第133話 荒川ダンジョンの特殊性と新兵器

 

 モンスターの首を狩りながら上層を一瞬で駆け抜けたカリンの快進撃は、その後もまったく衰えることなく続いた。


 中層はおろか、モンスターのレベルが数段上がるはずの下層でも出現モンスター全種の首を網羅してノンストップ。いちおう対峙した強化種や各階層ボスの解説で立ち止まることはあったが、それも精々が数十秒。


 魔龍鎧装・嵐式の一部を身に付けた繊細な風の操作でドレスへの負担を軽減したカリンはその身体能力(の一部)を遺憾なく発揮し、文字通り人外の速度で荒川ダンジョンを駆け抜ける。


「ふぅ。下層最終ボス様も無事に討伐完了ですわ! というわけでここからは深層。能力があまり知られていないモンスター様も多く出ると思うので、ここからは1体1体しっかりと攻略の様子を配信していきますわね!」



〝はっっっっっっっっっっっや!?〟

〝どういうことなの??????〟

〝お嬢様が最初から装備使ったら深層まで一瞬とか考察されてたけど実際目の当たりにするとフェイク動画よりフェイク動画すぎる……〟

〝なんで出現モンス網羅しててこの速度なんだよ!?〟

〝出現モンス網羅とか時間の無駄じゃない? って思ってたらほぼ誤差みたいなもんだった……なにを言ってるかわからねぇと思うが俺もなにをされたかわからなかった……〟

〝ワールドトレンドがfake○○とIt's not fakeで埋まってるの世界が混乱してるの伝わって好き〟

〝なんならお嬢様の攻略速度が速すぎてトレンドが間に合ってないまである〟

〝てかこれ嵐式を一部しか身に付けてないし風で空気抵抗やドレスの負担減らしてるだけで移動速度は自前の身体能力では……?〟

〝ヤバすぎんだろ……〟

〝これが準備運動って本気で仰ってますの……?〟

〝これもう深層も瞬殺では……〟

〝いやでも荒川ダンジョンの深層は多分ほかとはわけが違いましてよ!〟

〝実際に悲劇の舞台になったのは最奥の第4層って聞くけど油断はできませんわ!〟

〝荒川ダンジョン深層はボスランダム以外に厄介な〝課題〟もあるって聞くしな……〟

〝お嬢様気をつけてくださいまし!〟



 カリンの異常すぎる攻略速度に視聴者たちが賞賛より唖然としたような様子を見せる。

 そして相変わらずドレスのまま〝荒川ダンジョン深層〟へと進むカリンを心配する声もあがるのだが――そんな心配をはね除けるように、やはりカリンは止まらなかった。


「ゴオオオオオオオオオオオオッ!」


 深層第1層に早速現れたのは、全身が重油のようなドロドロの体液で覆われた巨大なカエルのモンスター。じわじわとではあるがダンジョン壁すら溶かす粘性の高いヘドロの鎧は一度触れただけで武器を痛め、素手で触れようものならいつまでもこびりついて骨まで侵食するだろう代物だ。が、


「うーむ。別に触れても平気なんですけど、この汚いヘドロが手につくのはお優雅ではありませんわね……となれば、えいやっ」


「ごあっ!?」


 カリンが大カエルの眼前で拳を寸止めすれば――ドバアアアアアアアアアアン!

