第121話 一度関わると逃れられないタイプの呪い


「山田カリンに手を出すのはヤバい……どう考えてもヤバい……」


 きさらぎダンジョン崩壊の反動で部下たちが再起不能になってしばし。

 ツテのある闇医者のもとへどうにか秘密裏に部下たちを運び一命を取り留めさせたあと、ようやく現実を直視できるようになった犬飼洋子は愕然とした顔で呟いていた。


 いや山田カリンがヤバいなんてこと、最初からわかりきってはいた。

 だがいくらなんでも限度がある。


 異次元ダンジョンから誰でも脱出できる方法を特定したばかりか、深淵ボスから作っていると思われる空間魔法系の装備すら使わず、異次元ダンジョンそのものを拳で粉砕。さらにはその反動(?)で遠く離れた場所にいた部下たちを再起不能に陥れるなど、敵対者からすればもはや存在そのものがホラーだった。開発者も知らない仕様を気軽に発見するな。


「こんなのもう無理……これ以上ちょっかい出したら絶対にヤバいことになるわ……。計画に支障が出る可能性は極めて高くなるけど、こうなったらもう根本から発想を転換したほうがいい」


 部下たちを遠隔呪殺(死んでない)されたことで、直接的な排除は不可能どころかこちらの身が危うくなると直感した犬飼は確信とともに呟く。


 そうだ。いままで自分たちは山田カリンを排除することに固執しすぎていた。

 我々工作部隊の目的はあくまで侵略計画の完遂。

 要するに、あのバケモノが健在でも計画の最終段階に支障が出なければいいのだ。


 計画達成により忌々しい〝封〟さえ破壊できれば山田カリンも敵ではなくなるし、この世界の支配も容易なのだから。


 山田カリンを危険視していた理由は、その善性と戦闘力。

 すなわち侵略計画完遂の過程にある「日本での広範囲破壊」を食い止められる可能性が極めて高かったからだ。


 ならば計画を完遂するためには、すべての準備が整った当日に山田カリンやダンジョン女王を日本から引き剥がす準備などを進めつつ、山田カリンの手が足りなくなるレベルの物量で押せるよう「いま進めているダンジョン研究」にもっと注力すればいい。


 そうだ簡単なことだったではないか。

 あんな怪物を排除するなどという無理難題に挑むより、そちらのほうがよほど建設的だ。


 ……いやまあ、それはそれで極めて難易度が高いし、地盤固めが終わってようやく本格始動可能となってきた研究を進めている間に山田カリンがより強大になる可能性を考慮して早期排除しかないと考えていたわけなのだが……いまある手札で山田カリンを排除するより難しいことがこの世にあるだろうか。いやない(反語)。


「まあ、ダンジョンに関する研究は私よりも〝侵略工作部隊日本担当№2あのいけすかない天才〟に一日の長があるからそこだけにこだわってもあまり私自身の手柄にはしづらいでしょうけど……それは今後の立ち回り次第ね。潤沢な資金の確保に報告の仕方……部下の手柄を自分の手柄にする方法なんていくらでもあるし」

 

 それに〝あいつ〟もスランプ気味なのかここ数年はさしたる成果を出せていない。反面、犬飼グループの拡大資金源確保や日本の国力衰退工作などの地盤固めから研究に本腰を入れられる段階になっているいま、犬飼自身研究での成果は以前より遥かに出しやすくなっている。いずれにせよ山田カリン排除よりもダンジョン研究に注力したほうが100倍マシなのは間違いないだろう。


 それに、計画遂行に必要なダンジョン研究の進展は山田カリン排除に繋がる副産物も色々と生み出してくれるはずなのだ。多分。


 ゆえに今後の方針はとにかく研究への集中一択。

 それこそが栄光へと繋がる可能性のある唯一の道だった。


 犬飼洋子はそう確信すると同時、傍らに控えていた腹心――犬飼工業の副社長も務める部下へ声をかける。


「とりあえず、これからしばらく私はF市の隠しダンジョン――もとい〝研究所〟のほうへいくことが増えるわ。犬飼工業会社のほうは順調だから私は体調を崩したことにしてあなたにひとまず代理を任せる。山田カリンのほうも本人を直接張るのは自殺行為だから部下に配信とSNSを見張らせて、なにか捨て置けない動きがあったら知らせなさい。あのドレス姿を見るだけで気分が悪くなる……」


