第80話 ヒトガタ


〝は? は?〟

〝アイテムボックスの……素材……?〟

〝いやちょっと〟

〝色々言いたいことはありますけど……このお嬢様やっぱり前々から深層どころか深淵に潜ってやがりましたわね!?!?!?!?!?!〟

〝(↓このへんに人生10年分の情報を一気に流し込まれて気絶するわたくし)〟

〝ハロウィンハロウィンハロウィン!〟

〝おそらきれいだね〟

〝けしごむおいしいね〟

〝わたくしいまから喜の感情以外失った赤ちゃんですわ~! キャッキャッ!〟



 ナチュラルボーンお嬢様、山田カリンの深層ソロ攻略配信。

 そのオマケとして公開された深淵第1層ソロ攻略とボス部屋突入、およびカリンの発した「アイテムボックスの素材が出るボスモンスター」発言に、いよいよ視聴者たちがぶっ壊れはじめていた。


(……って、あれ? あ、そういえば……)


 そんなコメント欄の様子をチラ見していたカリンはふと思い出す。


(深淵に関するお話は配信でしないほうがいいって真冬から言われてましたわ……!? セツナ様がそうだったようになんでもかんでもベラベラ喋らないほうがお優雅ですし、こういうのはわたくしのレベルなんかと同様、謎にしておいたほうが底の知れないお優雅なミステリアスお嬢様としての魅力が増すと! あと情報は小出しにしたほうが長く配信を楽しんでもらえるって話ですし!)

 

 ずっと探していたボスモンスターとの不意打ち遭遇でテンション爆上がりうっかりでしたわ!? とカリンは汗を流す。


 まあそのあたりは深淵を当然のように突き進んでいる時点でとっくの昔に手遅れなのだが……とにもかくにも失言に気づいたカリンは手の平でお口に蓋をし、


「え、ええと……いまのなしですわ」


 全力で誤魔化すことにした。


「さて! 深淵第1層のボスはいままで見たことのない不気味なモンスター様ですわね! さすがに深淵ボスが相手ではわたくしもお優雅を貫けない可能性が高いですし、これは慎重にやっていかないとですわ~!」



〝なにいまさら誤魔化そうとしてんだこのお嬢様!?〟

〝なんもかんも手遅れでおハーブ〟

〝白々しすぎて草〟

〝何万人が既に動画保存してると思ってるんですかねぇ〟

〝もう無理だってお嬢様! あんた普段からこっそり深淵潜ってんだろ!? そうだろ!?〟

〝こんなうっかり八兵衛お嬢様に自作自演疑惑なんてかけてた虎はさぁ〟

〝え? 皆様なに仰ってるんですの? お嬢様はこの謎のボスモンスターと初めて戦うんですのよ?〟

〝深層どころか深淵まで普段から潜ってるイカれた生き物(16歳)なんているわけないじゃありませんのオホホ〟

〝日本はダンジョン後進国でしてよ~〟

〝カリンお嬢様のへったくそなウソに縋って現実逃避してるお嬢様ワラワラで草〟

〝いくら現実逃避してもいまこの瞬間ドレスで深淵潜ってるお嬢様の存在は否定できないんだよなぁ〟

〝カリンお嬢様うっかり可愛いですわね(白目)〟

〝うっかり(世界経済確変レベルのマジックアイテム素材情報の全世界同時配信)〟

〝カリンお嬢様のウソが下手すぎて逆にこの信じられねえ情報に信憑性が出てんのほんま草〟

〝この情報が本当だったとして完全ランダム出現っぽい深淵ボスとかどうしろと案件なんですが……〟

〝てか色々衝撃的すぎてぶっ飛んでたけどなんだよあのわけわからんボスモンス!?〟

〝来ますわよ!?〟



「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 カリンが対峙したソレは、いままでのどのモンスターとも違う不気味な威容をしていた。


 例えるなら、半透明の粘体でできた5mほどの巨大なニンゲン。指や肩、目や鼻といった部位はなく、つるりとしたフォルムのヒトガタだ。

 

 その周囲は時空が歪んだかのように揺らいでいる。

 深層以降のモンスターが濃密な魔力で周囲の空気を歪ませるのとはまったく別。

 まるで空間が固定されていないかのような揺らぎが周囲をねじ曲げ、この場に存在するかも怪しい〝ぼんやりとした〟本体は当然のように宙に浮いていた。

 

