第83話 人命救助


「バカを言うな黒井! 山田カリンあのバケモノを直接潰すなど……いくらなんでも無理に決まっているだろう!?」


 深淵第1層ボスを無傷で討伐し帰還中の山田カリンを、ダンジョン内で直接潰す。


 あまりにも無謀なことを言い出したクランマスター黒井に、ブラックタイガー最高戦力であるレベル2900探索者鬼久保王虎は慌てて叫んでいた。


「ヤツは俺たちが挑戦することすら躊躇していた深層第4層ボスだけでなく、俺の完全上位互換能力を持つ深淵ボスまで無傷で倒している! 勝ち目などあるものか!」


「そうですよ黒井さん! いくら警察や世論が山田カリンの活躍に調子づいて俺たちを全力で潰しにきそうだからってさすがにそれは……!? そ、そうだ! そんなことするくらいなら資産を持って海外にでも逃げればいい! 山田カリンを危険視して俺たちに協力してくれてる裏の有力者はたくさんいるんでしょ!? 仮に国が本気で包囲網を敷いても俺たちなら余裕で逃げ切れ――」


「バカが! その『協力者』どもはもうとっくに私たちを売る準備を進めているだろうよ!」


「……っ!?」


 王虎に続いて情けない声をあげたクラン幹部に、そんな逃げ道はとっくに検討済みだと黒井が叫ぶ。


「確かに協力者どもは山田カリンの武力や影響力を警戒し潰したがっていた。だがもうとっくにそんな段階は過ぎたんだよ! あのバケモノが見せた埒外の強さはそれほどのものだ!」


 黒井は直接対峙したことはなくその存在すら都市伝説の類いだと半ば疑っていたが……アレこそまさに荒魂。人智を超えた国家転覆級の探索者だ。各国がその存在を秘匿し裏でご機嫌取りをしているとも言われる規格外。


 アレに敵視されるリスクを抱えてまでブラックタイガーを擁護する者などいるはずがなかった。いま協力を申し出る者がいるとすれば、それはこちらを罠に嵌めて対探課に引き渡そうとするようなヤツだけだろう。


 元々は山田カリンが止まらない疑惑追及に癇癪を起こして国をあげた討伐対象にでもなってくれれば最高だと考えていたが……いまやこちらが総力をもって潰されるような立場なのである。


〈事前危機察知〉などなくとも破滅の未来がわかりきっている状況。

 座して待てばなにもかも失うことが確定しているのだ。


「だからもう、私たちがここから破滅を回避するにはあの怪物を潰すしかないんだ! そして国さえ傾けかねんあの怪物を潰すにはいまこの瞬間しかないんだよ!」


 ドン! 腰の引けた幹部たちを叱咤するように黒井が机をたたき割る。


「普通ならどう考えても勝ち目はない。だがそれは通常時の話。いまあのバケモノは深淵ボスまで撃破した直後、それも2000万人以上を前にした配信中だ! 山田カリンに弱点があるとすればそれは頭とメンタル! 帰還中のいまはこれ以上なく消耗しているはずだ! 加えて都合の良いことにヤツがいまいるのは奥多摩渓谷ダンジョン。我々に圧倒的に地の利があり、さらには入り口を警備している対探課どもを出し抜いて内部に侵入する秘密の抜け道まである! こんなチャンスは二度とない! それを裏付けるように――山田カリンの暗殺を決断してから、先ほどまで警報を鳴らしていた私の〈事前危機感知ユニークスキル〉が再び危険を知らせなくなった!」


「「「え……」」」


 断言する黒井に、ブラックタイガー幹部陣が息を呑む。


「襲撃に際しては念のため私も直接ダンジョンに赴く! そうすればより高精度で危険を察知でき、もしこちらがやられる未来なら仕掛ける前に必ず直感が働く! そしてそうでない場合は勝てるということだ! 最悪の場合でも逃走は可能で絶対に負けはない! そうだろう!?」


「「「……っ!」」」


 確かにそうだ。

 

 黒井が有する反則的なユニークスキル〈事前危機察知〉はこれまで外れたことがない。


 ダンジョン攻略を止められたその日にとんでもないイレギュラーが発生したり、ちょっとした悪事を止められた後日、それがとある実力者の逆鱗に触れる行為だったと判明したり……黒井の直感に助けられた例は枚挙にいとまが無い。


 逆に黒井が危険を察知しなかった場合、クランの主力メンバーが格上モンスターとダンジョンで交戦する羽目になっても打ち勝つことができた。ブラックタイガーは黒井の直感で危機を回避すると同時、「絶対に安全が保障された修羅場」を幾度となく乗り越えて力をつけてきたのだ。

 

 その直感はもはやちょっとした未来予知の領域に達しており、ブラックタイガーの幹部全員が黒井の能力を心の底から信頼していたのである。


 ……何十年にも及ぶ付き合いとその正確無比な危険予知能力の強力さゆえに、ほとんど反射で盲従してしまうほどに。


「そうか……にわかには信じがたいが、しかしそれでも、お前のユニークスキルがそう示すのなら確かに勝ち目はあるのかもな」


 このまま座して待てばブラックタイガーが壊滅するというのは察知能力がない鬼久保たちでもわかる。そしてそんな状況で黒井が「なにもしなければ破滅」「山田カリン襲撃に危機感知は働いてない」というのなら……。


 それまでの絶望を払拭するように活力を取り戻した王虎が黒井に賛同を示せば、あとは早かった。


 かき集められるのは、都内拠点へのガサ入れに備えてこの奥多摩拠点に移していたブラックタイガーの重要資産――影狼が使ったものより優れた魔法装備封じのマジックアイテムにひとつで数億はくだらない無数の武具など、山田カリン対策に使える装備やアイテムの数々。


 拠点を包囲しているだろう警察関係者を騙すためにデコイを用意したのちに突き進むのは、奥多摩拠点から奥多摩渓谷ダンジョンへと続く秘密の地下通路。


 普段は上層中層のスキップや記録に残らないモンスター素材の持ち出しに悪用している隠し通路の最奥は、ダンジョン下層最深部に続くダンジョン壁が剥き出しになっており、ブラックタイガーの面々は作戦を確認するように一度立ち止まる。


「地上では感知特化の福佐刑事が周辺警戒にあたっているだろう。いくら地下からの侵入という盲点をつきデコイなどの偽装工作を行ったところで、我々のダンジョン不正侵入に勘づかれるのは時間の問題。直感が疼かない限り問題ないとは思うが……怪物退治は迅速にいこう」


「ああ」


「山田カリンの位置と対探課の動きの把握はお任せを」


 そうして黒井と王虎がうなずき合い、百々目木遠子が遠隔位置把握のユニークスキルを発動させると同時、ゾルッ!


 頑丈極まりないはずのダンジョン壁を音もなくくり抜いた王虎を先頭に、彼らは奥多摩渓谷ダンジョン下層へ直接侵入。


 王虎と黒井を筆頭にレベル2000代を複数有する日本最強級クランの主力18人は採算度外視の最上級魔法装備で身を固め、モンスターを超えたモンスター山田カリンを仕留めるべく緊張の面持ちでダンジョンの薄暗い通路を突き進むのだった。

 

