第105話 〈神匠〉クッキング
いわゆる加工職がより精度の高い仕事をするための手段として、スキル熟練度を上げる以外にもうひとつ、「加工に使う道具そのものを加工スキルで作る」というものがある。
工業の世界において工作機械レベル1から工作機械レベル2を作り、工作機械レベル2を使ってさらに精度の高い工作機械レベル3を作り……と繰り返して作成物のクオリティを上げていくように、加工職もまたスキルによってより優秀な道具を作り、本来の実力では加工困難な素材を扱うのである。
特に大きな工房や軍需工場では魔法装備やマジックアイテムの類いと言って差し支えのない大規模な炉や加工道具を作りあげ、通常は魔力が濃すぎてまともに加工できない深層素材……ときには深層ボスの素材すら(不完全ながら)扱うことが可能になっている。
もちろん一般に戦闘が苦手とされる加工職が本人のレベルを上げることが困難な以上、いくら優秀な魔法工作機械があろうと扱いきれずどこかで頭打ちが発生するが、それでも普通では加工できない素材を扱えるようになるのである。
ゆえに「〈神匠〉で魔法調理器具を作れば〈ぱくぱくもぐもぐ〉の制限で調理できない下層以降のお肉も加工できるかもしれない」というカリンの言葉には確かに説得力があった。
〝お嬢様〈ぱくぱくもぐもぐ〉の制限突破できそうってマジで仰ってますの!?〟
〝〈神匠〉で調理道具作成は草〟
〝いや確かに加工職がそうやって加工困難な特殊素材も扱うって聞くけども!〟
〝そんでもユニークの制限ですわよ!?〟
〝とはいえこの非常識お嬢様だしな……〟
〝お嬢様の目が肉に眩んででおハーブ〟
しかしそこはユニークスキルの制限。
〈神匠〉が上層中層の素材をまったく加工できないのとは違い、多少切ったり焼いたりは可能な肉なら抜け道もありそうとはいえ、視聴者たちは半信半疑だ。
「た、確かにお主のような尋常ならざる〈神匠〉持ちならば可能性はなくもないが……ほ、本当に可能なのか?」
シャリーもまた腹ぺこお嬢様の言葉に可能性を見いだしつつ、配下の加工職を総動員してなお長年制限を突破できなかったこともあって半信半疑の言葉が漏れる。
しかし、
「確証はありませんけど、お肉を視た感じ複数の調理道具を駆使すればなんかいけそうな気がしますの! たとえば……え、ええと名前がわかりませんけど、アレですわ、挽肉作るマシーン! 〈神匠〉製の挽肉作るマシーンなんかを作ればそれを使ってお肉をミンチにして……ハンバーグとかいけそうですの!」
「ハンバーグ!?」
〈神匠〉で
そして――じゅるり。
「よ、よし! ものは試しじゃ! こういうのはとりあえずやってみるに限る!」
「ですわ!」
〝2人とも目が肉になってておハーブ〟
〝さっきのめっちゃ美味しそうな肉をハンバーグにできる可能性!?〟
〝そりゃお目々キラッキラのニックニクになりますわ!?〟
〝これもう飯テロ予告では????〟
〝ほ、ほんとにユニークの制限突破できる調理器具作れるの!?〟
〝ね、念のためコンビニからハンバーグとビール買ってご飯炊きますわ!〟
〝あれこれもしかしてユニークの制限突破挑戦以前に〈神匠〉で深層素材を加工するはじめての配信になる……?〟
〝よりにもよってそれが台所用品なの草草のおハーブ〟
〝なんか急に配信の雰囲気変わったな!?〟
〝肉欲はすべてに勝るからね……仕方ないね〟
〝どういうことなの……〟
〝カリンお嬢様の配信はなんでこう毎回斜め上にカッ飛んでいくのか〟
〝A.お嬢様だから〟
とユニークスキルの制限突破&モンスターを食べるための調理器具作製という珍妙極まる展開に視聴者たちがそんな声をあげるなか――お肉加工の可能性を前にしたカリンたちはお肉! ハンバーグ! とその場を駆けだし……深層で大暴れを開始した。
「「「「シャアアアアアアアアアッ!!!」」」」
ゴリゴリゴリゴリゴリ!
「うおおおおおおおおおお! めっちゃいいモンスターが出ましたわあああああああああ! あの頭のドリル、ドロップしたら挽肉マシーンだけじゃなくて
「よしきた! 妾に任せるのじゃ!」
ゴオオオオオオオオオッ!