 いつか新人警察指導で見せたとき以上の拳圧でヘドロが霧散。

 突如丸裸にされて瞠目するカエルの脳天に拳を叩き込んで一撃粉砕。


「グルアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 続けて出現したのは凄まじい熱を放つ火山のような亀の怪物。

 その体躯は以前葛飾 ダンジョンで遭遇したフライパンの材料マグマタートルの優に十倍以上。内包する熱量も尋常ではなく、魔力とは別に陽炎で大気が歪んでいた。高レベル探索者でも少し近づいただけで肺が焼けかねないレベルの熱。カリン自身は耐えられても接近すればドレスが燃え上がってしまうだろうとんでもない熱波だ。


 しかし、


「こういうときは――ロケットパンチですわ!」


「グガアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 多めの魔力を込めたパイルバンカーをぶん投げ、遠距離から亀を爆砕。


 そのままの勢いで初見深層モンスターたちの能力を次々と攻略していき、あっという間に深層第1層ボスのもとへ到着。


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 出現したのは全身の肉が腐敗した巨大なドラゴン。

 その能力は圧倒的な生命力。

 カリンがいつものように凄まじい威力の拳で殴りつけても効いている様子がなく、首や腕を吹き飛ばされてもそれぞれが独立して動いてカリンに襲いかかってくる。



〝うわなんだこいつ!?〟

〝お嬢様に頭砕かれても破片が飛びかかってくるとかなに!?〟

〝深層ボスにしては弱くね? と思ったら全然そんなことなかったわ!〟

〝クッソ面倒なやつじゃん!?〟

〝お嬢様アンデッド系は焼き尽くすのが常道でしてよ!〟



 と視聴者たちがグロテスクな姿と能力に悲鳴をあげて攻略法を書き込むのだが、


「なるほどアンデッド系モンスターですの。ではちょっと本格的に身体を温めがてら……どのくらい細かく粉砕すれば動かなくなるか検証してお優雅に地上へデータ提供ですわ!」


「ゴアッ!? グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオ!!!


 粉砕、粉砕、とにかく粉砕。

 ゾンビ系モンスターには炎が有効というコメントすらまとめて粉砕する勢いで殴りまくり、バラバラになった深層ボスの身体を一片残らず壁のシミに。


 ガゴンッ、とボスの絶命を知らせるように次の階層への扉が開けば、視聴者たちはドン引きである。



〝いやいやいやいや!〟

〝ガゴンッ!(迫真)〟

〝ゴリ押しの擬人化か?〟

〝擬「人」化ではないですわね……〟

〝ミスト戦みたく摩擦熱(笑)でも使って焼くかと思ったらひたすら腕力でねじ伏せてる……〟

〝 ちょっと待ってアンデッド系ってゴリ押しで潰せるもんなの!?〟

〝てか奥多摩ほどじゃないにしろゾンビ以外も素手で相手取るの厳しそうなやつばっかなのにさっきから拳で普通に潰してんのなんなんですの!?〟

〝ま、まあアツアツ亀さんは素手じゃなくて反則装備使って倒してるから……〟

〝パイルバンカー(投擲武器)〟

〝使い方がおかしいんだよなぁ〟

〝てゆーかお嬢様深層に入ってから〝駆け足〟する必要なくなったからか嵐式の風操作もやめてるっぽいのにこの侵攻速度はバグすぎない???〟

〝お嬢様は存在が世界のバグだから……〟


 ¥5000

【悲報】事態が事態だけに闇姫様成分を完全封印してかなり真面目にTVでお嬢様の配信を解説してたPTA提出用光姫様、カリンお嬢様の深層ラッシュを境に様子がおかしくなってくる 


〝なんだそれと思ってTVつけたら光姫様が地上波で挙動不審になってて草〟

〝カリンお嬢様がアホみたいなやり方で深層モンスターぶち殺すごとに光姫様の鼻息がどんどん荒くなっていってるだよね……〟

〝※いまネットに疎い層向けにカリンお嬢様の配信を生放送してる局のひとつで光姫様が解説やってます〟

〝なぜ呼んだし〟

〝下層までは光姫様もちゃんと内なる闇姫様を抑えられてたのにね……〟

〝光姫様が完全に内なる魔物と主導権争いする厨二キャラに!〟

〝あっちのコメ欄でもこっちのコメ欄でも散々な言われようでおハーブ〟

〝なんでや! 今回光姫様は少しでもお嬢様に貢献したいからって荒川崩壊に備えた防衛戦力請け負いつつギリギリまで一般向けテレビ解説もやるって真面目なスタンスなんやぞ!〟

