第81話 がんばえ!
「「「……………………………」」」
奥多摩拠点に集まって山田カリンの深層ソロ攻略配信をチェックしていたブラックタイガー幹部陣は、最早完全に言葉を失っていた。
人外魔境、ダンジョン深淵へのソロ進出。
通常モンスターのような顔をして次から次へ現れる深層ボスたち。
そしてそれを一方的になぎ倒していく頭のおかしいお嬢様。
繰り広げられる異次元を超えた異次元映像に開いた口が塞がらない。
山田カリンが深層ソロ攻略を成し遂げただけでもブラックタイガーの仕掛けた情報戦は敗色濃厚だったというのに、こんなデタラメな配信をされてはもう勝ち目などありはしなかった。
いや、事態はもう情報操作云々どころの騒ぎではない。
国際情勢にさえ影響を与えかねない本物の怪物。
どう考えても喧嘩を売ってはいけない相手に噛みついていたという事実にようやく気づき、全員が血の気を失っていたのである。
しかしそんな地獄のような雰囲気に満ちた奥多摩拠点にあって……1人激しく声を荒げる者がいた。
「がんばええええええええええええええええええええ! 深淵ボスがんばええええええええええええええええええ! そのイカれたお嬢様やっつけてええええええええええええええええええええええええええええええ!」
カリンの深淵進出で正気を失った黒井である。
つい先ほどまでほかの幹部陣と同様に固まっていたのだが、深淵ボスとの戦闘がはじまった辺りから口角泡を飛ばしてモンスターを応援しまくっていた。
その勢いは深淵ボス・ヒトガタがカリンの髪の毛を数本落とした快挙を境に限界を超えてヒートアップ。
有り金すべてを競馬で単勝に突っ込んだオッサンのごとく血走った目で配信にかぶりつく。
「お前ならやれるお前ならやれるお前ならやれる! そこだあああああああ! いけえええええええええええ! またそのバケモノがなにかする前に速攻で仕留めろおおおおおおおおおおおおおおお! そいつさえ、そいつさえいなくなれば私たちはまだ……深淵ボスがんばええええええええええええええええええ!」
そうだ。
いくら尋常ではない配信を行い自作自演疑惑を拭き飛ばそうが死んでしまえばそこまで。
山田カリンがいくら底知れないバケモノだろうが、なんか1度その深淵ボスに勝ったっぽいことを言っていようが、異次元の空間魔法を操るこいつならきっとやれる! その証拠に、あの不気味な深淵ボスは山田カリンに攻撃を当ててみせたではないか!
「そ、そうだ……そうだよ、山田カリンがここでやられれば俺たちにだって未来が……! い、いけええええええええええええええええええええ!」
「頑張れえええええええ! 押してるぞおおおおおおおお!」
「1度倒したとか言ってたがそれならあのイカれた女が攻撃を食らうはずがねえ! そうだお前はきっと特別な個体なんだ! お前ならやれる! 一気に畳みかけろおおおおおおおおお!」
喉を枯らして叫ぶ黒井の熱に当てられ、他の幹部陣の目にも光が戻る。
〝怪物〟山田カリンを確かに追い詰める深淵ボスの勇姿から垣間見えた希望は、奥多摩拠点に満ちた地獄のような雰囲気を払拭する熱気へと変わっていた。
ブラックタイガー幹部陣の間に確かに満ちるかつてない一体感。
いける、勝てる、この深淵ボスならきっと声援に応えてくれる――そんな黒井たちの祈りが届いたかのように、画面内でヒトガタの切り札が炸裂した。
『オオオオオオオオアアアアアアアッ!』
「うおおおおおおおおおおおおお! がんばえええええええええええええ!」
無数の空間掘削砲撃に、山田カリンが最初に放った魔弾とダンジョン壁。
そのすべてが全方位からほぼ隙間なく叩き込まれる必殺の不意打ちに、黒井たちはワールドカップ決勝ゴールがごとく立ち上がって声を張り上げた。
……が、
『ふぅ、さすがに危なかったですわ!』
「……あ?」
『魔龍鎧装・嵐式、雷式――同時展開』
「……ぁ」
『魔龍鎧装・
「わァ……ァ……」
元気いっぱいな山田カリンを中心に膨れ上がる人外の魔力、そして鳴り止まない直感の警報に、黒井の口から小動物のように弱々しい泣き声がぽつりと漏れた。
