第85話 ジェノサイドお嬢様!



 奥多摩渓谷ダンジョン下層は阿鼻叫喚のちまたと化していた。


「誰かあああああ! 誰か助けてく――」


「ええ! いま助けて差し上げますわ!」


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 国内最強級クラン・ブラックタイガー幹部の悲鳴、そしてそんな彼らに問答無用で放たれる殺人拳の衝撃が断続的に鳴り響き、骨の砕ける音が反響しまくっていたのである。


 薄闇の奥から聞こえてくるのは、レベル2000超えも複数いるブラックタイガー幹部陣の断末魔だけではない。


「さあ、次はそっちに行きますわよー!」

「もう少しで追いつきますの~!」

「皆さんの居場所はわかっているのでご安心くださいませ!」


 まるで要救助者を励ますような、あるいは獲物を精神的に追い詰めるような大声が下層の通路に反響し、四方八方から聞こえてくるのだ。


「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」


 そしてそんなホラー映画さながらの地獄と化した下層にて、息を乱し髪を振り乱しながら全力で走る影があった。


 ブラックタイガー幹部の1人。

 普段の落ち着いた様子をかなぐり捨てた百々目木遠子である。


「どいて……! どいてええええええええええええ!」


 感知適性特化にもかかわらずレベル900を超える彼女は各種魔法装備での底上げもあって高い身体能力を発揮。愛用のナイフでモンスターを切り刻み、時に魔砲兵器をぶっ放しながら凄まじい速度で下層を駆け抜ける。


 すべては「催眠状態を解除する」という名目でこちらを殴り殺しに来ているバケモノから逃げ切るために!


 だが――、


「はぁ……! はぁ……! ウソだ……なにこれ……いや……いやぁ!」


 まったく逃げ切れる気がしない!


 百々目木は一度見た相手の位置を捕捉し続けるユニークスキルによって、カリンの位置や移動速度を正確に把握している。そのおかげでカリンからもっとも距離をとれるルートを選択することができ、いままでどうにか逃げ続けていた。が……その優秀なユニークスキルはカリンの異常なスペックもまた遠子に突きつけていたのだ。


〈魔龍鎧装・嵐式〉を使ったデタラメな移動速度。

 ほかのブラックタイガーメンバーのもとまで一切迷わず突き進む感知の正確性。


 それらの情報を嫌という程はっきり感じとってしまい、もはや遠子の心はほとんど折れていた。

 

 こんなもの逃げ切れるわけがない。

 いっそのことこんな恐怖情報を受信しまくる遠隔感知など切ってしまいたい。


「い、いや……ダメ……いまあの怪物のマーキングを切ったらそれこそどこから襲いかかってくるか……! 捕まるまでの時間が短くなるだけ……!」


 とはいえ相手の位置がわかったところでこのままダンジョンの外まで逃げ切れるとは思えない。一体どうすればいいというのか。


「そ、そうだ……! 対探課……! 対探課に助けを求めれば……!」


 追い詰められた遠子はもうひとつのマーキング先――対探課の主要メンバーがこちらに突き進んでいることを思い出す。


「対探課は山田カリンのシンパ、仮に私たちの死体を見つけても揉み消す可能性がある……! けどさすがに山田カリンがこっちを殺そうとしてる場面を直接目にすれば止めてくれるはず……! いやあいつらの信望っぷりを見るに正直怪しいけど仮にも警察! このまま目撃者0の下層で山田カリンに捕まるより可能性はある!」


 そうだ。


 地上まで逃げ切るのは無理でも、こちらに驀進してくる対探課との合流ならまだ可能性がある。それでも生き残れるかは分の悪い賭けでしかないが、闇雲に逃げ続けるよりは遥かにマシだった。


 そうと決まれば、山田カリンのいる方角を避けつつ対探課と最速で合流できるルートを検討して――。


『あーあー、もしもし聞こえますの?』


「………………………は?」


 と、そのとき。

 百々目木遠子はいよいよ自分の頭が恐怖でおかしくなったのかと思った。


 突如脳内に、山田カリンの声が響き渡ったからだ。


『あ、やっぱなんか繋がりましたわね。前々からたまに見られてる気がしてたんですけど、やっぱり探知系スキルでわたくしの位置を把握してますわね? 変だと思ったんですのよ。皆様のなかでひとつだけ正確にわたくしから遠ざかっていく気配があったので』


「…………!? !?!?!?」


 なに!? なにこれ!? 

 は!? まさかこっちが位置把握のために飛ばしている魔力を介して念波を送ってきているとでも……!?


 あまりにもわけのわからない状況に遠子がその場で腰を抜かすなか、脳内に響く声は止まらない。


『さすがに会話はできないみたいですわね。ですがたとえ幻覚状態でも脳内に直接響くこの声ならちゃんとわたくしの意図は伝わっているはず。というわけでいまあなたの位置をしっかり正確に逆探知しましたので、これ以上距離を取られて見失ってしまう前に優先して助けにいきますわ! なので安心してくださいま――』


「いやあああああああああああああああああああああああああああ!?」


 もはやなにか思考する前に、本能的恐怖に突き動かされた遠子はカリンとのマーキングを切っていた。と同時にカリンの声もぶつりと途切れる。


 まさか本当に、本当にこちらの位置把握スキルを介して脳内に直接語りかけていた!?

 どういう理屈だ!? またなにか頭のおかしい魔法装備でも使ったのか!?


「い、いやそれより……逃げ、逃げないと……!? あのバケモノが私を殺しに……!」


 死の宣告に怯えるように遠子は必死に立ち上がる。が、


「ど、どこに……どっちに逃げれば……!?」


 どう逃げればいいのかわからない。

 カリンとのマーキングを切ってしまったため、もう一度肉眼で見るまで彼女の位置がわからないのだ。普通ならカリンが先ほどまでいた位置の反対にいけばいいだけの話なのだが……ヤツの移動速度を考えれば数秒前までの居場所などなんの参考にもならなかった。


「と、止まってるのが一番ダメ! ここはひとまず対探課がいるほうを目指して――」


「見つけましたわ!」


「」


 心臓が止まるかと思った。

 逆探知と脳内呼びかけの衝撃に一体どれだけ固まってしまっていたのか。

 ダンジョンの薄闇の向こうから、静かな暴風とドレスを纏うお嬢様が現れたのである。


 その姿は〝異様〟の一言。


 ブラックタイガーの幹部陣、レベル2000超えも複数存在する正真正銘の国内最強級メンバーたちが王虎を含めて既に10人以上やられており――全身ズタボロで縄に縛られカリンの周囲に浮いていたのだ。


 それはまるで血塗れの肉葡萄。

 敵兵を串刺しにして相手の戦意を削いだというドラキュラ伯爵のようなカリンの姿に、遠子はその場にへたり込んだ。

 

「あ……あ……」


 じょばー!


 あまりの恐怖にプライドやら尊厳やらが垂れ流しになる。


 だがもうそんなことに構っている場合ではなく、


「ち、ちがっ! やめっ、聞いてくださいカリンお嬢様! 確かに私たちはあなたを襲いましたがそれは全部黒井がっ! 私たちは止めたんです! で、でも黒井が、全部あいつが――」


「ええ、ええ、そうですわね」


 必死に命乞いをする遠子の言葉にカリンは頷いて、


「そういう設定の催眠がかけられてるんですのね? あ、あと粗相したことは誰にも言いませんし、バレないようちゃんと処置しておきますからご安心をですわ!」


 あ、ダメだこのバケモノ話が通じない。


 そんな達観めいた思考を最後に――ドゴオオオオオオオオオオオオオオン! 


