第84話 蹂躙
「は? 助ける……?」
命を狙われている状況でわけのわからないことを言い出したトンチキ女に、王虎は本気で耳を疑った。
「ええ、絶対に18人全員残らず助けますの! だから安心してくださいまし! ……といっても、この受け答えも恐らく表面上のもの。わたくしの言葉は
だがカリンは王虎の問いに同じ言葉を繰り返し、あまつさえどこか哀れむような目さえ向けてくる。聞き間違いなどではなかった。
(なにを言ってるんだこのガキは……? 俺たちが手を汚す前に食い止めることで救うという意味か? あるいは極限状態を前に錯乱している?)
いや配信動画を見る限り山田カリンはほとんど常に錯乱しているようなもの。その言動で正気かどうかを推し量ることはできない。あるいは反則的な魔法装備も使えないいま、こちらになんらかの心理戦でも仕掛けているのか。それとも体内収納スキルを使う隙を作ろうとしている?
(いや、なんにせよここで真面目に問答する意味などない。百々目木いわく対探課の連中もかなりの速度で近づいている。意味不明な言動には付き合わず一気に畳みかけるのみだ!)
まさかカリンがブラックタイガーの面々を「強力な催眠魔法にかかってこちらに襲いかかってきている要救助者」と思っているなどわかるわけもなく、王虎は全身に魔力を漲らせた。
(このガキにはこれまで散々俺の太刀筋を見せてきた! 剣に纏わせた空間削断の範囲も完全に見切られている……だがそれが罠だ!)
ぶおんっ!
瞬間、王虎の握る黒大剣が極めて静かにその殺傷範囲を広げた。
空間を削り取る範囲を伸ばし、剣の間合いを疑似的に伸ばしたのだ。
そして当然、拡張されたその空間削断範囲は容易に視認できるものではない。
(これで終わりだ!)
仲間たちが放つ魔法砲撃――カリンの手が届かない業火に守られながら、王虎は全力最速の一撃を叩き込んだ。
刹那、
「すううううう――ぶふううううううううううううううううう!!!」
王虎が身を潜ませていた地獄の業火が消し飛んでいた。
不可視の空間断絶剣を完璧に回避したカリンが、その小さなお口から噴出した爆風で火炎を文字通り吹き飛ばしたのだ。実体のある砲撃や雷ならまだしも、王虎の周囲がただの炎だけになった一瞬を見極めれば〈魔龍鎧装・嵐式〉に頼るまでもないとばかりに。
「……は?」
不可視の刃の完全回避。
人間が口から出しちゃいけないレベルの爆風。
雷と砲弾が過ぎ去り周囲に炎しかない一瞬を見極める眼力。
三重の衝撃に王虎の思考が一瞬停止する。
が、呆けている暇など欠片も存在しなかった。
シャッ!
魔法砲撃の守りを剥がされた王虎に、カリンが爆発的な速度で肉薄していたのだ。
「――っ!?」
深層ボスを何百体も束ねて小娘の形に押し込んだような圧に全身から汗が噴き出し、ほとんど反射的に逃げ出しそうになる。
(い、いやだが落ち着け! 炎を剥がされたからなんだ! 俺はいま全身に衝撃吸収の鎧を着込んでいる! アイテムボックスの使えないこいつに決定打は存在しない!)
むしろこれはチャンス!
渾身の一撃を不意に防がれればたとえこのガキでも必ず隙が生じる!
その一瞬に、今度こそ必殺の一撃を叩き込んでやればいい!
曲がりなりにも一流の探索者である王虎は一瞬で思考を切り替え再び大剣に魔力を流す。
カリンの攻撃をあえて受けてやろうとばかり、防御は捨てて攻撃にすべてを賭けた。
が――スパパパパパパパパン! キンッ!
「は…………………?」
王虎は今度こそ、戦闘中にもかかわらず愕然と動きを止めてしまっていた。
自らの全身を覆っていた鎧が、一瞬で細切れにされていたのだ。
山田カリンがアイテムボックスから一瞬で取り出した刀によって。
「ふ~。その衝撃吸収の鎧が粗悪品でよかったですわ~。切れ味が鋭すぎて人に向けるのは危ないモンゴリちゃんを使うまでもなく、ちゅぱかぶらちゃんで切り刻めますもの」
「っ!?!?!?」
は!? なんでこいつが武器を手にして……!? アイテムボックスは封じたはずなのに!?
というかこの鎧は確かにインセクトウォーリアーインパクト本体より性能は落ちるとはいえブラックタイガー懇意の親方に作らせた最上級武具で粗悪品などでは――!?
一瞬遅れてあらゆる疑問やツッコミが脳裏をよぎるも、その思考が完結することはなかった。
邪魔な鎧を排除したカリンの拳が、王虎のみぞおちに叩き込まれたのだ。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「がああああああああああああああああああああああああっ!?」
レベル2900の肉体が血反吐をまき散らして吹き飛びダンジョン壁に叩きつけられる。
「「「「「………………………は?」」」」」
揺れるダンジョン。愕然とするブラックタイガー構成員。
そんななかで王虎はかろうじて身を起こし、
「な、なにが……!? 直感はどうなってんだ黒井!? なんで俺が吹き飛ばされてる!? なんであのガキがアイテムボックスを使えてるんだ……!?」
その問いは血反吐に絡んでろくな言葉にならない。
だがもしカリンがその問いを聞いていたならこう答えていただろう。
そんなもの、影狼様との一件で全国にお優雅でない姿をさらすことになったあとに対策してないとでも思いまして?
以前まではたとえアイテムボックスを封じられても体内収納スキルがあるからと放置していた。が、もしあのダンジョン崩壊の場で体内に適切な装備がなかったらどれだけ悔やむことになったか……そう考えたカリンは即座に行動していたのだ。
莫大な魔力と引き換えに魔法装備封じの効果を打ち消す機能を〈改造〉によって追加したアイテムボックス。
そこに刀をしまったカリンは首を傾げつつ再び地面を蹴る。
「なんか全然催眠が解けてないですわね? 殴り所がよくなかったんですの?」
「っ!? ぐおおおおおおおおおおおおおっ!?」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴンッ!!
王虎が身を起こすとほぼ同時にカリンは超速再接近。
正気に戻ってくださいまし! と王虎の顔面を殴りまくる。
「な、なにを呆然としてるんだお前ら!? 王虎にこちらの砲撃は当たらないんだ! 迷わず撃て! 撃てエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ! あのバケモノから王虎を助けろおおおおおおおおおおおおおおおおお! 魔法装備封じのアイテムも追加で重ね掛けだ!」
黒井の怒声が鳴り響き、はっとしたブラックタイガー幹部たちが慌てて砲撃を再開する。
追尾性能を持つ魔法も遠慮なくぶっ放し、暴虐を働くお嬢様を全方位から狙い撃つ。
「こ、のガキイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
殴られまくっていた王虎も黒井たちの援護にあわせて激しく抵抗し、胸ぐらを摑むカリンを摑み返して砲撃の回避を封じようとする。が、
「あ、あれ? 変ですわね。一発目は殴る場所がよくなかったのかと思って今度はちゃんと頭部周辺を重点的に殴ってるのに全然催眠が解ける気配がありませんわ……? だったら――」
「え、ちょっ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
カリンは王虎の胸ぐらを摑んで振り回しつつすべての攻撃を完全回避。
さらには、
「与える衝撃を強めますの! ちょっと痛いでしょうが我慢してくださいまし!」
ガンガンガンガンガンガン!!
攻撃を回避しながら王虎の後頭部を鷲づかみにして顔面をダンジョン壁に叩きつけまくる。さながら自分が催眠にかかった際、頭突きで自力解除した場面を再現するように。
「おいなんだアレ!? なんで王虎さんを引きずりながら攻撃避けられるんだあのガキ!?」
「どうなってんだあのバケモン!?」
「砲撃が、砲撃が当たらねええええええええ!?」
「おいアレ王虎さんヤバいぞ!?」
「なんでだ!? なんでこんなことに!? 黒井さんの直感になんの反応もないならこんなことになるはずが……!?」
ブラックタイガー幹部たちが悲鳴をあげ、バケモノからクラン最高戦力を助け出そうと必死に砲撃を放つ。が、無駄。
ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ!
今回の深淵アタックとヒトガタ討伐でさらに成長したカリンは刀以外の装備を出すまでもなく広間を縦横無尽に駆け回り、王虎への「救命活動」を続ける。やがて、
「 や、め……降参……自首……自首する……だからもう……」
ダンジョン壁に叩きつけられまくってズタボロになった王虎が完全に心折れた様子で声を漏らす。しかし、
「その手には乗りませんわよ! 催眠が解けた直後はなにが起きてるかわからず混乱するはずですのに、全然普通にいまの状況が理解できている口ぶりではありませんの!」
ブラックタイガー = 催眠の哀れな被害者と完全に思い込んでいるカリンにその謝罪は届かない。
「それにしても……くっ、全然催眠が解けませんわね……!? レベル2900くらいと中途半端にお強いせいか、あるいは強化種の催眠が強力すぎるせいか……わたくしが未熟なばかりにちょうどいい力加減がわからず無駄に苦しめてしまっていますの……! さすがにこれ以上殴るのは……」
カリンは砲撃を完全回避しながら葛藤するように声を漏らす。
「いやけどここで躊躇するのは優しさではありませんわ! 心臓マッサージなんかも骨折させてしまうことを恐れず強い力で継続しなければならないといいますし、命より大事なものはないのですから! この方たちを助けるためにはお優雅に心を鬼にしないと……!」
「さ、催眠って……!? お、お前はさっきから一体なにを言って――」
「早く正気に戻ってくださいまし! いきなりこんな風に襲ってくるなんて、爆炎石を爆破しようとしていた影狼様以上のイカレポンチ! どう考えても正気とは思えませんもの!」
「ひっ、やめ――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!
バキボキゴキメシャァ!!
王虎の骨が砕け散る音と断末魔が響く。
これまでで一番の破壊力に、カリンの「救命活動」を食らった王虎の全身からだらりと力が抜けた。
「ああ!? 結局催眠が解けるより先に気絶してしまわれましたわ!? 本当になんて強力な催眠ですの!? ……いやけどレベル2000超えならこのくらいの外傷は割とすぐ治りますし、下層で催眠状態が続くよりはマシですわね……気絶したあとはわたくしが守り運べばいいだけですし。とっても心苦しいですけど、とりあえず止められたならよしとしますの」
「な、あ……!?」
「あ……あ……!?」
「お、王虎……!?」
申し訳なさそうに呟くカリンとピクリとも動かなくなった王虎に、ブラックタイガーの面々が愕然と声を漏らす。
なにせクランの財政を完全無視したフル装備での攻撃がまったく通用しないばかりか、クラン最高戦力がボロ雑巾のようにやられているのである。
全員の顔に色濃く浮かぶ絶望。
なかでも黒井はこの期に及んで働かない直感と現実の乖離に混乱するように、動かなくなった王虎を見て棒立ちになる。
そして、
「さ、次はあなたがたの番ですわ!」
「「「ひっ!?」」」
自分たちに向けられた血塗れの拳と満面の笑みに、いよいよブラックタイガー幹部陣の顔から血の気が引いた。
「いまその催眠状態を解除してさしあげますわね!」
殺される。
カリンの笑顔と意味不明な言動、王虎の惨状に彼らは確信する。
先ほどから山田カリンが繰り返している「催眠解除」とかいう言葉は恐らく「そういう名目」。闇討ちを仕掛けてきた自分たちを合法的にブチ殺すための口実だ。用心棒名目でみかじめ料を巻き上げたり、教育指導という建前でパワハラしたりする白々しいチンピラ仕草の亜種に違いない。自分たちもやるからよくわかる。
というかそもそも、ダンジョン内では証拠も死体も残らないし、なにより自分たちは記録を残さずダンジョン内に侵入してきた身。ここで殺されてもただの行方不明。仮に対探課の到着が間に合っても奴らは山田カリンのシンパ。もっと言えば報復で殺されても文句を言えない襲撃を先にしかけたのはこちらなわけで……王虎の末路を見るに降参も命乞いも間違いなく無意味だった。
ゆえにカリンが一歩こちらに近づいてきた途端、
「「「う、うわあああああああああああああああああああああああ!?」」」
もはや恐怖の限界とばかりに、ブラックタイガーの面々は蜘蛛の子を散らすように全員バラバラの方角へ逃げ出していた。
「死にたくない死にたくない!」
「なんで深淵帰りにあんな動きができんだよ!? や、やってられるかあああああ!」
「やっぱり最初から海外に逃げときゃよかったんだああああああ!」
「お、お前ら待て! 危機感知の直感はまだ疼いていないんだ! 絶望的な状況だが応戦すれば勝機はあるということで――くそっ! くそっ! なにがどうなっているんだ一体!?」
黒井が慌てて呼びかけるも無駄。
最高戦力の王虎が一方的に潰された時点で恐慌状態に陥っていた幹部たちは誰も言うことを聞かず、黒井もまた歯ぎしりしながら逃走を開始した。
「あ!? ダメですわよ皆様! 幻覚錯乱状態のまま下層でバラバラになったら危ないですの! って、幻覚状態の方々にそんな呼びかけ無意味ですわね!?」
カリンが慌てて叫ぶ。
「まさか襲いかかってくるだけでなく錯乱して逃げ出すなんて……!? けど安心なさってくださいまし! 絶対に1人残らず助けてさしあげますので! ー―〈魔龍鎧装・嵐式〉!」
言ってカリンはアイテムボックスから取り出した魔法の鎧を装備。
逃げ出したブラックタイガー幹部たちの気配を鍛え上げた感知スキルで完全把握。
アイテムボックスから取り出した縄で自分の身体と繋げた王虎を風の力で浮かせて運びながら、ブラックタイガー幹部たちを全速力で追いかけ始めた。
――――――――――――――――――
そういえば前回、カリンお嬢様のドレスや髪の毛が普通に戻る描写してませんでしたわ! ご指摘ありがとうございますですの! 誤字とかもこっそり直してますわ!
(あと魔法装備封じのアイテムは上位モデルでも使用時にそこにあった装備に対してしか効果を発揮しない使い捨てなので、ダンジョン崩壊時に体内から取り出した装備が普通に使えたように、機能回復させたアイテムボックスから新たに取り出した装備は機能停止の対象外ですの。終わりですわね)
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