 口にあたる部分にはぽっかりと穴が空いており、風が通り過ぎることで鳴き声めいた音が漏れる。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ボス部屋の奥にたゆたっていた深淵ボス――ヒトガタが一際大きく鳴いた。

 

 直後、ぱっ。


 ヒトガタの姿が消失した。

 かと思えば――ぱっ。


 数十メートルはあった彼我の距離を無視したかのように、。グニョンと伸びる腕が凄まじい速度で放たれ、カリンに神速の不意打ちを叩き込んだ。


「!」


 カリンは突如死角に移動したヒトガタの攻撃に即応。

〈魔龍鎧装・嵐式〉による機動力強化もあり、ドレスを翻して確実に回避する。


 そして半透明の腕が空を切りるのだが――ぞんっ!


 その無音攻撃は一切の衝撃なく、半透明の腕より一回りは広い範囲でダンジョン壁を削り取っていた。覗く断面はモンゴリアンデスワームの切り口よりもさらに滑らか。


 削り取ったというより、まるでこの世から消滅させたかのようで――さらに攻撃は止まらない。


 ぱっ、ぱぱっ、ぱっ。


 半透明の巨体が突如消えてはあらぬ方向に出現し、カリンの死角から繰り返し攻撃を仕掛けてくる。しかもその攻撃は伸びる腕によるものだけではない。

 

 カリンの頭上に現れてのプレス、巨体を利用したタックル、伸びる2本の腕を縦横無尽に振り回す範囲攻撃。


 そしてそのすべてが――ぞんっ! ぞるっ! ぞんっ! カリンの完全回避で空振るたび、空間そのものを削り取るかのようにダンジョン壁を音もなく消失させた。



〝!?!?!?〟

〝は!?〟

〝なんだこいつなんだこいつ!?〟

〝なんかさっきからフレームレートおかしくね? って動きしてません!?〟

〝脳が認識を拒むような動きなんですけど!?〟

〝はぁ!? 瞬間移動か!?〟

〝瞬間移動もヤバいけど普通に身体能力もヤバくねこいつ!?〟

〝てかダンジョン壁飲み込んでる!?〟

〝腕や身体に触れたダンジョン壁が消えてんですけど!?〟

〝深淵ってことはダンジョン壁の硬さも相応ですわよね!?〟

〝お嬢様当たり前みたいに避けてるけどこれ普通だったら認識すらできず瞬殺だろ!?〟

〝明らかに腕より広い範囲削ってない!? 

〝ギリ回避できたと思ったら死んでるって類いの攻撃ですわよこれ!?〟

〝モンゴリアンデスワームの切り口より滑らかに見えるんですけどなんなのこれ!?〟



「どうやら近づくのは危険なようですわね(すっとぼけ)」


 触れようとするものすべてを消失させる半透明の怪物。

 その攻略法を一から探るようにカリンが武装を展開した。

 

 片手にはガトリング砲。

 もう片方の手にはモンゴリアンデスワーム。


「ファイヤーですわあああああああああああ!」


 ダララララララララ!

 

〈魔龍鎧装・嵐式〉の機動力でヒトガタから距離を取りつつ放たれるのはホーミング機能のある魔力弾。さらには魔弾を乱射しつつ切り取ったダンジョン壁をお優雅に蹴り飛ばし、ヒトガタへと叩き込む。


 が――にょんっ!