〝その結果がこれだよ!〟

〝闇姫様と光姫様が脳内でぶつかり合って最終的に破裂しない? 大丈夫?〟

〝なんで荒川ソロアタックしてるカリンお嬢様よりスタジオの光姫様のがピンチなんですかね……〟

〝ぶっちゃけカリンお嬢様の配信が心配で仕方なかったんだがなんかあの光姫様見てたらちょっと落ち着いてきたな……〟

〝自分よりアレな人を見ると冷静になるやつ〟



「では先に進んでいきますわね!」


 いつもどおり無茶苦茶な攻略風景に視聴者たちが困惑し配信の外での出来事も書き込まれるなか、カリンはさらに深層第2層も順調に進んでいく。


 その足は新規モンスター遭遇時の能力解説以外では止まることがなく、ほぼノンストップだったのだが、


「お?」


 深層第2層最奥。ボス部屋の入り口である扉の前でカリンの足がぴたりと止まった。


 ボス部屋への扉をカリンが(あくまで軽く)押しても引いても開かないのだ。


 加えて、その扉にはなにやら文字が刻まれていた。


なんじ、先へ進みたくばこのフロア内のモンスターをすべて討伐せよ』


 

「あー、事前に聞いてはいましたが、本当に出ましたわね。いわゆる課題扉ってやつですわ」



〝うわ、課題扉かよ!〟

〝荒川ダンジョン深層はそうだって噂あったけどマジだったんか!?〟

〝ボスランダムに課題扉ってどっちか片方あれば特殊ダンジョン扱いされるやつなのに両方あんの!?〟

〝え、ダンジョンってこんなのもあるんです!?〟

〝いまさらだけど摩訶不思議空間すぎんだろ……〟

〝課題がなぜか各地の言語で書かれてたり定期的に内容変わったりでダンジョンがなんかの意思で作られてるんじゃないかって与太の根拠になってるやつか……〟

〝うわマジか……荒川ダンジョンこれ冗談抜きで国内最高のクソダンジョンじゃね……?〟



 カリンが浮遊カメラを操作して映し出した扉の文言に多くのコメントが流れていく。


 課題扉。それはごく少数のダンジョンで確認されている特別な仕様で、ボス部屋へ続く扉に刻まれた条件をクリアしなければ先に進めないというものだった。


 その課題は通常、特定モンスターの一定数討伐やなんらかの謎解きなど、面倒ながら現実的に達成可能なものが多いのだが……、



〝いやフロア内のモンスター全部討伐ってなんだよこれ!〟

〝クソ中のクソ課題すぎる……〟

〝さすがにモンスのリポップはないんだろうけどそれでも進ませる気ゼロの課題!〟

〝フロア内モンスター全滅とか上層でも現実的じゃないですわ!〟

〝さすがにこれはダンジョン壁カットして進んでいいやつでしてよ!〟

〝いやこれお嬢様がモゴデス持ってて良かったですわ……下手したらここで詰んでましてよ〟

〝モンゴリアンデスワームちゃんモゴデスって略すヤツはじめて見た〟

〝いまこそショート〝カット〟の出番ですわお嬢様!〟



 あまりにも無茶苦茶な課題に視聴者たちからそんな声があがる。

 実際、深層フロアでの全モンスター討伐などおよそ現実的ではないのだ。

 仮に可能だったとして、手間がかかりすぎるというのもある。


 ゆえにコメ欄を流れる提案は至極真っ当、というかそれしかないというものだったのだが……扉の前でカリンはなにやら難しい顔をして、


「うーん……確かに皆様の仰るとおりなんですけど……ダンジョン壁カットだとなんかこう、ちゃんと攻略してる感がないですわよね? 下層までならまだしも深層でそれは若干逃げた感があってお優雅じゃないと言いますか。ここはちゃんと課題をクリアして先に進みたいところですわ」