 ……これまでのあまりに無茶苦茶な出来事にすっかり混乱し、山田カリンに対する「直感」の働きが妙に不安定なことに思い至らないまま。



      〇



「いやー、やっぱりダンジョンは帰り道も油断できませんわねぇ。いくら深層が近いとはいえ、下層最深部にヒュプノシスバットの強化種が出るなんて」


 深淵からの帰り道。

 ヒトガタからドロップした素材の加工も(ざっくりではあるが)終わらせたカリンは配信を続けつつ下層まで戻ってきていた。


 帰路はあまり見所もないだろうと思っていたのだが、予想外の取れ高に遭遇して上機嫌である。



〝ヒュプノシスバットの強化種まで怪音波で速攻討伐してておハーブ〟

〝なんでヒュプノシスバットじゃなくてお嬢様が怪音波発してるんですかね……〟

〝催眠魔法使う深層モンスターの強化種とか普通は即死なんだよなぁ〟

〝相性もあるとはいえ深層強化種を声だけで潰してるの怖すぎません?〟

〝まあいまさら深層イレギュラーごときで日本の守護神お嬢様がどうこうなるはずもなく……〟

〝群れるモンスターは強化種も複数同時に出ることあるからまだ要注意ですわよ!〟

〝奥多摩ダンジョン潜ってみようかと思ってましたがちょっと要様子見ですわねぇ〟


 @ダンジョン庁:あ……あ……アイテムボックスの素材が……〈神匠〉でもう他者が使えないレベルまで加工されて……あ、あ、あ


〝長官まだおって草〟

〝ピトーに脳みそいじられてるポックルかな?〟

〝成仏してクレメンス〟



 帰り道にもかかわらず同接は維持どころかまだ増えているような有様で、コメントも引き続きかなりの速さで流れ続けていた。人外の動体視力でカリンはそれらをすべてしっかり読み込んでいるのだが、疑惑がしっかり払拭されたおかげか誹謗中傷の類いは一切ない。


(うんうん。以前のような雰囲気が戻ってきましたわね。まあなんだかちょっとわたくしを畏怖? するようなコメントも多い気がしますけど、ネットの悪ノリというやつでしょうし……これで明日からまた皆様を楽しませる配信をやっていけるはずですの!)


 まあさすがに同接2000万オーバーだのニュース速報だので消耗している自覚はあるし、真冬に休息を挟むよう注意されることにはなるだろうが。


(なんにせよ、次の配信がいまから楽しみですわね)


 ちょっと気が早いかもしれないが、戻ってきた平穏にカリンはほんわかと微笑む。

 

「……ん? 穂乃花様ですの?」


 と、カリンが下層の大広間にさしかかったそのとき。

 コメントの流れるスマホが着信を知らせた。

 対探課のメンバーとして奥多摩ダンジョン入り口の警備に参加しているはずの穂乃花である。


「もしもしですわー? 穂乃花様? そちらから電話してくるなんて一体――」


『カリンお嬢様! いますぐそこを脱出してください!』


 電話口から響いてきたのはカリンの言葉を遮るほどに鬼気迫った穂乃花の叫び声だった。

 

『正規ルートは使わず壁を切り裂いて真っ直ぐ! 福佐さんが怪しい動きを察知して私たちもすぐ突入するので――ブツッ』


「え? 穂乃花様!? あ、あれ? 電話が切れましたの……?」


 普段の穂乃花ではあり得ない剣幕。

 そしていきなり切れた通話にカリンは目を丸くする。

 一体なにが。まさか地上で警備をしている対探課のメンバーになにか? と疑うが、それは違った。


「あ、あれ? 電話どころか配信までおかしく……ど、どうなってますの!?」


 見ればスマホに映るカリンの配信画面が真っ暗になっていた。

 浮遊カメラになにか不具合でも起きたのかと思ったが、止まっているのは配信だけではない。


 あれだけ勢いよく流れていたコメント欄も完全停止しており、画面を更新すれば表示されるのは「インターネットに接続してください」の文字。


 つまり異変が起きているのは地上ではなくこちら。

 スマホの電波が繋がっていないのだ。


「え、こ、故障ですの!?」


 突然の出来事にカリンはアイテムボックスから予備の配信機材(光姫贈呈)を取り出そうとする。が――


「アイテムボックスまで……あ、浮遊カメラも!?」


 アイテムボックスが開かない。

 さらには浮遊カメラまで飛行機能を失い、球体のボディがカリンの手の平で転がっていた。まるで魔法機能を完全に封じられたかのように。


(この感じは――!?)


 とカリンがつい最近遭遇したその感覚に――いや浮遊カメラまで飛行機能を失っているぶんより強力な魔法装備封じの気配に目を丸くしていたそのとき。


 ドッッッッッゴオオオオオオオオオオオン!


「っ!」


 録画機能だけはまだ生きている浮遊カメラをドレスに装着したカリンめがけ、とんでもない魔力の塊が殺到した。


 広間に繋がる複数の通路からとんでもない数の大砲撃が見舞われたのだ。

 火炎、電撃、さらにはホーミング機能を持つレーザーのような魔法が広間全域を埋め尽くす勢いでカリン目がけ殺到する。


「っ!?」


 広間のなかに残されたほんのわずか残された安全地帯を完全に見抜いたカリンは攻撃を完璧に回避する。しかしそのとき、


「はああああああああああああっ!」

「えっ!?」


 火炎と電撃の海のなかから、全身を重厚な鎧で包んだ1人の男が飛び出してきた。

 なぜかまったく魔法のダメージを受けず炎雷のなかに身を隠してカリンに接近した男は、完全なる不意打ちで身の丈ほどもある黒の大剣を振り下ろす。


 その攻撃さえカリンは完全に回避するのだが――ゾルッ!


「っ」


 次の瞬間、カリンの身体が黒大剣の軌跡に吸い寄せられた。

 まるで荒削りされた空間が元に戻ろうとする力に引き寄せられるような、極めて強力な吸引力。そしてその引力はカリンだけでなく、周囲で荒れ狂う魔法や男が振るう黒大剣での連激にも作用していて――。


「うおらあああああああああああ!」

「っ!」


 遥かに速度を増した黒大剣の連激や引き寄せられる魔法砲撃。

 明らかに避けようのない凶悪なコンボを、困惑しきった表情のカリンはしかし強引に回避する。それはいままでの洗練された完全回避とは違う、見るからにギリギリの回避行動で――。


 攻撃を躱された男、鬼久保王虎は反撃もなにもなく回避に徹するしかなかったらしいカリンに口角をつり上げた。


「へ、へへっ。これを初見で避けるたぁやっぱりバケモンだな。だが明らかにギリギリでろくな反撃もないあたり、やっぱり配信しながらの深淵攻略でお疲れか? くく、さすがは黒井あいつの直感。最上級マジックアイテムの効力で反則装備も封じたし、これは本当にいけるかもしれん」


「な、なんなんですのあなた方!?」


「はっ、答えるわけねぇだろ!」


 戸惑いの声をあげるカリンに王虎は当然の返答。


「お前は好き勝手やりすぎた。その報いにいまここで死ぬってだけの話だ!」


 そして再び荒れ狂う炎雷のなかに隠れ、そこから一方的に空間削りの斬撃を叩き込みまくる。


「いける! いけるぞ! いくら強くとも人間の悪意には疎い子供だ! 混乱しているうちに一気に畳みかけろ!」


 血走った目でそう叫ぶのは、後方で指揮を執る黒井だ。

 他の幹部たちと同様に最高級装備で顔まで隠し、これまた他の幹部たちと同様、手に持ったを乱発。通路から広間に踏み込み、回避に徹するしかないカリンの包囲を狭めていく。


 黒井がとった作戦は、幹部たちのユニークスキルやブラックタイガー保有の最高級魔法装備の数々をフル投入する極めてシンプルなものだった。


 まず劇場などでも使用されることのある通信抑制装置を起動し、闇討ちが地上へ発信されないよう細工。次に対象の魔法装備効果を無効化するマジックアイテム、その最上位モデルを複数使用し山田カリンが所持するアイテムボックスの機能を完全停止。隠し持つ反則魔法装備の数々を完全に封殺した。


 そうして舞台を整えたあとに投入されたのはドラゴンカノンの砲撃能力をベースに作られた数多の魔砲兵器だ。ダンジョン内に満ちる魔力を吸うことで使い手の魔力を何倍にも増幅し、広範囲高威力の魔法を放つ魔剣。使用回数に制限はあるもののその威力は無類であり、せっせと蓄えたその必殺武器を黒井は幹部全員に配布。カリンを包囲殲滅するために使い切る勢いで解き放っていた。


 本来なら威力と範囲が優秀すぎて同士討ちの可能性もあるため包囲殲滅には向かない魔砲兵器。だがブラックタイガー幹部の1人が持つユニークスキル〈乱戦の申し子アンチフレンドリーファイア〉がその性能を凶悪なまでに高めていた。


 あらかじめマーキングした味方同士の攻撃がノーダメージになるという規格外の力。これによってブラックタイガーは魔砲兵器を好き放題に撃ちまくりカリンの逃げ道を封じていたのである。


 そして味方の放った砲撃が効かないというのなら、本来は触れるだけで大ダメージを受ける炎雷のなかをブラックタイガーのメンバーだけは自由に動き回れるということ。砲撃によって動きが大きく制限されるカリンとは反対に好き勝手に暴れ回ることが可能ということで。


「オラアアアアアアアアッ!」


 カリンが手を出せない炎雷のなかから、王虎はその強力な斬撃を一方的に浴びせかけていた。

 本来なら、装備ありきとはいえ深淵ボスまで無傷で討伐してしまうような相手、仮に攻撃が当たったところでレベル2900では倒すまで何百発当てればいいのかわからない。だが、


(俺のユニークスキルは〈亜空削断ディメンジョンイーター〉! 手足、あるいは武器で空間を削り取れる代物だ! あの深淵ボスの下位互換、差別化できる点といえば切り口が比較的荒いせいで俺自身を除く周りのものすべてが引き寄せられるくらいだが……それでも空間ごと削り取る攻撃は防御が意味をなさねぇ必殺の一撃になる!)


 王虎が有するユニークスキルは空間の断裂。

 これによって一切の衝撃なくダンジョン壁を削り取り、記録を残さずダンジョンに出入りすることが可能となっていたのだ。1人であれば削り取った空間から極短い間だけ亜空間に入り、地面を掘り進むことなくすり抜けてダンジョンに入ることも可能という破格の力。


 この希少ユニークによって王虎は格上モンスターをも打倒し続け、(公式において)国内最強探索者の一角に数えられるほどの強さへと辿り着いたのだ。


 決して伊達ではないその力を全力でカリンへとぶつける王虎へ、黒井は「いいぞ……!」と拳を握る。


(いまのお前は炎雷の海の中から一方的に攻撃することで山田カリンの反撃を防いでいる! さらに万が一反撃されたところで、その全身に纏うのはインセクトウォーリアーインパクトの甲殻から作り上げた衝撃完全吸収の鎧! 何発ももらえば別だが、反則装備を使えない山田カリンではすぐに仕留めることは不可能! 積極的に攻めて翻弄しろ!)


 山田カリンの弱点はそのメンタル!

 同接2000万を超える配信で疲弊したところに人間の悪意をぶつければ必ず崩れる!

 その証拠に、砲撃の隙間から時折覗く山田カリンの表情はひたすら困惑に満ちていて余裕がない。

 

「とにかく畳みかけろ! 王虎の一撃さえ当たればこちらの勝ちなんだ! 相手は怪物! 一切の容赦なく徹底的に追い込め! ヤツはいまこちらの殺意にあてられている! 一気に突き崩せ! アイテムボックスと違って体内から武器を出すには手間がかかる! そんな猶予がないほどに畳みかけろ!」


「山田カリンの座標、西に偏りあり! 逃がさないよう弾幕の厚みをそちらに! 対探課は現在中層に到達! 王虎さんのユニークで正規ルートはあらかじめ潰していることを考えると到着までまだかかるはず! 焦らず慎重に、しかし手を緩めず砲撃を!」


「追尾魔法スキル――〈豪弾奇弾〉!」


「追尾付与スキル――〈ホーミングバレット〉!」


 感知に秀でた百々目木遠子の指揮補佐と、追尾魔法を持つ幹部たちの補助砲撃。


 完全にボス戦と同じかそれ以上の連携が途切れることなく叩き込まれ、黒井の言う通りカリンの顔にはかつてないほどの困惑が浮かんでいた。


(……! この方たち、本当になんなんですの……!?)

 

 ろくな対話もなく、殺意しかない攻撃を一方的に叩き込んでくる18人にひたすら混乱する。モンスターとの修羅場はいくつも超えてきたが、人からこんな強烈な殺意を向けられるのははじめてで。


(わたくしをここで潰す……!? それにこの攻撃、本当にわたくしを倒すつもりの……!? ここでわたくしに死んでもらうって、本気なんですの!? そんな……そんなこと――)


 と、カリンは自分を包囲する18人を改めて見回して、



(そんなこと仰ってるくせに弱すぎる……!! あまりにも……!!)



 これまでと同様、ひたすら困惑を深めていた。

 自分を倒しにきたという言動と実力があまりにも釣り合っていなかったからだ。


(え? え? 本当にどういうことですの!? この状況で何かしてくるならブラックタイガーの方々しかないですわよね!? けど国内最強級のクランがわたくしを倒しに来てるという割にはやってることがあまりにもショボすぎましてよ!?)