 通じない。


 前後左右あらゆる方向から迫る魔弾も、真正面から豪速で叩き込まれたダンジョン壁弾も、すべてがヒトガタに触れる直前で跡形もなく消失した。


 それこそまるで、別次元に飲み込まれたかのように。


「なるほど、削り取られたダンジョン壁と同様、こちらからの攻撃は全身を纏う空間の揺らぎを通して別次元にでも飛ばされるようですわね」



〝はあああああああああああ!?〟

〝マジなんなんですのこいつ!?〟

〝お、おいこれまさか空間魔法ってやつか!?〟

〝おいおいおいおいマジでアイテムボックスの素材じゃんこいつ!?〟

〝自分の周囲にアイテムボックスの入り口みたいななにかを展開してるってこと!?〟

〝自分への攻撃全部異次元に飛ばすとか弱点を突くもクソもねーんだが!?〟

〝攻撃方法ないやんけ!〟

〝え、ってことはさっきからダンジョン壁削ってたのってマジで空間ごと削ってんの!?〟

〝防御不能やんけ!?〟

〝マジでダンジョンアライブとかに出てくるような敵じゃん!?〟

〝こいつなんで浮いてんだろうと思ったらまさか足とかにも全部空間削り纏ってる!?〟

〝無理ゲー!?〟

〝瞬間移動に空間削りってもう魔法生物どころの騒ぎじゃねえぞ!?〟

〝深淵こわいよおおおおおおおおおお!〟

〝ワイ先ほど喜の感情以外失った赤ちゃん、深淵ボスの見た目と能力が意味不明すぎてむせび泣く〟

〝いやどうやって倒すんですのこれ!?〟

〝お嬢様ほんとうに以前こいつ討伐したんですの!?〟

〝ど、どうやって倒したのか皆目見当つかないですけどとにかく一度は倒してるっぽいですしこのままぶっ倒しちまえですわああああああああ!〟



(さて、初見のふりでお優雅に視聴者の皆様を誤魔化し様子見戦闘を行うことで、ヒトガタの強さや特性は説明完了。あとは以前のように倒すだけなんですが……)


「オオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアッ!」


 カリンはガトリングとモンゴリアンデスワームをしまい、再び瞬間移動で急接近してきたヒトガタを睨み据える。しかし既に攻略済みの希少ボスに対し、カリンが向ける視線は油断どころか警戒心に満ちていた。


(なにか本当に、初見モンスターと戦うときのような違和感がありますわね。なんといえばいいのか……以前戦った個体よりも


 纏う魔力が異常なわけでも外見に変化のある強化種というわけでもない。

 間違いなくいま交戦しているのは以前戦ったヒトガタと同じモンスターだ。

 だがなにか、微妙な差異があるとカリンは感じ取っていた。

(そもそも以前戦った際も苦戦させられましたし……もちろんいまはこちらも成長していますが、なんにせよ油断は禁物ですわね)


 と、その見落とせない微細な違和感にカリンが安易な攻めに転じずにいたとき。

 先に業を煮やしたのはヒトガタのほうだった。


 ぱっ。


 これまでカリンへの接近に使っていた瞬間移動で、ヒトガタが大きく距離を取る。


「オオオオオオオオアアアアアアアアアアッ!」


 ぞるぞるぞるぞるっ!


 途端、ブレスのような動作で放たれるのは歪んだ空間そのもの。

 硬度を無視してすべての物質を異空間送りにする極太の空間掘削砲撃がダンジョン壁を飲み込みながら凄まじい速度で迫った。


(! それは知ってますわ!)


 凄まじい速度、威力、範囲と引き換えに予備動作のわかりやすいその砲撃をカリンは即座に察知して避ける。が、次の瞬間だった。


 うにょにょにょにょにょにょん!


〈魔龍鎧装・嵐式〉で高速機動を実現しているカリンの周囲が突如揺らいだ。


 それは、カリンがはじめて目にする攻撃の気配。


 直後――カリンを取り囲む空間の揺らぎすべてから、分散された空間掘削砲撃が放たれる!


「っ!」


 瞬間移動能力の応用。

 回避された空間掘削砲撃の進路上に〝空間同士を繋ぐ穴ワームホール〟を複数出現させ、その出口をカリンの周囲を取り囲むように一瞬で展開。つまるところ回避された砲撃をワームホールによって無数に分割しつつカリンの周辺に送り込み、近距離からの全方位砲撃に転用したのだ。


「――!」


 しかしその空間の揺らぎを直前に察知していたカリンはギリギリでこれを回避。 

〈魔龍鎧装・嵐式〉の機動力を限界まで引き出し、砲撃の隙間を紙一重で駆け抜ける。



〝!?〟

〝は!? なに!?〟

〝なんかわけわからんブレス? が出たと思ったらカリンお嬢様が変なぐにょぐにょに囲まれた!?〟

〝なにが起きてんだ!?〟

〝速すぎてわけわかんねえですわ!?〟

〝いやあれ、まさか極太ブレスを分散転移させてお嬢様の全方位から放ったとかそういう!?〟

〝見えてるやつ深層探索者か!? もっと解説して役目でしょ!〟

〝と、とりあえずカリンお嬢様は無事ですわよね!?〟



 文字通り異次元の攻撃に見舞われたカリンの安否を視聴者たちが叫ぶ。

 そしてその懸念を払拭するようにカリンはすぐさま浮遊カメラの前に姿を現し「生きてますわよ!」と健在を示すのだが――そのとき。


 ――はらっ


 カメラに映るカリンの足下になにかが舞い落ちた。


「やられましたわね……!」


 それは……数本の髪の毛。

 長く伸ばされたお優雅な金の長髪。その先端、一房。


 暴風の鎧さえ空間ごと削り取った砲撃がほんのわずかカリンの髪の毛に届き、削り取っていたのである。


 

