第113話 設定開示と不穏な動き
ダンジョンアライブ屈指の人気キャラクター、鬼龍院セツナ。
その戦闘はドレス姿で敵の攻撃をお優雅に完全回避しつつ拳でなにもかも粉砕していくというストロングスタイル。物語の後半には強力な魔法兵装に身を包みこそすれ基本的に戦い方は一貫しており、そのあたりは漫画でもアニメでも同様だ。
ゆえに、
「セツナ様って合気道系の受け流す戦闘スタイルもあるんですの!?」
配信サイトで繰り返しダンジョンアライブを視聴していたカリンにとって、ファンブックにちらっと書かれていたその内容は完全初見情報だった。
いくつもの習い事によってセツナ様のお優雅な立ち振る舞いが形成されたことはカリンも知っていたし、その習い事のなかにいくつかの武道が含まれていることは作中で言及されている。
だが受け流す戦闘スタイルについてはアニメでもそれらしい描写はなく、カリンにとって寝耳に水だったのである。
〝そういやそんな設定ありましたわね〟
〝あんだけセツナ様大好きなお嬢様が知らない情報あったんですのね!?〟
〝そうかお嬢様って基本アニメ勢だからこういう情報に触れる機会なかったのか……〟
〝いやまあこれはファンブック購入済みのファンも結構見落としがちなやつ〟
〝てかこれわたくしも数年越しにはじめて知りましたわよ!?〟
〝作中だとマジで回避! 拳! 粉砕! だからなセツナ様……〟
〝ファンブック情報って感想掲示板なんかでもあんま語られないしな〟
〝ファンブックまで網羅してるファンの割合が低い&ファンブック買ってない層にその手の情報はあまり明かさない風潮ありますものね……〟
〝そもそもお嬢様あんまり感想掲示板とかは漁ってなさそうですし〟
カリンが愕然とするなか、知らなくても不思議ではないという声がコメント欄に流れる。
さらには、
¥10000 @motimotimotimoti
そういえばそのあたりは本編でほとんど触れてませんでしたね
せっかくなので補足説明させてもらうと、セツナ様の戦闘の下地には合気道や拳法系の身体運用体系も取り入れられており、魔力やスキルとは別に効率よく力を生み出し回避力も向上しているという設定があります
¥10000 motimotimotimoti
また受け流す戦闘スタイルについてですが、拳で粉砕できないほど強力な攻撃を回避したらそれが誰かに当たってしまう、という状況にも優雅に対処できるようセツナ様が習得していた技能です。しかし作中ではそういう場面があまりなかったのと、彼女の強さから考えて大体拳で粉砕できる状況だったので本編ではお披露目する機会がなかったですね
¥10000 motimotimotimoti
ただその設定が反映されているシーンもいちおうあるにはあって、アニメでは省略されていますが、原作漫画15巻130話の9ページ目3コマ目ではセツナ様が相手の攻撃を逸らしながら反撃しています
「もちもちたまご先生!? そ、そのお話マジですの!? というかそんな大金を投げてまで……って、マジですわ!?」
カリンがまさかの赤スパ原作者解説に恐れ戦きながら慌てて原作15巻をチェックすれば……確かにそれらしきシーンがあって悲鳴じみた声をあげる。
驚愕するのはカリンだけではない。
〝げ、原作者様のリアルタイム解説ですわー!?〟
〝チェックしたらマジで攻撃の方向逸らしてるっぽいコマがあってビビるんだが!?〟
〝さりげなさすぎて何回も読んでるはずなのに気づきませんでしたわよ!?〟
〝うわこれマジで裏設定あるじゃん!?〟
〝いやあのたまご先生、該当箇所の話数どころかページ数とコマ数まで一瞬で出てくるの怖すぎませんこと!?〟
〝連載終わってから何年経ってると思ってんです……?〟
〝週刊漫画家こわ~〟
〝いやこれ多分たまご先生が異常なだけ……〟
〝これは世界の混乱上等でセツナ様のキャラ解釈優先してカリンお嬢様を鼓舞する原作〟
〝そらこんだけ自作愛してる人がカリンお嬢様みたいな異常セツナ様愛者に出会ったら粘着アンチなんてガン無視して応援イラスト描き続けますわ〟
〝いやあの先生!? わたくしも受け流す戦闘スタイルとかの設定は知ってましたけどいまの解説は初めて聞きましてよ!?〟
〝これもしかしてセツナ様に限らず裏話や裏設定がまだ沢山あるのではなくて!?〟
〝BLEACHかよ!〟
〝お嬢様が初見情報に驚く様子を高みの見物してたファンブック所持者のわたくし、いきなり知らない情報が出てきてカリンお嬢様と同じ顔になる〟
〝たまご先生!? いますぐファンブック3を出してくださいませんこと!?〟
¥10000 @motimotimotimoti
とはいえカリンお嬢様の戦闘スタイルはセツナ様そのものなので、むしろそのあたりの裏設定を知らずに再現できていてすごいですよ!
