第134話 猫屋敷忍の狙い


「くく、思ったよりもずっと上手くいってくれましたねぇ」


 崩壊予告当日。地方都市に潜伏する侵略工作部隊の隠しアジトにて。


 お優雅なドレス姿で荒川ダンジョンの攻略へ乗り出したカリンの配信を、猫屋敷忍はこれ以上ないほど上機嫌に視聴していた。


 なにせカリンを嵌めるための策が、想定以上に綺麗にはまってくれていたからだ。


 忍がカリンに対してああもあからさまな挑発動画を送りつけたのは、なにもカリンを確実に深淵最奥までおびき寄せるためだけではない。


 ああして鬼龍院セツナを侮辱すれば、普段からお優雅な探索とやらにこだわっているカリンの頭に血が上り、いつものようにドレスなどの縛りプレイに興じてくれる可能性が高まると踏んでいたのだ。テロへの恐怖を払拭したいと考えている政府側の想定を遥かに越えたお優雅縛りプレイに。


 今回の山田カリン潰しにおいて、忍はカリンがそこらのモンスターに後れを取るなどとは微塵も考えていなかった。ゆえに忍が荒川ダンジョンに期待するのは、山田カリンの〝削り〟である。


 ダンジョン最奥に仕掛けたカリンを潰すための秘策に忍は絶対の自信を持ってはいたが、しかし相手はそういった想定を何度もぶち壊してきた怪物だけに油断は禁物。そのため忍は可能な限り罠の成功率をあげるための策のひとつとして、いくつかの崩壊候補から最も山田カリンの体力を削ってくれそうな荒川ダンジョンを選択したのだ。


 そしてその削りは、山田カリンがお優雅という名の縛りにこだわればこだわるほど効果を高めてくれる。


 ゆえにわざわざあんな動画をあげたわけなのだが……、


『うーん……下層までをショートカットするならまだしも深層で課題を無視するのは若干逃げた感があってお優雅じゃないと言いますか。ここはちゃんと課題をクリアして先に進みたいところですわ』


 その目論見は思った以上に上手くはまってくれたようで、カリンは自らドレス姿を選択したうえに深層の課題扉前で足を止めていたのだ。忍としては棚ぼたである。


「削りの本命はショートカットの通用しづらい深淵以降で、深層の課題扉なんて適当にスルーすると思ってたんですが……これは嬉しい誤算ですねぇ」


 わざわざこんな場面で無駄な労力を費やすなど、知らないとはなんと幸せなことか。

 ダンジョン最奥でどれだけの脅威が待ち受けているかも知らず、お優雅とかいう偽りの希望を視聴者に届けるために精々無駄に消耗するといい、と忍は笑みを深めていたわけなのだが――。


 その、次の瞬間である。


『ファイヤーですわああああああああああああああああああ!』


「……………………………は?」


 とんでもない炎の濁流が、配信画面を埋め尽くしていた。

 かと思えば――ガコン!


 まったく勢いの落ちない火炎放射が深層第2層を埋め尽くすこと数分。

 

『よし! お優雅に殲滅完了ですわね!』


 そんなすっきりしたような声とともに、時間も体力もほとんど消費することなくカリンがフロアモンスター全滅という課題を達成し、当然のような顔をして扉を開いていた。


 唖然とするのは猫屋敷忍だけではない。



〝………………え?〟

〝おいおいおいおいおいおいおいおいおい!?〟

〝扉が開いてるううううううううううううううううううう!?〟

〝ガゴンッ! じゃないんだが?(震え声)〟

〝は!? なんだこれ!? マジで全滅させたんですの!?〟

〝扉が開いたと見せかけてわたくしたちの視認できない速度で切ってたとかではなく!?〟

〝うそ、だろ……?〟

〝全滅? 深層モンスターが2、3分で? は? 本気で言ってる……?

〝あの火炎放射でフロア全域埋め尽くしたんか!?〟

〝なんだよあの非人道魔法兵器!?〟

〝ダンジョンさんの誤審でしょ誤審! 誤審だと言ってくれよ!〟

〝いやあの、第2層にもあの熱波を放つモンスターがいたはずなんですけどそれも焼き尽くしたってことですの……?〟

〝カリンお嬢様の火炎放射はあらゆる炎熱モンスターも焼き尽くすマグマじゃけぇ(震え声)〟

〝ミスト戦でこれ使えばよかったのでは?(震え声)〟

〝↑そんなことしたら階層のモンス全滅して撮れ高なくなるじゃん(震え声)〟

〝頭カリンお嬢様かよ……〟

〝全員震えてて草枯れる〟

〝こんなんもう厄災カリンじゃん!〟

〝そんな厄災ガノンみたいな……〟

〝字面的にも意味合い的にもほとんど同じようなもんだろこれ……〟

〝え、と、あの、純粋に疑問なんですけど……この一瞬でお嬢様にいったいどんだけの経験値入ったんですの?〟

〝やめろやめろ!〟

〝これ以上怖い話はなしですわ!〟


 ¥5000

【急報】光姫様、遂に限界がきたのか奇声をあげてぶっ倒れた挙げ句スタジオから運び出されて代わりに熊さんのぬいぐるみが置かれる


〝なにやってんだ光姫様ァ!〟

〝まあ頑張ったほうだよ……〟

〝闇姫様成分抑え込むとか無茶しやがって……でも心意気は買うよ光姫様〟

〝ちょいちょい光姫様のほうでもおかしなことが起きてるのなんなんですの!?〟

〝い つ も の〟

〝約 束 さ れ た 放 送 事 故〟

〝光姫様係としてついてきてたらしい穂乃花様が当然のようにスタジオの裏から出てきて爆発した光姫様運んでったのこんな事態だっていうの忘れて笑っちゃったんだが????〟

〝スタッフさんかと思ったら穂乃花様で二度見したわね……〟

〝この深刻な事態のなかで笑かせるのはやめてもろて〟

〝シリアスな笑いやめろ〟

〝(言うほどシリアスか……?)〟

〝カリンお嬢様周りだけ挙動がおかしくて普通に深刻な状況ってこと忘れるんよ〟

〝地味にカリンお嬢様の「皆様の不安をお優雅な攻略で払拭したい」をサポートしてる光姫様と穂乃花様〟

〝払拭の仕方がコントなんですがそれは……〟

〝ま、まあでも光姫様今回は割とマジで真面目にやってたし……すぐ限界がきたけど〟

〝いやでも光姫様が色々と心配するアナウンサーに「カリンお嬢様が途中で力尽きるわけないんですが?」ってガンギマリの眼で断言したあたりからうちの妹もだいぶ安心しだしたし普通に感謝してますわ〟 

〝心の底から信じてる人の言葉は説得力もつからな……

〝裏番組が濃すぎるだろ……〟

〝まあカリンお嬢様のファン筆頭の光姫様が出演してれば濃くもなりますわ……〟

〝この配信者にしてあの狂信者あり〟

〝カリン党に対する熱い風評被害〟



 あり得ない魔法装備によって課題を真正面から突破したカリンに視聴者たちが騒然とし、なにやらテロに対する不安まで掻き回されている始末だった。


「い、いやまあ未知の魔法装備くらいは想定してましたし、集中力や体力は削れなくとも魔力は少なからず消耗したでしょうし」


 しばし唖然としていた忍は気を取り直すように呟く。

 

 妨害工作のおかげでダンジョン女王シャリファー・ネフェルティティが側におらず、〈ぱくぱくもぐもぐ〉とかいうスキルの効果で大きく魔力を回復されることもない以上、確実に削りになったはずだ。


「それに、荒川ダンジョン深層の課題扉はひとつだけじゃありません」


 そしてその言葉どおり――。


 空中を超高速で動き回り相手の動きを予知して攻撃を完全回避してくるサメ型の深層第2層ボスを『感知系の相手ってそれを上回る速度で殴れば終わるので面白みがないんですわよねぇ』と叩き潰したカリンが第3層を進んでいけば、再びその最奥で課題扉が現れる。


『む。なにやら今度の課題扉は課題文だけじゃないようですわね?』


 とカリンが足を止めて第3層ボス部屋に続く扉を映し出せば……そこにはなにやら多くのボタンらしきものが並んでいた。ひとつひとつに数字が刻まれており、暗証番号を打ち込めとでも言わんばかりの作りだ。


 そして扉に刻まれていた課題はといえば、

 

『汝、先に進みたくばフロア内の碑文を集め、そこに書かれた数式を解き答えを打ち込むべし』



〝数式!?〟

〝ダンジョンって攻略に数学の知識必要なことあんですの!?〟

〝えぇ……〟

〝ダンジョンってマジでなんなの……〟

〝てかこれカリンお嬢様過去最大の敵でしょ〟

〝お嬢様これはさすがに無理ですわ!〟

〝問題文探すところからとか面倒すぎますしそもそもお嬢様には解けそうにないし!〟

〝今度こそショートカットしかありませんわ!〟

〝いやでも視聴者が解くって手もあるのでは?〟

〝誰一人お嬢様が問題解けると思ってねぇ!〟

〝なんでやお嬢様の学力を推し量るような情報いままで出てないやろ!〟

〝少なくとも高校受験はクリアしてんだぞ!〟

〝なんだろう……バカにする意図はないんだけどお嬢様が数式解けるビジョンがどうしても湧かないんですわよね……〟



「これはいい課題が出ましたねぇ」


 コメント欄が若干失礼な言葉で埋まるなか、忍は再び笑みを形作る。

 今回の課題はいわゆる謎解き型。しかも課題の書かれた碑文を探すところからはじまるタイプであり、ダンジョン壁と同じ材質の碑文は感知スキルでも探しづらい。先ほどのような反則装備で一気に片付けることが不可能なものだったのだ。


 もちろんいざとなればカリンがそんな面倒な課題にかかずらう必要はないのだが、


『ふーむ。なんかこれは先ほどの課題よりもさらにスルーがお優雅でない感じですわね……なんだか見過ごせない書き込みも多々ありますし……ここはいっちょお優雅に突破してみせますわ!』


 ここまでの快進撃で時間にかなり余裕があることもあってか、カリンがふんすと張り切って課題に向き合う。これは先ほどよりも確実な削りが期待できるだろう。


 と、忍がほくそ笑んでいたそのとき――画面内で凄まじい魔力が練り上げられた。


「え」



〝ん?〟

〝お嬢様なにしてますの!?〟

〝なんか碑文探しにいかずに扉の前でじっとしてますけど……〟

〝え、なにこれなんかスキル発動してる……?〟

〝おいこれまさか……!?〟



 と課題をちゃんとクリアすると宣言したにもかかわらず課題扉の前で微動だにしないカリンに視聴者たちが首を傾げていたところ――ぽちぽちぽちぽち! ガゴン!


『お、開きましたわ! 課題扉、ふたつめもばっちりお優雅に突破ですの!』


 迷いなく20桁の番号を打ち込んだカリンの眼前で、扉が普通に開いた。



〝は!?〟

〝え〟

〝なんか扉開いてますけど!?〟

〝え、お嬢様いまなにした!?〟

〝明らかにとんでもねぇ桁数だったんだがなんで碑文も拾わず一発クリアしてんだ!?〟

〝まぐれ……じゃありえねぇ桁数でしてよ!?〟

〝お嬢様なにやったんですの!?〟



『簡単なことですの!』


 カリンは流れていく怒濤のコメントにドヤ顔を浮かべ、


『課題扉の仕掛けはダンジョン内にあることもあって、基本的に魔力で動いてますの。なのでちょっと強めに感知をかけるとこの手の謎解き系は答えが読めたりするんですのよ! 映画なんかでたまに見る、暗証番号を変な機械で読み取ったりするイメージですわね! ふふふ、実は20桁もあって数字間違えないか心配だったんですが、これはわたくし、我ながらなかなかお優雅に課題を突破してしまいましたわ!』



〝えぇ……〟

〝そんなこったろうと思ったけどマジで答え読み取ってたのかよ!?〟

〝問題制作者「探索者の人、頑張って解いてくれるといいな(ワクワク)〟

〝↑シンプルに可哀想〟

〝う、うんうん それもまたお優雅だね……〟

〝おいお前らお嬢様が答え20桁になるような数式解いて見事に課題扉突破したんやぞ! さっきのおバカ扱いコメント撤回しろ!〟

〝ごめんなさいですわ(釈然としない顔)〟

〝これは知将系お嬢様〟

〝◆この数字打ち込みを間違えそうになってるお嬢様は……?〟

〝いやあの、前にも同じこと書き込んだけど完全に腕力で知恵の輪引きちぎるタイプの知将だったんですけど……?〟

〝これは脳筋系頭脳プレイ〟

〝脳筋系頭脳プレイってなんだよ!?〟

〝なるほどお嬢様は頭もいいのか……知恵と力があわさり最強に見えますわね!〟

〝どこに知恵要素があったんですかねぇ……〟

〝力業×力業=頭脳プレイですわ!〟

〝そんなマイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるみたいな……〟

〝反転術式かな?〟



「それは……ズルじゃん……」


 ある意味いつも通りなカリンのゴリ押しに視聴者たちがもはやどこから突っ込めばいいのかと混迷を極めるなか、忍もまた普段の口調を忘れて唖然と漏らす。


 今度こそお優雅にこだわって無駄に消耗してくれるだろうとほくそ笑んでいたというのに……あり得ない方法で即突破されて完全に顔から笑みが消えていた。


 というか、


「……これ、消耗してますか……?」


 深層フロア全域を死の巷と化す火炎放射器に、課題扉の答えを読み取るレベルの感知。とんでもない技を使ってなお、その前後でまったく変化のないカリンの様子に思わずそんな声が漏れる。


 と忍が知らず頬に汗を浮かべていれば、


「あははははははは! バカじゃない? なにをそんなに驚いてるわけ?」


 同じ室内から、突如として嘲笑が響いた。


「本当にこっちの世界の存在か疑わしいレベルでイカれてるあのバケモノが想定どおりに動くわけないでしょ?」


 言って心底愉快げに口角をつり上げるのは――身体の自由を奪われた状態で檻に入れられた犬飼洋子だった。

 

 忍の確立した技術と策で山田カリンを仕留めるところを見せつけ悔しがらせるためにわざわざ同室でカリンの配信動画を見せていたのだが……しかしその顔に浮かぶのは忍が想定していたものとは真逆。忍に対する清々しいほどの嘲笑だった。


「いまさら山田カリンの無茶苦茶っぷりにそんな困惑して……私にボスの器じゃないとか言った割には、随分と想定が甘いんじゃない? 猫屋敷忍支部長殿?」


 もはや再起の芽も山田カリン排除の責任もないがゆえに忍のことを煽る煽る。

 だがその嘲笑は……ガシャアアアアアン! 忍が檻を蹴り飛ばす音でかき消される。


「どっちの味方なんですかねぇあなたは」


 そして忍は気にくわない元上司から煽られたことで逆に冷静さを取り戻したように、


「確かにあの無茶苦茶さに改めて少々面食らいましたが……だからなんだっていうんですか?

 こっちはそもそも体力削りなんてなくても……なんなら山田カリンが他の国家転覆級とパーティを組んでもまとめて潰せるだけの怪物を用意したんです」


「……」


 その言葉に、先ほどまでイキイキと忍を煽っていた犬飼洋子も押し黙る。山田カリンの無茶苦茶っぷりを誰よりも痛感している彼女をして、忍の言葉に容易く反論できないだけのモノが確かに用意されていたからだ。


「加えてあの課題扉も所詮は深層レベル。もともとスルーされる可能性も高いと考えていた程度の障害です。このダンジョンはボスランダム生成に加えて、偶然生まれたという悲劇の原因異常強化種や深淵第1層の〝環境〟をはじめ面倒な脅威がまだまだ数多くある。山田カリンの削りはここからが本番です……!」


 そうして猫屋敷忍は、その先に待ち受ける数多の脅威も知らずにのほほんと先へ進んでいくカリンに「呑気な顔をしていられるのもいまだけだ……!」とばかり鋭い視線を送るのだった。


      〇


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 深層第3層の課題扉をお優雅に突破しボス部屋に突入したカリンの前に出現したのは、小山のような体躯に夥しいほどの火器を搭載した蟹型のモンスターだった。


 いわゆる「キャノンクラブ」と呼ばれる重火器搭載系モンスターの系列で、そのなかでも頭抜けた巨軀と手数を持つ深層ボスにふさわしい威容を持つ。


 実際その火力は凄まじく、暴風龍や雷獅子といった特殊防御持ちの深層ボスをも正面から打ち破りかねない銃撃の雨がカリンを襲った。


 が、それはあくまで深層級。

 つまるところ推定深淵級だったギガント・フォートレスの劣化でしかないわけで、


「なんかここの深層ボス様はぱっとしませんわね!」


「ゴギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオン!


 魔龍鎧装・嵐式をフルで使うまでもない。

 空気抵抗を減らすだけの運用でドレスに負担をかけない高速移動を実現したカリンはミサイルの雨あられを完全回避。一瞬で肉薄したかと思えばハッケイによってボスを粉砕した。


「荒川ダンジョン第3層、これにて攻略完了ですわ!」



〝相変わらずの無傷突破ですわあああああああああああ!〟

〝奥多摩要塞ヤドカリの劣化の時点でわかってたけどもう深層ボスは無傷安定だなこのお嬢様!?〟

〝でもって同接2000万ですわよおおおおおおおお!〟

〝やっべぇ……〟

〝元々注目度ヤバかったところに課題扉のゴリ押し切り抜きがすーっと効いてえらいことになってますわ!〟

〝正直同接とか気にしてる場合じゃないけどさすがにこの数字はやべぇですわよ!?〟

〝この時点でもう奥多摩超えか……これ崩壊阻止したら最終的にどんだけ数字伸びるんだ……?〟

〝テレビ放送もしててこれは異次元すぎましてよ!?〟



 課題扉をお優雅強引に突破したこととあわせ、安定の深層ボス無傷突破に視聴者たちが湧き上がる。


 が、その盛り上がりも一時的なものだった。


 まだまだ深淵最奥まで長いというのもあるが……この先はいよいよ深層最後の第4層。荒川ダンジョンの悲劇の舞台と噂されるエリアだったからだ。



〝問題は次からか……〟

〝奥多摩の要塞ヤドカリも突破したお嬢様なら大丈夫だとは思うけど……〟

〝てか悲劇の舞台が4層ってことは当時の18人は途中のランダムボスも課題扉も突破してんだよな? 同じ課題かはわからんけど似たような難易度のやつ〟

〝やっぱいま基準でも相当な実力者集団だった臭いよな〟

〝それがろくな情報も残せず消えるってマジでなにがあったんだろ……〟

〝お嬢様気をつけてくださいまし!〟



 ボスを撃破したカリンがその第4層へと足を向けると同時、課題扉のゴリ押しなどでテロの不安を一時忘れかけていた視聴者たちの間に再び緊張が走るようになる。


 カリンもドレスこそ着たままではあるがしっかりと感知スキルを展開しつつ第4層へと足を踏み入れた。


 だが……。


「……? 妙ですわね」


 荒川ダンジョン深層第4層。

 第3層までと同じようにどこまでも続くような広い岩窟をテクテク進むこと数分。カリンは首を傾げていた。


 どれだけ進もうと一向にモンスターが現れないばかりか、その気配さえほとんど感じないのだ。強いて言えば遠くで小さな気配が2、3体ほどコロコロと動いているくらいだろうか。



〝? なんですのこの階層? まったくモンスターが出ませんわね?〟

〝どんだけヤバいもんが待ち受けてるかと身構えてたのに拍子抜けですわ????〟

〝お嬢様がヤバすぎてモンスターが逃げてるのでは?〟

〝ありそうでおハーブ〟

〝悲劇ももう15年以上前だし元凶があったとしてももう消えてるとか?〟

〝つってもここまでなんも出ないとかそんなことある?〟

〝まあでもお嬢様に危険がないならなによりですけど〟



 奇妙なほど静かなその階層に、視聴者たちも困惑や安堵の混じった声を漏らす。


「なんだか変ですわね? けどまあ今回の攻略はお優雅に魅せることも重要ですが最優先は確実な攻略。なにもないならないで駆け足で進むだけですけど」


 奇妙なほど静かなその階層に、カリンは視聴者たちと一緒になって怪訝そうな顔をしながらも早足で進むのだが――そのときだった。


「ん?」


 まるで獲物がもっとも第4層から脱出しづらい中間地点まで来るのを待ち構えていたとばかりに――階層を半ばまで進んだカリンの感知に突如として異質な気配が引っかかったのは。


 直後――ズゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオン!


「え」

 

 突如として背後から鳴り響いた轟音にカリンが浮遊カメラとともに振り返れば――



〝え!?〟

〝なんだ!?〟

〝は!? ダンジョン壁が動いてなかったかいま!?〟



 あまりにも唐突に破られた静寂と異常事態に悲鳴じみたコメントが流れるなか、しかし異常は止まらない。


 ズゴゴゴゴオオオオオオオオン!


 続けて轟音が響いたと思えば、今度は波打つダンジョン壁によって前方の道も塞がれていたのだ。

 

 そして当然、ただ道を塞ぐだけで終わるほどダンジョンの悪意は甘くない。

 

 ズゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 完全に閉じ込められたカリン目がけ、上下左右のダンジョン壁が蠢き、凄まじい勢いで迫ってくる!



〝おいおいおいおい!?〟

〝はあ!?〟

〝なにこれ!?〟

〝おいお嬢様押しつぶされんぞ!?〟



「しっ!」


 波打つダンジョン壁にカリンが拳を叩き込む。

 だが――無傷。

 流体のように蠢くダンジョン壁はしかしその強度を保っているようで、生半可な攻撃では傷一つつきはしなかった。


「でしたら――これですわね!」


 キンッ!


 迫る壁の性質を見極めたカリンは即座に対処を切り替え、アイテムボックスから取り出した名刀〈モンゴリアンデスワーム〉で壁を細断。隣の通路へと避難する。


 反則装備で難を逃れたカリンにコメント欄にも安堵の声が漏れた。

 が、その直後だ。


 ゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 逃れた先の通路もまた、先ほどと同じようにカリンへと殺到。

 カリンもまた繰り返し壁を切り裂き別の通路に逃げるのだが――何度回避を繰り返そうがその先でまた壁が迫り、尽きることがない!



〝おいおいおいおいなんだよこれ!?〟

〝ふざけんなよどうなってんだ!?〟

〝カリンお嬢様のジャブを弾くってつまり擬態とかじゃなくてマジでモノホンのダンジョン壁が動いてんのか!?〟

〝おかしいだろ!? こんなんどうしろってんだ!?〟

〝お嬢様これヤバいですわよ可能ならすぐ離脱してくださいまし!〟



 まるで階層そのものが――あるいはダンジョンそのものが敵と化したかのような異次元の光景に先ほどまで安堵の声を漏らしていた視聴者たちが悲鳴をあげる。


 しかしそんな未曾有の脅威を前に、お優雅なお嬢様は一切怯まない。


「なるほど。これが悲劇とやらの原因で間違いないようですわね!」


 危険なモンスターは確実に潰すとばかり、蠢くダンジョン壁を見据えて拳を打ち鳴らした。



―――――――――――――――――――――――――――――――

犬飼様と猫屋敷様の喧嘩を描いてると「けど――仲悪いってことは…逆に好きなんじゃない…?」って心のなかの警視が無敵語録で暴れだしますわ(ジャンプの超条先輩面白いですわ)

ちなみに2人はガチで仲悪いですの


※前回のコメントでいくつかあった「モンスター総辞職ビーム」で無限に笑ってましたわー!

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