第92話 質問回答雑談配信とカリンお嬢様の強さの秘密その2


「はいはい落ち着きなって。国家予算から間違って30億もスパチャされるわけないでしょ。それは正真正銘視聴者からのお金だから。ま、手数料と税金でごっそりもっていかれるだろうし、額面通りのお金が入るわけじゃないからそんなビビらなくてもいいでしょ。まあそれでも大金だけど。はいはい、またあとでね。とりあえずそれだけお金あったらもう今後の心配なんていらないだろうしたっぷりご飯食べさせるから。それじゃ」


「……噂をすれば、あのバケモノお嬢様からかな?」


 とある路地裏。

 親友からかかってきた電話の対応を追えた真冬に、若干ビクビクしながらそう訊ねる影があった。公安所属の飄々とした雰囲気が特徴的な女性、牧原霞だ。


「ええ。スパチャの総額が30億を越えててパニックになってるみたいね。国から間違えて振り込まれたに違いないとか言ってたわ」


「ははは。あのデタラメな強さからしたら本来30億なんて端金なのにね。……はぁ。まったく、その非常識のせいでこんな騒ぎになってるのか、それともその強さに見合わないことこのうえない善良な小市民っぷりのおかげでこの程度で済んでるのか……いやまあ現状確実に良い影響しかないから文句はないんだけどさ」


 霞は普段の飄々とした雰囲気を若干すすけさせながら、疲れ切った顔で呟いた。


 しかしまあそれも無理はないだろう。


 カリンの深層ソロ攻略配信からおよそ2週間。

 ジェノサイドお嬢様の活躍にはしゃぐ世間とは対象的に、霞ヶ関をはじめ行政は色々と大騒ぎだったのだ。


 なかでも都内の警察は対探課やら公安やらを中心に大わらわである。

 

 ブラックタイガーの主要幹部がいきなり全員逮捕されたこともそうだが、彼らが怖いくらいに色々と素直に自供しまくるせいで、逮捕しにいかねばならない容疑者や証拠の裏取りなどの仕事が大量発生したのだ。


 ぶっちゃけレベル2000台という国内トップクラスの肉体スタミナがなければ普通に過労死していただろう。


 とはいえありがたいことにジェノサイダー山田の殲滅動画に恐れを成したブラックタイガー関係者が自首してきたり、あまりの事態に上が慣例を超えてよそから応援を大量によこしてくれたりと柔軟な対応がなされたことでいまはその騒ぎも少しばかり一段落。


 思ったよりも随分早く一息つける状況にはなってきたため、霞はこうして真冬に会いに来ていたのだ。


 あの無茶苦茶なお嬢様について改めて話を聞くために。


「それで話の続きなんだけど……あのバケモノお嬢様は一体どうなってるのかな? 次元が違いすぎてはっきりとは断言できないけど、まだ底を見せてない状態で日本の荒魂2人より普通に強いでしょアレ……それもまだ16歳でって。探索者の才能は基本的に倒したモンスターからどれだけ効率よく魔力を吸収できるか、つまりレベルアップの速さが一番わかりやすい指標だけど、山田カリンは成長が早いどころの騒ぎじゃない。あの子、なんであんなに強いんだい?」


「なんでって……あなたもレベル2000台の公安メンバーなら察しはついてるでしょ?」


「いやまあそうなんだけどね……。答えを直接聞くまで信じたくないっていうか……」


「はぁ」


 めんどくさ……。

 真冬は大きく溜息を吐く。

 が、まあ霞の言い分もわかる。

 

 さすがにあれだけの超常存在ともなれば、公安としても最低限の確定情報はほしいのだろう。

 もう大体察しているなら隠し立てする意味はないし、なによりカリンの実力がここまで知れ渡った以上、公安との関係は良好にしておいて損はない。

 

 ゆえに真冬は話してもカリンへの不義理にならないラインを見極めつつゆっくりと口を開き、カリンがあそこまでデタラメな速度で成長できた理由を語った。


「まず結論から言うとあの子の成長には理論上限界がないし、レベルが上がるごとに生じる成長速度の鈍化も限りなく緩やかなの」


「もうその時点でこれ以上聞きたくないなぁ……あ、うん、ごめん冗談、続けて?」


 霞に促され、真冬は話を続けた。


 まず前提として、探索者の成長速度は先ほど霞が言ったように、いかに効率よく魔力を吸収できるかでほとんどが決まる。同じモンスターを倒してもいわゆる「経験値」が個々人によって大きく異なり、レベルアップの速度が変わってくるのだ。


 しかしこの成長曲線は普通、どこかで頭打ちとなる。

 レベルが上がるごとに必要な経験値が加速度的に増え、成長するにはより強力なモンスターをより多く倒す必要が出てくるからだ。


 通常、このどんどん上がっていくハードルを乗り越えるにはいくつかの手段が考えられる。

 鍛え抜いたスキル、磨き上げた体術や培った経験、パーティでの連携、そして入手した素材から作り上げた強力な装備で自分の力を底上げし、格上モンスターを狩ってより多くの経験値を入手するのである。


 だが、これらの手段もいずれどこかで限界が訪れる。

 スキルや技術面はもちろんだが、最もわかりやすくどうしようもない限界が訪れるのは武具の類いだ。


 なにせ強力な力を秘める素材であればあるほど、その力を十全に引き出せる加工職人がいなくなっていくのである。


 たとえば深層のボス級素材が秘める力を100%以上引き出して加工できる職人が一体世界に何人いるのか。


 加工適性のある者は一般的に戦闘に向いていないため、神代穂乃花がそうであったように本人のレベルが非常に上がりづらい。そのため基本的には本人のレベルはそこそこに加工スキルそのもののLvを集中的に磨いて武器製造に携わることになるのだが、それだと本人のレベル上昇によるスキルの威力補正があまりないため、どうしても頭打ちが発生するのだ。もちろん天性の才能を持つ親方はそのあたりの限界を突破するし、加工用の道具を作り上げてその加工用道具でさらに高性能の加工用道具を作って……の繰り返しで高性能の炉を作り、より高次元の素材をしっかりと加工する工房は多く存在する。なかにはカリンのようにダンジョンへ繰り出し己を鍛えまくる親方も少なくはない。


 だがそれでもやはり深層や深淵の素材を十全に加工するには力が足りず、その領域に達した冒険者ほど装備ではなく自分自身の力に頼って危険な強敵に挑むしかなくなっていくのだ。要は「最高峰の加工職が作った程度の装備」では深淵に差し掛かったあたりでどうしても戦いについていけなくなるのである。


 ブラックタイガーが国内最高峰の職人に頼んでなお、カリンから「粗悪品」と断じられた衝撃吸収の鎧しか作れなかったように。


 ゆえに装備に頼れなくなった領域では特別なユニークスキルを持つような者だけがより高みを目指すことができ、しかしその強者もまたユニークスキルだけでは超えられない壁にぶち当たって成長が鈍化していくのである。


「けれど、カリンは違う」


「……〈神匠〉」


 真冬の言葉に、霞が掠れた声を漏らした。


「そう。カリンの場合、というか〈神匠〉持ちの場合、本人のレベルアップに伴って〈神匠〉の精度も上がっていく。加工できる素材のランクも、作り上げる武具の性能も、本人の強さとともに成長していくの。レベルをあげてより強い敵を倒し、そこで入手した素材から強力な装備を作り、それでまた格上を倒して効率よくレベルアップ、そして本人とともに成長した〈神匠〉でさらにまた高性能な装備を作る――その繰り返しが止まることがないのよ、あの子は」


 しかもカリンの場合、〈神匠〉抜きにしても探索者としての才能がズバ抜けている。

 同じ〈神匠〉持ちの穂乃花や対探課のお嬢様部隊構成員と比較してはもちろん、国内のトップ探索者と比べても異常なまでの魔力吸収効率を誇る。加工職にあるまじき成長性を有しているのだ。


 そしてセツナ様に憧れた影響なのかなんなのか自分を磨く際の集中力も尋常ではなく、感知を中心に各種スキルの発現成長速度もふざけた領域。


 それこそ真冬がダンジョン内加工という〈神匠〉を活かす裏技をうっかり教えてしまう前からカリンは単独で深層をうろついており、真冬の度肝を抜いた過去すらあるのだ。ハッキリ言って、かつて神童と呼ばれた真冬から見ても異常である。


「まあつまるところ、元々突出していた探索者としての才能に〈神匠〉が加わって手がつけられなくなっているという状況ね。あの子はまだまだ強くなる」


 真冬はかつてカリンの実力を「世界でも上から数えたほうが早い」と霞に話したが……あれは半分本当で半分嘘だ。


 上から数えたほうが早いどころか、ほとんど最上位層だろう。


 もちろん、世界中に隠れ潜む怪物たちを全員調べられるわけもないので確定ではないのだが……いまも配信の裏で修行し続けているカリンの実力は16歳時点で恐らく既に世界でも有数。


