第96話 報復部隊の上陸

 カリンが催眠耐性スキルを獲得したその日の深夜。


 日本海側のとある海岸。

 星明かりすらない漆黒の闇夜のなか、数隻のボートが静かにその砂浜に到達した。


「ようやく辿り着いたぜ……! へへ、いくら警戒を増してるっつっても、沿岸部全域を隙間なく警備できるもんじゃねぇ。マークしてる大物犯罪者が国から逃げるのは防げても、その逆の密入国を全部防ぐのはまあ無理だわな」


 先頭のボートから真っ先に降りてきたのは一人の大男だ。

 顔の傷が特徴的な傭兵然とした日本人である。


 しかしその一方、男の後ろに続く者に日本人は1人もいなかった。


 大陸出身の様々な人種。その数およそ20。

 だが誰もが共通してタダ者ではない雰囲気と殺気を纏っている。

 いずれもレベル2000を越える実力者たちだ。

 その怪物たちを振り返り、大男が音頭を取るように海外の言語で話す。


「そんじゃあいまからこの国での偽造身分証を配りやす。いつでもすぐ使えるようにと前々からストックしてた身分なんでちょいとばかしあんたらのプロフィールとはズレますが……可能な限り近いものを選ばせてもらいやした。本来ならもっとちゃんとしたものをご用意できるんですがね……ご存じの通りブラックタイガーは繋がりのある腐敗役人ごと潰されちまいまして、新しく用意するのは無理がありやして。だがそれでも行政が後始末に追われまくって偽造身分証の全容を把握しきれてないいまなら……あのバケモノ、山田カリンに報復を仕掛けるまでの間くらいなら十分使えるはずだ」


 山田カリン。


 その名前を出した大男の瞳に強い怒りと殺意が宿る。


 男は元々ブラックタイガーの構成員だった。

 ただその立場は少々特殊で、ブラックタイガーが密輸する素材を各地の非合法組織に橋渡しする役目をおった人員だったのだ。ここ最近もずっと海外におり、仲介役として各組織からいい思いをさせてもらっていたのである。


 だがそれもついこの前までの話。


 突然のブラックタイガー壊滅で男は完全に立場を失い、そのうえ素材供給が突然途絶えたことで各組織から糾弾されることとなった。


 天国から地獄とはまさにこのこと。

 このまま海外にいれば非合法組織に責任を取らされ、日本に逃げ戻ったところで間違いなく捜査の手が及ぶ。


 そんな状況に追い込まれた男は、当然のように山田カリンに強い恨みを抱いていた。


 本来ならそれがどれだけ強い恨みであろうと晴らす方法などありはしない。

 ブラックタイガーをああまで一方的に叩き潰した怪物など、男1人では不意を突こうがなにをしようがどうしようもないのだ。


 だが……男は現在1人ではなかった。


 いま男が偽造身分証(とそれにあわせた変装装備)を配っている者たち。

 それはブラックタイガーからの素材密輸ルートを潰され山田カリンに恨みを抱く各組織が報復のために用意した腕利きたち。男が命で責任を取らされる代わりに偽造身分証の用意や日本での道案内を任された破格の戦力である。


(聞いた話じゃこいつらはどいつもこいつも強力なユニークスキル持ちばかり。特に例のユニークは山田カリンに間違いなく有効だ。しっかり準備して挑めば山田カリンが相手でもどうにかなるかもしれねぇ……!)


 男は目の前に揃った破格の戦力に、自分の立場を守りつつ恨みを晴らせる可能性を見て口角をつり上げる。と、その視界にふと銀色の光が映り込んだ。


「うーむ。妾の外見で使う偽身分証にしては少し年をいきすぎとる気もするが……まあ10歳とかではこの国だとダンジョンに入れんと聞くし……とりあえずこれでええか。日本にツテのない妾がこの年齢設定でこの精度の偽造身分証を入手できるだけ全然マシじゃし」


(……合流したときから不思議だったが、なんなんだこの場違いな銀髪のガキは)

 

 フードで顔を隠してなおわかる幼い外見と呑気な声音に男は首を捻る。

 いやだがこのダンジョン社会において、年齢はそこまであてにならない。

 特に海外では日本と違ってダンジョン探索の年齢制限がない地域も多々あり、子供だからといって油断はできないのだ。


 そもそもこのガキもこれまでずっと取引してきた組織の1つが出してきた戦力。

 さすがにほかの面子には劣るだろうが、弱いわけがなかった。


「よし、身分証は行き渡りやしたね?」


 男は疑念を切り上げ、密入国を果たした戦力たちに改めて声をかける。


「そんじゃあこれより、山田カリンを潰すための準備だ! 確かに相手はバケモノ。だがこっちにはなんと人間の身でありながら催眠魔法のユニークスキルを扱う御仁がいる! 山田カリンが催眠を受けながら戦えるのは動画からも明らかだが、それでも催眠を受けてからそれを自覚するまでに僅かなタイムラグがありやした! その隙に入念な準備を施した攻撃を叩き込めばいかに怪物でも――」


「いや~、どう考えてもこの戦力じゃ無理じゃろ。諦めて全員帰ったほうがいいぞ?」


「……あ?」


 突如その演説を止められ、大男が低い声を漏らした。

 レベル2000を易々と越える腕利きたちもその舐めた声の主に殺気を向ける。

 だが……その場違いな少女は怯む様子など微塵も見せず、「よっ」と船を下りて言葉を続けた。


「というかよく考えんでもわかるじゃろ。アレとお主らではモノが違いすぎる。仮にお主らが1万人集まっても勝率0じゃぞ? 話を聞くに、なんぞ資金源かなにかを潰されて頭に血が昇っとるようじゃが……ほれ、落ち着いて世界を見てみぃ。お主らよりずっと強い者を含め、ほかの連中はちゃーんと現実を把握して下手に手出しなどせんようにしとるじゃろうに」


 男たちが「は?」とますます怒気と殺気を膨れさせるが、少女はお構いなし。

 哀れむような雰囲気さえ滲ませ、幼子に言って聞かすようにまだ喋る。


「いやまあ面子だのなんだのがあるのはわかるがな? 命令を断れんヤツもおるじゃろうし、アレはプロバガンダのフェイク映像だとか言って下っ端を動かす考えなしなボスもまあおるじゃろうがな? だからといってそんなお花畑な希望的観測で突っ込んでいくオツムではいつまで経ってもレベル4000の壁は越えられんぞ? こんな戦力で挑むくらいなら、このまま刑務所に直行したほうが無駄な怪我をせんだけまだマシじゃろ」


「てめぇ……さっきからなにわけのわかんねぇこと言ってやがんだ?」

「ガキが調子に乗りやがって……よくいるんだよなぁ、その年で中途半端に強くなっちまったせいで調子に乗って早死にするヤツがよ」

「刑務所だぁ? まさかおめぇ、前金受け取っといて仕事を投げ出すどころか俺たちを警察に売るつもりじゃねえだろうな」


「はぁ? 警察に売る? ああもうこれだから政治家だの裏の連中だのの相手は面倒なんじゃ。勝手に言葉の裏を読んでわけわからんことにキレおって。ええからさっさとこの件からは手を引け。お主らみたいなのが早死にするのを何回も見てきた先輩からの有益アドバイスじゃ」


「いい加減にしろやクソガキ!」


 声を潜めることも忘れて怒号をあげたのは元ブラックタイガーの大男だ。


「さっきからわけわかんねぇことをぐだぐだと。要するにここまできて怖じ気づいちまったから降りてぇって話だろ!? そうはさせるか。ここまできた以上あとには引けねぇ。サツにチクられても面倒だし、ここで死んどけや!」


 そう思ったのは大男だけではなかったのだろう。

 腕利きたちもまたボートから下りて魔力を噴出。

 逃げ道を防ぐように少女を取り囲んだかと思えば、有無を言わさぬ勢いで一斉に飛びかかった。


「は~。まったく。身分証を用意してくれた礼に、いま引き返せば見逃してやろうと思っとったのに。ええか、最後にわかりやすく言ってやるぞ?」


 と、少女は最後の最後までまったく緊張感を見せないまま、



「――妾の遊び相手に手を出すな」



「「「「「え――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」


 バチバチバチバチイイイイイイイイイイ!!


 瞬間、夜の海岸に紫電が迸った。

 かと思えばすぐにまた夜の静寂が戻ってきて、


「ま、こんなもんじゃな。2週間は声も出まい」


 海岸に立っていたのは少女1人のみ。

 先ほどまで膨大な魔力を漲らせていた男たちは全員黒焦げでピクピク震えるだけになっており、その身体が粉砕された船ごとふわりと風に運ばれる。


 やがて人目につかない場所に男たちを隠した少女は日本円の入ったバッグなどを拝借しつつ取り払ったフードから銀の髪と褐色の肌を晒し、


「確かこやつらの所属する組織の動きは日本の公安が既に警戒しとるようじゃったな。黒焦げどもはいちおう上手く隠せたが……まあ時間の問題か。見つかって騒ぎになるか身分証がダメになる前にさっさと動かんと。さてさて、山田カリンにはどうすれば会えるかの♪」


 びゅんっ!


 少女――犯罪組織を利用して日本への潜入と偽身分の獲得を果たしたアフリカ統一ダンジョン女王は風を操り静かに飛翔。


 海を越えるのはさすがに厳しいがひとまず夜の間に関東圏とやらに辿り着くくらいならいけるかの~? と明かりのない夜の闇を誰にも気づかれずひとっ飛びするのだった。


 

――――――――――――――――――――

あけましておめでとうございますですわー!

今年もお嬢様をよろしくお願いいたしますの!

というわけで今回からがっつりダンジョン女王編やっていきますわ!


ちなみに女王様が「組織のひとつから派遣されてきた戦力」扱いされてましたが、女王様は日本と繋がりがありそうな大陸の非合法組織にこっそりカチコミを仕掛けて手中に収めてから報復の動きと身分証のことを知り「妾も参加させろ」と〝お願い〟していまに至りますわ。偽身分を欲した理由はまた追々。

あと報復部隊の皆さんはドキドキの密入国に夢中でカリンお嬢様の耐久動画を見逃してました。お嬢様三日会わざれば刮目して見よ。ご愁傷様ですわ。


※あと前回指摘あったのですが、お嬢様のレベル公開については真冬様からの縛りが若干緩くなってますわ。作中にもあったようにブラックタイガーを壊滅させた時点でもう一定以上のレベルにあることはほぼ確定なので、過去のレベルなら多少口を統べられせても問題ないかな、という判断なようです(ただ4000がなんらかのライン越えと示唆してるのは若干正座案件ですわね!)




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