第114話 山田カリン暗殺計画
俺の名前はミケル・カマセン
裏の世界でも有数の実績を持つ殺し屋だ。
いままで仕留めてきた強敵は数知れず、すべてのターゲットを例外なく一撃で片付けてきた。その結果ついた二つ名は〈
相手に苦痛を与えるどころか死んだことにも気づかせないほどの手際で、あらゆる高難度依頼をこなしてきた。我ながら凄腕といって差し支えのない暗殺者である。
そしてそんな俺の今回のターゲットは……いま世界中を騒がせているダンジョン配信者、山田カリンだった。
さすがに女子供をターゲットにするのは気が引けるが……しかしまあそこは命に貴賤なし。莫大な賞金まであるとなれば些細な問題だ。
俺とてここまでの実力を身に付けるためにかなりの深さまでダンジョンに潜った一流の探索者。対人暗殺特化であるためモンスター相手の戦闘はそこそことはいえ、ある程度の金はダンジョンでたんまり稼げる。だがそうしたあれこれを差し引いてなお無視できないだけの前金と成功報酬が出るとなれば話は別だった。
なにより、あのデタラメな怪物を仕留めたとなれば裏の世界での地位は絶対的なものになるだろう。恨みを買うことも多いこの業界、山田カリン討伐という箔は裏での絶対的な地位とともにある程度の安全さえ保証してくれる。いくつもの利がある大仕事なのだ。
いやわかるぜ?
あんな深淵で暴れ回るような怪物倒せるわけがないって10万人いれば10万人が即答するだろう。動画越しでもわかるあの異常な戦闘力。俺もはじめてネットで話題になっている動画を見たときは唖然としたものだ。あんな怪物を仕留めようなんて身の程知らずがいれば俺だってそいつを全力でバカにする。なにを勘違いしてるんだと指を指して嘲笑さえしてやるだろう。
だが俺は違う。
俺だけは違う。
正面からの戦闘ではもちろん敵うはずもないが……それでも一流の暗殺者である俺にはヤツを仕留められるだけの
※
「っと。ターゲット発見。情報どおりだな」
都内にあるごく普通の公立高校。
その校門から出てきた少女――山田カリンを目視したミケル・カマセンは思考を中断。すっと目を細めた。
髪の色などは配信と違うし、有名配信者らしくマスクで顔を隠しているためかなり印象は違うが、間違いない。
どうやら今日は家に直帰するのでも最近通っているという道場に行くでもなく遊びに出かけるようで、山田カリンは友人らしき少女と並んで近場の繁華街へと足を向けるが……それはカマセンにとってむしろ好都合だった。
あれほどのバケモノなら誤差だろうが、人気の多い場所でお友達とのお喋りに夢中になってくれていたほうが暗殺成功の確率は上がるのだから。
(それに、俺の能力があれば最悪SPに囲まれてても任務遂行は可能だからな)
カリンたちのあとをつけながら、カマセンは常時発動していたそのスキルの出力をさらに上げる。
魔力や殺気、攻撃の気配をヒット直前まで完全に断ち切るユニークスキル〈
無論、このスキルも万能ではない。
さすがに攻撃の瞬間には効果が薄れてしまうのだ。
が、それは本当に刹那の間。
それこそ皮膚に触れるか触れないかの際に気配が僅かに漏れ出してしまうだけで、いかな怪物といえど油断しているところに0距離から攻撃が出現すれば完全回避は不可能だ。
(そしてそれは山田カリンでも例外じゃないだろう。むしろ感知に秀でてるヤツらこそ、意識の外からいきなり現れる攻撃には反応が遅れる)
強力なユニークスキルに頼るだけではなく、通常の気配消失スキルも多重発動。さらには目線や身体の動きなども一般人に完璧に紛れ込ませる〝技術〟を駆使ながらカマセンはさらにターゲットへと近づいていく。東京は日本のなかでも特に多くの人種が集まっており、繁華街では外国人が紛れていても大して目立たないのがやりやすいことこのうえない。
そうして山田カリンのすぐ背後にまで迫ったカマセンは、懐のブツに手をかけた。
魔力を溜めれば溜めるほど一撃の
(攻撃の気配を完全遮断するスキルに、何十日もかけて魔力を込めることで無類の破壊力を生み出す一点突破武器。いままでこれで仕留められなかったヤツはいねぇ)
カマセンは自らの心音さえコントロールしながら静かに冷徹に唇を舐める。
(はっ。山田カリンの実力を信頼してか、護衛さえろくについてねぇ。過去最難関の仕事かと思ったが、日本が平和ボケなおかげで助かったぜ……!)
