第144話 解放


〝は!?〟

〝え!?〟

〝なんだ!?〟


 

 コメント欄に驚愕が流れていく。


 それまでカリンの拳はもちろん、あらゆる魔法装備攻撃を完璧に弾き受け流していた猛回転するアルマジロの甲殻に、カリンの貫手が真横から突き刺さっていたのだ。



〝なんで!?〟

〝さっきまでパイルバンカーやデスワームちゃんも弾いてたはずなんだが!?〟

〝え、なにこれいつの間にか新装備使ってる!?〟



「いえいえ、そんな大げさな話ではありませんわ」


 回転にあわせてぐるぐる腕を回しながら減速をかけたカリンの腕力によってアルマジロの超回転も完全停止。「グ、ガ……!?」と声を漏らす深淵モンスターを串刺し状態で軽々と掲げながら、カリンはコメント欄の声に首を振る。


 一体なにをしたのかといえば……体を丸めて猛回転する甲殻の〝継ぎ目〟に寸分の狂いなく貫手を叩き込んだのだ。


「一度体を丸めてしまえばぴたりと閉じた甲殻と回転に全身を守られて鉄壁に見えますけど、身体を丸めた際の継ぎ目部分に若干綻びがあったようですの。さすがに最初はちょっと目視も厳しかったんですが……目が慣れてしまえばその継ぎ目に攻撃があたるのを避けてるのがはっきり見てとれましたわ。なので「ああそこが弱いんですのね」と貫かせていただいたのですわ! 予想通りいけましたわね!」


 とカリンはアルマジロの攻略法を解説。


 そして一度隙間をこじ開け回転が止まった状態になってしまえば鉄壁の甲殻も取るに足らないとばかり、もう片方の手でドドドドドドドドド! 