「「「「アアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」
特殊な粘液によってダンジョン壁の強度を落としながらその内部を掘り進んで現れた蛇型モンスター、スパイラルスネークの群れ。
本来ならばダンジョン壁を強引に掘り進むことで探索者の足下を崩壊させてから襲いかかってくるはずの蛇たちが、地面を崩しきる間もなく自分たちの掘った穴に爆炎を流し込まれて一網打尽。
「おお! この亀いい火力しとるな! 深層の肉は〈ぱくぱくもぐもぐ〉の制限とは関係なく頑丈じゃから生半可な火は通らんのじゃが……ほれほれ! もったいないからともってきておいたこの熊肉もちゃんと焼けるのじゃ!」
「まあ仮に火力が足りなくてもたくさん素材を狩って束ねて温度を底上げするだけですけど!」
「ゴアッ!?」
凄まじい熱量の溶岩を生み出し噴出するマグマタートルが、自分の放った火で熊肉を焼かれて困惑。
さらにはカリンがマグマタートルに近づいたかと思えば、
「お! この亀様、甲羅から生まれる熱をご自身の身体全体に通して触れるだけで相手にダメージがいく感じになってますのね!? 甲羅はコンロに、それ以外の部位がドロップしたらフライパンに使えそうな外れドロップなさげな良モンス様ですわ~!」
と歓声をあげたカリンの感知スキルで階層中の個体を把握された亀さんは絶滅。
「あ、あとそういえば調理器具を作る際には刃とかの部位だけでなく本体部分も必要ですわね……よし、ドロップ素材が出るまで狩りまくらなくていいダンジョン壁を使うのがひとまず手っ取り早いですわね! 〈名刀モンゴリアンデスワーム〉ちゃんの出番ですの!」
キンッ!
カリンが凄まじい切れ味を誇る大刀を解放し、切り刻んだダンジョン壁を山積みに。
食欲に目の眩んだ規格外の少女たち(?)の手により、調理器具作製に使えそうな素材があっという間に集まっていった。
〝ファーーーーーーーーーーーーwwww〟
〝ダンジョン壁普通に掘り進むとかある意味ワイアームよりヤバくね!? と思ってた蛇さんがエグいやられ方してておハーブ枯れる〟
〝文字通り自分の墓穴掘ってんの草〟
〝仮に炎から逃げ切っても地上でカリンお嬢様が待ち構えてるという絶望〟
〝亀さん自分の攻撃でいきなりゲリラBBQ開催されてめっちゃ困惑してるの草〟
〝生肉の盾ほんま草〟
〝肉盾(焼肉)〟
〝こんなんもう露出魔に遭遇した並みの衝撃やろ亀さんwwww〟
〝なんなら露出魔よりよっぽど変態的なダンジョン攻略してますわよこの2人!〟
〝亀さん良モンス扱いで狩られまくってておハーブ〟
〝亀……全身が食欲に目の眩んだお嬢様たちに都合のいい作りだったばかりに……〟
〝てかこのダンジョン調理器具に使えそうなモンスター多いな〟
〝調理器具に使えそうなモンスターってなんだよ!?〟
〝この2人の配信を見てるだけで奇妙な日本語が量産されますわ!〟
「よーし、それでは試作していきますわよ!」
「うむ! 調理器具作成中の守りは妾に任せるのじゃ!」
やがて満足いく量と種類の材料が集まったカリンは深層のど真ん中でアイテムボックスから素材をぶちまけ、その守りにシャリーがつく。
今回加工するのは深層の素材。
加えてできるだけ成功確率を高めるため、カリンは各素材の下処理を迅速に終えたあと、対核ミサイル額縁を作ったときのように加工用トンカチを装備。
下層よりも遥かに濃密な魔力が満ちる深層にて、〈神匠〉を発動した。
「ですわ! ですわ!」
トンテンカン♪
途端――気の抜けるような掛け声に反して凄まじい魔力が凝縮。あまりの魔力に、カリンの作業する手元が空間ごと歪むようにねじ曲がる。
〝!?〟
〝!?〟
〝え、なんかこれヤバくありませんこと!?〟
〝魔力おかしくない!?〟
〝額縁のときも大概だったのにそれよりもっとヤベーですわよ!?〟
〝調理器具作るのに凝縮される魔力じゃねえんだが!?〟
〝なんなら魔法武器作るときもこんな魔力なります!?〟
〝うちの工房の最上級炉でもこんなことにならないんだが???????〟
〝相変わらず加工スキルで深層ボス以上に空間歪ませるのヤバすぎますわよ……〟
〝お嬢様めっちゃ真剣な顔で作ってるけどこれハンバーグのためなんだよなぁ〟
〝ハンバーグのために熟練親方の顔しながら魔力で空間歪ませてんのほんま……〟
〝なんか俺の知ってる加工スキルと違うんだけど!?(中国語)〟
〝というかなんでこの子たちは深層でモノを作ってるの!?(英語)〟
〝おい翻訳コメント! いくらこのお嬢様が頭おかしくても深層で調理器具なんて作るわけないだろちゃんと翻訳しろ!(ロシア語)〟
〝こんな馬鹿げた魔力でしかも深層で調理器具を作るだって? バカも休み休み言ってくれ(英語)〟
〝初見の海外勢がダンジョン内加工に腰抜かしてて草〟
〝そういや深層で加工スキル使ってんのがまずおかしかったですわ!?〟
〝護衛付きとはいえ深層で普通に調理器具作ってるのがもう異常でしたわね……〟
〝知らん間に自分の常識が破壊されますわほんと……(n回目)〟
〝これもうお優雅精神汚染だろ〟
〝てか待って!? シャリー様のほうもなんか普通に魔法反射虫ぶっ殺してましてよ!?〟
〝カリンお嬢様が切り刻んだダンジョン壁ヤベェ勢いで射出してておハーブ(白目)〟
〝その風魔法使った(?)遠距離砲撃が魔法判定じゃないの衝撃波爆弾並みにズルでしてよ!?〟
と異常な絵面にコメントが無数に流れていくなか、ぼわんっ!