周囲に怪しい気配がないかも再度しっかりと確認し、山田カリンを射程圏内へ。
(悪いが、これでお前の伝説も終わりだぜ怪物お嬢ちゃん! 今日からその伝説は俺の伝説を彩る過去の偉業だ!)
そしてカマセンは全神経を集中させ、カリンの背後から急所めがけ気配0の最速攻撃を放った。
(
完全に無防備な背中に叩き込まれる必殺の一撃にカマセンが仕事の成功を確信した。
次の瞬間――パンッ! バキバキゴキメシャアアアア!
「……………は?」
なにかが破裂したような音と堅いものが砕けたような粉砕音が響いた――そう認識した直後、カマセンは目を剥いていた。
攻撃を仕掛けたほうの腕がバキボキに折れ、〈
「!? ぐおおおおおおおお!?」
なんだ!? なにが起きた!? まさか反撃されたのか!?
いやそんなわけがないそもそもタイミング的にまだ〈
(いっでえええええええええええ!? なんだこれ!? ただ折れてるだけじゃねえ粉砕骨折してんぞ!? レベル3000近い俺でこれって常人なら上半身丸ごと消し飛んでんだろ!? 攻撃の気配は気取られてねぇはず……ってことは近づいてきただけの通行人にこの一撃かましたのかこの頭おか女!? いやまあ暗殺仕掛けた俺が言えた話じゃねぇけど!?)
「え……ほぎゃあああああああああああああああ!?」
とカマセンが大混乱の極みにいれば、さらに混乱極まったような悲鳴が響いた。
カマセンが脂汗を流して倒れていることに気づいたカリンである。
「え、え、なんですのこれ!? す、すみません! わたくし深淵に出てくる気配0の不意打ち特化モンスター様と戦うために感知をくぐり抜けていきなり近くに出現した攻撃を反射的に相応の威力で迎撃する癖がついてて……! な、なんでこんないきなり発動しちゃったんですの!?」
(は……?)
大混乱のまま慌てて謝りまくってくるカリンの言葉に、ある程度の日本語を理解できるカマセンもまた言葉をなくした。
い、いやちょっと待て。いきなり出現した攻撃の気配にってそもそもいま〈
「ど、どうなってますの……!? まさかわたくしに攻撃を? い、いやでもいい感じに気配が消せるとはいえこんな実力差で白昼堂々襲いかかってくるお間抜けさんなんているわけが……あ! もしかしてこれが暴発でもしかけてたんですの!?」
と混乱するカマセンの前で大慌てのカリンが〈慈悲の一撃〉を拾う。
「ダメですわよこんな武器を剥き出しにして街を歩いては! ルール違反ですし危ないですわ! まだ残ってる魔力抜きますわよ!?」
ガギンッ!
一目見ただけでその魔法装備の使い方を看破したカリンが、周囲に被害が出る前にと自らの拳に〈
「は……? は……?」
最早粉砕骨折の痛みどころではない。
制服を着たJK2人組の前で突如しゃがみこんで呻き声をあげはじめた
「あ、あれ? なんか思いのほかちゃんとした作りで暴発って感じでは……え、じゃあまさか本当にわたくしの拳の誤作動ですの!? お、おかしいですわ……!? 寝てる間もそのあたりの制御は完璧にして真冬と同じお布団に入っても大丈夫、蚊が飛んでてもちょうどいい力加減で潰せますのに……! え、じゃ、じゃあやっぱりこの方、これだけの実力差がありながらいきなり攻撃を仕掛けてきたということに……もしかして真冬の言ってた有名配信者になると湧いてくる不審者様とか……? い、いやなんにせよ大怪我させてしまったのは確かですし病院、まずは病院を呼ばないとですわ! 117! 117! ……は!? なに言ってますのいま何時かなんてわかってますわ!? どうしましょう真冬病院が壊れましたわ!?」
「落ち着きなってカリン。私が救急車とか色々連絡するから」
「あ、あ……!」
(こ、こいつヤバい……! ヤバすぎる……! いや知ってはいたが思った以上に……! 色々な意味で……!)