〝!?〟

〝え〟

〝ちょ〟

〝おいこれまさか〟

〝カリンお嬢様が……攻撃を食らった!?〟



 今回の配信である意味一番の衝撃にどよめくのは視聴者たちだ。



〝うそだろ!?〟

〝マジかマジかマジか!?〟

〝深層ボスどころか深淵ボスの攻撃が髪の毛にかすってざわつく配信とはいったい……いやでもこれやべーですわよ!?〟

〝あのわっさわっさの長髪にいままで攻撃あたってなかったのがおかしいんですけどそれでもマジかですわ!?〟

〝髪の毛とか普通は当たったうちに入ならすぎる……なのにこの衝撃……〟

〝しかもあの反則装備身に付けててですわよ!?〟

〝そういえばこいつカリンお嬢様が直々に「強い」認定してましたわね……〟

〝だとしてもだろ!?〟

〝てかなんだよあの砲撃!? いきなりカリンお嬢様の全方位から放たれてたんだが!?〟

〝いやこれなんらかのイレギュラーだったりしない!?〟

〝カリンお嬢様これ演技とかではなく本気で初見攻撃でなくて!?〟



 削り取られた髪の毛を見下ろし、カリンが自戒するように呟く。


「深淵での完全お優雅配信はさすがにまだ難しいだろうと覚悟はしていましたが……それでも不覚ですわ。このボスモンスター様、強化個体ではなく特殊行動個体でしたか」


 特殊行動個体。

 

 それは強化個体とはまた違う特別なモンスターの呼称だ。

 たとえば同じ身体能力を持つ人間でも習得している武術体系が違えばまったく動きが変わるように、己の持つ特殊能力を通常とは違う方向に研鑽発展させた個体。


 つまるところカリンの髪の毛に攻撃を届かせた眼前のヒトガタは、空間魔法をより凶悪な技に落とし込んだ熟練個体だった。


〈魔龍鎧装・嵐式〉の高速機動さえ補足するワームホールの発生速度と、それを利用して対象の全方位から防御不能の近距離高速砲撃を叩き込んでくるとんでもない空間魔法。

 

 その凶悪なモンスターの〝魔法技術〟を初見で分析しカリンが目を見張る中、


「オオオオオオオオオオアアアアアアアアッ!」


 気づいたところでどうしようもないだろうとばかりに――砲撃が再開された。


 ぞるぞるぞるぞる!


 ダンジョン壁を消滅させて進む空間掘削ブレスはしかしすぐに掻き消える。 

 進路上に出現したワームホールに飲み込まれ、そしてノータイムでカリンの前後左右すべての方角から分散されて叩き込まれる。


「っ!」


 2度目の攻撃をカリンは今度こそ完全に回避する。だがそれもギリギリ。

 そして今度の砲撃は1度では終わらなかった。


「オオオオオオオオオオアアアアアアアアッ!」


 2度、3度、極太の空間掘削ブレスが放たれては同じようにワームホールを通ってカリンを取り囲む。さらには、


 にょんっ!


「っ!」


 カリンが回避しようした方向に現れる空間の揺らぎ。

 突っ込めばそのまま異次元に放り込まれるか途中でワームホールを閉じられ真っ二つか。

 

 いずれにしろ一撃必殺の気配にカリンが強引に身体を捻って回避する。

 だが何度回避しようが、その苛烈な空間攻撃は容赦なく繰り返し襲いかかってきた。


 

〝!?!?!?〟

〝はあああああああ!? なんだこれ!?〟

〝なんか画面が揺らぎまくってるけどこれまさか全部一撃必殺の空間魔法か!?〟

〝なにが起きてんだよこれ……〟

〝あの反則装備の機動力でギリギリって……〟

〝こんな静かな戦闘であの要塞モンスターのときよりピンチなの怖すぎだろ……〟

〝おいこれさっさと本体狙わないとヤバいって!〟

〝どうやってかは知りませんけど倒したことあるなら攻撃も通りますわよね!?〟



 コメント欄が戦慄とともに回避ではなく攻撃を叫ぶ。


 が――ぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!


