第100話 意気投合


「待て待て待て待て! お主、奈落がどういう場所かわかっておるのか!?」


 自分を畏怖することのない対等な友人がほしい。


 そんな望みのために色々と回りくどいやり方でカリンと接触し、指導配信の枠内でちょっとした模擬戦を行ったアフリカ統一ダンジョン女王は、対等な友人とかそんな段階をすっ飛ばしてヤベーことを言い出したカリンに慌てて突っ込んでいた。


 奈落。


 それは深淵を踏破した先にあると言われる正真正銘の人類未踏破領域だ。

 

 その内部に関する情報はほとんどゼロ。

 なにせ奈落を保有するダンジョンが極めて希少であるうえに、その領域から生きて帰ってきた者が誰一人としていないのである。表はもちろん、女王が知る限り裏の世界にさえただの一人も。


 というか生きて帰ってくる以前に、そもそも奈落に挑戦できる者がほとんどいない。


 国家転覆級探索者はその慎重さゆえに自分の情報を秘匿していることがほとんど。

 つまり横の繋がりが皆無であり、同格とパーティを組んでダンジョンに挑むということがまずあり得ないのである。


 ゆえに奈落に挑戦するには深淵を踏破したうえでその未知の領域にほぼソロに等しい条件で進む必要がある。狂気と慎重さを両立するレベル4000超えの逸脱者たちをしてそれはまさしく「自殺行為」。挑戦する者が皆無ならば情報も必然的にゼロなのだ。


 奈落に関する情報といえば、それこそかつて深淵をソロ踏破した伝説級の猛者が通信機に悲鳴すら残さず消息を絶ったという真偽不明な噂があるくらいで、どんな強さのモンスターがどのくらいいるのか、まったくといっていいほど情報がないのである。


 国家転覆級と呼ばれる探索者たちからすら未知ゆえに危険すぎると認識されている領域。

 

 それをいくら強いとはいえ16歳の身空でありながら「一緒に挑戦しよう!」などと気軽に言うカリンに、そりゃ妾たちが組めば挑戦も不可能ではないじゃろうが……と思いつつ女王は当然の突っ込みを放っていたのだ。


 だがそんな女王に「奈落がどんな場所か知っているのか」と訊ねられたカリンはといえば、

 

「ええ、もちろん存じ上げておりますわ! ダンジョンのなかでも最も危険な領域。そしてセツナ様のようなお嬢様探索者を目指すわたくしがいつか拳ひとつでお優雅に攻略配信したいと思っている場所ですの!」


 キラキラした瞳で女王の問いに熱弁を返していた。


「ですがそのためにはまずフル装備でもなんでも使って一度攻略しないとですし……ソロで挑んだりしたら今度こそぶっ殺すって言われてますし……。そもそも奈落はセツナ様でも最初は強力な魔法装備込みで苦戦していた領域。ゆえにわたくしも慎重を期して、最初はちゃんとパーティを組んで挑戦したいと思ってましたの! ふふ、セツナ様に身に余るほど光栄な言葉をかけていただいた直後にこんな出会いがあるなんて、これはきっと運命ですわ!」


 あ、これなんもわかってないヤツじゃな。

 頭のネジが10本くらいふっ飛んで脳みそバラバラじゃこやつ。

 女王は確信した。


 そして当然、カリンのアレっぷりに困惑しまくっているのは女王だけではない。



〝お嬢様なに言ってんだ!?〟


 ¥5000

 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! カリンお嬢様がぶっ飛ばされたと思ったら自分をぶっ飛ばした14歳(仮)を奈落攻略に誘っていた……なにを言ってるかわからねぇと思うがマジでなに言ってんだこの頭おかお嬢様……〟