と、最後にたまご先生のフォローが入る。
確かにカリンとしても下層までならかなり理想的にセツナ様の戦闘を一部模倣できているとは自負している。
ただ、かつて光姫の美しい剣技を見て「もっとお優雅な立ち振る舞いが身につくかも!」と思ったようにその戦闘にはまだまだ向上の余地があるし、仕方のないこととはいえセツナ様の戦闘を構成する要素のひとつを完全に見落としていたというのはかなりでかい。
幸いたまご先生がお墨付きをくれているように知らず再現できている部分もあるようだが……なんにせよそんな根本的な部分が身についていないという事実はセツナ様のようなお嬢様探索者に憧れる身としては我慢ならなかった。
光姫に剣技を教えてもらった際に自分の知らない身体運用技術があったように、それらの武道には周囲に無駄な破壊を生むことなく全力を出せるセツナ様のお優雅な戦闘に繋がるヒントがある可能性も高い。なによりこのままではセツナ様に激励してもらった手前ふがいなさ過ぎる。
ゆえにその新情報を知ったカリンのとる行動はひとつだった。
「セツナ様の戦闘にこんな秘密があったなんて……なんてことですの!? これはいますぐにでも取り入れませんと……!」
とはいえセツナ様の知られざる戦闘スタイルについてはほぼ情報がない。
本当はいままでそうしてきたように我流で再現したいところだが、さすがに漫画の1コマだけでは情報量が少なすぎるし、数百年単位で研鑽蓄積されてきた武道の技術をゼロから模索するのは現実的ではなかった。
となれば、
「どなたかその手の武術に通じてる方がいらっしゃればいいんですけど……」
それこそ光姫様から美しい剣技を教えていただけたときのように……とカリンがぽつりと漏らしたその瞬間。
¥10000 @四条光姫
カリンお嬢様わらひ実家の繋がりでその手の信用でひる道場に心当たり蛾あるので一緒にイってみませんか私は剣技専門ですがちょっとカリンお嬢様が最高すぎて死にそう別の体系も取り入れてもっほ成長したいと思っていたところなんですこすこのすこお嬢様実際に月謝を払って習うかはともかくまずは体験指導だけでもどうですカリンお嬢様のサインが全身にほしい
〝おいなんだこのスパチャ!!〟
〝光姫様はっっっっっや!〟
〝カリンお嬢様が言い切る前に既にスパチャが飛んでたんですけど?????〟
〝光姫様シュバってくるの光の速さでほんま草〟
〝機を見るにビンビンすぎる〟
〝これがレベル900超え探索者のタイピング速度……〟
〝実際配信中に爆速コメントしてるのは高レベル探索者疑惑ありますしね……〟
〝レベル900超え探索者が誤字しまくる勢いでキーボード打って大丈夫なんですかね〟
〝誤字だらけだろうととにかく他から声がかかる前にお嬢様を誘うという絶対の意思を感じる〟
〝いや誤字どころかなんだよこれ!〟
〝おい光姫様予測変換バレてんぞ!〟
〝普段なに書き込んでるんですかねこの人……〟
〝これカリンお嬢様ファンスレに定期的に出没するネームド変態の1人では?〟
〝変な言葉覚えさせられてる光姫様のパソコンorスマホの予測変換機能に悲しき現在〟
〝光姫様がついこの間まで真面目で清楚な由緒正しい武家お嬢様だったこと覚えてるヤツいる? いねぇよなぁ!??〟
〝放送事故やろこれ!〟
〝新手の怪文書スパチャは草〟
¥1000 @神代穂乃花
あ、それ私もいきます……あとで日程教えてください
〝あまりの爆速怪文書に穂乃花様も速攻で出動してておハーブ〟
〝こ、これでいちおう安心ですわね〟
「おお!? 光姫様!? それ本当ですの!? というか教えていただけるならわざわざそんな大金でスパチャしなくてもよろしいですのに……!? ほ、穂乃花様までスパチャして!? な、なんにせよこんなにすぐ教えていただいてとってもありがたいですわ! みんなで行きましょうですの!」
と、速攻でスパチャしてきた光姫の提案をカリンが快諾。
スパチャ振り込み記念配信で発覚したセツナ様の新たな戦闘スタイルを取り入れるための話がすぐにまとまるのだった。
その一方、
〝あ、あれ? ちょっと待ってくださいまし?〟