 ヒトガタの位置が、瞬きするたびに切り替わる。

 その口から空間掘削ブレスを放ちつつ、カリンがいつ自爆覚悟で突っ込んできても追いつけないよう、瞬間移動を繰り返しているのだ。

  

 自身の瞬間移動、空間掘削ブレスの発射、カリンの周囲や進路上へのワームホール出現。

 その3つを同時に駆使し、展開されるのは終わりなき一方的遠距離必殺攻撃


 すなわち――空間魔法を使った異次元の引き撃ちである。



〝はああああああああああああ!?〟

〝なんじゃこいつぁあああああああああ!?〟

〝卑怯って言葉はこいつのためにある〟

〝なんかもう速すぎてわけわかんねーですけどこいつがクソモンスってことだけはわかりますわあああああああああ!?〟

〝こいつ中層のフライキャタピラーレベル99999だろ!?〟

〝ナスの精霊馬みたいな見た目のくせによぉ!〟

〝いやほんとダンジョンアライブかよマジで!?〟

〝こんなのがダンジョンの奥に潜んでるとかそりゃカリンお嬢様もアニメと現実の区別がつかなくなりますわ!?〟

〝このお嬢様ダンジョンに潜りはじめる前から区別ついてないっぽいんですがそれは……〟

〝いやこれ本気でどうすんですの!?〟

〝マジもう十分ですわカリンお嬢様! 逃げようですわあああ!〟

〝いやでもこいつ瞬間移動でどこまでもついてきそうじゃねえか!?〟



 明らかな劣勢。

〈魔龍鎧装・嵐式〉を使ってなお〈ギガント・フォートレス〉戦以上に勝ち筋の見えない一方的攻防。


 反撃の余地すらなく超速度での回避に専念するカリンに「1度討伐済みのモンスター」という前情報すら無意味とばかり、コメント欄が悲鳴で埋まる。


 そして彼ら彼女らの懸念が具現化するかのように――悪意の塊めいた隠し球が放たれた。


「オオオオオオオアアアアアアアッ!」


 カリンの周辺を取り囲むように出現したワームホール。

 そこから何度目になるかわからない空間掘削ブレスが叩きつけられるのだが――そのとき異空間から現れたのはブレスだけではなかった。


「っ!」


 ドドドドドドドドドドドドド!


 それは戦いのはじめ、カリンがヒトガタに撃ち込み異空間送りにされていた大量の魔弾。そしてダンジョン壁。


 まさにアイテムボックスのごとく異空間内で保存されていたそれらが、幾筋もの空間掘削ブレスの隙間を埋めるように放たれたのである。


〝―――――〟

〝―――〟

〝――――――――〟


〈魔龍鎧装・嵐式〉を全力運用してなおギリギリだったところに完全なる不意打ちで放たれる、さらに一段上の全方位攻撃。


 情け容赦ない一撃必殺の不意打ちに、視聴者たちがコメントを打つ間もなく画面の前で悲鳴を漏らした。


 だがその刹那――ビシャアアアアアアアアアアアアアアッ!


 それまで展開されていた静寂の激戦とは一転。

 雷鳴がごとき轟音を響かせ、ボス部屋に稲妻が駆け抜ける。


 否。それは稲妻などではなく、


「ふぅ、さすがに危なかったですわ! まったく、反則みてーな攻撃のせいでさすがに少しずつしか〈雷式〉を装着できずに反撃が遅れましたの。配信のテンポ最悪で申し訳ありませんわ!」


 どう考えても回避不能だったはずの全方位攻撃の隙間を異常な速度で駆け抜け回避したカリンが謝罪を叫ぶ。


「覚悟はしてましたが……やはり修行不足のわたくしではまだまだ深淵でのお優雅配信は難しいですわね。イレギュラーに近い事態が起きればなおさら。疑惑の完全払拭のためとはいえ、お優雅でないところをお見せしてしまいました……ですが皆様ご安心を。無様を晒したお詫び……とは言いませんが、ここから先は全力でお優雅を遂行させていただきますの!」


 そして視聴者たちが呆気にとられるなか、


「魔龍鎧装・嵐式、雷式――同時展開」


 漆黒の暴風と黄金の雷光。

 2つの〈神匠〉製規格外魔法装備をドレスの上から同時に纏ったカリンの異質な魔力が、ボス部屋全体を埋め尽くす。


「魔龍鎧装・疾風迅雷カゼナリ


 磨き抜かれた魔物の技と鍛え抜かれた匠の技。

 どちらがお優雅か勝負ですわとばかり、カリンが拳を叩き合わせた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 長くなってしまったので続きは次回ですわ!

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