第98話 新人育成お手伝い配信


 光姫経由でダンジョン庁からもたらされた案件――新人育成動画配信依頼。


 端的に概要を説明すれば、それは今年デビューした14歳の駆け出し探索者を配信しながら指導してほしいというものだった。


 新人育成とは以前光姫が行っていたダンジョン講習の延長にある行政主導のイベントで、毎年好評をはくしているその企画のレクチャー役及び配信をカリンと光姫両名に頼みたいというのである。


 そんな依頼が来ること自体は不思議ではない。

 カリンは以前の新人警官合同訓練において高い観察力からくる的確な指導力を発揮しており、警察のほうからも定期的にやってほしいと思われているほどだったのだ。


 意外なのは、その企画が光姫経由でもたらされたという点である。


 なにせ依頼元のダンジョン庁は先日の騒ぎの元凶であるブラックタイガーとの繋がりを取り沙汰されている真っ最中。光姫1人が仕事を受けるならまだしも、カリンに合同案件として話をもってくるわけがないからだ。


 だが光姫が喜々としてその案件をカリンに打診してきたのは(またお嬢様とコラボできるという魂胆以外に)いくつかの理由があった。


 まずひとつめに、ブラックタイガーのスムーズすぎる自供によって現在のダンジョン庁は急速に人員刷新が進んでいること。長官も諸々の責任をとって更迭されており、いまは早くも新長官が信頼回復のために采配を振るっているのだ。


 そして今回の案件はその一環。

 ダンジョン庁はカリンへの詫びや禊ぎの意味もこめて、もともと指導案件を受けていた光姫と相談しこの案件をもってきていたのである。この指導案件がカリンにとってもプラスになると考えて。


「なるほど。光姫様の言うとおり、後輩への指導配信はジェノサイドお嬢様とかいう間違ったイメージの払拭によさそうですわね」


 そう。現在カリンを悩ませているジェノサイドイメージ。

 駆け出し冒険者への指導というのはその物騒な印象を拭うのによさそうだとダンジョン庁と光姫は判断。各方面に都合がいいと考えカリンにこの話を持ちかけたのだ。


 そしてそう思ったのはカリンも同様で、


「いいですわね! なんだかこの前の深層配信の影響? でダンジョン庁が色々大変そうとか聞いて申し訳ないと思ってましたし……。わたくし自身まだまだ未熟ながら、後輩の方々を導くのもお優雅な活動には違いありませんし。なにより総理大臣とか警視総監とかとんでもねー方々もいなさそうで多分そこまで緊張しない……うん、この案件お受けしますわ!」


 と、様々な理由からカリンはその依頼を快諾。


 元々受ける案件をかなり絞っていたため日程にも余裕があり、改めて真冬とも相談したあと正式にダンジョン庁からの案件を受けることにするのだった。




 新人指導企画はカリンが依頼を受けてから1週間というかなり早い段階で実施されることとなった。元々光姫が受けていた案件だったため諸々の準備や参加者の募集は既にかなり進んでおり、あとは追加で参加する新人探索者を改めて募集するだけだったのだ。


 そして当日。


「皆様ごきげんようですわ~。今日は告知していたとおり、新人探索者様の指導配信ですの。わたくし自身まだまだですが、できる範囲で皆様の手助けができればさいわいですわね!」


「光栄なことに再びカリンお嬢様とコラボできることになった光姫です。今日は変なことを言ってくる穂乃花さんもいないので安心ですね」



〝ごきげんようですわー!〟

〝週末の昼間からカリンお嬢様の配信幸せですわー!〟

〝カリンお嬢様の新人指導か……またバケモノが生まれなきゃいいけど〟

〝ま、まあ警察新人育成のときは大丈夫だったし平気でしょ……〟

〝てか光姫様なに言ってんだww〟

〝これもう開き直ってないかwww〟

〝ダメでしょ穂乃花様! 光姫様のリード手放したら!〟


 ¥1000 対探課見習いの匿名希望

 光姫さん……今日は私の予定があいませんでしたけど……先輩方がちゃんと配信を〝チェック〟してますからね……


〝草〟

〝おるやんけ!〟

〝まったく意味のない匿名希望表記でおハーブ〟

〝光姫様これマジで対探課からマークされてるやろwww〟

〝ブラックタイガーはじめ不穏分子がお嬢様効果で一掃されて暇なんか対探課ww〟

〝光姫様の監視はちゃんとしたお仕事だから……〟

〝なにげに穂乃花様がスパチャできるくらい懐に余裕が生まれてるようでなによりですわー!〟


 週末の配信ということもあり、開幕からコメント欄も賑わっている。

 今回の配信ではダンジョン庁公式アカウント、カリンのチャンネル、そして光姫のチャンネルで同時配信しており視聴者もある程度分散されているはずなのだが、それでも一番の視聴者数を稼いでいるカリンの動画ではかなりのコメントが溢れていた。


