第93話 世界最強クラスのわくわく
アフリカはもともと、争いの絶えない大陸だった。
欧米列強による植民地支配の際、民族分布や文化圏、宗教圏を無視した国境線が引かれたために各国内でまとまりがなく、豊富な資源や土地を奪い合う内戦がそこかしこで繰り広げられていたのである。
世紀末大陸とも揶揄されることもあったそんなアフリカの実情は、ダンジョンの出現によってさらに酷いものとなった。
先進国でも大きな混乱が続いたというのに、戦後の急な独立などによって内政がぐだぐだの発展途上国ではダンジョンの管理など到底できず、力を求めた者たちによるダンジョンの独占や無軌道な探索が横行。個人が突出した力を持つようになったことで争いは激化。
これまではあくまで内戦に留まっていた資源の奪い合いが国境線すら無視した大戦乱へと発展したのである。
既存の国境線はほとんど意味をなさず、元々混在していた民族分布や文化圏はしっちゃかめっちゃかに消滅あるいは統合。
強力な探索者を中心とした新興軍閥が各地を支配する
レベル3000を越える猛者たちが率いる軍閥の力は拮抗し、アフリカ大陸での戦乱はダンジョン出現から数十年近く経ってなお終わる気配を見せなかった。
だが――。
「追い詰めたぞぽっと出の新興勢力ども!」
ダンジョン出現から数十年が経ったある年のこと。
アフリカ大陸北部、エジプトのとある都市。
その周囲を凄まじいまでの戦力が取り囲んでいた。
マジックアイテムのよる魔法防御を固めた無数の戦車、機動力を増した武装ヘリ。
レベル2000に達した複数の部隊長に、全員がレベル3桁以上のベテラン探索者で構成された万単位の兵である。
アフリカ大陸において長年最大勢力を保ってきた軍閥がひとつ。その主要戦力たちだ。
そしてその大軍を率いるのは、全身を最上位魔法装備で固めた屈強な男だった。
「各地の大軍閥を潰しまくって調子に乗ってられるのもここまでだ……! お前を潰して俺がこの大陸の支配者になってやる! 覚悟しろ成り上がりの小娘が!」
レベル4100。この南ア軍閥を突出した戦闘力でまとめ上げる壮年の大頭だ。
非公式ではあるが数年前に深層のソロ攻略をも達成した正真正銘の怪物であり、人類の成長限界とも言われる「レベル4000の壁」を越えて〝国家転覆級探索者〟と呼ばれる領域に至った規格外。
その絶大な力をもってして好き勝手に弱者を搾取してきた男はこれまでそうしてきたように部下たちへと怒号を放つ。
「いつも通り俺が突撃して全員ぶちのめす! てめぇらは雑魚の取り逃がしを防ぎつつ露払いだ! 魔法も戦車砲もじゃんじゃんぶち込め! 高レベル探索者にゃ魔力のこめづらい銃の効きも悪いが、戦車砲までいきゃあ雑魚が操ってもそれなりに効くからなぁ! いくぞオラアアアアアアア!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
男が人外の身体能力で先陣を切り、呼応した荒くれ者たちが獣声をあげた。
蹂躙、搾取、支配。
戦いの先に待つ勝者の特権を脳裏に描いて舌なめずりしつつ、その暴力性をいかんなく解き放つ――その直後だった。
ビシャアアアアアアアア!
ズドドドドドドドドドオオオオン!!
「「「「ぎゃあああああああああああああああああああっ!?」」」」
突撃を開始した荒くれ者たちに、無数の炎雷や魔力弾が降り注いだ。
レベル2000を越える探索者たちが10発も耐えられずに容易く吹き飛び、それ以下のレベルの者たちはそもそも攻撃を受けたと認識する前にまとめて消し飛ばされる。モンスター素材と乗組員の魔力を活用して魔法攻撃にも耐性を得たはずの戦車や武装ヘリが次々と爆発炎上し、万単位の精鋭で構成される包囲網が一方的にズタボロにされていく。
「は……!? な、んだこりゃ!?」
深淵級の強力なモンスター、ギガント・フォートレスをも越える密度と威力の魔法砲撃に目を剥いたのはレベル4100の大頭だ。
「バカな!? 全員砲撃に飲み込まれて……!?」
弾幕の威力と密度はもとより、信じがたいのはその精密性。
都市を包囲していた大軍は当然、昔の戦争のように隊列など組んでいたわけではない。
魔法砲撃でまとめて消し飛ばされないよう散らばり、迷彩や魔法効果によって隠れ潜み、全方位から都市に迫っていたのだ。
が、それらの戦力がすべて、正確に撃ち抜かれ吹き飛ばされている。
全員為す術なく一方的にだ。
「どういうことだ!? 事前の情報じゃああの小娘にここまでの力はなかったはず! この短期間で成長しやがったのか!?」
あるいは……本気を見せた戦いでは敵対目撃者をすべて消していた――?
「……! クソがああああああああ!」
ドゴオオオオオオオオン!
大頭は怒号をあげつつ、無数に降り注ぐ魔力砲撃を切り飛ばした。
その余波で周囲の部下が吹き飛ぶが関係ない。
全身から人外の魔力を立ち上らせ、地形が変わる勢いで愛用の大剣を振り回しては無数に降り注ぐ砲撃のすべてを弾き返す。
「ふざけやがって、大損害だクソガキが! だがこのダンジョン時代、重要なのは数より質! 部隊が全滅する前に俺がてめぇを真っ二つにしてやる!」
あの小娘の適性はこの砲撃からもわかるように魔法特化。近づいてしまえば対処は容易く、そしてこの程度の魔法砲撃でレベル4100は止まらない。
いや止まらないどころか、
「うおらあああああああああああっ!」
ドッゴオオオオオオオオオオオン!
大頭は爆発炎上して役立たずの鉄塊と化した戦車を持ち上げ敵の陣地へまとめて投げ飛ばしてみせた。
レベル4000の壁を越えると、レベル1辺りの成長幅も跳ね上がる。
国家転覆級と成ってからまだそこまでの年月は経っていないとはいえ、壁を越えてから大頭が伸ばした100レベルは凡人が築き上げた100とはわけが違った。その身体能力はレベル2000の倍程度では到底収まらない。人の域を逸脱した腕力は数十トンの戦車を野球ボールのように投げ飛ばし、魔力を込めた剣戟は降り注ぐ魔法砲撃の雨を易々と切り飛ばす。
投擲による牽制と剣戟による絶対防御。
莫大な魔力を放ち続ける都市中央部の標的目がけ、大頭はその2つを駆使して一度も止まることなく全力で戦場を駆け抜けた。
だが――、
「この損害はてめぇの大切な部下どもを隷属させてまかなってやる! 覚悟しろクソガ――」
瞬間、敵を威圧するように轟かせていた大頭の
ふと周囲が暗くなったのだ。
そして頭上に突如出現したのは――これまでの砲撃とは比べものにならない異常な魔力。
「は……?」
空を見上げた大頭は言葉を失った。
そこに空などなかったのだ。
代わりにあったのは、燃えさかる超巨大な火山弾。
かつて深層で遭遇したドラゴンカノンの砲撃を何十倍にも巨大化させたような殺意の塊が、隕石がごとき速度で落下してきていたのである。
「お、おい……!?」
それはもはや避けるとか避けないとかいう次元ですらなく。
「ふざけ……!?」
迎撃に移るため全身全霊を振り絞ろうとした大頭はしかしそこで気づいた。
巨大火山弾が、さらに複数用意されているのを。
そして悟る。
ダンジョン時代は数より質……その言葉がいままさに自分へ跳ね返ってきていることに。
次の瞬間――ドッゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
すべてを消し飛ばすような勢いで複数の火山弾が連続で着弾。
本来ならその余波で周囲すべてを消し飛ばすだろう衝撃が莫大な魔力によって強引に着弾地点に凝縮され、地獄まで続くかのような大穴を形成するのだった。
――のちに遠方よりその戦いを目撃していた者たちは語る。天から降ってきた火と雷が南ア軍閥のすべてを飲み込んだ。アレはまさに、かつてソドムとゴモラを焼いた天の火そのものであったと。
そうしてこの日、長年大陸で横暴の限りを尽くしてきた最大勢力は壊滅。
それをきっかけに、残っていた各地の中小軍閥も継戦を諦め全面降伏。
戦乱状態をどうにか回避していた数カ国を除いてアフリカ大陸は完全統一され、軍閥が支配していた各地域に自治権を与える連邦制へと急速に移行。
急ごしらえの統一国家ゆえに様々な課題は山積しつつも、数十年にわたる軍閥支配体制が崩壊したことで活気を取り戻した人々の手により、中国やインドに並ぶ巨大国家としての道を歩み始めるのだった。
――そしてそれから数年後。
「あ~~~~、暇じゃな~~」
アフリカ連邦の首都、エジプトのとある都市。
「巨大な白亜の宮殿」という形容のふさわしい建物の一室にて、一人の少女が呻き声をあげていた。
銀髪褐色。10歳ほどにしか見えない幼い外見をした見目麗しい少女である。
その手には身の丈を越える巨大な骨付き肉が握られており、ベッドに寝転がりながらお行儀悪くむしゃむしゃと噛みついてた。
ベッドはふかふか。肉も大変美味なのだが、しかしその少女の顔にはありありと不満が浮かんでいる。
なぜかといえば、ただひたすらに「退屈」なのである。
「は~~。マジで最近やることないんじゃよなー。内政はぶっちゃけ妾じゃ専門外だから優秀な臣下どもに任せっきりじゃし、最近は粛正が必要なバカもおらんしな~。2週間くらいダンジョンに潜り続けて深淵で暴れ回ってはみたが、案の定部下たちは皆途中で根を上げて結局妾一人で遊んどるようなもんじゃったし」
まあダンジョン攻略自体は嫌いではないのだが……やはり1人だけでは、なにか違うのだ。
「は~。またぞろダンジョン崩壊だの軍閥残党の反乱だの起きれば多少は楽しいんじゃが……まあでもアレはアレで民に少なからず被害が出るから微妙じゃしなぁ……仕方ない。ネットでも見るか」
少女はぼへーっと益体もないことを呟きつつ、ベッドから身を起こした。
時間つぶしにちょうどいいと最近気づいたネットの海をさまようべくスマホをぬるぬる操作する。
ネットは新陳代謝が激しく、2週間も地上を離れていればあらゆるコンテンツが一新されている。こりゃチェックするだけで結構時間が潰れそうじゃなー、と少女はしばしスマホをいじっていたのだが……その手がふと止まった。
「ん? なんじゃこれ?」
それは世界最大級の動画サイトに投稿されている動画だった。
欧米を中心に「サムライガール」として人気なダンジョン配信者経由で数日前に拡散された動画とのことで、目を疑うような再生数になっている。
なにやら随分と盛り上がっているようで、よく見ればどこのSNSもニュースサイトもこの動画の話題で持ちきりだった。ダンジョン後進国といわれる島国でなにやらとんでもない探索者が見つかったらしい。
「ふーん。でもまあ、どうせ大したことなかろ」
これまでも特定の探索者が大きく話題になることはままあった。
しかし当たり前ではあるがいずれも「表の世界では」優れているというだけで、少女の琴線に触れることはなかったのである。なので今回もスルーしようとしたのだが、
「……なんか妙に話題になっておるな。どこもかしこもこればっかじゃ」
しかもなにやら核兵器お嬢様だのアニメキャラプロバガンダだのジェノサイドガールだのカオスな単語が散見される。ちょっと意味がわからなかった。
ゆえに、
「……ま、暇つぶしくらいにはなるか」
少女は大した期待もなく、ぼへーっとしながらその動画をタップした。
――そして数分後。
「はあ!? なんじゃこのバカ!?」
先ほどまでの退屈そうな様子から一転。
ベッドから跳ね上がるようにして身を起こした少女は目を見開いていた。
なにせ動画に映っていた少女があまりにもイカれていたからだ。
ダンジョン後進国、日本の女子高生。16歳。ドレス姿でのダンジョン攻略。深淵第1層までほぼ無傷でソロ踏破した挙げ句、希少深淵ボスを撃破。国内最強級クランを一方的に蹂躙――。
その現実離れした内容に、コメント欄では英語や中国語など話者の多い言語を中心に「さすがに精巧なフェイクだろ」という声も多い。
が、少女にはわかる。画面越しでも感じるこの膨大な魔力。感知適性はぼちぼちなので正確なレベルまで測れるわけではないが……それでもこの怪物は正真正銘の国家転覆級探索者だと確信を持って断言できた。
そして動画が本物だとわかるがゆえに、少女は「阿呆かこいつ!?」と再び声を張る。
創作のキャラクターに憧れてドレスでダンジョンを無傷攻略……という時点で大概イカれきっているが、そもそもこの強さの探索者が堂々と配信をやっていること事態が異常なのだ。
国家転覆級にまで至った探索者がその力や素性を明かすことはまずない。
敵国に捕捉されてほかの国家転覆級に狙われる、悪目立ちして日常生活に支障が出るなど、とにもかくにも面倒事や各種弊害が多すぎるからだ。ゆえに国にご機嫌取りされるような存在でありながら積極的に暴れて目立つようなことは皆無であり、そのおかげもあってこの世界は一定の常識といちおうの秩序を保っているのである。
レベル4000の壁を越えるには狂気と才能、そして狂気と相反する慎重さが必須であり、各国に潜む国家転覆級探索者はほぼ例外なくその力に溺れず裏の世界に身を潜めているのだ。才能があっても慎重さがなければダンジョンの悪意に飲まれて早死にし、世界を揺るがすような力をつける前に消えることがほとんどであるゆえに。
まあ欧米諸国や国内の不穏分子への牽制、国威高揚のために〝武勇伝〟を積極的に吹聴しているどこぞの女王もいたりするわけだが……なんにせよ全世界に深淵ソロ攻略の様子を配信する国家転覆級探索者など前代未聞である。
「いや だがこの強さ……妾も過去に国家転覆級探索者を2人ほど潰したことがあるが、このイカれ女は動画に映った範囲だけでもその2人などよりも遥かに強く底が知れん。これならばたとえ国家転覆級探索者でも襲いにいこうなどという者はまずおらんし、仮想敵国に素性を知られようが誤差のようなもの。それこそ妾がそのあたりあんま気にせず〝武勇伝〟を流しているように……よもやこやつ、そこまで見越して?」
と少女は動画をじっと眺めつつ首を捻るが「いやこれ本人はなんも考えてない顔じゃな!?」とすぐに確信する。
ざっと動画を確認した感じどうやら裏にブレーンがいるようだが、少なくともこの深淵突撃は間違いなく独断でやっていた。どうやら
「……くふ、わっははははははははははははははははははは! 本気かこの阿呆!」
少女は爆笑していた。
先ほどまでの退屈も忘れ、ベッドの上で腹を抱える。
そうか。世界にはまだこんなのがおったか。
いちおうの平和にあぐらをかいていつの間にかアンテナが鈍っていたらしい。
これだけの強さと残念な頭。こやつならばあるいは妾が求めていたモノも――。
「少しは期待していいのかもしれん」
そして少女は笑いすぎて目尻に浮かんでいた涙をぬぐい、脇に置いていた1メートル超えの骨付き肉をバクンッ! と骨ごと一口で丸呑み。
『しばらく遊びにいってくるのじゃ。公式で他国にいくと色々面倒じゃし融通もきかんから
そんな書き置きと諸々の準備を整えて、わくわくしながら白亜の宮殿から跳躍。
「ま、また女王陛下が勝手にどこかにー!」と響く部下の悲鳴に「悪いの!」と一言詫びつつ……アフリカ統一ダンジョン女王とも呼ばれるその少女(27歳)は、凄まじい速度で遠い島国を目指すのだった。
―――――――――――――――――――
というわけで新キャラは銀髪褐色合法のじゃロリ食いしん坊魔法特化一騎当千大陸の覇者女王様ですわ
そしてアフリカ統一は割と最近――恐らく8、9年ほど前のことだったようですわね(そのくらいダンジョン出現の影響は大きかったし地域によっては混乱が長引いたのだと思われますわ。アフリカだけ治安や世界観が異世界ファンタジー寄りですの)
※このたびお嬢様バズが1千万PV&応援コメント数1万を突破しましたわ!
皆様の応援のおかげですの! ありがとうございますですわー!
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