〝たまご先生の設定解説と光姫様の奇行で気づくの遅れたけどこれって……〟
〝な、なあもしかしてカリンお嬢様下手したらもっと強く……〟
〝わたくしたちのスパチャが怪物をさらに覚醒させてしまうきっかけに……?〟
〝ちがっ、そんなつもりじゃ……〟
〝わたくしたちはただお嬢様に美味しいご飯をお腹いっぱい食べてほしかっただけで……〟
〝ダンジョンアライブ公式ファンブックとかいうパンドラの箱〟
〝このパンドラボックス2冊目があるんですけど……〟
〝たまご先生すみませんさっき3冊目が欲しいって言いましたけどやっぱちょっと保留ですわ!〟
カリンのさらなる成長を促してしまったのではないかと視聴者たちは戦々恐々。
引き続き購入したダンジョンアライブグッズをテンション高く開封していくカリンを微笑ましく見守りつつ、それはそれとして「あれこれヤバくない?」という空気のなか配信は進んでいくのだった。
※
「山田カリンんんんんんん! お願いだから消えてええええ!」
都内一等地にあるオフィスビルの最上階。
社長室の椅子に腰掛けながら、侵略工作部隊日本代表の犬飼洋子は頭を抱え続けていた。
埒外の怪物、山田カリンを上手いこと排除する手がどうしても思いつかないのである。
もともと深淵攻略やダンジョン女王との戦いで見せた強さの一端だけでも異常な戦闘力。
さらには配信するたびにレベルが上がっているような気配まであり、いましがたの配信では新たな戦闘技術を習得しようとしている様子まで見せていた。
向上心が半端ではない。
フィクションと現実を混同しているせいか慢心もない。
どんな装備を隠し持っているかすら定かではなく、どう考えてもいまの自分の身体で直接排除するなど不可能だったのだ。
もしカリンが配信を行っていることが問題であるなら、ブラックタイガーのように情報戦を仕掛けるという手もあった。
だが犬飼洋子たちにとってはカリンが突出した戦闘力をもって日本に君臨し、さらには同様の突出戦力であるダンジョン女王と結託しているということ自体がまずいのだ。あのバケモノの性格上、日本で〝巨大な〟事件があれば配信など関係なく文字通り飛んでくる可能性が極めて高い。
強いて情報戦を仕掛けるとすれば山田カリンとシャリファー・ネフェルティティの離間工作くらいだが……なんかもうあまりにも仲良しになりすぎてそれも難しそうだった。
いちおうシャリファーがいかに問題ある行動をしていてカリンの友人にふさわしくないか、足の着かない方法で繰り返し発信してみたりもしたのだが、
〝カリ光過激派が暴れ回ってて草〟
〝言いがかりはやめてくださいまし! カリ穂乃過激派の仕業ですわよね?〟
〝は~。そんな安い言葉でカリシャリ派の結束は乱れないから。2人の関係はエターナルだから〟
〝そもそもシャリー様は日本在住の14歳だから違法行為なんてなにもしてないんだよね(棒)〟
〝王道を征くお嬢様×親友ちゃん派、マイナーカップリングの2番手争いを高みの見物〟
〝(対立煽りに)乗るなエース! 戻れ!〟
とかなんとかわけのわからない扱いを受けて敗走。たまにアフリカ圏の言語で「もっと言ってやって!」と賛同されるだけでまったく効果がない。
いやまあもっとガチガチの情報工作を仕掛ければいいのかもしれないが……ブラックタイガーの冤罪ふっかけ事件以降、カリン周りに対する無根拠な言いがかりやアンチ的な書き込みは相手にされない傾向が強く、さらには行政もその手の悪意前提の情報発信にはかなり警戒している。
そんなこんなでカリンとダンジョン女王の仲は雑な離間工作でどうこうなるものではなさそうで、その他の間接的な手段もただ向こうを刺激するだけに終わる可能性が極めて高かったのだ。
いちおう直接排除する手もまったくないわけではないのだが……。
「あいつの研究はしばらく停滞気味だというし……アレはいつ再起動できるかわからない……身体の移動も色々と条件が……」
いくつか浮かぶ手段も使える目処が立たなかったりリスクが大きすぎたりとやはりどうにもいい手が浮かばないのだった。
と、犬飼洋子が引き続き頭を抱え、最近愛飲するようになってしまった胃薬に手を伸ばそうとしたとき。
ブブッ。