 こうなったらなにがなんでも絶対に研究を進めて山田カリンが住むこの国を滅茶苦茶にしてやる。ドス黒い復讐心逆恨みとともにそんな誓いを立てつつ、犬飼洋子は確たる意思を持って動き出すのだった。かつて偶然とはいえきさらぎダンジョンを生み出し、そしてこれからもっと多くの逸脱した魔法技術を生み出すことになるだろうその研究所へ。


      ※



「えー……皆様ごきげんようですの」


 きらさぎダンジョンを粉々に粉砕して脱出した翌日。

 カリンはいつものようにドレス姿で配信を行っていた。


 だがその姿は見るからにしゅんとしており、


「ええと、その、改めまして。昨日はご心配おかけして本当に申し訳ございませんでしたわ。

 警察やシャリー様まで駆けつける大騒ぎになったことはもちろん、あそこまで皆様にご心配おかけするのはお優雅とはほど遠い所業。戦闘で適度にハラハラさせてしまうだけならダンジョン配信やお優雅戦闘の醍醐味ではあるのですが……今度はあのようなうっかりがないようにしますの」



〝開幕一秒で親友ちゃんあたりに怒られたのがありありと伝わってきておハーブ〟

〝いやまあ昨日のは怒られても仕方ないわwwww〟

〝なんだろう、首にかけてないはずのプラカードが見えますわねおハーブ〟

〝盗み食い叱られた犬配信再びはほんま草〟

〝叱られた犬配信再びの周期が短すぎですわwwww〟

〝凶悪イレギュラー粉砕&攻略法確立(?)したにもかかわらず謝罪する羽目になる配信が見られるのはお嬢様のチャンネルだけ!〟



 そう。カリンはあのあと視聴者たちの予想通り、(表情には出さないものの)配信を見て心配しまくっていた真冬にこってりしぼられたのだ。真冬としてはカリンなら大丈夫だろうという確信はあったものの、きさらぎダンジョンはダンジョン先進国アメリカが中心となって全力の隠蔽工作に至ったほどの特級イレギュラー。カリンが比較的長時間にわたって「脱出方法がわかった」と明言しなかったこともあり、かなり冷や冷やしていたのである。


 いわく『イレギュラーに遭遇すること自体に責任なんてあるわけないけど、さすがにあのうっかりはない』とのことで、カリンとしても言い訳の余地0の大反省である。

 

 というわけで深淵に突撃していったときと同様、改めて開幕謝罪配信することとなったのだった。


 とはいえ、カリンのうっかりの原因が『他の人が巻き込まれた際に脱出できるように』とかつてないほど感知に集中していたためだったこと。まだ再現性があるか確証はないものの実際に脱出方法を確立した挙げ句危険なイレギュラーを粉砕して無事脱出したことなどから、視聴者たちの反応は好意的なものが大部分を占めていた。


 さらに今回の一件でカリンの謝罪があっさり受け入れられている理由はそれだけではない。



〝無事だったならそれでええんやで!〟

〝ええんやですわ〟

〝お嬢様が無事ならなによりですわー!〟

〝確かにかなり心臓に悪かったけど結果よければすべてよしですの!〟

〝とはいえ今後は気をつけてくださいましー!〟

〝なんやかんやお嬢様のおかげで特需が生まれてるからこっちとしては文句ねーですわ!〟

〝あの配信のおかげでダンジョン配信用カメラが軒並み売り切れてんのほんまおハーブ〟

〝もしアレに遭遇して昨日の脱出法が通用しなくても配信機材持ってればワンチャンお嬢様がカメラ越しに脱出方法感知してくれるかも、ってやつかwwww〟

〝山田ァ! うちのカメラがめっちゃ売れてて特需だぞありがとなぁ!〟

〝一時的な売り上げ増どころか探索者の必須装備になりそうな勢いなのほんま草〟

〝一度の配信で日本どころか世界でもカメラ需要増えだしてるの天変地異すぎるwww〟

〝これ下手したら探索者が全員配信用カメラ所持するきっかけになってダンジョン内での犯罪減るまであるやろwww〟

〝このお嬢様毎秒常識破壊と秩序の回復してんな〟

〝これもうそういう神様だろ〟

〝破壊と再生の神……シヴァ神山田かな?〟



 そう。カリンのチャンネルにおけるきさらぎダンジョン遭遇と脱出方法指南により、いまダンジョン界隈ではちょっとした特需が起きていたのだ。


 探索者たちは従来、配信する者を除いて記録機材を持ち込むことがあまりなかった。

 人同士のトラブルも起こりうるダンジョン内ではドラレコのように常時カメラを回しておくメリットもあるのだが、安全マージンをとっていない階層で激しい戦闘をしていれば壊れることも割と多く、繰り返しの買い換えによる出費や手間という恒常的なデメリットが上回っていたのだ。丈夫さに難があるため常に撮影用として使うのは無理でも、いざとなればスマホがあるというのも大きい。


 だが昨日のカリンの配信によって状況は一変。

 結果的にカリンのうっかりによる誤解も多分にあったものの「あの山田カリンが1時間以上さまよった異形ダンジョン」の与えたインパクトは大きく、いざというとき戦闘しながらでも動画を回して助けを求められるようにとダンジョン配信向けカメラ(両手をあけた状態で俯瞰的に撮影できる浮遊カメラや、影狼の身に付けていた頑丈ボディカメラなど)の需要が爆増していたのだ。


 元々各国がダンジョン配信を推奨した理由は探索者になる者を増やすためでもあったが、突発的なイレギュラーの情報収集や、監視カメラの設置できないダンジョン内部の様子が常に全世界へ発信されている可能性を作ることでダンジョン内での犯罪率を下げるなどの目的もあった。そういう意味ではあらゆる方面に少なからず恩恵があり、カリンの謝罪はすんなり受け入れられていたのである。


「み、皆様にそう言っていただけると一安心ですわ」


 コメント欄を見ていたカリンがほっと息を吐く。


「とはいえ、わたくし今回は本当に反省してるんですの。それでですわね、昨日あのあとちょっと気になってダンジョンの都市伝説について色々と調べてみたんですけど――」


 と、謝罪を終えたカリンではあったが、「それはそれとして」と居住まいを正す。


「きさらぎダンジョンみたいなお話って思ったより色々あるんですのね。ネットの情報なので眉唾も多いとは思うんですけど、ちょっと危なそうなのも国内にちらほらと」



〝確かに結構ありますわね〟

〝ダンジョンって閉鎖空間だし謎も多いしで昔から結構いろんな噂ある〟

〝怪談が作りやすい環境だしな〟

〝洒落怖掲示板でも定番ジャンルのひとつですわね〟

〝とはいえ作り話かと思ってたらマジもんのイレギュラーだったとかあるから意外とバカにできんのよな〟

〝それこそ昨日のきさらぎダンジョンとかね〟

〝さすがにアレは異常すぎて絶対フェイクだと思ってたんだけどな……〟

〝千葉南部ダンジョンの生首とか釧路ダンジョンの助けを求める女の霊とか。ヤベェ強化種だったって後々判明してニュースになってたことありましたわねぇ……〟

〝都内ダンジョン中層でバット持ったドレス姿の女を見たって怪談も昔ありましたものね〟

〝↑これマジで2年くらい前に書き込みあっておハーブ〟

〝やっぱり分類としては怪異じゃねーかこのお嬢様!〟


 

 ダンジョン怪談という話題にコメント欄が少々沸き立つ。

 そんななかカリンは「それでここからが本題なんですけど」と言いつつ、


「なのでわたくし、昨日の罪滅ぼしというわけではございませんけど、今後はそういう噂のあるダンジョンに行って真相を調べたり、もし本当になにかあればきさらぎダンジョンのように対処法を見つけるなりといった配信も織り交ぜていければと思っておりますの!」


 と、拳を握りつつ元気いっぱいに宣言した。


〝え?〟

〝え?〟

〝え?〟



 予想外の言葉に視聴者たちが目を丸くするなか、カリンはさらに続ける。


「ネットのこういうお話って基本的に信じてなかったんですけど、きさらぎダンジョンのような事例もあるとなるとすべてがまったくの作り話というわけではなさそうですの。そして実際にそういう事例があるとわかった以上、たとえ微力でも解決に協力するのがお優雅というものですもの!」


 加えて言うなら、配信において懸念すべきは動画のマンネリ化。お優雅な配信にもある程度のバリエーションをつけたほうがより多くの視聴者により長く楽しんでもらえると真冬に以前からアドバイスしてもらっていることもあり、カリンは社会貢献お優雅にも繋がるその新たな探索方針を打ち出していた。


「まあ、本当になんらかのイレギュラーに繋がる噂ならまだまだ未熟なわたくしよりも先にギルドや警察の方が対応してくださっているでしょうからほとんど空振りでしょうし、中断してしまった深層お優雅リベンジにも早く再挑戦したいという状況。あくまで今後の配信で噂話検証というコンセプトのもと、可能な範囲でお優雅配信に挑むこともある、くらいのものですけど」


 と、カリンは新たに混ぜ込もうと思っている配信方針について視聴者たちの反応を窺う。


 すると視聴者たちは少々面食らったような様子を見せたあと、



〝結構いいんじゃありませんこと?〟

〝それ大丈夫? って一瞬思ったけど深淵第1層ソロ踏破&きさらぎダンジョン撃破お嬢様ならいまさらですわね!〟

〝カリンお嬢様のいわくつきダンジョン巡りだと!?〟

〝これ実質カリンお嬢様がホラースポットに突撃していくってことじゃん〟

〝怪異さん「え、え」〟

〝つまり怪異決戦再びの可能性がある……ってコト!?〟

〝心霊スポットにゴジラ放り込むような配信見たいですわー!〟

〝ゴジラVS貞子が勃発するかもしれん配信とか需要しかねぇ!〟

〝またなんかヤバいイレギュラーと遭遇しそう!〟

〝お嬢様以上にヤバいイレギュラーなんて存在しないからきっと大丈夫ですわね!〟

〝まあでもお嬢様の言うとおりガチの噂ならギルドが先に対応してる率高いだろうしそんなヤバいもんとも遭遇しないだろうから安心して見てられそうですわね〟

〝↑おいやめろB級ホラー並みのフラグ立てんなですわ〟

〝毎回異常な成長を見せつけられても心臓持ちませんしいわく付きダンジョンまったり攻略ってのもメリハリあっていいかもですわー!〟

〝(いわく付きダンジョンでまったりとは……?)〟

〝深層リベンジも早めにやりたいなら怪談の噂がある高難度ダンジョンにいけば一石二鳥ですわー!〟

〝そういうのもアリですわね!〟



 と、視聴者たちは新たな攻略方針のひとつに概ね好意的。

 噂話になるくらい人の出入りがある場所なら深くても精々下層くらいで安全性も高いだろうし、怪談めいたイレギュラーをお嬢様が粉砕あるいは情報拡散してくれる可能性があるなら探索者の事故率も減りそうだし! とカリンの強さを信頼して後押しする。


「わ、思ったよりも需要がありそうですわね……! それでは、次回は新しい攻略方針の告知がてら早速その手の噂のあるダンジョンでお優雅配信をやっていきたいと思いますの!」


 カリンは元気よく宣言。

 さらには常人では視認不可能な速度で流れていくコメントのなかから「深層リベンジも早めにやりたいなら怪談の噂がある高難度ダンジョンにいけば一石二鳥ですわ!」という書き込みを発見。


(確かに! モンスター様の出現傾向は違うでしょうが、噂話のようなイレギュラーが発見できなかった際は高難度深層お優雅攻略に移行したりもできますし! それじゃあ、挑むのは少し調べた妙な噂のあるダンジョンのなかでも数少ない深淵保有ダンジョン……でもって都内から一番近いの首塚ダンジョンとかよさげですわね!)


 と、潜るダンジョンを事前に特定されるのはよろしくないのでこの場では明言せず、次にお優雅ぶちかますダンジョンを心のなかで決めるのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――

心霊スポットといえばA市、H城址みたいな表記ですわよね! ということでそういう表記にしてみましたわ(ダークギャザリング面白いですの)


ちなみにですがこれまでお嬢様は金欠のため遠征とかできず、基本都内のダンジョンばかり潜ってましたわ。収益化によってお嬢様の活動範囲が広がりそうですわね。まだ大金(お嬢様基準)を使うのに慣れてないので限度はあるでしょうが

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