 そしてもちろん、盛り上がっているのはコメント欄だけではない。


「すげー! 本物のカリンお嬢様だ!」

「光姫ちゃんの指導を受けられるだけでも最高なのにカリンお嬢様まで来てくれるなんて……なにかの間違いで殴り殺されてもいい!」

「ほんとにドレスなんだ……!」

「ほんとに頭おかしいんだ……!」

 

 葛西ダンジョン周囲に広がる平地。

 地上で探索者がその力を振るっても問題がない数少ないエリア。ダンジョン周囲300メートルに広がる建設禁止エリアが海と隣接するその指導会場では、今年デビューした14歳の新人探索者たちおよそ80人が目を輝かせていた


 もともと光姫の指導目当てで応募していた者たちに加え、カリンの参加で拡大した枠に応募してきた中学生たちである。


 そしてそのなかにはそこそこの割合で肌の色の違う子供たちもいた。



〝みんなお目々キラッキラで草〟

〝そりゃまあガチでアニメから出てきたようなバケモノヒーローの前だしなww〟

〝最近の中学生は凄いですわね……わたくしなら多分本物カリンお嬢様目の前にしたらいくらいい子だとわかっててもちょっとビビりますわ〟

〝ビビっちゃう子は多分応募してないからな……〟

〝ちなみに「カリンお嬢様に非常識なこと教えられそう」と親御さんがガードした例も多いのか応募数は異次元な感じではなかった模様〟

〝草〟

〝なんか外国の子が結構いない? 言っちゃなんだがいま外国勢をお嬢様に近づけていいんですの?〟

〝↑いや、むしろこれ多分お嬢様のためだぞ〟

〝ジェノサイドイメージ払拭のためだけじゃなくて外国への緊張緩和アピールもあるっぽいんだよな今回の指導配信〟

〝あーなる〟

〝外国の子もお優雅ムーブ、というか素で分け隔てなく指導するだろうしだいぶ海外からの印象よくなるだろうなカリンお嬢様〟

〝確かにただでさえクソ強いのに人種関係なく優しいとか手が出しづらいどころの騒ぎじゃありませんわ!?〟

〝ちな募集は帰化二世以降限定だし両親の参加はご遠慮くださいになってるから絵面は多国籍だけど万が一の可能性もちゃんと警戒してる模様〟

〝それなら安心ですわね! そうじゃなくても多分お嬢様なら安心ですが〟

〝ほーん、やっぱ行政の人って色々考えてんやね〟

〝ただでさえブラックタイガーの後始末でクソ忙しいだろうに他の省庁や政治家にも色々確認とったりしたんやろなぁ今回の案件〟

〝新ダンジョン長官もしかして有能か?〟

〝まああんな尻拭い以外のなにものでもないポストに無能や利権目当ての人間はつけんから〟

〝指導がはじまる前からコメント欄で勉強になる〟

〝なんで未成年配信者の動画で政治や外交の話が当たり前に出てくるんですかねぇ〟



 と中学生たちに呼応してコメント欄も賑わうなか、カリンは改めて会場を見渡す。


(ビ、VIPの方々がいないなら平気と思ってましたが、いざ正式な指導役として皆様の前に立つと緊張しますわね……。しかもそのあたりとてもお上手な光姫様を差し置いて主役なんて……いちおうダンジョン庁の方が司会進行や運営を手伝ってくれているとはいえ……。それになんだか皆様わたくしのことを世界一強いみたいなキラキラした瞳で見ててご期待にちゃんと応えられるか怖くなってきましたわ……!)


 とはいえ自分はセツナ様から身に余るほど光栄なメッセージと髪飾りをもらった身。

 命の危険も伴う探索者として歩み出した後輩をできる限りしっかり指導するためには臆してなんていられませんわ! と改めて気合いを入れ直す。


「では事前の告知どおり、今日は光姫様の全体指導のあとにわたくしがぶつかりお稽古で個別指導をしていくという流れになるわけですが……その前に。探索者をやっていくうえでとっても大切な心構えを今日の集団指導開催の挨拶にさせていただきますの」


 と、カリンはとっても真面目な雰囲気でこほんと咳払い。

 あのカリンお嬢様が大切だという心構えを聞き漏らさまいと真剣に見上げてくる中学生たちに向けて口を開いた。


「いいですか皆様方。探索者として一番大切なことは慎重さ。現実とフィクションは違うとしっかり理解し、命の危険があると常に考えて行動することですわ」



〝は?〟

〝は?〟

〝は?〟

〝は?〟

〝は?〟

〝お、カリンお嬢様こういう場で冗談とか言えるようになったんですのね!〟

〝ナイスジョークですわ!〟

〝配信者としても成長なさってますわね! ……え? 本気?〟


 

 瞬間、コメント欄が大量の「は?」で埋め尽くされた。

 さらには会場に集まった中学生たちまでもが「これ笑うとこ?」みたいな困惑した表情を浮かべる。光姫でさえ頭に「?」を浮かべていた。


 困惑するのは至極真面目に言ったつもりのカリンである。


「え!? な、なんですの皆様その反応は!? わたくしおかしなことはなにも言ってませんわよ!?」



〝そうだね言ってることは正しいね。言ってること「は」ね〟

〝言ってることはおかしくないけど言ってる本人がおかしいんだよなぁ〟

〝深層モンスターの催眠音波を大声でかき消したり獄炎をハッピーバスデイのノリで吹き飛ばした口で言っていい言葉じゃないすぎる

〝セツナ様を目指してドレスでダンジョン潜った挙げ句お紅茶飲みながらモンスターと戦ってる人のセリフじゃないんだが???〟

〝光姫様が反応に困ってるの相当ですわよ!〟

〝なにを言うかじゃなくて誰が言うかが大事って本当ですのね……〟

〝カリンお嬢様「現実とフィクションの区別をつけましょう」←場合によってはある種の煽りやろこれ〟



 コメント欄の反応はボロクソである。

 今回の配信は指導メインということであまりコメントに反応する予定ではなかったのだが、カリンは会場の反応がおかしいこともあわせて猛然と反論する。


「なにもおかしくありませんわー!? だ、だってほら、現実のダンジョンでは必ずしもピンチに誰かが駆けつけてくれたり、たまたま助かったりなんてそうそうありませんもの! だからそのあたり楽観視せず進むのは大事なことなんですの! わたくしよく誤解されて……というかネットの悪ノリでネタにされてますが、これでも現実とアニメの区別はちゃんとついてるんですのよ!?」



〝あ、ああ、現実にご都合はないとかそういう意味でしたの……〟

〝いやそんでもやっぱ言ってることおかしいですわよ!?〟

〝現実とアニメの区別はちゃんとついてるんですのよ!? ←これカリンお嬢様語録のなかで一番の衝撃やろ〟

〝なぜ現実にご都合はないとかはわかるのに自分の強さが異常だとはわからないのか……〟

〝ガチでイカれてる人は自分がイカれてる自覚ないから……〟

〝まあ頭おかしい人も全部が全部おかしいわけじゃなくてお金の計算とか服を着たりはできるわけだし……カリンお嬢様の発言はつまりそういうことですわね〟

〝カリンお嬢様もしかしてなまじ自分がアニメみたいに成長できてるからそこだけ基準がおかしいままなんですの……?〟



「ちょっ、皆様悪ノリがすぎますわー!? 光姫様! 光姫様はわかってくださいますわよね!? わたくしなにもおかしなこと言ってませんわ!」


「………………………ええ! なにはともあれダンジョンでは慎重に。その心がけは本当に大切な基本です。新人の皆さんはしっかりと胸に刻んで欲しい心がけですね」


「なんかいま変な間がありましたわー!?」


 

 と、カリンのアレっぷりに内心興奮しつつどう反応すればいいかわからない光姫やらボロクソ言ってくるコメント欄やらと色々紛糾しつつ――なんやかんやで新人指導配信がはじまるのだった。



 カリンが最初に言ったように、指導はまず光姫の集団指導から行われた。

 近接戦闘、魔法、加工、などの適性や使用武器を問わず役立つ基本的な体の動かし方を中心に体術の指導と鍛錬方法を教授し、少し間違ったやり方をしてしまっている者にその都度指導していく。集団相手に行うオーソドックスな指導法だ。


 そしてそれが一通り終われば、いよいよ今日のメインイベント。

 カリンによる実践形式での指導である。


「さてそれじゃあ光姫様の丁寧な指導で体も暖まってきたようですし、次はわたくしの番ですわ! 僭越ながら今日のメイン、『みんなでカリンお嬢様に一撃あててみよう』のコーナーですの!」



〝出ましたわね〟

〝参加募集時からネットをざわつかせてた指導内容〟

〝募集要項だけで目茶苦茶バズってたの笑うんですよね〟

〝字面の無理ゲー感がヤバい〟

〝あの深淵ボス10体くらい連れてこい〟

〝ま、まあほら、前に新人警官相手にぶつかり稽古やりながら指導してたからあのノリですわ〟

〝100人近い人数指導するならまあ効率的ではある〟



 少々コメント欄がざわつくカリンの指導方法。

 それは単純明快。参加者たちで次々カリンに模擬戦を仕掛け、その戦い方を見たカリンが個々人にアドバイスを送るというものだった。


 ネットでのバズなども狙って少々ネタっぽいコーナー名にはなっているが、要するに新人警官合同訓練のときにやってみせたぶつかり稽古を少しマイルドにしたものだ。


「カリンお嬢様質問! それって本当に当ててもいいんですか!?」

「もちろんですわ!」


 と、その指導内容に参加者から改めて質問があがり、カリンが元気よく答える。


「まあ当然わたくしはお優雅なお嬢様ですのですべて回避してみせますが……当てられそうなら髪だろうとドレスだろうと体だろうと当ててもらって全然構いませんの! むしろわたくしに一撃当てられるくらい元気な方がいらっしゃると大変嬉しいですわね!」



〝ム・リ〟

〝そんなバケモノいるわけねぇすぎる〟

〝カリンお嬢様に一撃当てられる14歳なんて現れたらいよいよ世界の終わりですわよ!?〟

〝お嬢様に攻撃当てる14歳とかあの深淵ボスがリベンジのために憑依転生した存在だろ〟

〝ねぇこれお嬢様「当たられるもんなら当ててみろ」じゃなくてガチで当てにくる14歳が出てこないかな~みたいな顔してない?〟

〝駆け出しを鼓舞するための社交辞令……って顔じゃないですわよこれ!〟

〝本気で自分に一撃当てられる14歳が世界のどこかにいると思っておられる……?〟

〝やっぱり現実とフィクションの区別ついてないじゃありませんの!〟

〝というかカリンお嬢様にそれ聞ける参加者の胆力に草〟



 またしてもアレな発言をするカリンに再びコメント欄からツッコミが入る……が、はじまってしまえば指導は順調そのものだった。



「お、あなたその筋肉と魔力の動き的にもう少し軽くて短い武器のほうがあってますわよ! ええと確か貸し出し武器のなかに……これとかよさげですわ!」

「っ!? あ、あれ!? ホントになんかしっくりくる!?」

「あら、あなたもしかして親戚に足技系スキルの多い方がいらっしゃいませんこと? あなたも足技系スキルが伸びそうな感じですわよ!」

「なんでわかったんですか!? え、てかじゃあ従兄弟に教えてもらったらもっと伸びるのかな」

「あ、こっちはユニークスキルでなにか悪さしてますわね!? ふーむ、その感じだと……能力を配信でバラすのはアレなのでちょっと耳を貸してもらってごにょごにょごにょ……こうすればもっと活用できますわ!」

「……! そういう悪用法もあるんだ……!」

「あの中学生……カリンお嬢様に耳打ちしてもらって……!?」



〝相変わらずカリンお嬢様の感知スキルの精度はなんなんですかね……〟

〝これもう感知じゃなくて漫画でよくある人物鑑定スキルだろ!〟

〝カリンお嬢様の初心者指導とかどうなるんだと思ってたけど最初の挨拶以外は普通にめっちゃ的確な指導してるな……〟

〝まあ新人警官訓練のときからそこは的確でしたし〟

〝なんか悔しいですわ!〟

〝むしろあの混乱しか呼ばない挨拶はなんだったんですの……?〟

〝最初の挨拶も言ってるヤツがおかしいってこと除けば内容はまともだっただろ!〟

〝てかなんかいま不穏な子がいなかった?〟

〝カリンお嬢様その悪そうな笑顔浮かべた子になに吹き込んだんですの!?〟

〝光姫様が地味に荒ぶってておハーブ〟

〝中学生相手にすげー顔してて草〟

〝これは中学生相手にガチ嫉妬する光姫様のタイトルで切り抜かれますわ〟



 1人ずつ、あるいは近くにいた者と即席パーティを組んで襲いかかってくる駆け出し探索者たちの攻撃を完璧に見切りつつ、カリンは1人1人に的確なアドバイスを与えていく。


 新人警官合同訓練のときとは違いスキルもまだろくに発現していない者もいる駆け出し講習だが、カリンは規格外の感知スキルと観察眼で数秒の戦闘の間に素質を完全把握。確実に成長に繋がる指導を可能としていた。


 その指導の正確さと速度は以前よりもさらに上がっており、100人近い参加者をあっという間にさばいていく。


〝はっっっっや!〟

〝これ予定よりかなり早く終わりませんこと?〟

〝しかも適当な流し作業とかじゃなくて参加者全員素人目に見ても明らかに強くなっててこれは……〟

〝こういうイベントが早く終わりそうなときって普通不満続出だろうに参加者全員大満足そうでほっこりおハーブ〟


 

 視聴者たちが書き込むように、指導が前倒しで終わりそうにもかかわらず参加者たちはみな満足気な表情を浮かべていた。


 そうしてぶつかり稽古も順調に進み、挑んでくる者もいなくなった頃。 

 指導を終えた参加者全員が嬉しそうな表情を浮かべている光景にカリンもまたほっとしたように息を吐く。


「ふぅ。思ったよりかなり早く終わっちゃいましたけど、無事全員に満足していただけたようでなによりですわ。これならセツナ様にいただいたメッセージに恥じないお優雅な働きが……って、ん? あら、違いますわ。先ほどの方で恐らく79人目。まだ1人残ってらっしゃいますの」


 と、カリンはふとそのことに気づいて周囲に目を走らせる。

 攻撃を仕掛けてくる者がいなくなったので終わったと勘違いしていたが、それだとカウントしていた手合わせ相手の数と合わないのだ。

 

 あと1人残ってらっしゃるはずなんですけど、お排泄物タイムですの? とカリンがダンジョン庁の職員に名簿を確認するよう頼もうとした――そのときだった。



「よしよし。ヒヨコたちの指導は全部終わったな。これで指導中断だとかなんとかで迷惑をかけることもあるまい。んふふ……! しかしなんともジャストタイミングでいまの妾の身分証に都合の良いイベントが開催されたもんじゃ。14歳の身分証もどうにか今日まで通じたし……流石は妾! もっておるの!」



 参加者たちのなかから、銀髪褐色の小さな女の子が上機嫌に歩み出てきた。

 

 

〝あ、まだ残ってらっしゃったんですのね〟

〝おお、ラストは帰化二世ちゃんか〟

〝アフリカ……ってかエジプト系? かわいいですわね!〟

〝14歳にしてはちんまいですわ!〟

〝なんかめっちゃ可愛いな。てか普通に美少女じゃない? いや俺はロリコンじゃないけど〟

〝これは微笑ましい感じでシメになりそうですわね〟

 


 浮遊カメラ越しに俯瞰映像を見ていた視聴者たちがいち早くその子に気づき、カリンもまた「あ、よかったですわ! では早速最後のぶつかりお稽古を――」と笑みを浮かべながら振り返った。


 次の瞬間、


「――っ!?」


 カリンが目を見開き、そしてその懐――アイテムボックスから凄まじい勢いで2種の鎧が飛び出した。


〈魔龍鎧装・嵐式〉〈魔龍鎧装・雷式〉の同時展開、〈魔龍鎧装・疾風迅雷カゼナリ〉。


 アイテムボックスの改造によって自動装着できるようになった深層ボス素材の規格外魔法装備を纏い、カリンが髪の毛を逆立たせる。



〝え、なにしてるんですのお嬢様?〟

〝疾風迅雷!?〟

〝駆け出し探索者への指導配信で魔龍鎧装同時展開はおハーブ……え? なんで?〟

〝え、ちょっ、なんでいきなりガチ武装展開してんですのカリンお嬢様!?〟

〝またカリンお嬢様の奇行ですわ!?〟

〝え、待て待て待てお嬢様が装備だけじゃなくて表情もガチなんだけどどうしたんだこれ〟

〝こんなお嬢様の表情、雑談配信中にお膀胱決壊しかけたときくらいですわよ!?〟

〝深淵配信を差し置いて雑談配信で一番切羽詰まった表情してるのバグでしてよ〟

〝え、なに? 疾風迅雷使って爆速でトイレに駆け込むんですの?〟



 視聴者はもちろん、周囲の参加者たちも突然のことに目を丸くする。

 しかしそんななかでただ1人だけ、褐色銀髪の少女だけが悠然と口の端を釣り上げた。


「ほお? やはり感知スキルの精度が異常じゃな。翻訳機を使いながらでも完璧に力を隠せるよう練習したはずなんじゃが……ちょっとそちらに向けてアクションを起こせば即座に見破るか。ならば最早余計な説明も誤魔化しも必要あるまい」


 刹那――ビシャアアアアアアアア! ゴロゴロゴロゴロ!


 銀髪の少女が手の平から放った電撃が、周囲に雷鳴が轟く。


 と同時、周囲に風が逆巻き「え、なんだ!?」「なにこれ!?」「なんかこれ楽しい!」「これはまさか魔法スキル!? なんて練度……!? カ、カリンお嬢様!」と周囲にいた指導参加者やダンジョン庁職員、ダンジョン入り口に詰める守衛、光姫らがまとめて遠くへと運ばれていく。


「お主らヒヨコは余波だけでどうなるかわからんから悪いがよそへ行っておれ! あとで迷惑料は払うゆえ! そして、ふむ。山田カリンが指導配信で疲れておるぶん、そして妾ばかり情報アドバンテージを持っておるぶんに関してはこのくらいの自爆ダメージでトントンじゃろ」


「……!? あなたは……!?」



〝!?〟

〝は!? なんだ!?〟

〝いまあの女の子に雷が落ちませんでしたこと!?〟

〝なんかちょっと煙あげながら平然としてるけどどういうこと!?〟

〝中学生どもがいきなり浮いてどっか運ばれてったぞ!?〟

〝光姫様がめっちゃ抵抗してんのに吹き飛ばされてるのなに!?〟

〝攻撃って感じでは全然ないっぽいけどそれはそれとしてなにが起きてんだこれ!?〟

〝え、嵐式ってあんな遠くまで人運ぶ効果あったっけ!?〟

〝いやこれカリンお嬢様が風で運んでるわけじゃなくない!?〟

〝てかカリンお嬢様があの銀髪ちゃんめっちゃ凝視して動かないのどうした!?〟

〝いやこれまじでなに!? どういうこと!? なにが起きてんださっきから!?〟



「さて。いまは『山田カリンに一撃あててみよう』のコーナーじゃったな。それじゃあ――」


 コメント欄が大混乱に陥り、同じく指導配信参加者たちも混乱のまま優しく遠くへ運ばれていくなか、


「一緒に遊ぼう山田カリン! いまこの場で出せる全力で!」


「――っ!!!」


 ば――っ!


 ドッッッッッッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 魔法が放たれても問題ない建設禁止エリア直上へとほとんど反射的に飛び上がったカリンめがけて――。


 銀髪褐色の少女、アフリカ統一ダンジョン女王の両手から放たれた極太の高速大砲撃が雲を吹き飛ばしながらカリンの姿を飲み込んだ。


――――――――――――――――――――――――――

配信を見守っていたダンジョン庁新長官「なんなんですかこれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


※ちなみに女王様は新人指導に律儀に応募してますわ。帰化二世で14歳、探索者デビューしてるとなると母数がかなり少ないので普通に当選したようですわね!(追記:抽選もされてない可能性ありますわね) またダンジョン庁新長官様は悪意があったわけではないのでそう悪い結末にはならないと思われますわ。胃は死にますけど。


※完全なる余談ですが前回、「検索」が「羂索」になってましたわね。某呪術の感想掲示板で「けんさくで打ち込むと羂索って一発変換出来るよ」と知って使ってたので変換予測が呪われていたようですわ……まさかケツとタッパネタのときにこんな誤字をするとは……

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