カマセンの内に時間差で湧き上がってくるのは、激痛を塗りつぶすほどの恐怖。絶対に手を出すべきではなかった怪物に触れてしまったと気づいた絶望。
自分を暗殺者だと――戦闘態勢を取るべき脅威だと認識すらしてないと思われる言動とその圧倒的すぎる実力を前にもはや身体が勝手に動いていた。
「やっちまいましたわ……! わたくしまたやっちまいましたわ……!」と大慌てでおろおろするカリンを尻目にカマセンは無事な両足でなりふり構わず駆けだそうとした。が、実際に足を動かすより早く、
「あ! ダメですわよそんな怪我をしてるのに動いては! いまちょうど応急薬の類いも切らしてて……怪我が悪化しちゃいますわよ!」
ガシッ!
動きを先読みされたように怪我をしてないほうの肩を掴まれた瞬間、カマセンの動きがびたりと止まった。
(な、んだこの怪力……!? いや力加減!? 摑まれてもまったく痛くねぇのに身体がビクともしねぇ……!?)
それは文字通り命を握られている感覚で。
カマセンが痛みではなく恐怖による脂汗で全身ぐっしょぐしょになり「こひゅー、こひゅー」と息を漏らしていれば、思いのほか早く救急車が到着する。
どうやらカリンは本気でカマセンを暗殺者と思っていないようで、心底純粋に一刻も早く治療を受けさせようとしているらしい。怖い。加えて密入国している身でこんな派手に公的機関へ運ばれそうだという事実にカマセンは一瞬焦るが、
(い、いやむしろ好都合だ! 腕は重傷だが、それでも俺はプロ! 仮に警官だらけの病院に運ばれようが逃げられるしなんなら救急車から途中下車すりゃいい! いまはとにかく一刻でも早くこのバケモノから離れられればなんでも――)
「ああよかったこんなに早く来てくれて! え、ええと、あなた外国の方ですわよね!? なんだかちょっと日本語もそこまでみたいですし、わたくし責任もって手続きとかやりますわ! 治療費のほうもがっつり出しますので!」
ついてくる気だ……!?
なにやら救急車に乗り込もうとしているカリンにカマセンは顔色をなくす。
しかしそのとき。
「いや、そのへんは私があとでやっといてあげるから。救急車と一緒に警察も呼んだし、あんたは先にそっちで事情説明しときなって。大体あんたに細かい手続きとかわかんないでしょ?」
「え? そ、それはまあ確かにそうですけど……」
「いいから。ね? ほら、あっちにもう警察の人も来てるから一緒にいくよ」
「わ、わかりましたわ! 申し訳ないですが確かにいろんな手続きは真冬に任せたほうが安心ですし……外国の方! なにかありましたら警察の方を介して連絡くださいですの! 絶対に責任はとりますので!」
(え……?)
となにやら引き続き混乱しているっぽい様子の山田カリンは隣にいた友人に引っ張られていき――バタン!
カマセンを乗せた救急車の後部ドアがしまり、視界から怪物お嬢様が消えてサイレンとともに車が発進する。
その展開にカマセンはしばし呆然としたのち、
(な、なんだか知らんが助かった……のか……?)
頭のおかしい山田カリンはともかく、周囲の連中もカマセンがこれだけの大怪我で武器もないなら逃走の恐れはないと踏んだのだろう。いちおう救急車の後ろにパトカーがついてきてはいるが、大した連中ではないようだった。
(は、ははは。やっぱ日本ってのは平和だな)
まあ実際レベル3000近いとはいえ気配操作系特化のカマセンが武器を失いこれだけの大怪我をしていれば戦闘力は激減している。だがそれでも、追随しているパトカー含め、闇の世界で長く生きてきたカマセンにとってこの状況から逃げ出すことなど容易だった。
(とりあえず、できるだけあのバケモノから距離をとるまでは大人しくしてそっから脱出だ。そんでもうこの国には二度と近づかねぇ……! 割にあわねぇ仕事もいいとこだ……!)
とカマセンがほっと息を吐き、気のせいか妙にゆっくり走る救急車のなかで身じろぎしようとしたそのときだった。
「……あ?」
いつの間にか。
本当にいつの間にか自分の身体が極細の糸に絡め取られ、ストレッチャーに縛り付けられていることに気づいたのは。
(は……!? なんだこりゃ!? って、身体もろくに動かねぇ!?)