〝え?〟

〝は?〟

〝なにを言ってるのこのバ……お嬢様は?〟

〝音声トラブル?〟

〝いやこれトラブル起きてんのお嬢様の頭……〟



 どう考えても選択肢などひとつしかない話にカリンが妙なことを言い出してコメント欄が困惑に包まれる。しかしそんな視聴者たちを置き去りにカリンは引き続き真面目な顔で腕を組み、


「とはいえ確かにこの状況であまり手間暇かけるのはそれはそれでお優雅ではないですし、かといってやはり課題無視もお優雅ではない……となれば、ここはアレが最適ですわね!」


 言ってカリンが懐のアイテムボックスから突如として取り出したのは――ライフルを彷彿とさせる形状の魔法装備だった。

 

 それは強力なブレスを吐き出す龍種モンスターの素材を幾百と折り重ねて作られた人外装備がひとつ。


 かつてミストと戦った際に「威力が高すぎて逆に使えない」と使用を見送った〝火力〟特化の魔法兵装で――お優雅トリングとすら比べものにならない絶大な魔力がその砲身に凝縮していく。



〝え〟

〝ちょ、新装備!?〟

〝いやちょっとお嬢様なにを〟

〝おいなんだよこれ画面越しでも魔力がヤバいってかなにするつもりだこれ!?〟



「威力や範囲が調整しづらくてちょっと使い勝手が悪いうえにあまりいいお稽古にならないのでそんなに使う機会がなかったんですが……こういうときは便利ですわね! というわけで、ファイヤーですわあああああああああああああああああ!」


 視聴者たちが混乱の声をあげるなか――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 尋常ならざる魔力の詰め込まれた銃口から、深層の広い通路を完全に埋め尽くすほどの灼熱が凄まじい勢いで放たれた。


 炎の濁流としかいえないその火力は異常のひとこと。

 

 深層の通路を埋め尽くす範囲もさることながら、炙られたダンジョン壁が融解するように爛れ、万象一切灰燼と為すような地獄の業火が吹き荒れる。

 

 そしてそのマジカル火炎放射器が誇る〝異常〟は火力だけではなかった。



〝えええええええええええええええ!?〟

〝ちょっ、なんだこの新装備!?〟

〝火力ヤバすぎぃ!?〟

〝汚物は消毒ですわー!?〟

〝東京焼き尽くしたシン・ゴジラの火炎放射かよ!?〟

〝いやちょっと待ってこれ……〟

〝いつまで続くんですの!?〟



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


 終わらない。カリンの手に収まるほどの銃身から吐き出される業火が尽きることがない。

 そしてその凄まじい爆炎が荒川ダンジョン第2層の通路を埋め尽くし続けること数分。


 魔龍鎧装・嵐式の風操作によって熱から身を守っていたカリンが「こんなところですわね!」と火炎放射をストップすると同時――ガゴン!


 第2層にいたモンスターの全滅を証明するように……ボス部屋へ続く課題扉の開く音が同接1500万を超える視聴者たちの耳朶を震わせた。



―――――――――――――――――――――――――――

ジェノサイドお嬢様の称号が復活しそう

ちなみにこの新武器の存在がほのめかされたのは66話のミスト戦ですわね!

マジカルファイヤゆえか酸欠は発生してないっぽいですわ(してもお嬢様なら問題ないでしょうが)


加えて補足すると、お嬢様も言っているようにスキルや戦闘技術面でのお稽古にならないという理由からカリンお嬢様はこの大量破壊兵器を普段使いすることがあまりなかったようですわね(恐らくはどこまで火力を高められるかの実験がてら作ったもののひとつと思われますわ)。なのでいまのお嬢様の実力はこの「一斉討伐経験値がっぽがっぽ」はあまり関係がないですの

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