端末に一件の着信があった。
電波ではなく魔力による念話の類いを再現した、盗聴不能な超特殊機器だ。
「な……!?」
侵略準備部隊の最上位層だけが使えるその端末に表示された文字列に、犬飼洋子は目を疑う。
ダンジョン先進国と呼ばれる国々での侵略工作を担当する部隊長たちの連盟で送られてきたそのメッセージには、こう書かれていたのだ。
『ならず者国家を後ろ盾に持つ各地の地下組織が共同で山田カリンの首に莫大な懸賞金をかけた――というシナリオで暗殺者を差し向けることが決まった。我々が才能を開花させ少しばかり気も大きくしてやった選りすぐりの
本人たちも無自覚のうちに才能を開花させてやったならず者。
侵略準備部隊が各国の力を落とすためにひっそり手を加えてやった不穏分子を莫大な賞金で誘導、捜査の手が及ばない迂遠な方法で山田カリンにぶつける。
要はいつまで経ってもろくな対策を講じることができないでいる犬飼洋子に代わり、各国で暗躍浸透する幹部連中が動いてやるという旨の指令書だった。
「いやいやいや! 勝てるわけないでしょ! そんなことしても警戒が強まるだけなんだから余計なことすんじゃないわよ!」
指令を受けた犬飼洋子は思いきり叫ぶ。
ならず者国家の裏組織を誘導してということならそもそもろくな捜査がなされないため、こちらに暗殺主導の疑いが向くことはまずないだろうが……マジでやめてほしい。
遠い国にいるせいで山田カリンの実力をわかってない……というより、可能性は極めて低くとも自分たちが仕込んだ鉄砲玉が大戦果をあげればワンチャン日本担当の座を奪い取れそうだとか、失敗して山田カリンの警戒が強まっても責任は犬飼がとることになるだろうしやるだけやってみようとか考えているのだろう。傍迷惑なことこのうえなかった。成果主義が組織全体の不利益に繋がることもあるという好例である。
「…………いや、けど……この状況で連中がワンチャンあると考える暗殺者たち、ね……」
と、メッセージを受け取ってしばし。
犬飼洋子は自分を落ち着けるように少しばかり息を吐きながら小さくそう漏らしていた。
暗殺とはただの正面戦闘とはまったく違う分野だ。
むしろ真正面からでは絶対に勝てない格上を潰すことに特化しているとさえいえる。
極端なことを言えば、8歳の子供が格闘技の世界チャンピオンを殺すことさえあるのが暗殺の世界なのである。
それに、犬飼が密かに才能を開花させたブラックタイガー黒井の能力を各国の幹部全員が把握しているわけではないように、犬飼もまた他の幹部連中が力を開花させたろくでなしどもの能力を完全把握しているわけではない。
これだけ大がかりな暗殺誘導を行ったうえに自信満々なメッセージまで送ってくるのだ。国家転覆級ではないにしろ特別なユニークによる格上殺し特化の暗殺者がいてもおかしくないし、そうなれば山田カリンの排除は絵空事ではないかもしれなかった。多分。きっと。そうだといいな。
それにどのみち、自分以外の幹部陣が結託している以上は犬飼洋子1人でこの流れは止められないし、なにをおいてもまず山田カリンをどうにかしなければならないことは確か。そして多くの国が山田カリンとシャリーの結託に尻込みして完全な沈黙状態でいるいま、怪物山田がただお祈りしているだけで排除されることはまずない。なにもせずにいれば待っているのは破滅のみ。時間が経てば経つほど山田カリンは強くなる。
だったら――、
「な、なんとかなれーッ!」
暗殺の手引きも可能な国内のろくでもない組織斡旋に加え、この賞金とやらの大部分を出資してやればどうにか私の面目も立つはず!
犬飼洋子は全財産を馬に突っ込むように叫びつつ、半ばヤケクソでその作戦に協力する旨を返信するのだった。
――――――――――――――――――――――
白状すると、犬飼洋子様の「どうすりゃいいのあのバケモノ!?」という叫びは作者の叫びだったりもしますわ(カリンお嬢様が強すぎて敵組織さんが自信をもってくれない。悪役は悪役らしくもっと不敵に笑っててほしいですわね)
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