


 だが――そのとき深淵通路に解き放たれた水塊は、どう考えても生半可な量ではなかった。


 ドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオ!!


 カリンがアイテムボックスから一気に放出した激流はまさに天災。

 

 水に突如高温の物体が触れたことで水蒸気爆発が発生するのだが、それすら飲み込み押し流す量の理不尽な水塊が溶岩魔人たちを蹂躙。内包する熱を一気に奪って凝固させると同時に押し流してバラバラに粉砕する。


「おお! 倒した瞬間が皆様に伝わりにくいのがちょっとアレですけど……無事に討伐できましたわね!」


 いつの間にか展開していた〈魔龍鎧装・逆波〉で水を操り溶岩魔人の残骸を(ドロップアイテムではない死骸を討伐証明として)回収したカリンが明るい声をあげれば、爆発するのはコメント欄だ。



〝うわあああああああああ!? やっぱりやりやがったあああああああああ!?〟

〝なんだこの水!? ってこれさっきボス部屋で全回収したやつか!?〟

〝うわマジかそういうこと!?〟

〝そういや水捨ててないなと思ったらなんかめっちゃ有効活用してるううう!?〟

〝再利用がすぎませんこと!?〟

〝世界で一番殺意に溢れたSDGs!〟

〝水蒸気爆発起きて危なくない!? って思ってたらそれすら押し流す&お嬢様が普通にバックダッシュや風の操作で避けててなんかもう意味わかんねーですわ!?〟

〝おいおいおいおい!?〟

〝なんだこの人工災害!?〟

〝いやてか、お嬢様水放出しすぎでは……?〟

〝お嬢様やめて! 溶岩さんもう死んでる!〟

〝え、ちょ、これいつまで放出し続けるんですの!?〟



 とカリンの解き放った水害に多くのコメントが流れていくのだが――その間もアイテムボックスから放出される激流の勢いは衰えない。それどころかさらに勢いを増して深淵第2層にぶちまけられる。


 それというのも、


「なんかこのフロア、モンスター様の種類がかなり少ないですわね。アルマジロ様と溶岩様だけみたいですし……だったらあとはもうダレるだけですし、このまま一気にいっちゃいますわ!」


 とカリンは第2階層にはもう見所がなさそうだと判断。

 アイテムボックスの容量を無駄に圧迫していた水の放出も兼ねて、第2層すべてを邪魔なモンスターごと水没させることに決めたのだ。


 階層すべてを埋め尽くすような激流はカリンにも害を及ぼしそうなものだが、


「どんぶらこですわ~」


 先ほど練習していた〈魔龍鎧装・逆波〉の水流操作能力を使えば水に飲まれるどころかドレスが濡れることすらない。

 

 極めて流れの早い地下水路と化した岩窟内で当然のように水面に立ち、涼しい顔で激流に乗ってダンジョンを進み始めた。


 もはや非常識という言葉すら生ぬるい所業にコメント欄は再び大騒ぎである。



〝いやいやいやいや!?〟

〝待て待て待て待て!〟

〝深層を炎で埋め尽くしたと思ったら今度は水没ですの!?〟

〝これダンジョンギミックとかではなくマジでお嬢様がさっきの水全部放出してんのか!?〟

〝なにが起きてるのかは理解できるのにまったく理解できない絵面やめろですわ!?〟

〝このお嬢様ダンジョンをさくさく進むためだけにワンフロア水没させはじめたんだが??????〟

〝やってることがもう邪神とかの類なんよ〟

〝水の邪神……クトゥルフかな?〟

〝どんぶらこじゃねえんだよなぁ!?〟

〝なみのりお嬢様!?〟

〝わかっちゃいたけど収納してた水量どんだけですの!?〟

〝あのこれ……都市部で解放したらそれだけで〝終わり〟ですわよね……?〟

〝これもうテロリストよりテロリストしてるだろ〟

〝テロリストの才能を超えた才能〟

〝お嬢様のアイテムボックス所持と量産未遂が判明したときにネットが大騒ぎになった理由isまさにこれ〟

〝いつでも人造水害発生可能とか怖すぎんだろうがよえー!?〟

〝やっぱこれ量産しちゃあかんやつだって!!〟

〝なあこれ万が一〈神匠〉製アイテムが誰でも使えるようになったらマジで個人が核所有可能レベルで世界のバランス崩れませんこと……?〟

〝それ以前にお嬢様単体でバランス崩れてるからセーフ!〟


〝てかさっきからアルマジロ様たちが水攻めでめちゃくちゃ一方的にやられまくってるじゃねーか!?〟

〝息しようと水面に顔出したアルマジロがことごとく殴り殺されてるのほんまおハーブ(震え声)〟

〝水面から顔出したアザラシ狩るときの白クマやんけ!〟

〝岩窟水没で自慢の機動力と回転が完全に殺されてる……〟

〝先ほどの深淵第1層で理不尽水没ステージに挑むことになったカリンお嬢様からダンジョンモンスターへの仕返しですわね!〟

〝アルマジロ「八つ当たりやめろや!」〟

〝深淵第1層モンスター「そもそも理不尽な目に遭ったのは俺らなんだが??」〟

〝あーもう無茶苦茶だよ〟

〝マジで一切の誇張なく無茶苦茶な攻略なんだよね怖くない?〟

〝い ま さ ら〟

〝このお嬢様むしろ無茶苦茶じゃないときがないだろ!?〟

〝四条光姫:このお嬢様の頭おかしい無茶苦茶っぷりが私を狂わせる……!〟

〝自覚があってえらいね〟

〝おハーブ〟



 と、コメントでも指摘されているように、カリンは時折水面から息をするために顔を出すアルマジロを一方的に粉砕。


 時折、水没した通路内でも賢明に戦おうとする根性あるアルマジロもいるのだが、


「とろいですわ!」


「ブギャアアアアアアアア!?」


 通路は天井近くまで水で満ちているうえに、水のなかでは摩擦で回転の勢いも著しく減退。そんな低速ではカリンにとって止まっているも同然であり、当たり前のように甲殻の継ぎ目をこじ開けられてアルマジロは水中に没していく。


 そして溶岩魔人の末路は言うに及ばず。

 あちこちで発生した水蒸気爆発にアルマジロたちが巻き込まれるような轟音も響くなか、カリンは激流に乗ってお優雅にダンジョン内を進んでいき、


「つきましたわー! 深淵第2層のボス部屋ですの!」



〝えぇ……〟

〝お、おう……〟

〝深淵第2層……お前はよくやったよ……〟

〝どう考えても未成年が対テロのために無傷ソロで深淵第2層踏破した空気感じゃなくて草〟



 ドン引きするコメント欄もどこ吹く風。カリンはまた溶岩魔人が現れたときに備えて通路に満ちる水の一部を再回収しつつ、当然のような顔をして深淵第2層ボス部屋に到着していた。


―――――――――――――――――――――――――

分割文字数

そして既存のアイテムや身体能力だけで手の内をなかなか見せてくれないお嬢様

ちなみに通路に満ちた水は放っておいてもダンジョンの自己修復(?)の一環としてどこかに回収or放出されていくようですわね



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