第89話 帰ってきた日常といつものアレ


 世界を震撼させた週末トンデモ深層配信から数日が経ち、カリンのやらかした所業は世間にすっかり浸透していた。


 数々の衝撃的な映像は数えることが不可能なほど切り抜き拡散され、カリンがこれまで明かしていなかった実力(の一部)はそこかしこで語り草になるほど知れ渡っていたのである。

 

 しかし――そんな天災じみた力を持つ個人の存在が周知されたにもかかわらず、少なくとも表面的にはそこまで大きな騒ぎにはなっていなかった。


 なにせ、大多数の人間はカリンの力が大きすぎてその凄まじさを正確には把握できなかったのである。どう考えても異常なのはわかる。だが深層だの深淵だのといった領域があまりにも自分たちの感覚から乖離しすぎており、国のトップ層や掲示板の探索者クラスタほど具体的なヤバさを認識しきれていなかったのだ。なんならトップクランに所属する探索者たちでさえ自分たちが正確にカリンの実力を推し量れているとは思っていなかった。


 なのでネットでは探索者クラスタを中心に天変地異のような騒ぎにはなっているものの、世間一般において山田カリンは「なにかとんでもない実力を持った頭のおかしい探索者」という認識止まりであり、「山田カリンはやろうと思えば単騎で国家転覆できるのでは?」などという荒唐無稽な懸念は表立って取り沙汰されてはいなかったのである。


 が、その代わり――


「おお! おはようジェノサイドお嬢様!」

「おらおらジェノサイドお嬢様の登校だ! 顔面を耕されたくなきゃ道をあけな!」

「カリンちゃんが暴れないよう捧げ物を用意しないと! 私はお弁当からウィンナーを出すわ」

「俺たちは催眠になんてかかってないから〝人命救助〟は勘弁してくれよな!」

「私、今朝なんか変な音を聞いたから催眠にかかってるかもしれない!」


「う、うるっせえですわああああああああああああ!」


 学校に登校したカリンは、クラスメイトたちから投げつけられる軽口の数々に絶叫していた。


 そう。

 

 カリンのパブリックイメージはいま、単騎国家転覆可能な探索者などという物騒なものではなく、ジェノサイドお嬢様という別ベクトルで物騒なものになっていたのだ。


 カリンのやらかした所業のうち、深淵第1層ソロ攻略はもちろん十分な話題になっている。この功績をもとに、カリンが国の総戦力をあげても討伐できない歩くお優雅災害なのではという議論もネットを中心に広くなされていた。


 だがその一方……深淵ソロ突入より、そのあとに行われたブラックタイガー返り討ちのほうが一般人にも凄さや異常性がわかりやすいセンセーショナルな話題として、広く人々の口に上がりまくっていたのである(そもそも深淵の情報がアンタッチャブルすぎてTVやネットニュースなど公的な報道媒体で一切触れられていないというのもある)。


 ゆえにいまカリンに対するイメージは国家を単独制圧しうる制御不能の怪物ではなく、悪徳クランを返り討ちにした正義のジェノサイドお嬢様という印象が圧倒的に強くなっていたのだ。


 その不本意な扱いは当然、クラスメイトからだけではない。



〝チンピラチンピラお嬢様! 最強虐殺お嬢様!〟

〝ジェノサイドお嬢様の次の虐殺(配信)が楽しみですわ~〟

〝すっかりジェノサイドお嬢様の呼び方が定着してておハーブ〟

〝よく考えたら前々からモンスターを一方的に虐殺してるからこの呼び方のほうが正しいまである〟

〝動画急上昇ランキングに上がってる『カリンお嬢様がブラックタイガーを殲滅し続ける耐久MAD、ブラックタイガーの耐久力が低すぎて1周が短すぎる問題〟

〝ダンジョン下層で追いかけてくるカリンお嬢様から逃げる無理ゲー作られてておハーブ〟



 などなど、ネットでの扱いもお察しである。


 いちおうフォローすれば、深層攻略翌日の反省配信の効果もあり、カリンのジェノサイドお嬢様扱いは決して畏怖や批判されているようなニュアンスではない。むしろブラックタイガー殲滅が各方面で大ウケしたこともあり半ばイジるような親しみのあるノリではあるのだが……なんにせよお優雅の欠片もない称号であることに間違いはなかった。


「ま、真冬! 真冬うううううううう!」


 深淵第1層までソロ攻略したカリンにまったく物怖じせずイジってくる心の強ぇクラスメイトたちに背を向け、カリンはいつものごとく親友の真冬に泣きつく。


「いや確かにブラックタイガーの皆様をボッコボコにしてしまったのは事実ですけど! なんか結果的に違ったらしいとはいえれっきとした人命救助のつもりでしたのに! お優雅なイメージがまた遠のきましたの!」


 クラスメイトから献上されたウィンナーを頬張りながらカリンは叫ぶ。


「これ一体どうすりゃいいんですの真冬―!」


「あんたそれ毎回言ってるよね」

 

「だって毎回こうなるんですもの!」


 いつものダウナーな雰囲気で呆れたように言う真冬とは対象的に、カリンは必死である。


 前々からずっと懸念していることだが、視聴者が求める要素とチャンネルコンセプトが乖離していると将来的にろくなことにならない。


 特にいまはなんかもう登録者数が信じられないような数字になっているので、乖離によって生じるだろう不和も比例して規模が大きくなるだろうと思われた。ブラックタイガーの情報工作でファンたちのレスバや炎上がどれだけ配信に大きな影を落とすか身をもって知ることとなったカリンにとって、その手の不安は具体的に想像可能なリスクとなっているのだ。


 登録者数2000万超えという数字も人気の証というより「またなにか炎上めいた騒ぎになった際の火力」に見えて心臓に悪い。


 そんななかでカリンへのイメージが「お優雅」とほど遠くなっているという現状は本人にとってなかなか怖いものがあった。もちろん視聴者に楽しんでもらうのが一番なのである程度は柔軟にいきたいが……何事にも限度というものがあるのだ。

 

「いつもお優雅を心がけているのに大きな配信のたびにわたくしへの誤解を招くような不幸が続いて……もしかしてわたくし呪われているのかもしれませんわ……」


「あんたみたいな生命力の塊に呪いなんてかけたら速攻で呪詛返しが発動して相手が死ぬでしょ」


 というかぶっちゃけカリンが「お優雅」を意識する限り視聴者の認識とカリンの配信に齟齬なんて生まれないだろうと真冬は思っているが、まあそれは言わぬが華だろう。


 とはいえ……。


(深淵第1層ソロ攻略の印象を薄めるためにブラックタイガー殲滅のほうが目立つよう私たち行政サイドが少し動いた面もあるんだよね……)


 そのほうがカリンの周辺が(比較的)穏便に済むという判断のもとで行われた工作ではあるが、こうしてジェノサイドお嬢様とイジられる流れを後押しした要因のひとつでもあることもまた事実。そうでなくともカリンが泣きついてくればやることはひとつなわけで……真冬は軽く息を吐きつついつものようにアドバイスを口にする。


「まあ、毎度のことながら変なイメージを払拭するにはお優雅な配信を繰り返すことが一番。なかでも今回は少し緩い配信を心がけてみたほうがいいかもね」


「緩い配信ですの?」


「そ。そもそもジェノサイドなんて印象はモンスターを倒す姿とも少しかかってるわけだしね。雑談配信みたいに緩い配信の頻度もあげてったほうが物騒なイメージも中和しやすいでしょ。そもそも配信に限らず人気商売なんてのはメリハリが大事。常に刺激的すぎるものだけ供給してたらお客さんが疲れちゃうし、あんただって登録者数2000万なんて無意識に心労が溜まってるはず。配信のバリエーションを増やして視聴者を飽きさせないようにするためにも、この機会にちょっとそういう緩い方向も模索してみたほうがいいよ」


 そのほうが海外勢もカリンの手の内を分析する機会が減って下手な動きは控えるだろうし、と真冬は脳裏で言葉を続ける。


 カリンには現在、念のため索敵能力強化のマジックアイテムの常時着用や強化、自宅の要塞化などを可能な範囲で進めてもらっているわけなのだが、それはそれとしてなにかしらの襲撃が起きる確率は少しでも下げておきたい。


 まあカリンの実力があれだけ開示された以上、そこまで神経質にならずともリスクを冒して襲撃してくる者などまずいないだろうが……。ダンジョン配信であまり手の内を晒しすぎないほうがカリンの力を警戒する海外勢力がより警戒を増していまよりもっと近づきにくくなるのは間違いないし、あとついでに緩い配信を多めにしておけば世間一般からの心象もさらに柔らかくなるだろうしと、様々な理由から真冬はそんな提案をする。


「なるほど……」


「あとアレだね。今回はダンジョン崩壊で体内収納スキルバレしたときと違って、案件も断る理由はないでしょ? ああいうのもしっかり受けておいたほうがいいかもね。たとえば紅茶のCMにでも起用されたらそれこそ『お優雅』なイメージが回復しやすいでしょ?」


「あ、案件……!」

 

 その単語にカリンは自らのもとに届いている数多のオファーを思い出して先ほどまでとは別の意味でプルプル震える。


実はここ数日、もう冗談かと思うような勢いで超有名どころから連絡が届きまくり、なんかもうそれが本物かどうかの判別すらおぼつかずにビビり倒していたのだ。それこそダンジョン崩壊を解決したときとすら比べものにならない数で、新手の精神攻撃を疑ったほどである。


いちおう真冬とも相談して、カリンに疑惑がかかっていた際も距離を置いたりせず応援してくれた企業――それこそたとえばダンジョンアライブの出版社など――から優先して受けていく方針だが……自分が企業からの案件を受けるなど夢物語すぎていまいち現実感がなかった。それに、


「セツナ様もアニメ放送時には色々なところとコラボしてたわけで、そういう意味ではわたくしとしても案件をもらえるのはセツナ様に少しでも近づけたようで飛び上がりそうなほど嬉しいのですが……。だ、大企業とのお仕事なんて想像するだけでゲロ吐き散らかしそうなほど緊張しますわね……」


 警視総監コラボなどという無茶苦茶な案件を経験した身ではあるが、ぶっちゃけ緊張しすぎてあの配信のことはほとんど記憶に残っていない。経験値は実質0。真冬の言う通りジェノサイドなイメージ払拭のためにも受けておいたほうがいいのは間違いないとはいえ、言葉遣いがお優雅ではなくなっていることに気づかないほどカリンは腰が引けていた。


 これなら深淵に突っ込むほうが全然気楽なんですけど……などとカリンが考えていれば、真冬が少しばかりからかうように笑う。


「まあでも企業案件なんかで緊張してる場合じゃないでしょ」


「え?」


「あー……これはあんたが対探課で事情聴取されてるときにちらっと聞こえた話なんだけど……まあ今日明日中にでも正式に連絡がくるんじゃない?」


 と真冬は誤魔化すように言って。

 カリンが「え、え、なんですの?」と訊ねてもしらばっくれていたのだが……その翌日。


『あ……もしもしカリンお嬢様ですか? 実はその……また改めて正式に連絡がいくと思うんですけど……多分信じてもらえないだろうからまずは知り合いの私から話をしてほしいって言われて……』


 真冬の言葉を証明するようにカリンのもとにかかってきた電話は穂乃花からのもの。そしてその穂乃花自身も少しばかり自信なさげに、


『カリンお嬢様に国民栄誉賞授与の打診がきてて……受けてもらえるか聞きたいそうです』


「…………………………………………………は?」


 カリンのお可愛らしい脳みそがポンッと処理落ち。

 散々動画視聴者たちを思考停止に追い込んできた因果が巡ってきたかのように、カリンの思考が長時間停止するのだった。


―――――――――――――――――――

ちなみにクラスメイトたちはカリンに疑惑が降りかかった際も「山田にそんな器用なことできるわけねぇよなぁ」と信用してくれていたこともあってカリンはいま彼らにあんまり強く出られません。それはそれとして遠慮なくカリンをイジりにいけるクラスメイトたちのメンタルは鋼(普段からカリンの人柄をよく知ってるのもありますが)


※あと前回の捕捉ですが、影狼様がお嬢様にトラウマを植え付けられずに済んだのは「殺されると確信した状態でダンジョン内を追い回される」ようなことがなく、恐怖を感じる前に潰されたのがでかいですわ! いいタイミングでブラックタイガーを抜けられたことといい、豪運(奇運?)のユニークを持っててもおかしくないですわね。

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