いくつもの工程をすっ飛ばしたかのように――先ほどまで〈スパイラルスネークの回転角〉、〈トロルグリズリーの爪〉、ダンジョン壁の欠片などが折り重なっていた場所に、突如としてミートミンサーらしきものが出現していた。〈ぱくぱくもぐもぐ〉の制限であまり細かくカットできない下層以降の肉を効率よく加工するため、そのサイズは普通のものよりかなり大きい。
「よっしゃー! 一発でいい感じのヤツが出来上がりましたわ!」
〝!?〟
〝!?〟
〝相変わらず加工の工程すっ飛ばしてて草〟
〝え、なにこれ……(英語)〟
〝手品……?(ロシア語)〟
〝なるほどな、よくわかったよ。この動画が出来のいいフェイクだってことがな(英語)〟
¥10000
えー、初見海外勢に説明すると、このお嬢様は加工スキルを極めすぎているためいろんな工程をすっ飛ばしてブツが出来上がるらしいです(英語)
〝嘘つけ!(英語)〟
〝騙すならもっと上手い嘘をだな(英語)〟
〝あんな小さいハンマー振り回しただけで作れるもんじゃないだろ!?(英語)〟
〝リアルタイム配信で嘘字幕みたいなことするな!(英語)〟
〝コメ早くて読み切れないですけど1万赤スパお嬢様がまったく信じてもらえてないのはわかりますわ!〟
〝まあこれを初見で「そうなんだ」って受け入れられるのは頭お嬢様だけだから……〟
「おお!? 本当に調理器具が出来上がっておるな!? しかもこんな短時間で! な、なんというイカれた練度……! よ、よし、早速試してみるのじゃ!」
「ですわね! それでは……シャリー様が護衛がてら狩ってくれた熊肉をまずは加工してみますの!」
と、カリンはダンジョンに吸収されることなく残ったトロルグリズリーの肉を〈名刀チュパカブラ〉で大まかにカット。「おお!? 試しにチュパカブラちゃんでカットしてみたら余分な血が吸えていい感じですわねこれ!」と新たな発見をしつつ、投入口に肉の塊を乗せて、
「それでは……いきますわ!」
「う、うむ……!」
2人して息を呑みながら、カリンは作成者本人しか使用できないその〈神匠〉製魔法ミートミンサーに大量の魔力を投入。
通常であれば一定以上手を加えた途端に崩れ去ってしまうお肉に対し、繊細なモンスター素材を扱うときをイメージして通常加工スキルを全力発動。
〈神匠〉スキルを扱えるようになった当初、加工道具を使ってコツコツとスキルLvをあげていたときのように繊細な手つきで取っ手を回した。
瞬間――ゴッ!
まるで深層に満ちる魔力が調理器具と生肉に集中するような空気とともに――にゅるるるるるるるっ。
普通の探索者武器では傷を付けることすらできない熊肉が細かく裁断された挽肉になる。
そして――、
「おおおおおおおおおお!? 肉が! 肉が消えておらんのじゃああああああああああ!?」
「やりましたわあああああああ! 最強ハンバーグいけますわあああああああああ!」
下層以降の肉は一定以上加工しようとすると灰になって消える――そんな〈ぱくぱくもぐもぐ〉の制限を超えていつまで経っても灰にならず黄金のような光沢を放つ挽肉に、カリンと
――――――――――――――――――――――――
↓このへんに気絶から目が覚めたあとお嬢様とシャリー様の配信を見守ってて脳が破壊された光姫様&予想外のシナジーを発揮して仲良くなりまくってる二人に頭を抱えてる犬飼社長
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