 百々目木遠子の意識はそこでぶつりと途切れた。





 そうして1人、また1人とブラックタイガー最高戦力たちが救済さ狩られていくなか、クランマスター黒井もまた汗を流して下層を駆けずり回っていた。


「なんだ!? なんなんだこれは!? 一体どうなってるんだ!?」


 頭を掻きむしり、なにが起きているのかまったく理解できないという顔で黒井が吼える。


「おかしい……なぜこんなことになっている!? 私の直感はまったく疼いていなかった……! こんな壊走など絶対にあり得ん……こんな蹂躙劇になどなるわけがないのに……!」


 混乱の原因は山田カリンの異常な強さはもとより、この最悪の事態をまったく感知できなかった自分のユニークスキルだ。


 一体なぜ、こんな悪夢のような未来を予測できなかったのか。


 部下どもがあそこで逃げ出さなければ山田カリンをあのまま葬れたのでは……とも一瞬考えるが、すぐにその仮説も消える。自分のユニークスキルであれば、あそこで部下たちが逃げだして各個撃破されるという事態さえ事前に予測し警告してくれたはずだからだ。


 予知能力のように具体的な未来が見えるわけではないが、事前に危機を知らせるという一点においてこの能力は破格の性能を示す。


 にもかかわらずこんなことになっている現実が黒井にはまったく理解できなかった。

 

「クソッ! クソッ! だがまだだ! まだ私は終わっていない!」


 最高級装備で身体能力を底上げしている黒井は、下層を突き進みながら自分を鼓舞するように叫ぶ。


「なにか状況が変わったのか、海外脱出を考えても直感が疼かなくなっている! 正直それでも分が悪い賭けとしか思えないが……再起の芽は確実に生まれている! このままこの地獄を脱出して必ず再始動してみせる!」


 これまで積み上げてきたものをほぼ失うのは痛すぎるが、国外にも多少の資産は眠らせてあるのだ。海外などそれこそ強力な探索者の多い魔境ではあるし、得られる地位もいまより低いだろう。だがそれでもこの破格の危険察知スキルさえあればどこでだって再興は可能なのだ!


 そんな黒井の前に現れるのは、無数に枝分かれした交差路だった。

 

 感知に秀でた百々目木とはぐれたいま、山田カリンや対探課を回避する道を選ぶことは不可能に思える。だが、


「私の危機感知はこういうときにも使える。直感の疼かない道を選ぶか、あるいは疼きがもっとも弱い道を選べばいい!」


 そうして黒井はいずれかの道に一歩だけ踏み込み、直感が作用するかどうかを調べはじめた。

 が、


「……は?」


 分かれ道の安全性を調べ追えた黒井は、その場で固まっていた。


「なぜ……なぜどの道を選んでも直感が働かない!? なんの危機も知らせてくれない!?」


 あり得ない事態だった。

 

 仮にすべての選択肢が特級の危険に満ちたルートだったとして、直感の強弱でもっともマシなルートを選べるはずなのに!

 

 どの道も同じくらい危険だというならまだしも、この状況にあってどの道も直感が反応しないというのは意味不明を通り越して恐怖でしかなかった。


「なぜだ!? なぜ!? どうなっている!? 私はこれからどうすればいい!? どの道をいけばいいんだ!?」


 探索者になってからずっと信頼してきた強力なスキルの、連続する機能不全。

 このユニークスキルさえあればどうとでもなるという確信で保っていた余裕がいよいよ崩れ、途方もない不安が突如として襲いかかってきた。


 そして、


「ふ~。ようやく最後の1人ですの! モンスター様に殺される前に全員の救助が間に合ってよかったですわ!」


「は……!?」


 背後から聞こえてきたその声に、黒井はぎょっとして振り返った。

 

「……っ!? な、なぜ貴様がもう追いついているんだ!?」


 そこにいたのは、恐ろしいほどに静かな暴風を纏う頭のおかしい女。

 ズタボロになったブラックタイガー構成員17人の死体(死体じゃない)を「次はお前がこうなる番だ」とばかりに引き連れた山田カリンだった。


「な……あ……!?」


 おかしい……絶対におかしい!

 なぜこの女が近づいているのに直感が疼かなかった!?

 

 それだけではない。


 襲撃を決めたときといい、この女へ攻撃を開始したときといい、直感が疼くタイミングはいくらでもあったというのに! なぜこの女に対してはこんなにも直感の働きが狂う!?


「い、いや待てよ……!? そうか、そういうことか!」


 絶対的な死の恐怖を前に髪の毛さえ抜け始めていた黒井の脳が、パニックを通り越して猛回転。山田カリンの力があまりにも絶大すぎて盲点だったその結論に辿り着く。


「なんだ、簡単な話ではないか! は、ははははははは! 危機感知の直感が働かないということはすなわち、この絶望的な状況も私にとっては危険でもなんでもないということだ!」


 言って、黒井は持てるすべての武装を解放した。


「そうだ! そうだったんだ! 襲撃を決めたときや交差路を選ぼうとした際、そしていまも直感が働かないのは私が貴様に勝てるからだ! つまりこれは部下や資産を失う代わりに、貴様を仕留めた闇の帝王として以前よりもさらに強固な地位を築くルートだったというわけだ! は、ははっ、そうだ冷静に考えれば深淵配信帰りに幹部全員を追いかけて潰すなど消耗は相当のはずなのだからこれはチャンスでしかない!」

 

 勝利への確信。

 一発逆転のルートを見いだした黒井は全力で魔力を練り上げる。


「つくづくこの危機感知は無類のユニークだ。一見して破滅しか見えない、常人なら必ず避けるルートの先にある正解を確信できるのだから! クランマスターとして実戦から少し遠のいたとはいえレベル2000! いくら怪物が相手とはいえ、消耗しきったところにかき集めた武装を駆使すれば勝利は可能というわけだ!」


 武器に込めるのは一撃必殺の魔力。

 全身全霊をもって、黒井は捨て身の突撃を敢行した。


「相手が悪かったな山田カリン! ここが貴様の墓場――」


「はいはいそういう幻覚ですのね」

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


「があああああああああああああああああああああ!?」


 次の瞬間、顔面に拳を食らった黒井は凄まじい勢いでダンジョン壁に叩きつけられていた。ほとんど顔面陥没レベルの大怪我に意識を保つことさえギリギリ。戦闘継続などできるわけがない大ダメージである。


「が、あ……!? な、んで……なぜ……!?」


 私はこの戦いに勝てるはずでは!? と本気で困惑する黒井が地獄のような激痛に悶えていれば、頭上から消耗などまるで感じさせない声が降ってくる。


「まったく。ヒュプノシスバット様ももっと現実的な幻覚を見せればいいでしょうに。日本最強級クランのトップがこんなに弱いわけないじゃありませんの……って、え!? わ、わたくしとしたことが最後の1人だと安心してミスりましたわ!? この方、ダメージ軽減の魔法装備を着込んでらしたんですのね!? 上手いこと催眠解除できないぶん一撃で気絶させようと思ってましたのに……申し訳ありませんわ! !」


「あ……あ……や、やめ……!」


 明らかにトドメを刺しに来ているカリンの言葉に、黒井の口からプライドもなにもかも崩壊した声が漏れる。しかしここにきてカリンが攻撃をやめるわけもなく、


「なぜ……絶対の危機感知があってなぜこんなことにいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 ドッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 わけのわからない存在に蹂躙される恐怖、築き上げてきたものがすべて崩壊した現実、頼みの綱だったユニークスキルがまったく通用しない混乱――それらすべてが同時に押し寄せるかつてない絶望に心が折れると同時、黒井の体内に尋常ではない衝撃が炸裂。


 中途半端に優秀な魔法装備で長引いた苦しみとともに、黒井の意識は闇に沈むのだった。




 ――のちにブラックタイガーの取り調べを担当した感知特化の刑事、福佐洋一はこう語った。


『ああなるほど……そんなにも強力な危機感知のユニークスキルがあったから、これまでずっと逮捕やイレギュラーモンスター遭遇なんかの危機を全回避して急速に組織を拡大できてたのか。それで今回もカリンお嬢様を倒せるはずだと確信してこの暴挙に及んだと』


『けどね、その手の優秀な感知系スキルにも弱点があるんだ。僕がカリンお嬢様のレベルを計れなかったように、って弱点が』


『これは仮説だけど、黒井のユニークスキルは人員増加した対探課による逮捕やクラン縮小解体みたく「カリンお嬢様が活動を続けることによって生じる間接的な危機」は感知できても、カリンお嬢様に直接ボッコボコにされる未来までは感知しきれず最悪の選択肢に突っ込んでいっちゃったんじゃないかな。あるいは単にカリンお嬢様が規格外すぎてスキルの働きがバグったか』


『強力なユニークスキルってのも考えものだよ。優秀すぎると弱点や仕様限界の発見が遅れるうえに、積み重ねた成功体験から抜け出せずに思考停止で必勝パターンを繰り返しちゃって、気づいたときには致命的な失敗を犯してたりするんだから』


 そうしてこの日。

 国内最強級クラン、ブラックタイガーは主要メンバーの壊滅と逮捕をもって、事実上の解体となるのだった。



      〇


「ふぅ。なんとか全員無事に助けることができましたわね!」


 黒井を完全に気絶させたあと。

 カリンは一仕事終えたとばかりに大きく息を吐いていた。


「さて。それじゃああとは皆様を地上の病院へ運ぶだけですが……いくら治癒力も上がっている探索者といえど骨が変な方向にくっついたりしてはいけませんし、ちょっと縄を結び直しておいたほうがいいですわね」


 カリンはブラックタイガーの面子を一度地面にそっと降ろして縄を解く。

 と、そのときだった。


「っ!? わ、な、なんですのこの着信!?」


 通信抑制装置を持っていたのが恐らく黒井だったのだろう。

 カリンの拳の衝撃でそれが壊れたのか、周囲一帯の通信機器が回復。

 腕に装備していたカリンのスマホが連続で震えまくる。


 画面中央に表示されるのは通信が途切れてからカリンにかかってきた電話の履歴だ。


 神代穂乃花:不在着信20件

 佐々木真冬:不在着信15件

 光姫:不在着信126件


 さらには電波が回復したことで、止まっていた配信画面のコメントも流れはじめる。



〝おいおいまだ繋がらねえの!?〟

〝ヤバいってマジで! 絶対なんかあっただろ!〟

〝対探課が突入したって言ってるからとりあえず落ち着いて待とうぜ!〟

〝深淵まで突撃したカリンお嬢様だぞ! 下層で事故なんかあるわけねえよ!〟

〝配信機材のトラブルだってきっと!〟

〝けど今回の配信ってブラックタイガーの妨害も想定してそのあたりばっちり対策してるだろうし……それこそダンジョン内で直接なんかされないと通信なんて途切れないんじゃあ……〟

〝おいおいカリンお嬢様も心配だけど「絶対にあのゴミどもの仕業です……!」って刀持って飛び出していった光姫様もなにやらかすかわかんなくてヤバいぞ!〟

〝カリンお嬢様大丈夫なの!?〟

〝お嬢様無事でいてくれええええええええええええ!〟



「あ、あわわ……!」


 自分を心配する声のあまりの多さにカリンはガクガクと震える。


(そ、そういやダンジョン配信中にいきなり映像が途切れるなんて事態、皆様を心配させないわけがありませんでしたわ! と、とりあえず無事だけでも先に知らせて安心していただかないとお優雅ではありませんの!)


 カリンは慌てて浮遊カメラを再接続。

 ふわりと宙に浮かべて配信を再開する。


「皆様ご心配おかけしましたの! わたくしはこの通り全然無事ですわー!」



〝!〟

〝!!〟

〝お嬢様あああああああああああああ!〟

〝よ、よかったあああああああああああああ!〟

〝ほら言ったろお嬢様が下層でどうにかなるわけないってよ!〟

〝↑こいつ過去コメでめっちゃ悲観してておハーブ〟

〝うわあああああああ! よかったですわあああああ!〟

〝せっかく疑惑ぶっ飛ばしたのに死んだとか洒落にならんからマジよかったですのおおお!〟

〝おい誰か早く光姫様に知らせてあの暴走和製お嬢様止めろですわ!〟

 @光姫:お嬢様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

〝必要ないみたいですわね!〟



 元気満々な姿を見せたカリンにコメント欄が大爆発。

 その様子にカリンはほっと息を吐くのだが……直後。



〝ん? え、ちょ、あの、え、なにあれ……?〟

〝は?〟

〝ちょ〟

〝お、おいおい……〟

〝え、なんか人が死んでません?〟

〝カリンお嬢様その後ろの死屍累々はなんなんですの!?〟

〝ひぇ……!?〟



「え」


 突如としてコメント欄の雰囲気が様変わりした。


 え? なんですの? とカリンが配信画面を改めてよく見れば、カリンの背後にばっちり映っていたのは血塗れで転がるブラックタイガーの面々。それはなんの説明もなければただの虐殺現場にしか見えない有様で――、



〝あ、あのこれ……もしや現行犯ってやつでは……〟

〝え、ちょっ、待ってこれ顔面ひしゃげてるヤツ多いから確証はないけどもしかしてブラックタイガーの主要メンバー!?〟

〝は!? なにこれ!?〟

〝(ヤバくない……?)〟

〝おいこれまさか虎の主力メンバー全員ぶっ殺されてんのか!?〟

〝全員顔面に拳のめり込んだ痕……そして真っ赤に染まったお嬢様の拳……〟

〝も、もしかしてこれヤケになって闇討ちでも仕掛けたブラックタイガーをお嬢様が返り討ちで皆殺しとかそういう……?〟

〝配信切り忘れどころからかし直後に自分からうっかり放送再開してしまうとはたまげたなぁ(震え声)〟

〝ま、まあブラックタイガーなら(うっかり殺しちゃっても)ええやろ……〟

〝と、とりあえずカリンお嬢様改めジェノサイダー山田被告にはしっかり「お務め」を果たしてもろて……〟


¥50000 @御剣弁護士

え、ええと……ぱっと見で判断するにカリンお嬢様の深淵第1層攻略で破れかぶれになったブラックタイガーの襲撃を返り討ちにしたと思われる状況。さらにカリンお嬢様は探索者といえど未成年。普通殺人に執行猶予はつきませんが……過剰防衛になる可能性を考慮してもこの数にダンジョン内で囲まれたとなれば減刑や執行猶予を勝ち取ることは十分可能と思われるので、もしよろしければわたくしが弁護しますし、場合によってはのちに振り込まれるスパチャ代などを使ってより優秀な弁護団を結成するという手も……



「ち、違いますのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! わたくし誰1人殺してなんて……い、いや徹底的にボコったのは確かですが……こ、これには事情がありますのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 これまでの偉業がすべて自作自演だった、なんて言いがかりとは比べものにならないほどヤバい疑惑が持ち上がっていることに気づいたカリンは顔を真っ青にして大絶叫。


 幸い、浮遊カメラは飛行機能を失っていた間も純粋な機械機構である録画機能が生きており、のちにブラックタイガー全員の安否と彼らとの交戦映像を公開。カリンは過剰防衛どころか最低限の迎撃で闇討ちを見事返り討ちにしていたとして無実を証明できたのだが……映像のインパクトがあまりにも強すぎたのだろう。


 深淵進出に加えて国内最強級クランをバチボコに打ちのめしたバケモノとして、カリンはまた新たに「ジェノサイドお嬢様」というお優雅ではない異名を獲得してしまうのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

パニックすぎて配信者でもないのにめちゃくちゃ饒舌になってしまった†闇の帝王†さん


といったところで、思いのほか長くなってしまった深層編(深層だけじゃない)も終了です。次回は公開された映像の実況掲示板回、そのまた次回は通常の掲示板回。その次から本編再開の予定ですの。


というわけでもし面白いと思っていただけたらより多くの人に読んでもらえるよう、下の☆や右上メニューからのフォローしていただけますと大変嬉しいですわ! ランキングの浮上で新規読者お嬢様の数が全然変わってきますので!

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