ぎょっとして糸を引きちぎろうとしたカマセンはさらなる異常に気づいて目を見開く。
糸を引きちぎるどころか、いつの間にか首から下が痺れてまったく動かなくなっていたのだ。
(な!? 麻痺の状態異常!? あ、あり得ねぇ……俺はその手の耐性スキルもあんだぞ!? なのになんで普通に……!? そもそもいくらあのバケモンから逃れられて気が抜けてたとはいえ俺がまったく気づかないうちに拘束されるなんざ一体どうなって……!?)
「はぁ。無駄に優秀だったぶん、想定以上にカリンを大慌てさせることになっちゃったわね。あとでそれとなくお詫びしておかないと」
「は……?」
とカマセンが混乱に次ぐ混乱に陥っていたその隣で。
一体いつ乗り込んだのか。
先ほど山田カリンを警察のほうへ連れて行ったはずの友人Aが、当然のような顔をしてストレッチャー横の椅子に腰掛けていた。
(は……!? な、んだこいつ!? いつの間に!? どうやって!? どこから!?)
驚愕したカマセンの脳裏にあらゆる疑問が駆け抜ける。
カリンを警官と引き合わせたあと適当な口実ですぐその場を離れ、あらかじめ決められていたルートを低速走行していた救急車へ誰にも気づかれることなく乗り込んだ――わざわざそんなことを答えるわけもなく、友人A……佐々木真冬が静かに口を開く。
「さて。あまり過保護すぎるのも逆によくないから、本当に不本意ながらあの子が襲撃者の類いにちゃんとした警戒心を抱いてくれるよう、念のためいつでも割り込めるようにしつつあえて問題ないゴミを1人通したわけだけど……」
静かに、淡々と、真冬がゴミを見るような目で身動きひとつとれなくなったカマセンを見下ろす。
「いきなりとんだ大物がきたものだわ。けどこの程度の人材をカリンにけしかけるために莫大な懸賞金をかけるバカな勢力が本当に出てくるなんて……。カリンとサバ読み女の結託によほど焦っている国がいるのか、それともあのサバ読み女の言う通りほかのなにかが動いているのか……」
「あ……あ……!? まさかお前ら……最初から俺の動きを全部……!?」
街でカリンと一緒にいたときとはほど遠い殺気をまき散らす真冬。そして運転席でヘルメットをとり公安警察の正体を現した搭乗員にカマセンが掠れた声を漏らす。しかしいまさらすべてを悟ってももう遅い。
そんなカマセンの視線の先で真冬は「まあいま考えても仕方ないか。どうせこいつも大した情報はもってないでしょうし」と頭を振る。
そして死刑宣告でもするかのように絶対零度の瞳を細め、
「徹底的な取り調べのあと晒し首にする……なんて真似は現代日本じゃ無理だから、見せしめのためのシナリオはこうよ。〝日本に入った暗殺者たちは1人残らず全員消息を絶った〟。私の親友に手を出そうとしたこと、一生後悔しなさい」
「あ、あ……うわああああああああああああああっ!?」
その悲鳴さえ次の瞬間には麻痺で完全に封じられて。
それ以降〈
カリンには「アレは動画を見てやってきた腕試し系の不審者だった。治療費やその後の諸々は全部行政がやってくれるから気にしなくていいし、街中での反撃も正当防衛の範囲だから問題ない。ただ今後は似たような形で挑んでくる者もいるかもなのでしっかり注意すること」と後日警察からそんな説明がなされるのだった。
―――――――――――――――――――――――
外国の方なのに能力名などにルビ振りあるのはまあHUNTER×HUNTERみたいなものということで。
そしてお察しかもしれませんが、暗殺者集団はカリンお嬢様のお稽古の成果を見せる相手でも練習台でもなく、お稽古期間の間にこういうこともありました的な位置づけですわね(いちおう肩を押さえてるあたりに成果の片鱗が見えてましたが)
あと前回のあとがきは普通にネタなのでご心配なさらずですわー!
※それから明日29日(木)の夕方にお嬢様バズ書籍第2巻のメロンブックス特典について告知しますわー! 今回は有償特典もありましてよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます