第119話 きさらぎダンジョン
カリンが深層第2層のボス部屋に辿り着いたと思ったら、そこは先ほど通過したはずの第1層ボス部屋だった。
〝は?〟
〝え、これマジでさっきの1階層ボス部屋じゃん?〟
〝画像比べたらガチで同じ破壊跡なんだが?〟
〝どうなってんですの??〟
〝お嬢様もしかして道間違えたとか?〟
〝逆走?〟
〝いやそんなわけなくね……?〟
その意味不明すぎる状況に困惑の書き込みが流れていく。
カリンが道を間違えて逆走でもしたのではないかという声も少なからずあがるが、頭抜けた感知スキルによって初見領域でも真っ直ぐボス部屋に辿り突けるカリンに限ってそれはあり得ない。そもそも逆走したなら途中で階層間を繋ぐ上り道をあがっているはずだが、そんな場面は一度もなかった。
「なんかよくわかんねーですけど……ひとまず先に進んでみますわね?」
カリンは考えても仕方ないとばかりに、お優雅リベンジ配信を続けるべくボス部屋の先へと進む。
そしてカリンが進めば進むほど、視聴者たちの混乱は加速していくことになった。
「「「キイイイイイイイイイッ!!!」」」
ボス部屋の先で出現したのは、第2階層にしか出現しないはずのヒュプノシスバット。さらにそれを蹴散らして再度辿り着いたボス部屋に足を踏み入れれば、
「なんか途中からそんな気がしてましたけど、やっぱりまた第1階層のボス部屋ですわね?」
配信画面に三度映し出されるのは空っぽのボス部屋。
そしてカリンが粉砕した壁の破壊痕だった。
〝は?〟
〝また!?〟
〝2連続でボスもいねぇし破壊痕があるし!〟
〝え? え?〟
〝マジどうなってんですの!?〟
〝イレギュラー!?〟
〝こんなイレギュラーある?〟
〝なんにせよお嬢様これいったん戻ったほうがいいですわよ!?〟
もはやなにかの間違いとは思えないあからさまな異常事態。
ダンジョンでなにか妙なことが起きたときの鉄則として、視聴者たちが一度引き返すよう促す。
カリンもまたお2層3層のボスが現れないのならお優雅リベンジもできないし、と視聴者の声に従い1度地上方面へと反転した。
だが――、
「……やっぱりまたここですわ」
下層最下層へ続くはずの通路を上がりきった先にあったのは、深層第1層のボス部屋。カリンに粉砕された壁が目立つ空っぽの広間だった。
〝は?〟
〝おいおいおいおい!?〟
〝上がり通路も通ったなら迷ってるとかも絶対ないよなこれ!?〟
〝ちょっ、え?〟
〝お嬢様、ループしてね?〟
〝なんで!?〟
〝どうなってんだ!?〟
〝え、なんだこれ? ガチでヤバいんじゃねえの……?〟
いよいよ視聴者たちの混乱が加速する。
だがそんな混乱はまだ序の口だった。
カリンが引き続き地上側へと進み、上層階へと続くはずの連絡路を上ること2度、3度。そこに繰り返し現れるのは破壊痕の残った空っぽのボス部屋に、延々と続く深層の広々とした岩窟。どれだけ進んでも下層に辿り着くことができず、ひたすら深層のモンスターが現れ続けるのだ。
さらには、
「――ふっ!」
カリンがものは試しとばかりに〈モンゴリアンデスワーム〉を取り出し、深層第1層ボス部屋の天井を細断。いつか光姫たちを救ったときのようにくり抜いた天井を通り上階へのショートカットを試みる。が、
「おあ!? すげーですの! また深層第1層のボス部屋ですわ!?」
カリンが地面からひょっこり顔を出せば、そこにはまた深層第1層のボス部屋が広がっていた。しかも今度はカリンが新しく天井にくり抜いた穴まであり、いま通ってきたショートカットからダンジョン壁の欠片を落とせばそれが頭上の穴から降ってくる。
カリンが思わず目を丸くしてしまうほどに……深層の一部分が完全にループしていた。
〝はあ!?〟
〝マジでなにこれ!?〟
〝カリンお嬢様ちょっとワクワクしてんじゃねえ!〟
〝え、おいこれガチでなにが起きてんの!?〟
〝うっそだろなんだこれ!?〟
〝はあ!? ガチでループしてる!?〟
〝いくらダンジョン深部が空間歪めて地中に存在してるっていってもこれは……〟
〝なんか騒ぎになってたから来たけど……え、これガチなの?〟
〝さ、さすがになんかのトリックですわよね!?〟
〝もう完全にフェイクでも道に迷ってるとかでもないんだが……!?〟
〝なにこれ!?〟
いくらダンジョンが物理法則を超越した存在とはいえ限度がある。
あまりの事態に、カリンがそんなことをしない配信者とわかっていてなお「なにかのトリックか演出では」と疑う声もチラホラ出るが……そんな意見もすぐに霧散した。
延々と続く深層同様に延々と湧いてくるモンスター。
その姿が――いつの間にか異形のそれへと変じていたのだ。
「ア……ガガガガガ……!」
「ギゴゴゴゴゴゴッ!」
「オアアアアアアアアッ……!」
ヒュプノシスバット、インセクトウォーリアー、トロルグリズリー。
出現するのはこれまでと同様に深層の1、2層に出現してきたモンスターたちなのだが、その姿はいずれも大きく〝崩れて〟いた。
あるモンスターは全身が爛れ、あるモンスターはあらぬ場所から手足が生え、またあるモンスターは穴という穴からヘドロのような体液を噴出している。
〝ひぇ!?〟
〝次はなんだよ!?〟
〝なんですのこのキショいモンス!?〟
〝バイオハザードかよ!?〟
〝サイレントヒルかよ!?〟
〝お、おいこれフェイク動画でもなんでもないぞ!?〟
ゾンビ、あるいは生成の過程でバグが発生したような姿は生理的嫌悪感をこれでもかと刺激するもので、目の肥えた視聴者たちがリアル認定しつつ悲鳴をあげる。
「な、なんか急に気持ち悪いのが出てきましたわ!? すぐ画面から消しますの!」
ドパアアアアアアアアアアアアアン!
「「「グギイイイイイイイイイイイイイッ!?」」」
幸いそれら異形のモンスターたちは原種より脆いようで、カリンが拳を振るえばすぐさま木っ端微塵に砕け散る。
〝画面(この世)から消すはおハーブ〟
〝即断即決の木っ端微塵は草ァ!〟
〝カメラワークって概念を知らずに育った悲しきモンスターか?〟
〝お嬢様あの気色悪いの普通に既で殴ってておハーブ〟
〝なんでアレ見てまったく怯まないんだこのお嬢様……〟
〝これは素手でGを駆除できるタイプのお嬢様〟
〝お嬢様最強! ……いやでもこれマジでなんなんださっきから……〟
〝お嬢様これ本当に大丈夫か……?〟
〝マジで意味がわかんないだがさっきからなにが起きてんだ……?〟
しかしそのカリンの圧倒的強さをして、今回ばかりは視聴者たちから不安の声が尽きない。
当然だろう。
ダンジョン内、それも深層で明らかにループのようなものが発生しており、カリンがいくら進んでも脱出はおろか先に進むことすらできなくなっているのだ。そこに異形のモンスターまで現れたとなれば、まるでカリン1人が異界に放り込まれてしまったかのようで……不気味極まりない事態の連続にじわじわと「あれ? これ本当にヤバくないか?」という空気が増していく。
「ふぅ。ひとまずキショいのは一掃できましたわ。けど本当になにが起きてるんでしょう? この練馬ダンジョン、下見したときは全然普通だったんですけど……これじゃせっかくのお優雅攻略リベンジの予定がぱーですわ」
カリンはイレギュラーが発生した際のならいとしていま潜っているダンジョンの名前を明かしつつ、1人だけのほほんと首を傾げるが……。
そんなときだった。
一体カリンの身になにが起きているのか。
視聴者たちの不安をさらに増大させ、カリンの呑気な空気をも剥ぎ取るような〝答え〟が、異形モンスターの出現を皮切りに次々と書き込まれはじめたのは。
〝お、おいお嬢様これそんな呑気なこと言ってる場合じゃないかもだぞ……〟
〝階層のループにバグみたいなモンスターって……〟
〝きさらぎダンジョン……?〟
〝お、おいこれきさらぎダンジョンじゃね……?〟
〝は!? ウソだろ!?〟
〝きさらぎダンジョン!?〟
〝うわ……確かにさっきのキモモンスどっかで見たことあると思ったら……〟
〝マジであのトラウマ動画と同じ状況じゃんこれ!?〟
〝はあ!? アレはそれこそアメリカ政府公認のフェイク動画だろ!?〟
〝ダンジョン系の掲示板よりも洒落恐系の掲示板で語られるやつでしてよ!?〟
〝いやでもこれは……〟
〝え、ちょ、ガチのきさらぎダンジョンとかそれお嬢様詰んでね……?〟
「きさらぎダンジョン? なんですのそれ?」
一斉に流れはじめたその単語に気づいてカリンが訊ねる。
〝都市伝説っていうかなんていうか〟
〝ダンジョンに関するフェイク動画筆頭だと思われてたやつなんだけど……〟
〝ダンジョンの恐い話で割と有名なやつでして……〟
少々躊躇うような気配とともにスパチャや動画URLで語られるのは、一部で有名なダンジョンの怪談、都市伝説の類いだった。
きさらぎダンジョン。
それは特定のダンジョンを示す単語ではなく、正確にはダンジョン内で起きた怪奇現象を示す俗称だという。
いまから10年以上前。
アメリカに悪名を轟かせる探索者がいた。
通称〝狂犬〟
レベル3000近いと推察される高い戦闘力とテレポートと思われる瞬間転移のユニークスキルを有し、警察だろうが一般人だろうがマフィアだろうが相手を選ばず好き勝手に暴れては私欲を満たし、誰にも補足されることなく逃げおおせていた犯罪者。
そんな彼はある日、当時既に人気ジャンルとなっていたダンジョン配信に手を出した。
当然まともな配信ではない。
駆け出しと思しき配信者とダンジョン内で偶然遭遇し、殴り飛ばして配信機材を強奪。通報と糾弾の書き込みを繰り返す視聴者たちをおちょくりながら気まぐれに配信の真似事をはじめたのだという。
そしてその最中に異変が起きた。
「あの配信者のガキじゃこんなとこまでこれねえだろ」とせせら笑いながらソロで辿り着いた下層第1層。そこで〝狂犬〟は突如ダンジョンから抜け出せなくなったのだ。
ちょうどいまのカリンと同じように、ボス部屋を起点に同じ階層を無限にループ。
さらには異形のモンスターまで現れだし、その頃には男は完全な恐慌状態に。
自慢のワープ能力もまったく意味をなさず、異形と化した下層モンスターを容易く屠りながらも自信満々な荒くれ者の顔は消え失せ、憔悴した顔でパニックを起こしながら映像は途絶。その後アメリカ中で暴れ回っていた〝狂犬〟の被害はぱたりとおさまり、消息も不明。
騒ぎとともに広がった動画はアメリカ政府が直々に「反ダンジョン団体が作った悪質なフェイク動画」と発表しその多くが消されたものの、一部のオカルト好きなどの手によりいまでも有名なホラー動画として細々と投稿が続いていた。
異界に放り込まれたような状況から日本では都市伝説「きさらぎ駅」の名前をとってきさらぎダンジョンとも呼ばれ、いまのいままでよくあるフェイクホラー動画として消費されてきたのである。
だが……ここにきてカリンがまったく同じ状況に陥ったとなれば、フェイクなどと言って笑ってはいられなかった。
〝きさらぎダンジョン調べた。ヤバくね……?〟
〝ツブヤイターに動画あがってたけどマジでまったく同じことが起きてて草枯れるんだが〟
〝画質が荒いのもあって確かにフェイクにも見えるけどそれにしては男の悲鳴がガチすぎてアレは……〟
〝お、おい大丈夫だよな? お嬢様なら平気だよな?〟
〝あの動画がマジなら空間系ユニーク持ちすら脱出できないことになるんだが!?〟
〝おいおいおいおいいくらなんでも信じられないんだが本気で大丈夫かお嬢様!?〟
〝救援呼んだほうがいいだろこれ!?〟
〝ヤバくね……?〟
〝うそだろこんなえげつないイレギュラーあんのかよ……!?〟
なにが起きているのかわからないというこれまでの混乱とは一転。
その空恐ろしい都市伝説と投稿されている動画を調べてきたらしい視聴者たちが、明確に輪郭を帯びた異変の概要と予想される最悪の結末に悲鳴を漏らす。
そしてそれはつい先ほどまで呑気に声を漏らしていたカリンも同様だったようで、
「まあ……これってそんなイレギュラーでしたの……!?」
と表情に緊張を滲ませる。
普段はネットの書き込みを悪ノリや冗談として受け取ることの多いカリンだが、カリンをして「フェイクではない」と感知できる動画もあるとなれば今回ばかりは話が違ったようで、
「前にも同じようなことがあって行方不明者も出ているなんて……となると皆様の言うとおりお優雅攻略リベンジとか言ってる場合じゃなさそうですし、わたくしちょっと本気で脱出方法を探ってみますわね!」
と、視聴者たちの不安をはね除けるように力強く宣言。
繰り返される深層第2層を再度お優雅に進んでいった。
だが――。
それからおよそ1時間が経ってもカリンは同じ場所をぐるぐる回り続けるだけで……カリンの配信画面には無限に続く通路と終わらないモンスターとの戦闘が映り続けていた。
「あははははははははははははは! いくら足掻いても無駄よ無駄! なにをしたってその疑似異次元ダンジョンからは脱出できないわ!」
カリンがきさらぎダンジョンの脱出方法を探っている最中。
その様子を愉快げに視聴しながら、嘲るように哄笑をあげる者がいた。
とある雑居ビルの一室。
今日のために会社を休み、10人の部下とともにこの隠しアジトで虎視眈々とカリンが罠にかかるのを待っていた犬飼洋子である。
「その封印は別次元に出来上がった異形ダンジョンに対象を放り込む代物。普通の結界系スキルと違って破壊できるようなものではないわ。なにせこことは別の時空に存在する疑似空間なのだから。あなたがいくらデタラメなパワーと装備で破壊し尽くそうが、あの深淵ボスから作ってるだろう装備を使おうが無意味。不用意に足を踏み入れた時点であなたは終わったのよ」
ダンジョン内で足掻くカリンに、勝ち誇ったような顔で自信満々に断言する。
だがそれも当然のことだった。
きさらぎダンジョン。
正式名称:異次元疑似ダンジョン生成封印。
それは犬飼たち侵略工作員がこの国の何世代も先をいくイカれたダンジョン研究の副産物として偶発的に生み出した〝コア〟と、結界構築系の希有なユニークスキルを持つ側近、そして魔力を提供する9人の高レベル探索者の部下たちを掛け合わせることで構築する異次元封印なのだ。
いまも部屋の隅でダンジョン核に似た至高のマジックアイテムを中心に瞑目する犬飼の部下たちが維持する封印は、対象を閉じ込めるというよりもこの世界とはほんの少しだけズレた異次元に放逐するという意味合いが強い。
ゆえにどんな怪物であろうと力尽くで破壊することは不可能なのだ。なぜならその封印は頑丈なのではなく、そもそも次元が違うから。遠隔設置した入り口から踏み込んでしまえば破壊のしようがなく、たとえ空間系のユニークスキルを持っていても脱出できないのである。
無論、その強大な封印は無制限に使えるわけではない。規格外な力ゆえか1度発動するとかなり長大なインターバルが必要らしいのだ。
ダンジョン先進国アメリカで治安維持部隊に飽き足らず犬飼たち侵略工作部隊にかかわる裏組織にさえ牙を剥いていた〝狂犬〟。彼を処理するためアメリカ支部の連中に貸しを作りがてら実験的に使ってみたはいいものの、その後10年以上使えなくなっていたので故障したか1度限りの偶発的な代物と思っていたほどだったが……なんにせよこのタイミングで再使用が可能となってよかったと犬飼洋子は自らの豪運にほくそ笑む。
どうやってもいまの状況では排除できそうにないあの怪物を――侵略計画の大詰めで必ず最大の障害となるだろう山田カリンをこうして排除できたのだから。
加えて、きさらぎダンジョンがもたらす恩恵は山田カリンの排除だけに留まらない。
「くふふ。せいぜい最後の最後まで足掻いて怯えて朽ち果てて、世界中にダンジョンへの恐怖を植え付けるがいいわ。皮肉なものね。あなたがいままでそのチャンネルで振りまいてきた希望が大きければ大きいほど、あなたの破滅はそれ以上の巨大な絶望になってダンジョン社会に暗い影を落とすのよ」
そう。犬飼洋子がわざわざ配信中を狙ってことを起こした理由はそれだった。
非常識なまでの強さによってこれまでどんな困難をも粉砕してきたカリンが恐ろしい〝イレギュラー〟のなかで朽ち果てればどうなるか。
確実に探索者という職業は勢いを落とすだろう。
少なくともこの国では新しく探索者になろうという者が減り、またぞろ山田カリンのような怪物が生まれる可能性は減る。そうでなくとも植え付けられたダンジョンへの恐怖は確実に探索者全体の成長に影響するに違いない。
そしてそれは遠大なる侵略計画の成功確率をあげ、犬飼洋子の輝かしい未来へと繋がるのだ。
「〝前回〟はアメリカを筆頭に、イレギュラーと私たちの力の区別もできない各国がダンジョンへの恐怖を促進しないよう全力で揉み消してたけど……山田カリンの知名度とこの同接数じゃあそれも叶わない。異次元ダンジョンの恐怖は確実に世界中を蝕むでしょうね」
ついこの前まで感じていた凄まじい胃痛やプレッシャーはどこへやら。
配信画面上を流れていく配信コメントを見て、犬飼洋子は心の底から邪悪な笑みを浮かべる。
〝おいおいおいウソだろ!?〟
〝マジでいつまで続くんだよこれ……〟
〝なんか光姫様が100回電話かけても1000回メッセージ送っても圏外で通じないとか呟いてんだけどどういうことだよ配信できてんだぞ……〟
〝ガチの怪奇現象じゃんどうなってんだよこれ!?〟
〝モンスターもずっと変なのばっかだし嫌な汗でてきた……〟
〝カリンお嬢様ならどうせすぐに脱出方法探り当てるだろと思ってたのになんだよこれ……〟
〝あの深淵ボスから作ってるだろう装備とかじゃダメなん!?〟
〝使ってないってことはそんな都合のいい性能の装備は作ってないんじゃねえか……そもそも空間ユニーク持ちが対処不能だったって話だしこのイレギュラー……〟
〝おいおいおいおいダンジョンやばすぎんか!?〟
〝いくらお嬢様が核融合炉燃費でシャリー様からもらった肉隠し持ってるとはいえこんなん永遠続いたら……〟
〝あかん、カリンお嬢様に憧れて子供が探索者はじめようとしてたけど全力で止めるわ〟
〝みんなちょっと落ち着いたほうがいい、しんどい人はいったん配信から離れるのも手〟
なにせ犬飼洋子の狙いどおり、1時間以上経ってなお同じ場所をぐるぐると周り続けるカリンに、視聴者たちがいよいよ洒落にならない恐怖を抱きはじめていたのだ。
異次元に疑似ダンジョンを生み出すという離れ業の副作用か、疑似空間内に生み出されるモンスターは異形そのもの。実際のダンジョンほどの物量ではないし力も弱めだが、それでもその造形だけで視聴者や封印された者の恐怖を煽るのに十分だった。ほかにも疑似空間はユニークスキル由来であるせいか配信可能にもかかわらず電話やメールが通じないといった謎の仕様もあるが……その不気味なチグハグさが見る者の精神を削るいいスパイスとなっているようで、戦くようなコメントが大半を占めるようになっていた。
「きさらぎダンジョン」の名前が出た1時間ほど前までは「まあなんやかんやお嬢様だしなんとかなるのでは」という空気もあったコメント欄も、異常なダンジョンに飲み込まれようとしているカリンを見ていまやすっかり恐怖に支配されている。
それどころか、
〝【急報】練馬ダンジョンに現着したシャリー様が深層を破壊し尽くしてるらいしけどマジでカリンお嬢様が見つからないらしい〟
〝練馬ダンジョンにカリンお嬢様が入場した記録あんのに中にいないってマジか……〟
〝ヤバい。穂乃花様が探知特化の対探課メンバー連れてきたらしいんだけど第2階層ボス部屋の前で忽然と気配が途切れてるって入り口が騒ぎになってる〟
〝おいおいおいおい〟
〝マジで言ってる!?〟
〝練馬ダンジョン潜ってたけどイレギュラー発令で慌てて外出たらガチで警察とマスコミ集まっててえらい騒ぎになってる〟
〝うわガチじゃん〟
〝ニュースでも取り上げはじめたな……〟
〝おいこれ本当の本当にカリンお嬢様行方不明なのか!?〟
〝光姫様がコメ欄に現れてないのが逆に状況のヤバさを物語ってるだろこれ……〟
〝シャリー様が暴れてるってカリンお嬢様の配信でそんな気配全然ないんだが……?〟
〝これガチで別時空に入り込んだとかそういうやつなのか!?〟
〝モノホンの神隠しかよ……カリンお嬢様が対処不能とかヤバすぎんか……?〟
〝状況がヤバすぎてシャリー様の大暴れに誰も突っ込んでねえ……〟
〝え、ちょ、ダンジョンってこんなヤバいこと起きるの……?〟
〝このままカリンお嬢様が衰弱死すんの見てるしかないのかよ……〟
深層をさまよい続けるカリンの現状はかなりの大騒ぎになりつつあり、カリンと同時刻に練馬ダンジョンへ潜っていたと思しき探索者や野次馬たちがコメント欄やSNSで情報を発信。
現状を伝えて広く助けを求めるつもりかただの顕示欲か知らないが、なんにせよ犬飼洋子が想定していた以上にダンジョンへの恐怖を煽ってくれていた。
期待以上。理想のさらにうえをいく大成功だ。
「ふふ、くくく! いくら大陸を統一したバケモノが暴れようと無駄無駄。位相に位置するダンジョンは内部からの脱出はもちろん、外部からはその存在を感知することすらできないんだから。この封印はあなたたち凡百の人間が知る封印とは文字通り次元が違う。山田カリン、そのふざけた実力と頭のおかしい成長性には胃がねじ切れるかと思ったけど……なおさらここで封印排除できてよかったわ。さようなら、その悲劇をもって私たちの繁栄に貢献なさい」
犬飼洋子は三日月のように口の端を釣り上げ、残忍な笑みをその美貌に描いた。
――そのときだった。
『ん? なんかちょっと探知に集中してるうちに急に同接が増えて……ってなんかコメントの様子も変ですし、皆様どうしたんですの……? って、え!?』
「ん?」
突如、スマホに流れる動画のコメントに目をやったカリンが素っ頓狂な声をあげた。
そしてなにやら目をまん丸にしてスマホをいじっていたかと思えば、さーっと血の気が引いたように顔を青ざめさせて、
『え、ちょっ、なんでこんな大騒ぎになってますの!? ニュース!? 警察!? わたくしが行方不明!? ちょっ、SNSのDMが光姫様だらけですしシャリー様もダンジョンぶっ壊すとかなにやってますの!? ……って、あ!? わたくしもしかして言いそびれていたというか、皆様まさかこれわたくしがここから脱出できないと思ってらして!?』
と、カリンが悲鳴じみた声をあげたかと思えば、
『お、お騒がせして申し訳ありませんわ皆様! 感知に集中しすぎてて完全に言い忘れてたっぽいんですが、わたくしもうとっくの昔に脱出する目処自体は立ってますの!。ただその、こんなイレギュラーが過去にも起きたというなら〝狂犬〟様のように感知スキルがぼちぼちの方でも簡単に脱出できる方法を確立しておいたほうがいいんじゃないかと思いまして……いまはその検証中なので安心してくださいまし!!』
〝は?〟
〝は?〟
〝は?〟
〝は?〟
〝は?〟
「………………………………………………………………………………………は?」
『ひ、ひぃ!? こ、このニュース映像本当に練馬ダンジョン入り口の光景ですわ!? わ、わたくしのうっかりのせいで……!? や、やっちまいましたの……! 皆様に本気の心配をおかけするなんてお優雅でないことをしでかしたうえにこんなとんでもない大騒ぎ……うっ、お腹がキリキリして……』
と、カリンがスマホで調べたニュース映像にぷるぷる震えてお腹をおさえるなか……視聴者及び笑顔を凍り付かせた犬飼洋子の口から、唖然とした声が漏れた。
――――――――――――――――――
前フリに9000字もかけちまいましたわ……。
そしてなぜか悪者に犬系の名前が多くて首を傾げる作者お嬢様。
ちなみにカリンお嬢様の内臓はカリンお嬢様の内臓なのでカリンお嬢様にもダメージを与えられますわ
※そして細々返信できてなかったですが、皆様書籍2巻のご購入報告と感想ありがとうございますですの! 書き下ろしのほうも楽しんでいただけたようでなによりですわ!
また、メロンブックス様の通販サイトでのアクスタ予約は今日の23時59分までなので、まだというかたは忘れずにどうぞですの!
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