第99話 擬態の新人


 その日、真冬は自宅でカリンの配信を視聴していた。


 14歳の駆け出しを相手にした指導ということで少なからず心配していた面もなくはないのだが……結局のところそれは杞憂だった。


 一度新人警官相手の指導を経験したことや、光姫のサポートがあることも大きいのだろう。

 参加している中学生たちからの好感度は最初から高く、指導も的確そのもの。指導配信は極めて順調に進んでいたのだ。


「すっかり人気配信者じゃん」


 緊張してはいるものの楽しげに配信を行うカリンの姿に真冬は小さく微笑む。

 もちろん色々と課題はあるし、カリンの言動にハラハラさせられるのは変わらないが……それでもやはりカリンが元気に配信をしている姿には嬉しいものがあったのだ。


(まあ最近光姫この女とのコラボが増えてるのがちょっと気にくわないといえば気にくわないけど……)


 と真冬は少々複雑な想いを抱きながらも引き続きカリンの配信を見守っていたのだが……そのときだった。


 ピピピピピピ。


 盗聴防止機能のある公安との連絡用スマホが着信を知らせたのは。


「もしもし?」


『ごめん、ちょっと不味いことになった』


 開口一番。前置きもなにもなくそう切り出した牧原霞の言葉に真冬は目を細める。

 一体なにがあったのかと思えば、


『山田カリンへの報復命令を受けた部隊の消息が追えなくなったって前に伝えただろ? 実はいま、それが見つかったんだ。日本海側沿岸の洞窟で全員真っ黒焦げになってたらしい』


「……!? なんですって……!?」

 

 真冬は霞からの報告に耳を疑った。

 あまりにも無茶な命令を受けて雲隠れしたのではないかとすら思われていた報復部隊が日本国内で見つかったというのだ。


 だがその報告は明らかにおかしかった。

 

 レベル2000を越える20人近い報復部隊は1人残らず黒焦げになっており(高レベル探索者の並外れた生命力でギリギリ命に別状はないものの)、明らかに人目を避ける形で隠されていたというのだ。恐らくは1週間以上前に、何者かの手で。


「それって……」

『うん。国内の荒魂がやったならボクらに隠す必要はないし……なにかヤバいのが国内に入り込んでる可能性が極めて高い』


 明らかに国外の国家転覆級探索者の所業。


 だが意図がわからない。


 タイミングからして密入国の目的は間違いなくカリンだろうが、暗殺や襲撃を考えているならわざわざレベル2000の集団を潰して見つかるリスクを抱える必要がないのだ。


 競合相手を先に潰しておいたともとれるが……カリンがレベル2000集団にどうこうなるわけがないとわからない手合いではないだろう。カリンに警戒されたくなかったのだとしても、それなら報復組はわざわざ生かして隠さずに粉々にして海に撒いてしまえばいい。姿も意図もわからない強大な力に真冬は眉根を寄せる。


「考えても埒があかないわね。とにかくいまはその不穏分子の捕捉とカリンへの警告を最優先で――」


 と真冬は迅速に動き出そうとしたのだが――それは完全に手遅れだった。


 ドッッッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!


「な……!?」


 真冬は画面内で急転直下の展開を見せたカリンの配信に数瞬完全停止する。

 14歳であるはずの指導希望者が突如、空へ飛び立ったカリンへ雲を突き破る勢いのイカれた魔法をぶっ放したのである。


 どう考えても現実とは思えない光景。

 さしもの真冬も白昼夢かなにかを疑うが……しかしすぐに動画を現実だと認識した真冬の全身から汗が噴き出しあらゆる思考が並行して爆発した。


(アフリカ……いやエジプト系の外見にこのイカれた魔法スキルは……!? あり得ない、けどこの特徴、国内に入り込んだ不穏分子の正体はまさか……!?)


(どういうこと!? ダンジョン庁も信頼回復をかけて指導希望者の選定は慎重だったはずなのにどうやって潜り込んで……!? まさか、精度の高い偽装身分証とあのあり得ないほど幼い外見の合わせ技で……!? だとしたら恥も外聞もなく一体いくつサバを読んで……!?)


(そもそもどういうつもり!? 秘密裏に接触するならまだしも国家転覆級探索者が――いや下手したら実質的な国家元首が堂々と配信に顔も能力も晒すなんて……!? 配信画面越しにも殺気が感じられない攻撃といい自滅攻撃といい、まさか暗殺目的ではないと示すためにわざわざ……!?)


(いやけど、だとしても目的が読めない! 何日も潜伏しておいていまさらなんのためにこんな白昼堂々カリンに攻撃を仕掛けて……!?)


 と真冬のなかにあらゆる疑問が浮かぶが……カリンがそうであるように、神話の傍迷惑な神々にも等しい超越者の思考などそう簡単に理解できるわけもなく、真冬は霞に呼びかける。


「……! いますぐ上層部にあの年齢詐称女の推定正体を伝えて、至急アフリカ連邦に確認をしてもらって! あと現場に人を! 私もいくから動ける人材を全員!」


『……。ボクいまから1週間くらい有給とって温泉旅行にいく予定なんだよね』


「現実逃避してないで早く!」


 地震と台風と火山噴火が同時にやってきたようなその緊急事態に、真冬たちは慌ただしく動き始めた。



      ※



〝なんだこれえええええええええええ!?〟

〝ちょっ、待て待て待て待てマジで待ってなんだよこれ!?〟

〝なにあれ魔法スキル!?〟

〝いくら魔法スキルでも地上から雲を吹っ飛ばすような威力はないんだがあああああああ!?〟

〝いや、え、いや、え……?〟

〝おそらきれい〟

〝ほんとに雲が吹っ飛んでお空綺麗なんてことある?〟

〝いやちょっとおいこれカリンお嬢様大丈夫なのかよおい!?〟

〝カリンお嬢様がビルみてぇな太さのビームに飲み込まれましたわあああああああ!?〟



 新人指導配信を行っていたカリンの配信コメント欄はとんでもない騒ぎになっていた。


 なにせ指導希望者(14歳)がいきなり自分に雷を放ったかと思えば、空に飛び上がったカリン目がけて目を疑うような魔法をぶっ放したのだ。


 ビル以上の太さに雲を吹き飛ばす威力と射程。

 攻撃範囲はもとより速度も尋常ではなく、空に飛び上がった疾風迅雷装備のカリンがその閃光に飲み込まれて視聴者たちが悲鳴をあげる。

 

 だが、


「っぶねえですわああああああああああ!?」


 カリンは健在だった。


〈魔龍鎧装・嵐式〉と〈魔龍鎧装・雷式〉

 

 同時展開することで互いの能力を高める〈疾風迅雷〉モードの反射神経と強化された機動力でビームを回避していたのである。飲み込まれたカリンの影は凄まじい速度が生み出した残像だ。


「わはは! やはりこんな雑な大砲では話にならんか!」


 そしてどこもかしこも大騒ぎのなか、魔法をぶっ放した少女――アフリカ統一ダンジョン女王は初撃を回避してみせたカリンに満面の笑みを浮かべる。


 だがそれと同時、その整った顔にふと疑問がよぎる。


(妙じゃな。あのカゼナリとかいう装備の性質上、上に逃げるより地上戦を仕掛けたほうが強化された身体能力と暴風による機動力向上の両方を活かせて魔法職の妾を相手取るのに都合がいいじゃろうに。なぜわざわざ不利な空に逃げた?)


 しかしその疑問はすぐに解消された。

 先ほどまでカリンが立っていた場所。その背後に広がる東京湾を見て「ありゃしまった」と女王はカリンの意図を悟る。


(日本では地上で探索者が力を使っていいのは基本的にダンジョン周辺半径300メートルに広がる建設禁止エリアの内部のみ。確か海に魔法を放つのも禁止じゃったか。というか恐らく地面が余波で壊れることも避けたか……。背後が海のままなら妾も相応の魔法を撃つ予定じゃったが……なんにせよ気を遣わせてしまったな)


 しかしまあ、


「どのみち地上で戦う以上はお互いある程度の制限は必須。これに関してはハンデと思わん! この国のルールにあわせて――コンパクトにろうか!」


 瞬間――ドゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオン!!!


「っ!」


 空中のカリン目がけ、無数の魔法弾幕が放たれた。


 濃密な魔力の濃縮された炎雷の雨あられ。

 ダンジョン周囲に広がる建設禁止区域の空を埋め尽くすようなイカれた弾幕が小さな少女の両手から耐えることなくまき散らされる。


 そしてその砲撃は建設禁止エリアの外にはみ出ることは決してなかった。

 その弾幕のすべてが、カリンを正確に追尾し追いすがっているのである。

 カリンのお優雅トリングに匹敵するホーミング性能つき魔法スキル。


 さらには――ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオン!


 その魔法弾幕に付与されている能力はホーミング性能だけではない。

 カリンや弾幕同士が接触したわけでもないのに、カリンに近づいた途端一斉に爆発。

 まるで近接信管を持つ砲弾やミサイルのように爆炎の花を咲かせるのである。



〝はああああああああああああああああああああ!?〟

〝なんじゃこの魔法スキルはあああああああああああああ!?〟

〝おかしいおかしいおかしいなにこれ!?〟

〝なにが起きてんだこれマジで!?〟

〝戦争……でもこんな火力ねえよなにが起きてんのかすらわかんねぇ!?〟

〝ギガントフォートレスでも地上に出てきてんのか!?〟

〝ギガントフォートレスより全然ヤバいだろこれなんだああああ!?〟

〝おいこれまさか建設禁止エリアからまったく魔法がはみ出てない……?〟

〝早すぎ&弾幕濃密すぎてなにもかもわけわかんねえですわああああああああ!?〟

〝どんな精密性だよ!? てかこれまさか全弾カリンお嬢様追尾して近くで爆発までしてる!?〟

〝↑推定トップ探索者ニキはもっと解説してくれ役目でしょ〟

〝ま、魔法ってすごいんですわねぇ〟

〝こんな魔法スキルがあってたまるか!〟

〝てか全然溜めもなにもなく連射されてんのなんなんですの!?〟

〝ぅゎょぅι゛ょっょぃ……とか言ってる余裕すらないんだがなんだこれ!?〟



 カリンの意思で地上に置き去りにされた浮遊カメラ。

 そこに映し出された異次元の魔法弾幕に視聴者は引き続き大混乱に陥る。


 魔法スキルとは大量の魔力を利用して必殺に近い威力を発揮するスキルの総称。

 しかしそれは「魔法」という名称に反し、そこまで自由自在というものではなかった。

 たとえば威力を重視すれば操作性は落ちて一直線に放つことになるし、ホーミング性能のある魔法スキルは威力と引き換えがちだったりする。


 さらには大量の魔力を練り上げる関係上溜めに時間がかかったり弾数には制限があったりと、色々と面倒な点も多いのだ。


 もちろんベテランの魔法職はそれらの欠点をある程度克復しているし、ボスモンスターをはじめとした格上に勝機をもたらす破壊力や大量のモンスターを一発で吹き飛ばす広域殲滅力は欠点を補ってあまりありすぎる恩恵があるのだが……なんにせよそれなりの制限はあるのである。


 だが、


「わははははははははは!」


 そんな制限など関係ないとばかりに。

 銀髪褐色の少女はかつて視聴者たちを驚愕させたお優雅トリングやギガント・フォートレスの砲撃すら一笑に付すような超高性能弾幕を、まったく疲労を感じさせない笑顔とともにまき散らしまくっていた。



〝いやいやいやおかしい! なんだこの子!? マジでなに!?〟

〝異常すぎんだろなんなんだこの魔法スキル!?〟

〝威力も速度も付与された効果も燃費も複数属性同時展開もなにもかも意味わからんのだが!?〟

〝魔法スキルって普通は1つの属性を極めるもんなんですけどー!?〟

〝マジで出来のいいCGじゃねえの!? これが現実とか世界終わるんだが!?〟

〝さっき風に運ばれてった子たちがSNSで呟いてる……これガチ映像だよ……〟

〝嘘じゃろ……〟

〝おいこの子まさかカリンお嬢様を狙って子供に化けた海外の刺客とかじゃねえの!?〟

〝わざわざ指導に応募して配信中に顔出し襲撃はしなくねぇ!?〟

〝参加者逃がしたりもしてるし律儀に魔法放つ範囲絞ってるし確かに刺客っぽくは……〟

〝じゃあこの子なんなんだよ!?〟

〝そらお前……カリンお嬢様の指導を望む一般14歳少女じゃろ……〟

〝こんな14歳いるわけねえだろ!〟

〝1 6 歳 で 深 淵 ボ ス を ソ ロ 撃 破 し た 怪 物 お 嬢 様〟

〝ああああああああああああああ! カリンお嬢様の存在のせいであらゆる可能性が否定できねえええええええええええええ!〟

〝考察のノイズお嬢様!!!!〟

〝てかなんかもう速すぎてわけわかんねえんですけどそのカリンお嬢様は無事なんですの!?〟



 この世のものとは思えない映像にコメント欄は引き続き大混乱。

 そして安否を心配されたカリンはといえば、


「――っ!」


 一定範囲内に近づいた瞬間爆発するホーミング弾幕の嵐を無傷で耐え凌いでいた。

 鍛え抜いた感知スキルで弾幕の動きや爆発のタイミング、爆発範囲を正確に把握。

〈疾風迅雷〉によって跳ね上がった反射神経及び機動力で回避しまくり、稀に発生する避けきれない爆風も強化された暴風の鎧で弾き飛ばすことで髪の毛一本傷つけず回避し続けていたのである。


 その人外めいた技量と動きを唯一はっきりと把握しているダンジョン女王がさらに笑みを深め、全身に魔力を漲らせた。


「〈神匠〉で作った規格外の魔法装備! やはり素晴らしい性能じゃの! その性能を引き出す本人の技量も見事! まっこと見事! じゃがその装備……完成からまだ日が浅いこともあってまだ完全には使いこなせておらんなあ!?」


 瞬間――ボッ!!


 音速ミサイルもかくやという勢いで、全身に風を纏った女王が飛んだ。

 

「――っ!」


 それに目を見開くのはいち早くその接近を感じ取り目視したカリン。

 そんなカリンに接近した女王は炎雷のホーミング弾幕を継続しつつ、中距離からさらに魔法を放つ。


「二属性混合魔法スキル――〈風雷砲〉!」


 雷を纏った無数の竜巻がカリン目がけて叩きつけられた。

 ホーミング弾幕で退路を制限されていたカリンは身に纏う暴風でそれらの竜巻を逸らしつつ回避を続行。


 だが、


「っ!?」


 暴風によっていましがたはじき返した竜巻になにか違和感を抱いたようにカリンは眉をぴくりと動かし、反射的にアイテムボックスからさらなる装備を引き出そうと意識を向ける。その瞬間、


「させん!」


 カリンの行動を阻害するように女王が再接近。弾幕がさらに勢いを増した。


(本気装備のこやつとも是非戦いたいが……いまは別! それを戦闘中に出せるかどうかも実力のうちじゃからなあ!)


 ドガガガガガガガガガ!

 

 中距離から放たれる、逃げ道などほぼない弾幕の嵐。


 恐らくは〈疾風迅雷〉によって向上した各能力をもってしてなお、暴風の操作で弾幕を回避し逸らすのが精一杯なのだろう。反則的な魔法攻撃にかかりきりであるかのように、カリンは新たな装備を取り出すことなく戦闘を続行する。


 と、そのなかでも一際でかい雷風の竜巻がカリンを襲い、カリンが咄嗟に暴風で中和を試みた。


 だが次の瞬間、


「――やはりその装備、まだ100%は使いこなせておらんな」


 超高速戦闘の最中、まるでテレパシーのように圧縮されたその言葉がカリンの耳に届く。


「風の操作に関しては妾のほうに分があるようじゃ」


 ドパアアアアアアアアアアン!


「っ!!!」


 カリンが目を見開いた。

 

 放たれた雷風の竜巻と暴風の鎧がぶつかりあった瞬間――まるで竜巻に飲み込まれるように暴風の鎧が霧散したのだ。より洗練された魔力に風は従属するとばかりに!


 しかしそれでもカリンは即座に風の鎧を再度展開し、全方位から迫るホーミング弾幕を完全に防ぎ回避する。だが――その一瞬の隙が命取りだった。


「〈風雷豪砲〉!」


「――っ!!!」


 カリンの暴風を確実に剥ぎ取れると確信したがゆえに放たれる、さらなる広範囲の竜巻。

 その砲撃がカリンの頭上から放たれて――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 暴風の鎧をいとも容易く貫通。


 竜巻に飲まれたカリンは凄まじい勢いで地上へ吹き飛ばされ――ドッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 建設禁止エリアと隣接する海上に落下。

 凄まじい水柱をあげて海中に姿を消した。



〝は?〟

〝!?〟

〝あ!? なに!? 海で爆弾爆発した!?〟

〝おいなにが起きたいま!?〟

〝てか10秒くらい前から褐色ちゃんが消えたり爆発起きまくったりでなにが起きてるかわからん状態が続いてるんだが!?〟

〝バルファルクVSバルファルクかよ!?〟

〝海に魔法落ちた!?〟

〝いやこれ……〟

〝おい、まさか〟

〝は!? いま海に落下したのもしかしてお嬢様か!?〟

〝お嬢様がガチで一発もらった!?〟

〝いやそれは……ってお嬢様が空中にもどこにもいねえ!?〟

〝じゃあやっぱ海!?〟

〝おい嘘だろあのふざけた深淵ボス相手でも髪の毛にかすった程度だったんだぞ!?〟

〝冗談だろ!?〟

〝お嬢様って人間が一撃与えられる存在なのか!?〟

〝お嬢様大丈夫なの!?〟

〝マジでなにもんだよあの銀髪幼女!?〟



「さて。とりあえずは1日寝れば治る程度の怪我で済んどるはずじゃが」


 かつてないほどコメント欄が騒然とするなか。

「山田カリンに一撃当ててみよう」のコーナーを終えて悠然と地面に降り立った女王は久々の大暴れに満足気な息を吐くと同時……カリンが沈んでいった海面へと目を向けた。


 その瞳に映るのは、久々にゴリゴリ戦えたことによる高揚。思った以上に楽しめたカリンとの戦いの余韻、もっと遊びたいという子供のような無邪気な光だ。


 しかし同時に、


(山田カリン。16歳でこの強さはやはり異常というほかないな。しかし……こうして妾と一戦交えたいま、お主は妾のことををどんな眼で見返す……?)


 その瞳にはどこか縋るような、あるいはすり切れた諦観のような感情もまた同時に宿っていた。


(どんな猛者も傑物も、妾と一度矛を交えれば多少いい勝負になろうが最後には怯え、畏怖し、あるいは崇拝した。弱者よりむしろ国家転覆級と呼ばれる者かそれに近い実力者ほど、妾の力を正確に理解し胸の内に畏れを抱いた)


 女王は物心ついてからいままでの過去を振り返る。

 戦乱で無数に生まれる孤児のひとり。物心ついたころには都合のいい労働力としてダンジョンに放り込まれ、友人を作る余裕どころかそんな考えさえなかった子供時代。

 

 とあるユニークスキルのおかげで早々にその境遇から脱し、仲間を集めてくそったれな大陸の現状をすべてぶっ壊そうと戦い続けた成り上がりの日々。


 それは誰もが羨む快進撃で、野蛮ながらも文句のつけようのないシンデレラストーリー。

 しかし――逸脱しすぎた才を持って生まれた女王にとってそれは常に孤独がつきまとう毎日でもあった。


(戦乱を制し、国を興すにあたってはいい仲間に恵まれた。じゃが……誰もがどこかで圧倒的すぎる力を持つ妾を畏怖し無意識に一線を引いておる。決して避けられているわけではないし、むしろ気安い仲の者は多い。今回の件でも臣下たちには多分普通にめっちゃ怒られる。だがそれでも真に対等な友などついぞ……。お主はどうじゃ山田カリン)


 女王は期待と諦観の両方が浮かぶ両目を細める。


(たとえ互いに本領発揮できん状況での模擬戦であろうと、ここまでやりあえば互いの力量はおおよそ察しがつく。まあ現状、妾からは疾風迅雷を身に付けたお主の実力しか見えんが……なんにせよ妾より感知に秀でたお主ならこの限定的な攻防のなかでも妾の力はしっかりと把握できておるはず)


 そしてそのうえで、お主は妾をどんな目で見る?

 妾のことをどう思う?


 気兼ねなく全力で遊べる対等な友達がほしい――平和な国が手に入ってもついぞ叶わなかった望み。そのささやかな願いのためだけにこんな無茶苦茶をやらかした女王は、普段誰にも見せない顔でカリンの沈んだ海面を見つめていた。


 いくら相手が規格外の傑物でもあまり期待しすぎてはいけない。仮に向こうがこちらを畏れても、互いにハンデのあるなかでこれだけの戦いができると知らしめることができれば両国の底知れない力を喧伝できて得にはなるのだから……などと心の片隅で無意識に予防線を張ってしまいながら。


 と、そのときだ。



「~~~! すっげぇすっげぇすっげぇですわ~~~~!」



 ダッパアアアアアアアアアン!


「っ!?」


 突如。


 両腕で魔法をガードしたせいでが、妖怪のような勢いで海から飛び出してきた。


 そんなカリンの表情にダンジョン女王は面食らう。


 なにせ海から舞い戻ったカリンの瞳はキラッキラに輝き、顔に浮かぶ満面の笑みはTVでしか観たことのなかったゾウやキリンを生まれてはじめて実際に目にした幼児のように純粋で――。


「マジのガチですっげぇですわー! なんてお強いんですの!? 本当に一撃食らってしまったうえに、 むしろわたくしのほうが風の操作を学ばせていただいたくらいですわ! どこ中ですの!?」


「……は?」


 あれ? こやつまさかまだ妾のことを本気で指導希望の一般14歳だと……?

 というかもしかして一連の戦いは完全にイベント参加者への指導のつもりで……?


 女王が唖然としていれば、カリンはさらに上機嫌に言葉を続ける。


「くぅ~! わたくしより2つも年下でこんなにお強いなんて! 帰化2世様? と聞いてますけどもしや以前から海外でのダンジョン探索経験があるとかですの!? ああでもなんにせよ、やっぱりダンジョンアライブで観たとおり世の中には隠れた強者がたっっくさんいらっしゃいますのね! あなたのような方と一緒ならまふ……親友もきっとアレの許可を出してくれるはずですの!」

 

 と、テンション高く喋り倒すカリンは吹っ飛んだ魔法ドレスの前腕部分を魔力供給で当たり前のように自動修復しつつ、ブルブルブルブル! ガシッ!


 まるで犬のように体を震わせ水滴をしっかり払ってから戸惑う女王の手を握って、



「というわけで……もしよろしければわたくしと一緒にに挑戦しませんこと!?」



(…………………あ、これ思ったより数段ヤバいやつに絡んでしまったかもしれんの)


 これ以上ないほど友好的な笑みでヤベー勧誘をしてきたカリンを前に、女王の頬をおよそ十数年ぶりの冷や汗が伝った。



――――――――――――――――――――――――――

カリンお嬢様は圧倒的光属性(チェレンコフ光)


あと生育環境などから友達の作り方もちょっとわかってなさそうな女王様。対等な友人こそいませんが影狼様とのやり取りを見てもわかるように臣下との関係は結構気安いので、もしこのあとアフリカに帰ったりしたら女王様の想定どおり普通にめっちゃ怒られます。

ダンジョン女王のフルネームはまたのちほどお出しできればですわね!


※ちなみにお嬢様のドレスは材料になったヴェノクラゲさんが擬態だけでなく高い再生能力ももっていたことから自動修復能力もある設定だったんですが、いままでドレスが傷つくこと一切なかったのでまともに描写できずじまいでしたわね…

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