〝カリンお嬢様に一撃入った!? って驚いてたら普通に無傷で復帰してきたうえにヤベェこと言い出して情緒が追いつかねぇよ!〟

〝この状況どっからツッコめばいいんですの……?〟

〝行政の胃はもうボロボロ〟

〝怒濤の展開すぎて色々ツッコミが追いかねぇんだけどそもそも奈落ってマジで実在すんですの!?〟

〝カリンお嬢様級の怪物がいきなり生えてきたかと思ったら突然の奈落挑戦勧誘がはじまったでござるのまき〟

〝世界中の指導者層お嬢様がいま心臓バックバクやろこれ……〟

〝一般お嬢様のわたくしも心臓バックバクなんだよなぁ〟

〝カリンお嬢様!? 指導開始時に自分で言ったこと思い出してくださいまし!?〟

〝ダンジョンでは現実とフィクションを区別して慎重にって言ってたじゃないですかやだー!?〟

〝みんななに言ってんだ? だからカリンお嬢様はソロじゃなくてパーティで挑もうとしてんだろ? 慎重の極みだよ〟

〝↑頭お嬢様かよ〟

〝↑ヘ、ヘイトスピーチ……!〟

〝てかそもそもなんで深淵踏破をすっ飛ばしていきなり奈落挑戦なんて言葉が出てくるんですかねぇ(震え声)〟

〝なんでってそりゃ……〟

〝カリンお嬢様の言葉の端々から深淵ソロ踏破常連疑惑がどんどん確信に近づいていくのミステリーホラーの文脈やろ〟

〝てかお嬢様あのヤベェ魔法食らって無傷なのisなに!?〟

〝ダンジョン壁にとんでもねぇ頭突きかましてて無傷だった時点で推測されてたけど……お嬢様これもしかして回避技術だけじゃなくて防御力も尋常じゃない……?〟

〝超回避能力と超防御力の合わせ技か……〟

〝ク ソ ボ ス !〟

〝しかもなんかドレスの袖がいつの間にか回復してるんだが……?〟

〝おいこれまさかヴェノクラゲの再生力まで搭載してんのかこのドレス……〟



 奈落挑戦発言を中心に、この十数秒で巻き起こった展開の数々に動揺する視聴者たちの書き込みでコメント欄はカオスの極みだ。


 そしてダンジョン女王もまたカリンの言動に改めて唖然となり、(奈落に関する情報を得る機会がなかったのじゃろうが、だからといってまさかここまで本気でアニメと現実を混同しておるとは……)と視聴者たちと一緒に言葉をなくしていた。


 だが、


「……く」


 カリンのトンチキ言動に唖然とすること数秒。

 女王はその幼い体をくつくつと揺らし、


「くく、くくはははははははは!」


 心底愉快げに大笑いしていた。

 その心中を満たすのは望外の喜びである。


(こやつ本当に最高すぎる! あれだけがっつり戦ったあとに妾のことを欠片も畏怖しておらんどころか、目を輝かせてパーティに誘ってくるとは!)


 まあ実物は想像の10倍くらい頭がおかしかったが……だからこそこの異常な強さを身に付け、いまこうして臆することなく女王と対峙できているのだろう。


(というかそもそもこやつ、先ほど追加装備を出さなかったのは妾が猛攻を仕掛けたからではなく、指導と思っておったからじゃな!? だとすると妾がまだユニークスキルを使ってないことを差し引いても下手したら既に妾より強いのではないか!? ……はは、これはなんとも、妾のほうこそ愚かな道化もいいところではないか)


 その推察に女王はさらに笑みを深める。


 退屈を紛らわせるどころか、期待に応えてくれるどころか、そんなもの軽々と飛び越えて突き進んできてくれたカリンに女王は心底こう思う。


 このお嬢様と仲良くなりたい! 

 もっと一緒に遊びたい!


 奈落云々はまあさすがにカリンの身も含めて危険なのでひとまず誤魔化しつつ……仲を深める口実がほしい。


 ゆえに女王は笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いつつ、カリンに改めて向き直る。


「バカじゃなあお主、いきなり奈落なんぞに挑戦できるわけがあるまい!」



〝あ、よかった……この子はお嬢様より常識がありそうですわ!〟

〝常識がある(当社比)〟

〝よ、よかった……奈落に挑戦する非常識未成年コンビ(片方は疑惑)はいなかったんですのね……〟



「そういう未知の領域にパーティ組んでいくなら、まずは危険のない深層なんかで何度もダンジョン攻略をこなし、互いの相性を確認したり連携を深めるのが先じゃろ!」


「はっ……! た、確かにですわ! わたくしとってもお強い同世代に出会えてテンション上がりすぎてましたの……! そもそも年下の方をいきなり奈落に誘うのもお優雅ではありませんでしたし……仰るとおりですわ!」



〝違うそうじゃない〟

〝危険のない深層で連携確認 ←これホントに日本語か?〟

〝褐色ちゃんは日本語まだ勉強中かな?(願望)〟

〝危険のない深層とかいう矛盾した言葉を当たり前のように使うのはやめてもろて……〟

〝これ本人たちにとってはなにひとつ矛盾してないんだろうな……〟

〝やっぱりこの銀髪ちゃんもヤベェ子じゃありませんの!!〟

〝それはさっきのわけわからん戦闘でとっくにわかってただろ!〟

〝カリンお嬢様が「はっ」みたいな顔してるのほんまおハーブ(白目)〟

〝深層で軽く連携の確認とは……?

〝増水した川で泳ぎの練習しようレベルの発言〟

〝河童かな?〟

〝年下? 年下かな……? そうかも……〟

〝この2人の会話聞いてたら頭おかしなるで〟

〝カリンお嬢様単体の配信観てるだけで頭おかしくなりそうですのに……〟



 視聴者たちは引き続き異次元のやりとりに愕然とするが、はじめて同格の人間に出会ってはしゃぎ倒す怪物2人は止まらない。


「ではこの新人様指導のお仕事が終わったあと、早速深層にいきましょうですわ! 確かこういう指導のお仕事ってクランの方々が時間を割く見返りに新人発掘する場にもなってると聞きますし、きっと角が立ったりもしませんの!」


「よし決まりじゃな! あとアレじゃ、配信しながらやろう! 妾、実はお主の配信に一目惚れしたファンでなぁ。是非一緒に遊びたいと思って今回の指導に参加したんじゃよ!」


「まあそうなんですの! えへへ、そういうの凄く嬉しくて照れますわね! じゃあ今回はコラボ……というかゲストを呼んでの攻略配信というかたちにしましょうですわ!」


「やったのじゃー! あ、そうそう。これは先に言っておくが」


 と、女王は言葉の途中でカリンから浮遊カメラのほうへと視線を向けて、


「よもや妾たちのダンジョン攻略を妨害したり配信停止しようなどという者はおるまいな?」


 無邪気に歓声をあげていた先ほどまでとは一転。

 口元だけ笑みのまますっと目を細めて女王は全世界に告げる。


「妾とカリンが2人でダンジョンに潜るにあたっては妾が妙なことをせぬよう多くの人目に触れるカメラがあったほうが安心という者が多いじゃろうし……こうして表に出てきた妾の力を少しでも把握しておきたいという輩はもっと多かろう?」



〝ひぇ……〟

〝い、いまなんか凄いオカンが……〟

〝お、おいこの子やっぱなんかおかしいって! 強さ以外にいろいろ!〟

〝な、なんか明らかに自分の国際的な影響力や立場を自覚してる立ち回りなんですけどこれは……〟

〝圧力なんてかけてませんよ? あくまでそのほうがそちらに利益があるという話ですよ? ←同接1000万超えた配信で堂々とこの言い回しができる14歳とは一体……〟

〝強さもそうだけど絶対14歳の貫禄じゃねえですわよこれ!?〟

〝カリンお嬢様が戦闘時以外16歳のオツムじゃないから対照的でお似合いですわね!?!?〟

〝ね、ねぇ……エジプト系の顔立ちに広域殲滅魔法スキルにこのオーラって……この子まさかさぁ……〟



 と視聴者たちがなにやら嫌な予感に駆られて動揺し、いきなり妙なことを言い出した女王にカリンが「急にどうしたんですの? お年頃ってやつですの?」と首を傾げる一幕はあったものの、深層配信の話はどんどん進んでいく。


 しかしそんななか、


「ちょっ、カリンお嬢様!? 本気でその子と深層に潜るつもりですか!?」


 当然といえば当然のようにストップが入った。

 ほかの指導参加者たちとともに風で遠くまで運ばれていた光姫がいち早く戻ってきて、どう考えても身分を偽って今回の指導イベントに潜り込んだのだろう異常戦闘力少女と深層に潜ろうとするカリンをさすがに止める。


 さらには、


『ちょっとカリン! 本当にそのまま深層攻略をはじめる気!?』


 戦闘が終わるまで連絡を我慢していた真冬が、はしゃぎ倒すカリンと女王に電話で割って入る。


『そのサバ読み女は恐らくアフリカ連邦の……い、いや、そうでなくとも実力が近しい知り合ったばかりの相手と2人きりでダンジョンに潜るなんて避けるべきでしょ』


「え? あーまあ確かにそう聞きますけど……でもこの方、とってもいい子ですのよ?」


 真冬が言葉を濁して止めようとするも、カリンはあっけらかんと答える。


「あれだけの魔法スキルを持ちながらちゃんと精密コントロールで周囲に一切の被害なく戦ってらっしゃいましたし、攻撃ひとつひとつに気遣いがありましたの。なにかするつもりならとっくにやってますわ。それになにより……ふふっ、わたくしのファンなんですって! 大丈夫大丈夫ですわ!」

 

『ぐっ……』


 ファン云々は置いといて……カリンの言い分に珍しく真冬は口をつぐむ。

 確かにこの銀髪少女は色々と問題行動を起こしているが(というか少なくとも身分詐称と密入国は確定だが)、それ以外のアレコレは力で我を通しがちな上位荒魂が無茶苦茶をしているなりにいちおうの筋を通している様子が見受けられる。元公安の真冬から見てもカリンを害そうという意図が感じ取れないのだ。


 というか既にカメラに顔をさらしている以上、わざわざダンジョン内にカリンを誘い込む意味がない。そもそもカリンを害するつもりなら地上で戦ったほうが周囲への被害を抑えようとして動きが制限されるだろうカリン相手には有利まであるのだ。


 国際的な影響や各国上層部のメンタルをとりあえず脇におけば、カリンの言うとおり深層配信には問題がないように思われた。なんなら真冬のなかではカリンを止める理由が警戒3割嫉妬7割くらいになってきているほどである。


 さらには、


『え……』


 真冬はとっさに電話口をおさえて目を見開く。

 いましがた上層部から公安の霞を介して指示が届いたのだ。


 いわく『カリンお嬢様に害がなさそうならひとまず好きにさせよう。害が及びそうならできうる限りの対策を講じるところだが、こうなったら配信を止めるよりもその推定ダンジョン女王が意図してやろうとしているように2人が仲良くなったことを配信で知らしめ徹底的に周囲を牽制したほうが安全(意訳)』とのこと。


 そんなこんなで、


「それじゃあ早速、お仕事の続きですわ!」


「よし、じゃあ妾はダンジョン庁を通してひよこどもに詫びの品を贈る用意じゃ! 指導配信だというのに最後は少しカリンを独占しすぎたからの! 少しレベルが上がったあとでも使える(我が国自慢の)防具を贈らせてもらおう! (……でもって行政への詫びはあとでじゃな)。あ、あと忘れとったが妾のことはとりあえず『シャリー』とでも呼んでくれ!」


 カリンと女王はビビり散らすダンジョン庁職員らとともにしっかり終わりの挨拶や後片付けをこなし、予定通り指導イベントの仕事を完遂。


「光姫様が仕事を紹介してくれたおかげですっげぇ出会いがありましたわー!」「!?!?!?!?」と光姫に抱きついてノックアウトしたあと、カリンは女王ともにノンストップで深層攻略配信へと移るのだった。




 ――ちなみに、風で遠くまで運ばれていたとはいえカリンと女王の激突を直に目撃した中学生たちはといえば、


「す、すげぇ……! なんだったんだアレ……!」

「生でやべーもん見ちゃった……!」

「あのレベルは絶対無理だけどいつか近い挙動で戦ってみたいなー!」

「世界にはあんなのがいるんだ……!」

「けどアレ絶対わたしらと同い年じゃないよね!」

「あんな戦闘見せてくれたうえに防具までくれるとかめっちゃいい人だった! けど絶対14歳じゃないし帰化2世とかでもないし多分カリンお嬢様とは別ベクトルで頭ヤバい人だアレ!」



〝草〟

〝最近の中学生心強すぎておハーブ〟

〝心の強ぇガキなのか……!?〟

〝あのお嬢様の指導を受けにきた時点で上澄みメンタルの集まりだから……〟

〝これもう未来のトップ探索者たちやろ〟



 と、世界最高峰の戦いにビビり散らかしながらも自分たちに一切害の及ぶ気配のなかった戦いに魅せられ大興奮。


 モチベーションMAXのまま早速カリンに教えてもらったことを実践に移そうと、指導イベントが終わると同時、カリンらと同じようにそれぞれ適性難度のダンジョンへ潜っていくのだった。



―――――――――――――――――――――――――

皆様のおかげで(番外編など除いて)100話達成ですわー!

さらに連載開始から7ヶ月で年間総合2位ですの! ありがとうございますですわ!


というわけで次回は一度掲示板回(+今回の女王様来日に際して先に書いておくべきだったと反省中の新しい敵がっつり登場回)を挟んで、その次から女子(?)2人のゆるふわダンジョン配信編開始ですわ! 国際的なアレコレの顛末はそれらが片付いたあとですわね。

※ちなみにぶっ倒れて動かなくなった光姫様はダンジョン庁職員様が回収いたしましたわ


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