〇
〝うおおおおおおおおおおおおお!?〟
〝カリンお嬢様が生きてると思ったらなんかまた変身してるううううううう!?〟
〝わたくしもう頭も感情も追いつきませんわ!?(n回目)〟
〝魔龍鎧装同時展開!?〟
〝嵐式と雷式を同時に使ってんのかこれ!?〟
〝カリンお嬢様「男の子ってこういうのが好きなんですわよね?」〟
〝いや、え、あの攻撃避けたの!? 無理でしょ!?〟
〝なんかいまお嬢様まで瞬間移動してなかった!?〟
〝さっきの雷みたいな音なに!?〟
コメント欄は今日何度目になるとも知れない大混乱に陥っていた。
凶悪な空間魔法を操る異次元の深層ボス、ヒトガタ。
その全方位攻撃がカリンを飲み込んだかと思った直後、カリンが雷が如き機動でそれを回避し、尋常ではない魔力をまき散らして再びカメラの前に姿を見せたのだ。
「皆様ご心配おかけしましたわ! ですがご安心を。魔法装備ありきではありますが、ここから先は完全なるお優雅ですので!」
漆黒の魔龍鎧装・嵐式。
雷光の迸る魔龍鎧装・雷式。
2つの規格外魔法兵装を同時に纏ったカリンが高らかに宣言する。
「オオオオオアアアアアアアアアッ!」
先の不意打ちを完全回避したばかりかこれまでとは比べものにならない魔力を噴出するカリンにヒトガタが吼えた。
うにょんっ!
いまの回避はなにかの間違いだとばかりに再び放たれるのは、空間魔法をフル活用した包囲砲撃。さらにはまだ隠し持っていたのだろう魔弾やダンジョン壁も繰り出し、カリンの全方位からほとんど隙間のない一斉砲撃を放つ。
が、
「無駄ですわ!」
ビシャアアアアアアアアアッ!
カリンは再び雷鳴が如き轟音と速度で包囲砲撃を完全回避していた。
「魔龍鎧装・
カリンの纏う暴風が異常なほど膨れ上がり、身体の表面を奔る雷光が輝きを増す。
「
ビシャアアアアアアアッ!
超強化された暴風による機動力補助、肉体活性効果の増大した電撃。
2つの機動力強化能力によって空間魔法砲撃を置き去りにし、稲妻のような軌跡を残してボス部屋を縦横無尽に駆け回る。
『オオオオオオオオアアアアアアアッ!』
そんなカリン目がけてヒトガタが何度も包囲砲撃を放つが……やはり当たらない。
いや、そもそも先ほどまでと異なりカリンを捉えることすらできていなかった。
埒外の感知能力によって、カリンはワームホールの出現場所とタイミングを完全に予期している。そこに先ほどまでは足りなかった速度が加われば、攻撃を当てるどころか包囲すら難しい。
ヒトガタの洗練された空間魔法砲撃が、ここにきて完全に無力化されていた。
〝マジかあああああああああああああああ!?〟
〝その2種類の魔法装備にそんな隠し効果あったのかよ!?〟
〝カリンお嬢様がもう全然見えませんわああああああああああ!?〟
〝このお嬢様マジで底が見えなさすぎるだろうがよおおおおおお!?〟
〝あの速度で動いてドレス平気なの!? まさかそれも風操作でカバーしてる!?〟
〝てか今回も装備の名前が普通にかっこいいんだが!?〟
¥50000 @motimotimotimoti
こちらも私がネーミング手伝わせていただきました! 疾風迅雷と書いてカゼナリと読みます!
¥50000 @motimotimotimoti
まさかこんなトンデモ装備とは知りませんでしたけど……
〝たまご先生!〟
〝お嬢様の深淵突撃で応援イラスト描く手が完全ストップしてた先生が復活したぞ!〟
〝やっぱり原作監修入ってて草ァ!〟
〝たまご先生これ装備の概要だけ知らされて性能までは知らされてなかったパターンですわね……〟
〝なんにせよやべぇ装備ですわあああああああ!〟
〝あの反則攻撃を完全に見切って避けてますの!〟
〝これいけるか!? マジで深淵ボスまでぶっ倒すのかよ!?〟
〝いやでも攻撃は避けられてもこっからどうすんだ!?〟
〝あのクソボスなんでも飲み込むアイテムボックスを全身に纏ってるようなもんでしてよ!?〟
〝瞬間移動まであんぞ!?
〝さすがにいくら速く動けても瞬間移動には対処できなくね!?〟
コメント欄に歓声と懸念が同時に流れる。
ヒトガタの攻撃は回避できても問題はダメージを通す方法。
相手はなんでも飲み込み削り取る空間断絶の鎧と瞬間移動、反則的な防衛手段を2つも備えているのだ。これを一体どう突破するのか。
だが――そのうちのひとつは早々に攻略された。
「わたくしを仕留めようと躍起になって――瞬間移動がおざなりですわよ!」
疾風迅雷による超速移動でカリンがヒトガタに肉薄。
そして――ドッゴオオオオオオオン!
「オオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッ!?」
その拳が当然のごとく半透明の身体に叩き込まれ、ヒトガタの悲鳴が轟いた。
〝え!?〟
〝は!?〟
〝殴った!?!?〟
〝なんで普通に殴れてんの!?〟
〝そもそも触れたら削り取られる揺らぎになんで躊躇なく殴りかかってんだよ!?〟
〝なにが起きたんですの!?〟
〝え!? なんで!? あの深淵ボスの亜空間鎧なくなってないよな!?〟
〝どゆこと!?〟
「コツを摑めば簡単ですわ!」
ダンジョン壁を削りながらボス部屋を飛び出し遙か彼方まで吹き飛ぶヒトガタを追いつつカリンが叫ぶ。
「確かにあのモンスター様はなんでも飲み込み削り取る空間断裂?の鎧を全身に纏ってますの。けどその鎧も実は完璧ではない。目視ではわかりませんが、感知スキルをぎゅーっと集中させれば綻びが見えますのよ! 本当に小さな穴ですが、そこを通せば攻撃が届きますわ! そういう意味では雷獅子様や暴風龍様よりも素手で殴りやすいですわね!」
〝そうなんですの!?〟
〝マジかよ!?〟
〝暴 風 龍 様 よ り 素 手 で 殴 り や す い で す わ ね 〟
〝いやいやいやいや! たとえそうだとしてもなんで素手で殴りかかってんですの!?〟
〝それちょっと間違ったら腕消えるやんけ!?〟
〝俺のサイドエフェクトがギリギリ囁いてるんだが……確かに切り抜き動画で確認した感じ小さな綻びが……? いやでもこれ割と流動的っていうか相当な速度で攻撃しないと腕飲まれるぞ……!?〟
〝サイエフェ兄貴!〟
〝やっぱさらっとヤバい橋渡ってるじゃんお嬢様!〟
〝なんで刀つかわないんですの!?〟
「あー、確かにわたくしも最初は武器で攻撃してたんですけど……素手のほうが精密に動かせるぶん楽ちんなことに気づいてしまって……」
〝誰かこのお嬢様を矯正してくれええええええええ!〟
〝誰かでっかい絆創膏もってきてくださいましー! 頭を包めるくらいのやつー!〟
〝ダンジョンアライブさんはお嬢様に品性を与える代わりに常識を奪った……〟
〝等価交換の法則ってやつか……〟
〝てかやっぱり前に戦ってんじゃねえか!〟
〝誤魔化すならちゃんと誤魔化してくださいまし!〟
〝ま、まあもうこの際カリンお嬢様の頭がおかしいのは置いといてこれいけますわよ!〟
〝いけえええええええええ! 追撃ですわあああああああ!〟
ボス部屋の外。
丘陵で構成された青空のもとに叩き出されたヒトガタへ拳を握ったカリンが迫る。
だが、
「オ、オオオオオオオオアアアアアアアアッ!」
ヒトガタが魔力をまき散らしながら吼えた。
深淵ボスだけあって肉体も頑丈なのだろう。
カリンの拳で大ダメージを負いつつも、空間魔法を駆使してその場から掻き消える。
そして――ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!
繰り広げられるのは先ほどまでよりも遥かに高頻度かつ広範囲で展開される連続の瞬間移動。
さすがに空間魔法の射程に限度があるのか遥か遠くまで逃げることはしないが、それでも追いつくことなど不可能な頻度と距離で瞬間移動を繰り返す。
「オオオオオオアアアアアアアアアッ!」
そしてその状態から放たれるのはこれまでと変わらない包囲砲撃。
疾風迅雷によって莫大な魔力を消費しているだろうカリンのガス欠を狙った持久戦の構えだ。
〝ああああああああ! そうだ
〝マジできったねええええええええええ!〟
〝キングオブクソモンスだろこいつ!?〟
〝ちゃんと戦え卑怯者おおおおおおおおおおおおお!〟
〝いやまあカリンお嬢様と真っ向勝負したくない気持ちは痛いほどわかりますけども!〟
〝うぜええええええええええ!〟
「残念ですが、あなたが駆使する空間魔法の気配は既に見切っていましてよ!」
瞬間、カリンが目を向けるのはなにもない虚空。
魔力の「起こり」で微かに揺れる空。
ヒトガタが次にワープしようとしている座標!
