第115話 闇の中に差し込んだ一筋の光

「〈安楽死ユーサネイジア〉が失敗した、ね。はっ、大した力もない魔法装備頼りのバカが功を焦るからよ」


 ミケル・カマセンが消息を絶った翌日。 

 カリンの通う学校から遠く離れたビルの屋上に1人の女が佇んでいた。


 ミケルと同様、賞金に釣られて日本に入り込んだ不穏分子の1人。

〈怪物殺し〉の異名を持つ暗殺者、バオーツク・ハチだ。


 ハチは先んじてターゲットに接触した男の失敗を受け、吹き抜けるビル風を受けながらバカにするような笑みを浮かべる。


(所詮はこそこそやるしか能がない羽虫ね。ま、とはいえミケルもそこそこの実力者。それを速攻で潰したあたり、あの山田カリンって怪物の実力は相当みたいね。けど私には関係ない。相手がどれだけ強かろうと、私の前では等しく無意味よ)


 視線の先。

 カリンの通う学校の方角を眺めながらハチは自信に満ちた目で舌なめずりする。

 

(なぜなら私のユニークスキルは〈完全上位互換オーバー・パーフェクトコピー〉! 距離に関係なく目視した相手の力をこの身に宿し、そこにさらに元々の自分の力を上乗せする、格上殺しに特化したスキルだからよ!)


 仕事の成功を確信しているかのようにハチは目を細める。


(ふふ、確かに私もあのダブルシャドウとかいうコピーモンスターが破裂した動画には戦慄したわ。けど! 私の力はあんなちんけな深層モンスターとは違う! 私のこの鍛え抜いた肉体とユニークスキルは、たとえ相手と隔絶した力があろうと問題なく力をコピーすることが可能! 下層最低レベルの戦闘力しかなかったあの深層コピーモンスターとレベル2000超えの私では器の強度が違うのよ!)


 ハチは既に仕事が成功したかのように胸を張る。

 だがそれもある意味では当然の自信だった。


 確かにこのユニークも完全無欠ではない。

 相手との力が隔絶しすぎていると模倣できる時間も短くなり、次に発動できるまでのインターバルがかなり長くなるなど制限はある。だが隔絶した力を持つ相手の力すらコピーしてそこに自分の力を上乗せするという能力は破格であり、ハチはかつてその力で国家転覆級と呼ばれる怪物さえ討ち取ったことがあった。その仕事はいまなお中東方面で伝説とされ、暗殺者としてのハチの地位を絶対的なものとしているのだ。


 そしてそれだけのユニークスキルを持ちながら、ハチには油断も慢心もなかった。


(ふふふ、覚悟しなさい山田カリン。今日のところはあなたに気づかれない距離で一度あなたをコピー、念には念を入れて力の具合やスキル効果継続時間をあらかじめチェックするための下見だけれど……後日あなたには一切の反撃を許さない。レベル2000を優に超える私の底力が上乗せされたあなたの力で、ふざけた魔法装備を取り出す間もなく消してあげるわ!)


 あのダンジョン女王疑惑のある女と戦ったとき、新たな装備をろくに展開できなかったように!


「さあ、いまのうちに呑気な学園生活を堪能しておくがいいわ――スキル発動!」


 言って、授業中に居眠りをかます遙か彼方のカリンを双眼鏡越しに目視した瞬間――ハチの身体に変化が訪れた。その姿がカリンのものになり、さらにはとんでもない力が湧き上がってきたのだ。


「……!? おおっ、予想はしてたけど未だかつてない力が漲って……! すごい! なにこの力! 前にコピーした怪物探索者なんて目じゃない! 完全に気配を押さえ込めるのに、それでいていますぐ目の前に映る景色をすべて更地にでもできそうな……! どこまでも力が溢れて溢れて溢れて溢れて――」


 ん?


「え……ちょっ、なんでまだ溢れ続けて……!? と、止まらない!?」


 その異変に気づいたハチは一瞬焦る。

 いやだがかつて目茶苦茶な力量差もある相手をコピーしてなお容量オーバーなど感じなかったこの力に限界などあるわけが――あ、いかん。


「ちょっ!? え!? なにこれ!? 待って! 待ってえええええええええ! なんで!? なにこれ!? こんな感覚はじめてで――ちょっ、ストップストップ! あれけどこのユニークってどうやって止めれば……!? ちょっ、待って! 本当に待って待って待って待って! だめ! それ以上は! それ以上膨れ上がったら死ぬ! 死ぬから! ちょっ、待っ――」


 チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 瞬間、まるで体内から限界を超えた魔力が爆発するような衝撃がハチの体内で炸裂。

 ダブルドッペルより遥かに高い自力のおかげか人の形は保っていたものの、身に余る力を宿して爆発したハチは息こそあれど全身から煙を噴いて倒れたままピクリとも動かなくなった。


 そして、


「はい回収」


 アフリカ連邦諜報部から共有された情報などもふまえてらハチが必ず下見とコピーの試運転を行うところまで類推していた公安メンバーが、その身柄を速やかに拘束。ミケルと同様、その日を境に〈怪物殺し〉ハチは裏の世界から完全に姿を消すのだった。


      ※


「 まさかあの2人が失敗するどころか連絡さえとれなくなるとはな……山田カリン、やはり一筋縄ではいかんらしい」


安楽死ユーサネイジア〉カマセンに続き、〈怪物殺し〉ハチも姿を消したその日の夜。

 都内某所で髭を蓄えた大男が闇に身を潜めていた。

 例に漏れず、カリンを狙って日本に入り込んだ暗殺者である。


「だがまあ、それも当然かもしれんな。伝え聞く実績や推定される能力、いずれも2人は申し分ない。しかし山田カリンはあまりに強大。俺のような〝本物〟でなければ仕留めることなどできないだろう」


 男は怪しく瞳を光らせる。


「そう。この俺のユニークスキル〈薄氷錆針キル・ゼム・オール〉の前ではどのような強者も塵芥に等しい」


 しかし相手はあの山田カリン。

 油断は禁物。最強の暗殺ユニークに加えあらゆる手を使って仕留めにいく所存だ。

 暗殺者に「卑怯」などという言葉は存在しないのだから。


「さしあたって、狩り場は山田カリンの自宅だな。暗殺の本質とはいかに相手に実力を出させないか。情報によれば山田カリンは有名になったあとも引っ越す様子がなく、その一軒家に随分と愛着があるという。仮に初撃が失敗してもそのような場所で咄嗟に全力は出せまい。加えて就寝時を襲撃すれば完璧。二重の足かせと我が最強の暗殺能力にて確実に仕留めてやろう」


 これで山田カリンも終わりだ。

 なにせ「死神」とさえいわれる俺の能力は――


 パスッ


「――え」


 と、そのとき。

 ほんの微かに乾いたような音が響いた瞬間、大男は頭部を襲った衝撃に目を回し昏倒。

 なにが起きたか理解する間もなく、どさりとその場に倒れ伏した。




「させんよ」


 大男が自らの能力を披露する間もなく倒れる様子を遠くから目視していたのは、ダンジョン女王ことシャリファー・ネフェルティティだった。


 なにか能力を発動しているのか。

 もぐもぐと地上では採れないその肉を食べながら、片腕を生体ライフルのように変化させて普通ではありえない静かな遠距離魔法狙撃を放った女王は虚空に呟く。


「少し聞いたぞ。あの家はカリンの大事な場所。いくら要塞化でお主のような輩を確実に撃退できるようになっとるとはいえ、易々とは入らせんよ。色々と無理を通して押しかけたわけじゃしな。最低限このくらいの露払いはやって、諸々の責任は取っておかねば」


 公安職員では力量が近いため派手な〝戦闘〟になって周囲を巻き込みかねない暗殺者。その大男を誰にも気づかれないほど静かな一撃で仕留めた女王は静かに飛翔。


 魔法の威力と射程は落ちるが静かに敵を潰すならやっぱこれじゃなー、と生体ライフルと化していた腕を元に戻しつつ、


(しかしこいつの能力はなんじゃったのか……。まあ妾のために暗殺者の情報を長年にわたって集めまくっておるアフリカ連邦諜報部でも摑みきれん情報はあるし、公安が日本での怪しい動きを摑み次第なにかされる前にすぐ潰すのが一番じゃな)


 と、風に乗って回収した大男を誰にも見つかることなく警察へと届けるのだった。


      ※


「だから無理だって言ったのよ私はああああああああああああああああああ!」


 犬飼グループの中核。犬飼工業本社ビルの最上階にある社長室にて。

 諸々の報告を受けた犬飼洋子は頭を抱えて絶叫していた。


 なにをそこまで荒ぶっているのかといえば……山田カリン暗殺計画が散々な結果に終わったのだ。


 日本に入った暗殺者たちは、そのことごとくがろくに山田カリンに辿り着くことすらできず失敗。敗走して戻ってくるどころか1人残らず消息不明。せっかく世界各国の戦力を削るために覚醒させたならず者たちが次々と失われ、日本どころか世界の治安まで少しばかり向上しそうな勢いだったのである。


 そのうえ名だたる実力派暗殺者たちが逃げ帰るどころ消息を絶ったことでほかの暗殺者たちは完全に萎縮。ミケルたちと同様〝気を大きくしてやる〟処理を施しているにもかかわらず日本にいこうとする者は皆無となり、ただただ希少な戦力を消費するだけに終わったのだ。暗殺者たちが日本に入りはじめて1週間も経たずの出来事である。


 加えて今回の出来事で痛手だったのは、日本と各国の関係が少しよくなってしまったことだ。

 日本で消息を絶った暗殺者たちはいずれも世界で猛威を振っていた実力者。

 当然世界には被害を受けた国が複数あり、その脅威を仕留めまくった日本は(決して表立った話ではないが)各所から大層感謝されているらしい。


 それを受けて日本の公安関係者は今回の働きに対し異例の特別手当と前代未聞の交代制長期休暇まで与えられる予定になっており、「もしかして山田カリン様は本当に座敷童か国家の守護神であらせられるのでは?」と対探課どころか公安にまで信望者が増えているとかいう噂まである始末。


 山田カリンを余計に排除しづらい体制が構築されたうえに世界的な日本の印象がよくなるなど、侵略計画の最終段階においてマイナスしかない結果となったのだ。


「あんだけ自信満々に指図しといて結局このザマじゃないの! 出資した金返せ! なんとか言いなさいよオラァ!」


 犬飼洋子は端末越しに世界各国の幹部たちへ叫ぶも、当然返事はない。


(ああくそっ、もしかしたらいけるかもと思ってたけど……山田カリン以前に日本の公安が思いのほか優秀すぎた……!)


 長年ブラックタイガーやそれに連なる不正職員たちに手をこまねいていたことから犬飼洋子も知らず知らずのうちに見くびっていたが……むしろアレは黒井の未来予知に近い危険察知スキルが埒外に強力だったのだろう。加えていまは山田カリン効果で警察には以前より余裕ができており、それが今回の大敗北に繋がったのだと思われた。をいくつも有する犬飼たちに辿り着くほどではないにしろ、やはり日本の警察は世界的に見て優秀なほうということか。女王の暗殺対策に長年世界中の暗殺者を警戒してきたアフリカ連邦からの情報共有があったのもでかすぎた。


 そしてそれら諜報部隊の働きに加えてさらに厄介だったのは、ダンジョン女王、シャリファー・ネフェルティティ本人だ。あの女王が公安の集めた情報をもとに直接暗殺者討伐に乗り出したことで、山田カリンどころか日本の公安戦力を削ることすらなくすべてが終わってしまった。


「もしかして、山田カリンより先にダンジョン女王から狙うべきだった……?」


 犬飼洋子は一瞬そんなことを考えるが、すぐに「いや……」と否定する。

 戦闘力こそ山田カリンのほうが上かもしれないが、人間同士の暗闘には確実に女王のほうが〝手慣れて〟いる。山田カリンを潰せないなら女王のほうも到底無理だろう。


 やはりあの2人が結託した時点で色々と詰んでいたのだ。


「けどだからって諦めるなんて選択肢は最初からない……どうすれば……」


 と犬飼洋子が引き続き山田カリンを排除する方法に頭を悩ませていたそのときだ。


「社長! お話が!」


「……なに?」


 ノックとともに部屋に入ってきた数人の部下たちに、犬飼洋子は不機嫌な声を向ける。

 いまはどんな報告も聞く気分じゃないんだけど、と一瞬追い返しそうになった。


 だが……犬飼洋子と同様に侵略事前工作部隊の一員であり、山田カリンに端を発するアレコレについて知っているはずの彼らの顔が妙に自信満々で。さらにはその顔ぶれに犬飼洋子はぴくりと眉をあげる。


 すると先頭の男が一刻も早く伝えたいとばかりに声を弾ませて、


「朗報です……! アレが再度使用可能になりました!」


「なんですって……!?」


 犬飼洋子は椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。

 慌てて確認すれば、確かにアレは使用可能な状態になっていて……。

 犬飼洋子の顔に、何週間ぶりかもわからない満面の笑みが咲く。


「……あは、あはははははは! でかしたわよあなたたち! 偶然の産物、なにをやっても再使用できなかったからもう使えないんじゃないかとも思ってたけど……いける! アレが使えるなら山田カリンの排除は十分に可能よ!」


 地獄から天国。

 見通しの立たなかった闇のなかに差した強烈な光に、犬飼洋子は甲高い笑声を響かせる。


 強すぎてどうしようもない相手への有効な対処法。

 それは封印だ。

 加えて、空間系スキルさえ完封するアレがもたらす効果は山田カリンの封印排除だけに留まらない。


「くふふ、災い転じて福と成すというやつね。その強さと配信業で獲得した知名度を利用させてもらうわ山田カリン。ダンジョン配信中にアレを発動させればあなたを排除できるだけじゃない。世界中にダンジョンへの恐怖を植え付け探索者界隈の勢いそのものを削ることすらできる……!」


 そうすれば計画の最終段階に向け、日本どころか世界中の戦力をさらに減らせる。

 大いなる功績を残した犬飼洋子の将来はさらに明るいものとなる。


「山田カリン、あなたのふざけた快進撃も次のダンジョン配信で終わりよ。その絶望をもって、我が祖国の栄光を確実なものとする」


 犬飼洋子は断言。

 ピンチがチャンスに代わったその快感に酔いしれるように、山田カリン排除に向けて動き出すのだった。


―――――――――――――――――――――――――

刀語の最強剣士戦闘シーン全カットネタがわかる人が一体どれだけいるのか……

ちなみにミケル・カマセンはあんなユニークが出るくらいにスニーキング特化なので素の戦闘力が低めで、バオーツク・ハチさんのコピー能力は能力発動時の戦闘で入手できる経験値激減という制限がありますわ


※犬飼様がようやく以前の笑顔を取り戻してくださいましたわ!!

といったところでアレですが、次回はちょっと番外編。近況ノートでも書きましたが、メロンブックス様にてお嬢様バズ書籍2巻にカリンお嬢様のアクリルスタンドが有償特典としてついてくることになりましたので、その記念&告知のSSを更新しますの!

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