「グギイイイイイイイイイイイッ!?」


 串刺し状態で身動きの取れなくなったアルマジロの甲殻の隙間から指先を叩き込みまくる。



〝えええええええええええええええ!?〟

〝え、ちょっ、つまりスロットマシーンの目押しレベル1万をいまこの場でやった……ってコト!?〟

〝動体視力どうなってんだよ!?〟

〝どんだけですの!?〟

〝このお嬢様マジでなんなの!?〟

〝いや継ぎ目が脆弱ってほとんど隙間らしい隙間なかったのになんで手刀が突き刺さりますの!?〟

〝拳でダンジョン壁砕くお嬢様の手刀だし……〟

〝てゆーかなんで素手でやってんだよ!? こういうときこそ刀では!?〟

〝アレでしょ……空間魔法ボスの空間鎧を素手で突破したときと同じで武器より素手のほうが繊細に動かせるっていう……〟

〝頭おかしいんか……!?〟

〝↑とっくに議論の余地ないですわよね〟

〝いやそもそもあんな回転に腕突っ込んだら横からとはいえ普通腕が引きちぎれるのでは!?〟

〝音速で走る車のタイヤに腕突っ込んで止めるようなもんだろ!?〟

〝その程度の肉体強度なら拳を弾かれた時点で大怪我してんだよなぁ〟


〝てかアルマジロ様への追撃がエグすぎいいいいいいいいいいいい!〟

はりつけにして槍で突き殺す古代の刑罰じゃん!〟

〝黒髭危機一髪かな?〟

〝あのこれ刺さってるやつが全部クリーンヒットしてるんですがそれは……〟

〝本体に刺さっても飛び出さずに刺され続ける黒髭危機一髪……?〟

〝ただの拷問なんだよなぁ〟

〝(あれ? てゆーかこれってもしかしなくてもフィストファ――)〟

〝しー! ですわ!〟

〝いちおう深淵だしお嬢様のメンタルに負担をかけてはいけませんの!〟

〝猫猫猫猫:フィストファックフィストファックフィストファックフィストファックフィストファ――〟

〝↑おいなんだこいつ!〟

〝通報しまくってBANしろBAN!〟

〝この状況でお嬢様のメンタル攻撃するとか国家反逆罪だろ!〟

〝当のカリンお嬢様はなにも覚えてないかのようにズボズボ貫きまくってておハーブ〟

〝お嬢様……黒歴史をなかったことにしたすぎて記憶が……〟

〝恐ろしく速いフィストファ〇ク、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね〟

〝見逃してあげてくれめんす〟



 とカリンのアルマジロ突破法に視聴者たちがどよめく中、


「グギイイイイイイイイイイイイッ!?」


 甲殻の防御力に反して防御の薄いお腹側を貫かれまくったアルマジロが断末魔をあげて沈黙。


「ふー。確かに深遠らしい強さでしたけど、攻略法がわかれば嵐式の機動力補助だけで割とあっさりお優雅攻略できるタイプでしたわね! 討伐完了ですわ!」


 カリンがご機嫌に討伐完了を宣言すると同時、アルマジロの体はそれを証明するようにゆっくりと崩れていった。



〝うわあああああああああああ!? 結局新装備出すどころか素手で討伐しましたわあああああああ!?〟

〝最強最強お嬢様! 深淵蹂躙お嬢様!〟

〝攻略法がわかれば意外と素手でいける、じゃねぇんだよなぁ……〟

〝いやいや武器で潰せない相手を素手で潰すってマジでなんなんですの!?〟

〝お嬢様「下手に武器使うより鍛え抜いた拳のほうが精密性が高くて便利ですの」(奥多摩ダンジョン発言より引用)」〟

〝頼むから人類に理解できる言葉を喋ってくださいまし……〟

〝このバケモノお嬢様が人語を介してるだけで奇跡なのでそれ以上を求めるのは贅沢定期〟

〝てかお嬢様のヤバさで霞んでるけど冷静に考えると通常モンスでこれって深淵ヤバすぎでは……?〟

〝カリンお嬢様の武装ほとんど弾くとか下手な深層ボスより確実にヤバかっただろアレ……〟

〝ダンジョンボアやミノタウロスのノリで出てきていいバケモンじゃねえですわよ!?〟

〝カリンお嬢様のほうがヤバいとはいえ通常モンスでこのレベルはやっぱ異常ですわね……〟

〝どうもこっからは既存深層ボスじゃなくて普通に新規の深淵級が出てくるっぽいし油断禁物過ぎる……〟

〝お嬢様引き続き気をつけてですわ!〟



 と、深淵アルマジロを魔龍鎧装・嵐式と素手のみで討伐したカリンにドン引きと賞賛の声が多くあがるなか、改めて深淵の異常さに戦慄するような書き込みが多く流れていく。


 なにせボス級ならまだしも、この先いくらでも出てくる通常モンスターが当然のようにカリンの装備を無効化してみせたのだ。


 この調子で深層ボスを凌駕する魔法能力持ちが次々現れるとなればなにが起きるかわからない、とカリンのトンデモ攻略があってなお視聴者たちが気を引き締めるのだが――深淵第2層においてもカリンの大暴れっぷりは留まるところを知らなかった。


「「「「「キュイイイイイイイイイイイイイイ!」」」」」


 先へ進むカリンの前に現れるのは、先ほど討伐したアルマジロの群れ。

 それぞれの個体が互いにぶつかることなく縦横無尽に跳ね回りカリンへと殺到するのだが、


「それはもう慣れましたわ!」


 ドチュウ!


「グゲッ!?」


 すれ違い様に手刀を甲殻の継ぎ目に突き刺したかと思えば――ドゴオオオオオオオオン!


 いちいち何度も手刀を叩き込むのも面倒とばかり、こじ開けた隙間に衝撃波爆弾を投入。

 中身が比較的柔らかいアルマジロ相手なら大した衝撃チャージなしでも粉砕可能とばかり、殴打数発分の衝撃をさくっと溜め込んだ衝撃波爆弾でアルマジロの群れもなんなく一掃していく。


 さらには、


「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」


 深淵第2層をさらに進んだところでカリンの前に立ち塞がったのは、としか形容できないバケモノだった。


 それはまるで奥多摩ダンジョン深淵に出現したヒトガタの体がすべて溶岩に置き換わったような異形で――しかも複数体同時に出現したその魔人は当然のようにダンジョン壁を解かしながら縦横無尽に暴れ回る!


「なるほど、ミスト系モンスターの溶岩バージョンですわね!」


 とカリンが持ち前の感知スキルで相手を観察しながら〈モンゴリアンデスワーム〉の飛ぶ斬撃で細切れに切り刻むも、その分析通りどんな攻撃も無効化。とんでもない速度でカリンに襲いかかってくる。


 その熱量は尋常ではなく、遠くに避難している浮遊カメラの視界も陽炎で歪むほどだ。



〝おい今度はなんだよこのバケモン!?〟

〝ミスト系モンスターの溶岩バージョン!?〟

〝ミスト系にしては動き速すぎるし殺意も高過ぎでは!?〟

〝あんだけ細切れにされて再生するどころか切られた破片のまま襲いかかってくるのは反則だろ!?〟

〝お嬢様なんか普通に嵐式で避けてるけど陽炎発生するレベルの熱とか回避し続けるのキツくありませんこと!?〟

〝やっぱ深淵ヤバすぎぃ!〟

〝あの火炎放射器でマグマも焼き尽くせませんの!?〟

〝深層の炎熱系モンスは焼き殺したっぽいけどこれはさすがに……〟

〝弱点つくしかないやつじゃんこれ!〟

〝今度こそなにかしら新装備が必要なのでは!?〟

〝つってもマグマの弱点って――あ〟

〝ん? あれ? ちょっと待ってこれもしかして――〟



 と視聴者たちがなにかに気づいたように言葉をなくすとほぼ同時。


「ふーむ。さすがにミスト様を殴り殺――お優雅に討伐したときと違ってこの方を倒すには弱点を突くしか……って、あ! そうですわ!」


 カリンもまたなにかを閃いたようにぱっと笑みを咲かせた。かと思えば、


「回収したはいいものどこで捨てればいいのやらと困ってたんですの! というわけで――リリースですわ!」


「「「っ!? グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」


 どっぱああああああああああああん! ジュワアアアアアアアアアアアア!


 カリンが懐から取り出したアイテムボックス。

 そこから鉄砲水のように放出された大量の水――深淵第1層ボス部屋にて容量限界まで飲み込んだもの――が通路を埋め尽くし、体が冷えて固まった溶岩魔人たちがそのまま水圧でバラバラにされながら断末魔ごと押し流されていった。


――――――――――――――――――――――

前回の更新でカリンお嬢様が「頭とお尻をくっつけた部分の継ぎ目に攻撃が当たらないよう避けてる」と発言し、まるでお尻の穴に手刀を叩き込んだかのような表現になってしまったことをここにお詫び、訂正いたしますわ!

要するに身体を丸めた場合頭とお尻をくっつけた部分だけでなく身体の側面にも継ぎ目が存在しますので、そこに指先をねじ込んで甲殻内の比較的柔らかい土手っ腹を貫いた形ですわ。決してお尻の穴とかではないんですの!(甲殻で全身を覆っている以上、お尻の穴も隠れてるはずですしね!)


あと水蒸気爆発など細かい部分については次回ですわー。

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