そしてその中空にヒトガタが現れる数瞬前に、ぐ―――――ドッッッッッゴン!
カリンは既に駆けだしていた。
出力超上昇の暴風+効果が増大した雷式による反射神経向上+各種身体能力上昇スキル!
ダンジョン壁の覗く地面をたたき割る勢いで踏み締め、ドレスが破れないよう風の力も借りて全速全開。
そして、
「ッ!?」
「だりゃああああああああああ!」
眼前に出現したヒトガタ、その身体が纏う空間断裂鎧の揺らぎすら一瞬で見極めて――ドッゴオオオオオオオオオオオオオ! バリバリバリバリ!!
「オゴオオオオオオオオオオオオオッ!?」
叩 き込まれるのは暴風と肉体活性で極限まで威力を増した一撃。
先ほどの攻撃は動画映えを考慮した手加減バージョンだったとばかり、その威力は桁が違う。加えて今回のカリンの拳には強烈な電撃まで付与されており、ヒトガタが盛大な悲鳴をあげて吹き飛んだ。
〝えええええええええええええ!?〟
〝なんか深淵ボスがカリンお嬢様の前に出現して自分から殴られてるううううう!?〟
〝わからせ希望者2号か????????〟
〝もうなにが起きてんのか一般人にはわけわかんねえよ光姫様は奇声あげるだけの生き物になってるから深層探索者解説してくれええええ!〟
〝速すぎてわからんけどこれもしかしてお嬢様のほうが先に動いてた??????〟
〝なんだ!? 未来予知!?〟
〝まさか瞬間移動の出現位置読んだのか!?〟
〝出現位置読んでるのもやべぇしあの距離を一瞬で詰める疾風迅雷もヤバすぎですわ!?〟
〝瞬間移動能力を使わず瞬間移動についていくのどうなってんですの!?!?!?〟
「オ、オオオオオッ!」
殴り飛ばされたヒトガタがかろうじて声を漏らしながら再度瞬間移動を試みる。
だが――とてつもない大ダメージに加えて強烈な電撃で痺れる身体では繊細な空間魔法がまともに発動しない。そしてそれは半ば自動で纏っていた空間断裂の鎧も同様で――。
「面倒な守りがようやく剥がれましたわね」
「オッ!?」
さらに、殴られた勢いのまま吹き飛ぶヒトガタの隣にカリンは当然のように追いついて――ガシッ!
「そんなに瞬間移動がしたいなら――わたくしが手伝ってさしあげますわああああああああ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
ヒトガタの足を摑んだカリンが空中で猛回転。
疾風迅雷の超強化された暴風でひたすら加速。
そして浮遊カメラがしっかり追いついてきたタイミングを見計らったかのように、
「それでは――ごきげんよう!」
「オ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
ひゅ――ドッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
疾風迅雷の暴風による回転+肉体活性+各種身体強化スキル+重力――すべての力を合算した超怪力でヒトガタを投擲。
瞬間移動もかくやという速度で地面に叩きつけられた身長5メートルを超えるモンスターの衝撃に、比喩抜きで深淵が揺れた。
〝うわあああああああああああ!?〟
〝もうなにがなにやらですわあああああああああああ!?〟
〝お嬢様なにやらかしたんだこれえええええええええ!?〟
〝なんですのその凶悪な技ああああああああああああああああ!?〟
〝丘陵が吹っ飛んだアアアアアアアアアアア!?〟
〝おいこれマジで深淵ボスをソロで……!?〟
深淵第1層に地震のような衝撃が轟き、大型爆弾でも炸裂したかと疑うような量の土煙が舞い上がる。
そして――。
「ア……ガ……」
カリンの発生させた暴風で砂塵が速攻で晴れれば、巨大なクレーターの中心でヒトガタだったモノがギリギリ頭部だけ残して木っ端微塵になっており――、
「ふぅ、ちょっと手こずってしまいましたが……終わりよければなんとやら。お優雅なジョークも決めて無事に討伐完了ですわ!」
断末魔のような呟きを残して息絶えたヒトガタの欠片を確認したカリンが断言。
コメント欄どころか各種掲示板やSNSへの書き込みすら一時停止するなか――猛威を振るった希少深淵ボスの欠片は剥き出しになったダンジョン壁へと吸収されていくのだった。
クレーターの中心に、2つのドロップアイテムを残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます