第136話 いざ深淵へ
先ほどまで轟音を奏でていた大量のダンジョン壁が瓦礫となって沈黙し、本当に決着がついたのかと判断しかねていた視聴者たちもまたコメントを打つ手を止めて息を呑むなか。
「ふむ、ふむ……よし、フロア内にもう生きてる敵は１体もいませんわね。ボス様もこの強化種？ 様に取り込まれていたようですし……荒川ダンジョン深層、これにて完全攻略ですわ！」
広域精密感知スキルで敵の殲滅を確認したカリンが元気いっぱいにそう宣言しながらアースドラゴンたちの身体が崩れていく様を映し出せば――コメント欄が爆発した。
〝うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！〟
〝やりましたわああああああああああああああ!?〟
〝今度こそ悲劇の元凶撃破ですわあああああああああああああ！〟
〝最初はどうなることかと思ったけど……蓋を開けてみれば安定のノーダメお優雅攻略でしてよ!?〟
〝結局カゼナリどころか嵐式のフル活用すら温存しての余裕勝ちってマジィ!?〟
〝ダンジョン壁操ってるなら内部の爆炎石爆破して削ったろ、は割とマジの知将ムーブでしたわー!?〟
〝無茶苦茶な作戦実行できる戦闘力ありきとはいえほんま戦闘ＩＱは高いなこのお嬢様！（毒キノコムーブ？ 知らない子ですわね……）〟
〝てかこれで正真正銘悲劇の元凶解明＆討伐ですわね!?〟
〝うわマジか……お嬢様ならとは思ってたけどマジで十数年越しに探索者クラスタにとっての最悪の象徴を打ち破ってくれましたわ!?〟
〝日本のミュータントお嬢様がダンジョン丸ごと破壊したって本当かい!?（英語）〟
〝日本の女子高生がダンジョンそのものを破壊したって配信はここか!?（英語）〟
〝カリンお嬢様が悲劇の元凶を打ち破ったと聞いて！〟
〝ニュース速報から来ましたわー！〟
〝お嬢様が悲劇の原因ぶっ潰したってマジ!?〟
〝トレンドで察しはついてけどカリンお嬢様ほんとにドレスで攻略に挑んでるー!?〟
〝うわなんか一気に人増えた!?〟
〝外人ニキ……よりも日本勢が圧倒的に多いな!?〟
〝不吉の象徴みたいな扱いされてる荒川ダンジョンでの配信が怖くて見れなかったっぽい人らが凄い勢いで集まってきてますの!?〟
〝同接２５００万ですわー!?〟
〝この時点でもう奥多摩ダンジョンでの異次元同接ぶっちぎってますわー!?〟
「ひぇ!? ど、同接２５００万ですの!?」
爆発するコメントに目を剥いていたカリンは、コメント以上に凄まじい勢いで増えまくっていくその数字にぎょっと声を漏らしていた。
最初から同接１０００万とかいうとんでもない数字になっていたことから間違いなく奥多摩を超えるだろうと身構えてはいたのだが……想定を遥かに越える速度だ。
どうやら今回の配信では荒川ダンジョンにまつわる不吉なあれこれからカリンの配信を見ないようにしていた層もそこそこいたようで、その一部が悲劇の原因撃破という速報や切り抜き、掲示板の書き込みなどを見て集まってきているようだった。
加えて、配信前から心配されていた不吉ないわくを文字通りお優雅に吹っ飛ばした影響は同接の急増だけに留まらない。
￥１００００
【急報】最近音沙汰無かった影狼、お嬢様が悲劇の元凶ぶっ飛ばした時間ぴったりにスマホ見ながらガッツポーズしてる姿が荒川周辺の様子を中継してたドローンカメラに映り込む
〝ふぁ!?〟
〝マジやんけ草〟
〝え、影狼って今回荒川周辺の迎撃待機任務受けてたっけ!?〟
〝受けてないはず〟
〝いまどこのクランにも所属してないフリーとはいえ若手トップだから当然要請はあったけど「あのバケモンが失敗するわけねえだろ」と断ったとの噂〟