 いや確かに広間を埋め尽くす魔法砲撃は面倒だし、なぜか砲撃に当たってもダメージを負うことなく突っ込んでくる鎧の男の空間断絶攻撃は要注意。実際、最初の一撃での引き寄せはちょっとびっくりした。


 だが国内最強級クランが本気でこちらを潰しにかかってくるというのなら、たとえばそう、ダンジョン丸ごと消滅ビームをぶっ放したり、深淵を超える奈落のボスモンスターをテイムしてけしかけてくるくらいはやってくるはずなのだ! ダンジョンアライブで見た!


(けどこの方たちにはどう考えてもそんな強さはありませんし、装備もお粗末。それこそ浮遊カメラをどうこうして配信を中断させるとかそういう工作が精々なはず……でもそれなら仕掛けてくるタイミングが遅すぎますし……)


 考えれば考えるほど目の前の襲撃者がなにをしたいのかわからない。

 困惑は深まるばかりで、その表情を見た黒井がさらに「ヤツは焦ってる! いけるぞ!」と快哉をあげる勘違いループが続いていた。


(ど、どうしましょう……倒そうと思えばいつでも倒せますけど、こんなお粗末な強さで襲いかかかってくるなんて、それこそ本物ブラックタイガー様に脅されて嫌がらせしにきたお可哀想な鉄砲玉という可能性だってありますし……え、これ本当にどうしたらいいんですの!?)


 一体どういうことなのかわからなければ殴るに殴れない……そんな迷いで動きが鈍り、少々回避も危うい場面が出てきた――そんなときだった。


「―――――――――ッ」


 攻撃回避のために出力を高めていたカリンの感知スキルが、その気配を捉えたのは。


 広間から通じる通路の向こう。

 そこにいたのは、視聴者が予想していた2体目のヒュプノシスバット強化種だ。


 深層ボスをも容易く吹き飛ばしかねない膨大な魔法砲撃を警戒したのか、あるいは先ほど同胞を一方的に討伐したカリン怪物に恐れをなしたのか。


 ヒュプノシスバット強化種はそのままそっと広間から遠ざかっていくのだが――、


「あ!」


 なるほど、そういうことでしたの!


 感知に引っかかったその存在が、困惑し続けていたカリンにその答えをもたらした。


 簡単なことだったのだ。

 襲いかかってきた18人の真の目的は不明なままだが、とにもかくにもこんなお粗末な強さで襲いかかってきた理由はいまハッキリとわかった。


(この方たち、なんらかの工作の最中にヒュプノシスバット強化種の催眠魔法を食らってしまわれたんですのね!?)


 カリンは確信する。


 まあ幻覚錯乱状態にしては襲撃犯の受け答えや連携が少ししっかりしすぎている気もするが……相手は強化種。複雑な催眠も可能なのだろう。というか襲撃犯たちがあまりにも弱すぎて、そうとでも考えなければ襲いかかってきた理由に説明がつかなかった。


 先ほどから弱い弱いと連呼しているが、それはあくまでカリンを潰そうとしていると考えた場合の相対的評価。感知で解析する限り彼らにも相応の実力があり、彼我の実力差を計れない人たちとは思えなかったのだ。普通なら絶対にこんな力量差で戦いを挑んだりはしない。


 というわけで襲撃犯たちが幻覚錯乱状態にあることはほぼ確定。

 そうとわかれば、凶悪な状態異常から彼らを救うためにやるべき処置はひとつだけだった。



とにかく強い衝撃を与え続けませんと!)



「あ? お前さっきからなにブツブツ言ってやがる。それともようやく状況が理解できたか?」


「ええ! まるっとばっちりわかりましたわ!」


 怪訝そうな声を漏らした王虎にカリンが迷いのない声で答える。


「いま助けて差し上げますわね!」


 ベキベキ! ゴキゴキッ!


 下層で強力な催眠攻撃を食らうという危険な状況に陥った人々を救助するため、カリンは気合いを入れなおすように拳を鳴らした。


 ――機能停止したはずのアイテムボックスに莫大な魔力を流し込みながら。


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