 将来性や〈神匠〉の拡張性まで含めれば……一体どこまでいくか想像がつかなかった。


「まあおおよその察しはついていたとはいえ……冗談キツいね」


 霞がその答え合わせに改めて絶句する。

 最初に真冬が言った通り、その理論でいけばまさにカリンの成長には限界がないのだ。

 それこそダンジョンが地下深くまで伸びていけばいくほど、カリンの底も深くなっていくと言っていいだろう。現在のあの強さですらまだまだ発展途上。


 それだけの才覚を持つバケモノが(配信で色々やらかしているとはいえ)、あれだけの良識に恵まれていて本当に良かったと冷や汗が出る。


 けれどもまあなんにせよ、と霞はそこでふっと息を吐いた。


「それだけ無茶苦茶な強さなら前に君が核兵器云々って言ってた通り、一周回って逆に安心かな。あのバケモノっぷりを警戒して海外勢が大人しくなってるくらいだからもともと心配は薄いし、もし考えなしがちょっかいかけてきても間違いなく返り討ちだろうし」


「油断は禁物ですけどね」


「それはもちろん。というか今日はそのあたりの報告もしたかったんだよ。実は鬼みたいに忙しいのは本当なんだけど、ブラックタイガーとその周辺がすっかり綺麗に掃除された影響で公安じゃ手があきそうな子が何人もいてね。課が違うから一概に戦力アップとはいかないけど、公安外事課にヘルプを回して海外の怪しい動きを察知する方向に力を避けそうなんだ。だからまあ、もしなにか怪しい動きがあったら即座に共有するよ。山田カリンの直接的な周辺警備じゃ足手纏いになりそうだけど、こういう方面ならサポートできそう……というか実はもうやりはじめてるって報告さ」

 

「なるほど……それはありがとうございます」


 想定済みとばかりクールに、しかし親友の守りがより強固になったことに安堵しながら真冬が礼を言う。霞はそんな真冬の内心を察してはいるのか、疲れきった顔に少しばかりからかうような笑みを浮かべる。


「ま、山田カリンを抜きにしても最近はダンジョンテロ組織がどうこうと海外もキナ臭いからね。こうして外事課に人員を回せるようになったのはこっちとしてもかなりありがたい。……しかしそう考えると、もしかするととんでもない荒療治だったとはいえ国内の不穏分子をいま潰せておいたのは僥倖だったのかもね……ま、そうとでも思わないとやってらんないくらい忙しいってだけなんだけど。なんにせよ、引き続き山田カリンについては親友の君に任せたよ。それに関しては多額の手当も出ることになったから期待しておいて」


 と最後はいつものように飄々と冗談めかして、霞はふっと真冬の前から掻き消えるのだった。


「ふぅ」


 霞との接触を終えて真冬は一息つく。


 公安の外事課、つまるところ海外からの諜報員やテロリストなどを取り締まる部署がはっきりと味方についてくれたのなら心強い。まあもちろん先ほど自分で言ったように海外も広いし、国家転覆級探索者の存在も考慮すると油断は禁物ではあるのだが……。


 これ まで国家転覆級探索者の存在が世界中で噂止まりだったことからもわかるように、彼らは様々な理由から派手な動きを嫌う傾向にある。返り討ちに遭う可能性が極めて高いうえにカリンとの派手な戦闘で素性や能力がバレるリスクを考えれば襲撃してくる者など皆無だろう。また国に命じられて素直に動くような優等生もまずいないうえに、そもそもカリンの強さを警戒して諸外国が下手に動けなくなっているこの状況。安心度はかなり上がったと見ていい。


「まあ何事にも例外はあるけど……そのあたりは情報が入る前に警戒しすぎても消耗するだけ。当然警戒は続けるとはいえ、とりあえず今日のところは色々と疲れてるだろうカリンにスタミナ鍋でも作ってやるか。30億についてとか自宅の要塞化とか、今後について改めて話しておきたいこともあるし」


 と真冬はひとまず肩の力を抜き、まだスパチャ総額のことで白目を剥いているらしいカリンに改めて電話をかけるのだった。



 ――よもや山田カリンへ敵意も害意も抱いていない、ゆえに行動予測困難な怪物が既に動き出しているとは思いもよらないまま。


―――――――――――――――――――――――――― 

※オマケ 

戻ってきた霞「ねぇ。そういえばいま思い出したんだけどダンジョン内加工の抜け道教えて〈神匠〉を活用できるよう教えてくれた〝親友〟がいるってあのお嬢様が前に配信で言ってなかったっけ?」

真冬「……アレは事故」


というわけで察した方がいるかもですが、つまり元々ヤバかったらしいカリンお嬢様がもっとヤバい強さになったのはうっかりダンジョン内加工を入れ知恵してしまった人のせいですね。このあたりの事情は近いうちにお出しできるんじゃないかと思いますが……これを教えたときの誰かさんはまだカリンのヤバさを完全には把握しきれてなかったのでしょう。まあどのみち(作中日本の成人年齢である)20歳になれば好き勝手に素材が利用可能になる以上、遅かれ早かれ、というか自衛のためにも早いほうがいいくらいと思われるので結果オーライかもですが……

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