〝ジャンプのライバルキャラみたいなこと言ってるー!?〟
〝それがなんでわざわざあんな場所で配信見てんですの!?〟
〝なんやかんやお嬢様が第２の悲劇にならないか心配で近くまで来てたうえに配信も見ていた可能性……？〟
〝なにこの状況でめんどくせーツンデレみたいなムーブかましんてんですのあの方!?〟
〝お嬢様トンデモムーブだけでもお腹いっぱいなのに光姫様といい影狼といいなんで外野ですらこんなネタだらけなんだよ!?〟
〝影狼あいつ迷惑系配信やめてから芸にn……配信者として輝きすぎだろｗｗｗｗ〟
〝お紅茶修行映り込みに続いてこんなシーンまで撮られるとかあいつカリンお嬢様に殴られてからお嬢様の変な運勢のお裾分け食らってない!?〟
〝影狼ー！ また配信やってくれー！ お前をからか……お布施するためのスパチャ代が溜まってんだ！！ テレビ局突撃とかについていじりまくったの謝るから！〟
〝また影狼が配信したときに突きつける動画の保存が止まらねぇ！〟
〝マジレスすると要請断ったのに現場いるのはアレっちゃアレなムーブなので罰だと思ってもろて……〟
〝おハーブすぎんか？？？〟
真偽不明ながらネタのような書き込みが微増し、「ｗ」「おハーブ」といった文字も配信開始時より少しではあるが多く見受けられるようになっていた。
さらには、
〝まあ影狼はおいといて、やっぱお嬢様やべぇですわ！〟
〝言うてまだまだ深層踏破しただけだから油断はできんが……身の安全最優先で頑張ってくださいまし！〟
〝光姫様も運び込まれた控え室から応援の奇声をあげてますわよ！〟
〝控え室から放送に光姫様の奇声が乗るのなんなんですの!?〟
〝なんにせよ応援してますわー！〟
〝プレッシャーになるかもだから安易に応援もしづらいが……悲劇の元凶打ち破ったって聞いてちょっとほっとしてるわたくしがいますわ……！ 常に撤退を視野に頑張ってくださいまし！〟
今回の配信は事態が事態だけに、奥多摩の深層ソロダンジョン攻略と比べて応援が憚られるような空気が強かったのだが、その雰囲気がちょっとだけ変わりつつあった。
もちろんカリンに気をつけるよう促す声が大多数を占めるのは変わりないのだが、先の影狼リーク？ も合わせて硬い空気が微妙に軟化しつつあったのである。
荒川ダンジョンの悲劇はダンジョンクラスタにしろ一般層にしろ最悪をイメージしやすい不吉の象徴のようなものであり、今回の配信における大きな懸念のひとつ。それを大した装備も使わず一方的に叩き潰したという事実はかなり大きかったようだ。
応援の声そのものはもちろんだが、カリンとしてはそうした変化もかなり嬉しいものがあった。
（やはりあの強化種様？ をお優雅に倒して正解でしたわね！ とはいえ、もちろんこれも悲劇の元凶とやらを倒したことによる一過性のものでしょうし、まだ崩壊を食い止められたわけでもありませんの。もっとしっかり安心していただくためには、ここからが本番ですわ！）
というわけで、
（皆様にもっと安心していただけるよう、この調子で引き続きお優雅に攻略していきますわよ！）
「皆様ありがとうございますですわ！ それでは、時間的にかなり余裕があるとはいえもたもたする理由もありませんし……早速この先、深淵へと潜っていきますわね！」
〝いよいよか……〟
〝そうだった……悲劇の元凶のヤバさと撃破に気を取られてたけど本題はこっからだった……〟
〝深層が前座でしかないとかいうバグ〟
〝マジのマジで深淵ソロ攻略行くのか……〟
〝初見踏破に慣れてるとか言ってたけど……ガチで気をつけてくださいましお嬢様！〟
カリンが深淵へと続く通路へ進み始めたことで、悲劇の元凶討伐によって盛り上がっていた空気が再度緊張を帯び始める。
今回の配信の目的は深淵最奥。崩壊を止めるための核破壊。これまでの道程は（カリン基準で）言ってしまえば準備運動でしかなく、あらゆる意味でここからが本場なのだ。
と緊迫のコメントが多く流れていくのだが――、
〝!?〟
〝ちょっと待って!?〟
〝いやまあそうだろうなとは思ってたけどマジでドレスのまま突撃してんですけどこの人！〟
〝奥多摩の深淵にドレスで突っ込んでいったのは知ってるけどだからって今日もそれでいくの!?〟
〝お嬢様まだそのドレスお着替えしませんの!?〟
案の定というかなんというか。
これまでと同様わっさわっさとドレスを揺らして深淵へ続く通路を降りていくカリンに、緊迫とは別種の困惑や悲鳴が流れまくる。
￥１００００
ちょっとお嬢様!? たまご先生も昨日の投稿でこう仰ってましたし、さすがに今日の深淵は最初から動きやすい服装でいったほうがいいのではなくて!? → ＵＲＬ
と、スパチャのリンク先に張られていたのは、配信前日にもちもちたまご先生が一度だけアップした呟きとイラストだ。
『カリンお嬢様……国から正式な依頼があった以上は応援するのみですが、仮に崩壊を止められずともその責任は大人がとるので絶対に無理だけはしないでくださいね。カリンお嬢様には言うまでもないかもしれませんが、２３２話でセツナ様も言っていたように引き際を見極め無茶をしないこともまたお優雅ですから！』
というメッセージとともに添えられていたのは、原作でセツナが主人公たちの無茶に忠告するシーンをカリンに置き換えた描き下ろし。カリンの身を案じ、セツナの言葉で慎重を期すよう促すものだった。
実は今回の騒ぎにおいて、たまご先生はネットでほとんどなにも発信していなかった。
深層配信時と比べてあまりにも事態が大きいことに加えてカリンにかかる期待や責任が重すぎて、色々な意味で影響力のある自分が下手に発言すればどういう方向であれカリンの負担に繋がりそうだったからだ。ゆえにカリンに助けを求める声に苦言を呈すくらいで、セツナ様のフィギュアが破壊されたときでさえ動くことはなかった（ネットでの発信よりも怒り狂っていた担当編集を宥めることに注力していたという事情もあるが）。
だが実際に政府からカリンに依頼がいったとなればなにもしないわけにもいかず、カリンへのプレッシャーや負担が少しでも減るようにと上記のイラストを一度だけあげていたのだ。
そしてそれは当然カリンも悲鳴をあげながら保存しこれまでのイラストと同様に毎秒観賞。セツナ様とたまご先生の言葉を肝に銘じるどころか魂に刻んでいたのだが……そのうえで、
「？ ええ、もちろんセツナ様ともちもちたまご先生のお言葉は魂に刻んでおりましてよ！ 今回は色々な意味でお優雅な攻略が重要とはいえ、最優先は確実な攻略。皆様にきさらぎダンジョンのときのように過度な心配させてもいけませんし、そもそも深淵ではわたくしもまだまだ安定してお優雅攻略ができる保障のない未熟者。いざというときは最悪お優雅でない戦いもするつもりですの！ なので――いまはドレスでいきますのよ！」
〝？？？？？〟
〝？？？？？？？？？？〟
〝？？？？？？？？？？？？？？〟
〝ねぇ、なにを言ってるのこのバ……お嬢様は〟
〝わたくしが海外留学してる間に「なので」の意味変わった？〟
￥５０００
恐らくだが……
お嬢様「いまはまだ全然いざというときじゃないから、この動画を見てるみんなを楽しませるため＆テロリストどもに計画の稚拙さを思い知らせるため、ひとまずは引き続きお優雅の象徴たるドレスでいくぜ！」って意味かと
〝翻訳者おるやんけ！〟
〝野生のお嬢様語検定１級保持者か？？？？〟
〝↑それもう一種の悪口では〟
〝なんで同じ日本語話してるのに翻訳が必要なんですかね……〟
〝言葉が通じても話が通じないってやつですわ！〟
〝ＩＱが２０離れてると会話が成立しないっていうけど常識が乖離してても会話が成立しないんやなって……〟
〝いやあの、お嬢様マジで仰ってますの!?〟
〝踏破済み深淵なら体力の配分とかわかるでしょうけど初見ダンジョンでそれは自殺行為ではなくて!?〟
〝このお嬢様マジで体力温存とか欠片も考えてねぇな!?〟
〝セツナ様とたまご先生の言葉まで通じないとか絶望感が凄い〟
〝怪物に最終兵器が通用しなかったときと同じタイプの絶望〟
〝（言葉は多分通じてはいるんだと思いますわ……言葉は）〟
〝言葉は通じても常識が通じないの怪物感が凄い〟
〝い、いやまあ奥多摩でも深淵第１層はほぼ無傷で大暴れしてたし……〟
〝↑それがまずおかしいんだよなぁ〟
〝ま、まあなんやかんやで（わたくしたちの常識を超越した）安全マージン？ とってるっぽいから深淵第１層までなら大丈夫でしょ……多分、恐らく……〟
〝推定深淵級の悲劇の原因も無事突破したし……奥多摩のときよりあからさまに強くなってるお嬢様ならきっと大丈夫なはずですわ！（自己暗示）〟
〝発言的に危ないと感じたらドレス着替えてくれるっぽいですしね……！〟
〝（マジのマジのギリギリまで着替えてくれる気しかしねぇ……！）〟
〝と、とりあえず第１層は前科もあるしどうにかなるはず……〟
とカリンの無茶苦茶に、いちおうこれまでの実績などからある程度の信頼を寄せる声がぽつぽつと上がり、ドレスでの深淵突撃をひとまず見守る流れになる。
が、
「お、着きましたわね」
カリンが長い階段を下っていき、その視線の先にこれまでの薄暗い岩窟とは違う開けた空間が現れた――次の瞬間だった。
〝え〟
〝は？〟
〝なんだこれ……!?〟
〝そういや奥多摩でダンジョンごとに深淵の環境が違う的なことお嬢様が言ってたけど……!? は!? なんの冗談だよ!?〟
〝嘘だろ……!?〟
浮遊カメラが捉えたその映像に、第１層ならまあまだ突破実績があるし……と少なからず楽観視していた視聴者たちが画面の向こうで愕然としたような声を漏らす。
なぜなら――、
〝おいまさかこれ――水中戦闘エリアってやつか!?〟
〝いや水中戦闘エリアとかって規模じゃないんだが!?〟
〝ボス部屋だけが、とかじゃなくて１フロア丸々海じゃねえかこれ!?〟
〝水中はヤベェぞおい!?〟
〝しかも深淵だぞここ!?
〝水中戦闘エリアってだけでもヤバいのに深淵でしかもこんな海みたいな広さって……!?〟
〝ドレスはもちろん普通の装備でも無理なヤツじゃねーか!?〟
荒川ダンジョン深層第１層。
そこに広がっていたのは、奥多摩ダンジョン深淵の丘陵めいたエリアとはまるで違う――どこまでも続くかのように見える大海原。
数ある特殊ダンジョンのなかでも「ランダムボス」や「課題扉」「強化種」などの脅威を抑えてトップクラスに恐れられる「水中戦闘エリア」という難関に、視聴者たちの間で悲鳴じみた声があがった。
―――――――――――――――――――――――
大海原、とは言ってますが恐らく真水ではあると思われますわ
影狼様にはそのうちちゃんと出番をあげたいですわね……！
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます