第97話 理不尽エンカウンター


 ピピピピピピッ


 カリンが催眠耐性スキルを獲得した翌日の夕方。

 自宅の要塞化などに関する再打ち合わせのためにカリンの家に向かっていた真冬のスマホに着信があった。


 盗聴対策などの施された、特定方面への連絡専用になっている2台目のスマホである。

 表示名は「胡散臭いヤツ」。

 要するに公安の元同僚、牧原まきはらかすみからの電話だった。


「もしもし? 直電なんて珍しい。なにか海外で怪しい動きでもあった?」

『あー、まあそうなんだけど、これが少し妙な話でね』


 単刀直入に切り出した真冬の問いを肯定しつつ、なにやら歯切れ悪く霞が答える。

 一体なんだと思っていれば、


『実はブラックタイガーと繋がりのあった海外犯罪組織の動きを外事課が探ってたんだけど、どうもそいつらがカリンお嬢様への逆恨みな報復を企ててたみたいなんだよ。で、まあ荒魂未満の戦力しかいないっぽいとはいえ当然しばらく警戒してたんだけど……いつまで経っても国内に刺客が入り込んだ気配がないんだよね』


「……? それは公安が不穏分子の動きを捕捉しきれなくなったとかではなく?」


『そうなんだよ。ボクら公安はもちろん海上保安庁もさすがに海岸線すべてを見張れるわけじゃないし、密入国はどうしても防ぎきれないと割り切って国内の動きに気を配ってたんだけどね。やっぱりなにかが入り込んでる気配がないんだ』


 確かにそれは妙な話だと真冬も首を傾げた。


 もちろん公安とて万能ではない。

 マンパワーは有限。

 未来予知に近いユニークスキルがあったとはいえ長年ブラックタイガーの暗躍に手をこまねていたりと、なんでもかんでも100%取り締まれるわけではないのだ。


 だが今回の場合、相手は日本での暗躍に不慣れな海外勢。

 本来なら日本での活動を補助してくれるだろうブラックタイガーたちが壊滅したいま(外国に拠点を持つ残党こそいるだろうが)、警戒を強めている公安相手に僅かな痕跡すら残さないというのは少々不可解だった。


「となると考えられるのは……実質死刑宣告でしかない報復任務を達成できる気がせず、前金を受け取ったあと来日せず逃げ出したか」


『まあその線が濃厚だよね。ああいう組織って面子優先やらなんやらで無謀な任務を強制することも少なくないし。ただどうも違和感があるんだよなぁ』

 

 それに関しても真冬は同感だった。

 聞けば、各種情報から推定される報復部隊の構成は複数の組織から選出された二十人近い連合精鋭だという。所属も思想も背景も違うだろう全員が一斉に組織を裏切りトンズラするというのは少々考えにくかった。


 まあカリンという圧倒的すぎる脅威を前に一致団結したという線もなくはないが……。


 ブラックタイガーがそうだったように、荒魂級でなくとも隠密に向いた厄介なユニークを隠し持っている可能性はある。カリンなら間違いなく全員返り討ちとはいえ警戒は強めておくべきだった。


「国内は当然として、海岸線の情報もしっかり集めたほうがいいかもしれないわね。密入国を防ぐのは無理でも、もし秘密裏に入国していたらなにか痕跡が残るでしょうし」


『まあそうだね。これから入国する可能性もなくはないし……不審船や残骸の目撃情報がないか日本海側の所轄に呼びかけておくよ。そっちもなにかあったら連絡よろしく』


「ええ、報告どうも」


 真冬は礼を言ってから電話を切る。


「……厄介なことにならなきゃいいけど」


 カリンならば仮に荒魂級が動いていたとしてもほぼ問題ないので少々過保護な心配ではあるが……なんだか少し不気味だ。

 

「とりあえず自宅の要塞化はもう少し厳重にしてもらうのと……カリンとの泊まりも増やそうかな。いまの私じゃ大した力にもなれないけど」


 言って、真冬は元公安としての直感に警戒心を高めながらカリンの自宅へと急ぐのだった。



      ※



「あークソ、最近なにもかも上手くいかねぇ」


 ある日の夕方。

 日の落ちかけた渋谷の一角で、イライラと悪態をつく若者がいた。

 若手最強と呼び声高い探索者、影狼砕牙である。


 このダンジョン社会で若手最強などと言われるだけあり、シンプルなデザインのブランド品で固められた私服は成功者のそれだ。


 だがそんな影狼の表情に浮かぶのは成功者特有の余裕などではなく、極めて不機嫌かつ不満げなものだった。


 ここ最近、ろくなことがないのである。


 まずひとつめは実家が経営する会社の不振だ。

 影狼の実家はブラックタイガーに融資しており、その関係でいま経営が危ないのである。

 いちおう、実家の会社は影狼本人と同様に色々と線引きが上手く、違法行為に加担こそしていなかった。だがあれだけのことをしでかしたクランと懇意だったというだけで当然ながら評判は最悪。少々危ないことになっているのだ。


 まあ影狼としては実家の経営など親が首をくくるまでいかなければぶっちゃけどうでもいいのだが……金銭的な援助を求められるとなるとそうもいかない。


「こっちだって魔法装備封じのマジックアイテムを買っちまったあとだから余裕があるわけじゃねえんだぞ……」


 山田カリンにふざけた情報戦を仕掛けた古巣のブラックタイガーが崩壊したことはむしろざまぁとすら思っているが、予想外の余波に財布が少々ヤバかった。


 まあそのあたりはダンジョンに潜りまくればいいし、配信でもそこそこの金が入ってくるのでどうとでもなりそうなのだが……その配信もまた影狼のストレス源だった。


「ネットのカスども……いつまで俺のこといじり倒すつもりだクソが……!」



〝ツンデレ狼〟

〝影狼お嬢様〟

〝あざとい〟

〝人格矯正顔面パンチ〟



 影狼が手にしたスマホで検索欄に自分の名前を打ち込めば、サジェストにろくでもない単語がずらりと並ぶ。


 そう。

 影狼はいま、ネットで目茶苦茶いじられているのである。


 だがそれも無理はないだろう。


 カリンにリアル凸をかまして一撃粉砕されただけでもネタとしては十分だというのに「お紅茶修練映り込み」「TV局突撃」「深層配信での応援書き込み裏垢バレ」などのネタが立て続けに投入され、界隈は大盛り上がり。カリンの起こした騒ぎの影に隠れてはいるが、ネットの一部では幾つものスレが乱立するほどのお祭り状態。


 ネット上での影狼の扱いは「顔面パンチ人格矯正でカリンの大ファンになってしまったツンデレ大将軍」になっているのだ。


 そのあたりの諸々を払拭するために影狼も何度か配信で言い訳を重ねてみたりもしたのだが……、



〝はいはい〟

〝言い訳が早口すぎて草〟

〝こいつカリンお嬢様にイチャモンつけてたTV局に突撃抗議までしといてなんでいまさらファンでもなんでもないとか信じてもらえると思ってんですの?〟

〝もう無理や影狼諦めろ〟

〝お紅茶修練切り抜き1千万再生、TV局突撃動画3千万再生……これを言い訳で誤魔化そうとしてんのマジ?〟

〝頭お嬢様かよ〟

〝下手したらカリンお嬢様がチンピラやジェノサイドのイメージ払拭するより難易度高いのおハーブ〟

〝ツンデレツンデレお嬢様! 影狼大ファンお嬢様!〟

〝『てめぇら勘違いしてんじゃねえぞ!』←開口一番これでツンデレ疑惑払拭しよとしてるとか嘘やろwwww〟

〝影狼アニメとか観ないだろうからネタじゃなくてガチで言ってんだろうなww〟

〝これカリンお嬢様とは別ベクトルの天然さんだろww〟

〝『てめぇら勘違いしてんじゃねえぞ! 俺があのイカれたお嬢様のファンなわけねえだろ!』←これもう影狼チャンネルの新たな配信開始時の挨拶やろ〟

〝ツンデレ構文完全詠唱は草〟


 ¥10000

 影狼様ー! これで良いドレスを仕立ててくださいまし!


 ¥10000

 ほらよ! 今月のティーカップとお紅茶代ですわ!


 ¥10000

 いやでもTV局突撃とかは割とマジでお前のこと好きになったぞ影狼!

 けどそれはそれとしてお嬢様ファンのイメージ払拭はもう無理だから諦めろ!


 ¥14106

 くそ……っ! 影狼なんかにスパチャしたくなっちまう日がくるなんて……!

 悔しい、けど幹事長!


 ¥10000

 影狼お前ブラックタイガーをジャストタイミングで抜けたことといいこの視聴者数といいカリンお嬢様にぶっ飛ばされてから人生確変入りすぎやろ草


〝ネタじゃなくてガチで否定しようとしてんのほんま草すぎる〟

〝影狼……お前いま最高に輝いてるよ〟

〝いつの間にか影狼が真っ当(?)な人気獲得してるの草を禁じ得ない〟

〝赤スパいくつか流れるくらい好感度稼いでんのに誰一人として影狼の言葉信じてないのおハーブ大農園〟



 と、もちろんメチャクチャ逆効果。


 否定すればするほどイジられる悪循環に入っており、もはやネットでの扱いは確固たるものになってしまっていたのである。


 もういっそのことチャンネル閉鎖してやろうとかと思ったのだが……、


「チャンネル登録者数500万……」


 一連の流れでとんでもない成長を果たしてしまった自らのチャンネルに、影狼はその踏ん切りがつかなかった。いっそ以前のような登録者数なら迷いなく切り捨てられたのだが……金が入り用だという事情を差し引いてもその数字は膨大。ただでさえ地味にみみっちいところのある影狼は思い切った判断ができず、「山田カリンの大ファンとかマジでふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!」と悪態をつくことしかできなかったのである。


 ……とまぁ、色々とストレス源はあるのだが、正直そのあたりはまだましなほう。

 いまもっとも影狼を悩ませている要因は別のところにあった。


「ちっ。あのバケモノ、マジでどんだけ強いだよ。別に元々追いつけるとは欠片も思っちゃいなかったが……そんでも限度があんだろ。前にも増して追いつける気がしねぇよあんなの」


 あのダンジョン崩壊事件以来、無謀ながら追いかけることに決めた山田カリン。

 先日の頭おかしい深層配信をきっかけに、その背中がまた遙か彼方にぶっ飛んだのである。


 いちおう、一連のイカれた配信で山田カリンの強さの中心になっているものには確信が持てた。


 異常なまでの精度を誇る感知スキル。


 アレによって初見能力だろうが理不尽な集団戦だろうが催眠だろうが、華麗に見切り捌いて突き進むのがカリンの強さの源泉なのだ。


 いやもちろん、その身体能力や〈神匠〉製のふざけた武装もぶっ飛んではいるが……それらを支える土台が恐らくあの見切りの力。模倣不能なユニークスキルと違い、影狼も鍛錬で伸ばすことが可能な強さの源泉なのだ。


 そう結論づけた影狼はあの日以降、ひたすらダンジョンに潜り感知系のスキルを磨いていた。

 ひたすら下層のモンスターを狩り、迎撃よりも観察とそれによる回避に専念。感知特化でないにもかかわらず順調に感知系のスキルを発現、成長させ、確実に成長していたのである。


 だが、


「足りねぇ」


 影狼はその成長にまるで満足できていなかった。


 間違いなく強くなっている実感はある。

 だが深層配信で見せたカリンの強さや、この前の耐久配信で突きつけられたあの異常な成長速度を見てしまうと……どうしても物足りない(いやまあアレは気にしてはいけないやつだとは思うが)。


 それにここ最近、順調だったその成長も鈍化しているのだ。

 今日も1日中ダンジョンに潜っておりいまはその帰りなのだが……どうにもあまり手応えがないのである。


 元々影狼は若手最強と言われるだけあって才能自体は決して悪くない。

 だが伸び悩んで迷惑系配信に力を入れたときのようなどん詰まりがまた目の前に迫っている気がして、それがどうにも不愉快だった。憧れた背中は遠のくばかりだ。


「ちっ。わかっちゃいたが、いまさらちょっと真面目に鍛え直したところでそうそう都合良くいくわけねぇか……つーかこうやってグチグチ悩んでるのもダセェわ」


 とはいえ状況を打開するための考えがあるわけでもなし。


(こうなったら久々に飲みにでもいって気晴らしでもするか……つーかあのクソガキはなんで感知特化でもねぇのに感知があんなヤベェんだよ……)


 と影狼は不機嫌な顔のまま高レベル探索者でも酔える酒を出す店に向かおうとした――そのときだった。



「おお! お主もしや山田カリンにぶっ飛ばされておったチンピラではないか!?」



「……ああ!?」


 聞こえてきたその幼い声に、影狼は低い声を漏らしていた。

 ただでさえここ最近のネットのイジりでその手の声には敏感になっていたのだ。

 またぞろ調子に乗ったネットの連中が自分の存在に気づいてリアルでもいじりにきたのかと反射的に考え、眉をつり上げて振り返る。


 だがその最中……高レベル探索者の思考速度で影狼はふと違和感を抱いた。


(あ? いや待てよ、なんで俺だって気づかれた?)


 影狼はカリンにぶっ飛ばされたりTV局に突撃して以降――というかそもそも有名配信者(しかも迷惑系)の嗜みとしてプライベートでは本人と気づかれないよう服装には気を配っているのだ。いまもちゃっかりマスクに眼鏡、さらには帽子といっぱしの芸能人のように顔を隠しており、魔力だって可能な限り抑えている。


 ダンジョン内ならまだしも、こんな街中で自分の正体に気づかれたことなど一度もない。それこそ感知に秀でた高レベル探索者が網を張ってるわけでもなければ自分が影狼だなどとわかるわけがないのに、と振り向いた影狼は――、


「お、やっぱりそうじゃ! 東京めっちゃ人が多いうえにどうも山田カリンが思ったよりもずっと魔力を抑えるのが上手いせいで全然見つからんのじゃが、その代わりにええのが見つかった。お主なら山田カリンに会う方法がわかるのではないか?」


「……!?」


 そこにいた銀髪褐色の子供を視界に入れた瞬間、全身から汗が噴き出した。


(な、んだこのガキ……!?)


 山田カリンに追いつくために今日まで鍛え抜いていた感知スキル。

 まだまだ未熟ながらいまも鍛錬がてら発動していたソレが、とんでもない気配を感じ取ったのである。それこそ山田カリンの配信で異常な力を見せた深淵ボスのような――いやこれは、それ以上のナニカ!?


(なん、だこいつ……!? 底が見えねぇ……!? なにもんだ……!? なんでこんなヤツが声かけてくるまで気づかなかった……!? なんなんだこいつは!?)


 10歳くらいにしか見えないその小さな身体に秘められた膨大すぎる力。

 加えて可愛らしい外見からにじみ出す空気は人よりもモンスターのそれに近い。

 ダンジョン社会となって以降もいちおうは平和を保ってきた日本と違う場所……それこそ正真正銘修羅の世界に身を置いてきた倫理の外の存在。


 そんなものがいきなり目の前に現れ、しかもその脅威の一端を感じとってしまった影狼はパニックとともに完全に動きを止める。生存本能がかき鳴らす「逃げろ!」という警鐘に従うより、一挙手一投足が死に繋がりかねない状況で停止することを身体が選び、息をすることすら難しい状況に陥っていた。


 そしてそんな影狼の反応に、「おん?」と首を捻るのは銀髪の少女である。


「ありゃ? お主、妾の力に気づいておるな。変じゃの、こんなに可愛いらしく声をかけたというのに……ほぉ? 動画で見たときとは比べものにならんほど感知スキルを鍛えておるな。意外と勤勉ではないか。しかしそれだけで妾の力に気づくとは……あ、もしやアレのせいか」


 と、少女は一人でなにか納得したように頷く。


「いかんなー。この自動翻訳のマジックアイテムは訛り? まで変換してくれる高精度で便利なんじゃが……使い慣れておらんのもあって使用中はほかが疎かになりがちのようじゃ。声をかけた途端、魔力の抑えがめっちゃ雑になっておるではないか……。あるいはさすがに妾も長い平和でなまっておったか。なんにせよこのような体たらくではよろしくないの。うむ、うむ」


 そして少女はなにか調整するように自らの魔力をこねくり回すと、


「ほれ、これでどうじゃ! かわいかろ?」


「……!?」


 瞬間、影狼はさらに息を呑んだ。

 きゃるん! と少女が可愛らしいポーズを取った途端、それまで漏れ出ていた怪物の気配が完全に霧散。100%無害としか思えない美少女がそこでニコニコ笑っていたのである。


(マ、ジでなんなんだよこいつは……!?)


 怪物の気配がなくなり動けるようになった影狼だったが、それが逆に恐ろしい。

 あの莫大な気配をここまで完全に誤魔化せるとなると、それこそ冗談抜きで山田カリンと同じかそれ以上の……!?


 と影狼がさらに混乱を深めていれば……、


「よし。それでは改めて質問じゃ。おいチンピラ、お主、山田カリンの住んどる場所とか知らんか? そうでなくとも配信中のカリンに勝負を仕掛けにいったらしいお主なら会う方法とかわからんかの?」


「……!? あぁ……!?」


 影狼の瞳が改めて驚愕に見開かれた。

 このバケモン、目的は山田カリンなのか!?

 なんで……!? いや、なんでもクソもないだろう。

 

 アホの山田本人はなにもわかっちゃいないようだが、あの深層配信はとんでもないものだった。それこそなにかしらの刺客なりなんなりが送られてきてもおかしくないほどに。

 だとすれば、


(このガキの本当の目的がなにかは知らねぇが……なんにせよそう簡単に会わせねえほうがいいだろこんなバケモン……!)


 影狼は以前カリンへのリベンジを試みた際、その周囲を調べたことがある。

 あの当時はまだいまほどネットにダミー情報も溢れておらず、影狼はカリンが通う学校を特定していた。当時は結局そこを凸しても意味ねぇなと使わなかった情報だが……最後の最後までとことん使えねぇ情報だと思いつつ影狼は声を振り絞った。


「山田カリンに会う方法だぁ……? 俺みたいなチンピラが知るわけねぇだろそんなこと」


「……知っとる顔じゃなぁ?」


 瞬間、ビュン!


「あ!?」


 影狼は愕然と目を見開いていた。

 仮にも若手最強である自分が抵抗もできず、先ほどまでいた場所よりさらに人気の一切ない路地裏に引きずり込まれていたのである。そして当然のように風を纏って浮いた少女が自らの首に指を食い込ませており、


「妾の前で嘘をつき通せると思うか?」


 もう片方の手に、莫大な魔力を集中させていた。

 恐ろしいことに、見ただけで膨大な魔力が濃縮されているわかるのに、その気配は異様なまでに静か。誰にも悟らせずに影狼をこの世から消し去ることなど簡単だと言わんばかりで、


「……!? ……!?」


 先ほどのように怪物の気配を感じるわけでもないのに、放たれる純然たる殺気と莫大な魔力にいよいよ影狼は動けなくなる。


 しかしそれでも、


「……! だ、だから、知らねえって言ってんだろ!?」


 本音を言えばいますぐ全部ゲロって逃げ出したかった。

 だがあのイカれたお嬢様なら同じ立場でも喋らないだろう。 

 そう直感した影狼は決死の覚悟でしらを切り通していた。

 

「……ふむ。なら仕方ないな」


 あ、死んだわ俺。


 と少女が魔力を濃縮した手を振り上げた瞬間、影狼は自分の人生の終わりを悟って目を閉じた。


 が、


「……くく、わはははははは!」


「……あ?」


 いつまで経っても死は訪れなかった。

 かと思えば怪物少女がなにやら上機嫌に笑っており、


「くはは、やるなぁお主! 悪い悪い! 面白そうなのがおるとつい試してしまうのは妾の悪い癖じゃ。許せよ、こんな手を使ってでも信頼できる部下が多く必要だった戦時の名残じゃ」


 魔力の塊を霧散させ、影狼の首からも手を放す。


「ただのチンピラかと思えば、あの襲撃動画と同じ者とは思えんな。なかなかどうして一本筋が通っておる。ふむ、お主なら簡単に口を割ると思って短絡的に声をかけてしまったが、妾が愚かじゃった。もうちょっと事前に調べておくべきじゃったな。お主から情報は引き出せまい。時間の無駄じゃ、ほかを当たるとしよう」


 言ってひらひらと手を振る少女に、影狼は全身びしょ濡れでその場に崩れ落ちる。


 た、すかった……?


(い、いやだが、ぼけっとしちゃいられねぇ……! わざわざ見逃すってことぁそこまで危険なヤツじゃねえのかもしれねぇが……それはそれとしてすぐサツの連中に知らせねぇと……!)


 と、警察に頼るのは癪だがとにかくヤバいのが入国してんぞと知らせないわけにはいかないと、影狼は少女が背を向けた途端すぐに動き出そうとした。が、そのとき。


「あ! いや、ダメじゃダメじゃ!」


「っ!? あ!? な、なんだよ!?」


 どこかへ行こうとしていた少女が慌てたような声をあげてまた影狼に駆け寄ってきた。

 そしてぎょっとする影狼の服を摑み、


「お主アレじゃろ! このまますぐ警察にでも行こうとか考えとるじゃろその顔ー!」


「っ!? ああ!?」


「いかんいかん! そんなのいかんぞ! 妾、カリンに会うまではあんまり騒ぎにしたくないんじゃよ! あやつとはできるだけ身分とか関係ないフラットな状況で会いたいんじゃ! そのためにわざわざ回りくどい方法で偽の身分まで手に入れたんじゃぞ! 臣下たちも妾がカリンに会うための偽パスポートとか絶対作ってくれんし! じゃからほれ、ちょーっとだけ大人しくしといてくれるか? 具体的にはそうじゃのぉ……拘束系風魔法スキルで縛り上げるから1、2週間くらいお主の家とかで大人しくしておいてくれ」


「っ!? は!? お、おい見逃してくれんじゃねえのかよ!? 監禁じゃねえかそれ! ちょっ、放せ! 誰にも言ったりしねえよ!」


「嘘じゃ! 絶対嘘じゃ! 100%警察に直行してほかの連中にチクるつもりじゃろ! そんな目ぇしとるもん! 絶対山田カリンのために動く腹づもりじゃもの!」


「はあ!? だ、誰があいつのためだふざけんな!」


「ええからええから! そういうのええから! クソザコナメクジの分際で妾に黙秘を貫く気概を見せた時点でいまさらじゃから! というわけでしばらく拘束されといてくれ! な!? 飯とかの世話はしてやるし、迷惑をかける詫びとして妾にできることならあとでなんでも頼みを聞いてやるから! こんな機会なかなかないぞ!? あ、でもお主みたいなのは好みでないからいくら妾が可愛くても付き合ってくれとかは無理じゃからな!」


「ああ!? ふざけんな俺が好きなのはケツとタッパのでけぇ年上でお前みたいなクソガキこっちからお断りぐはぁ!?」


「あーもう余計なこと言いながら暴れるもんじゃから手が滑った!」


 混乱と焦りのあまり突如性癖開示した影狼を少女が一発KO。

 風の力も借りて軽々と影狼を抱え、夜の街を誰にも気づかれず運んでいく。


「うーむ。しかし困ったの。このチンピラですら口を割らんとなると、誰かに聞いて山田カリンに会うのはちと厳しいか?」


 少女はぐったりした影狼を運びながら「むむむ」と眉根を寄せる。


「最悪、警視庁だかに行って聞いてもいいんじゃが……山田カリンと会う前から騒ぎになるのは本意ではないしのぉ。というかそもそも日本の上層部がそう簡単に妾をカリンに会わせんじゃろうし。かといってよく考えたらプライベートな場面でこっそり会うのもマナー違反というか暗殺者かなにかと思われそうで嫌じゃなぁ。うーむ、はよせんと偽造身分証もすぐ使えなくなるじゃろうし、海岸に放置してきた連中も見つかるじゃろうし……なにかいい機会でもあればいいんじゃが、どうしたもんかの」


 そうして、無事東京に潜り込んだはいいものの思いのほか高いカリンの魔力隠蔽能力や周囲の守りの堅さに頭を悩ませながら。


 少女――ダンジョン女王は影狼の持ち物から住所を特定。高層マンションの一室に音もなく侵入し、声なども遮断する高度な拘束風魔法スキルで影狼の動きを封じるのだった。


      ※


「ふー。だいぶいい感じになってきましたわね!」


 催眠スキル獲得の耐久配信の翌日夕方。

 配信を休んで作業を行っていたカリンは、一軒家である自宅に揃ったその設備を見て「いい仕事しましたわ!」と満足気な声をあげていた。


 なにかといえば……真冬と何度か話し合いながら作っていた自宅の警備アイテムや不審者撃退設備がそこそこ出来上がってきたのである。


「最初はさすがに警戒しすぎではと思ってましたが、確かに有名な配信者は色々とそういうの大変って聞きますし。昔の思い出が詰まったこの家になにかあっては悲しいので、真冬の言う通りやるだけやっておくのが正解ですわね。それにこれ、思いのほかいいお稽古になりましたし」


 現在カリンは緩い配信の傍ら、セツナ様の激励に答えられるよう前にも増して〝お稽古〟に力を入れている。その過程で色々な素材が手に入るわけなのだが、それをいままであまり作ったことのない防衛設備作りに回すことで、〈神匠〉や通常加工スキルの成長も促されているのだ。


 と、カリンが「あのあたりもうちょっと改良したら不審者様を効率よく仕留められそうですわー」とダンジョン内で新たに作る設備の構想をメモしていたとき。


「お? 光姫様ですの?」


 スマホにメールの着信があった。

 耳元でカリンの声がするとヤバいという理由でメールが多い光姫からだ。


 またコラボ配信のお誘いかしら? とカリンはわくわくしながらメールを開く。

 するとそこには、


「……? ダンジョン庁からのお仕事の依頼……新人育成動画配信、ですの?」


 光姫からもたらされたその意外な案件に、カリンはぱちくりと目を見開いた。



 ――――――――――――――――――――――――

 このたびお嬢様バズがフォロワー3万人を突破しましたの!

 皆様の応援のおかげですわ! ありがとうございますですの!

(いやほんと、フォロワー数の割に星がめっちゃ多くて皆様の応援の強さを感じますわ…!)


 それからお嬢様バズ、書籍版第2巻の製作進行中ですわ!

 内容はまた追ってお知らせしますが書き下ろしが3万字ほどありますので楽しみにしていただければ…!

 そうお待たせしない予定ですが発売日もまたのちのちお知らせしますので、もう少々お待ちくださいですの!(※あと返信できてなかったんですが書籍購入報告ありがとうございますですのー! めちゃくちゃ励みになりますわ!)

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