第79話 エクストラステージ!
「…………………え?」
神代穂乃花は絶句していた。
奥多摩渓谷ダンジョンの入り口周辺。
そこはいま、警視庁対探課の主力メンバーが厳戒態勢で警備を行っていた。
山田カリンの深層ソロ攻略配信がブラックタイガーの構成員によって万が一にでも妨害されないよう、あるいはほかの探索者がダンジョンに入ることで「ソロ攻略ではなかった」などのイチャモンがつけられないよう出入り口を固めていたのである。
穂乃花は戦力としては発展途上であるものの、カリンのためになにかしたいという強い思いでこの場に参加しており、警備の一環としてカリンの配信を見守っていた。
本来なら警備中に動画配信をチェックするなどありえないことだが、今回は特殊ケース。
カリンの深層攻略が成功に近づけば近づくほどブラックタイガーの動き出す可能性もあがるため、攻略の様子をリアルタイムで見守る必要があったのである。
そしてその役目は見習いの穂乃花が中心になって行っていたわけなのだが……先ほどまでカリンの深層ソロ攻略成功に先輩たちと一緒になって舞い上がっていた穂乃花は前述の通り絶句していた。
「……しん、えん……?」
カリンのぶっ飛んだ発言。
そして配信画面に映し出された地上と見紛うダンジョン奥深くの映像に我が目を疑う。
「な、んだこりゃ……!?」
「メ、
「これが同じ〈神匠〉持ちの穂乃花ちゃんが将来行き着く先ですか???」
穂乃花の異変に気づいて配信画面を覗いた対探課の主要メンバーもまた言葉を失う。
レベル2000を優に超え、普段から深層を鍛錬の場としている正真正銘国内トップクラスの猛者たちである。
警視総監にブラックタイガーとの全面戦争の許可を取ろうとしたり、カリンが深層を突き進む様子をチラ見しては爆笑していた荒くれ者たちが、本物のお化け屋敷でも見せつけられたかのように目を剥いていた。
「わ、私……もしかして思ってたよりずっとずっととんでもない人に助けられてた……?」
穂乃花が改めてそんなことを呟く。
そして当然、異次元の方向にぶっ飛んだお嬢様配信に驚愕しているのは対探課の面子だけではない。
「あ、あのクソガキ……どこまでイカれてんだ……!?」
裏垢で配信をチェックしていた影狼が引きつった笑みで声を漏らす。
「……」
光姫はカリンを心配する気持ちと興奮の狭間で脳が焼け焦げお陀仏状態。
さらには先ほどまでカリンの深層ソロ攻略達成を純粋なお祝いムードで報じていた報道特集のスタジオも大きくどよめき「は? 深淵……?」「え、これ放送していいやつ?」と動揺。本当に大災害でも発生したかのような雰囲気になる。
そして、各地で展開するそれらの驚愕が凝縮されたかのように、先ほどまで絶句していた動画のコメント欄もいままでにない大騒ぎに陥っていた。
なにせ16歳の女子高生がソロで深淵に踏み込んだだけでも異常事態だというのに、そこで出現した「通常モンスター」たちがあまりにも異常だったからだ。
〝なんですのこれえええええええええええええええええええ!?〟
〝ちょっ、まっ、ふざけんなよおい!?〟
〝高難度深層ボスのバーゲンセールですわあああああああああ!?〟
〝なんかもう頭が追いつかないんですけどおおおおおおおおお!?(n回目)〟
〝深淵クソやべええええええええええええええええええええ!?〟
〝なに通常モンスターみたいな顔して出てきてんだこの深層ボスども!?〟
〝あははははははははははははは!wwwwwwww(もう笑うしかない)
〝え、なんで地上にこんなヤバそうなモンスターが大量に湧いてんの!? ダンジョン崩壊!?〟
〝ご新規の方々聞いてくれこの丘陵は深淵らしいんだ信じられないが事実なんだ……〟
〝情報量が多すぎて頭がフットーしそうだよおっっ〟
〝てかこれ見ていいやつ!? なんらかの極秘情報だったりしない!?〟
〝仮に極秘だったとしても1000万人以上が見てる時点でもうどうにも……〟
〝あまりにもヤバすぎて同接がマッハですわああああああああ!?〟
「「「「「「グルアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」」」
暴風龍、セパレーションケルベロス、雷獅子……これまで対峙してきた深層ボスたちが上層のゴブリンやヘルハウンドのごとく当たり前のように群れで出現する常識外れの光景。
戦闘区域から避難するように上空まで飛び上がった浮遊カメラが映し出す範囲だけでも、その巨大な怪物たちの数は20を優に超えている。
地下とは思えない爽やかな景色も相まって、それはあまりにも人類の常識を逸脱した映像。
だがその場においてなによりも
「だりゃあああああああああああああああああああ!」
既知のモンスターばかりであるため最初から様子見はなし。
〈魔龍鎧装・嵐式〉で暴風を纏ったカリンは化物の巣窟をとんでもない速度で飛び回り――そして蹂躙していた。
「「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」」
〈魔龍鎧装・嵐式〉で風を纏いながら2体の暴風龍に激突し、龍が纏う暴風の鎧を中和しながらパイルバンカーを叩き込み連続討伐。
「「「―――――――――――――ッ!?」」」
セパレーションケルベロスは分裂した3体が距離を置く前に、暴風を利用した瞬発力強化で即座に肉薄。一列に並ぶよう誘導するまでもなく、小回りの効く〈名刀ちゅぱかぶら〉から放たれた速すぎる3連撃で実質同時に首を落とす。
「「「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」
さらにカリンはちゅぱかぶらをアイテムボックスにしまうと同時にクソでかハンマーを取り出し空中を超加速。暴風の速度+重力+自身の腕力で雷獅子の頭上からハンマーを投擲、隕石のような威力で一撃粉砕。雷を纏った獅子たちをその純粋な物理攻撃の繰り返しで次々と叩き潰していった。
「ギゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」
そんなカリンの大暴れに反応したのか、しまいには地形の一部かと思っていた山が鳴動。
〈ギガント・フォートレス〉まで現れてカリンを一斉掃射する。が、
「第1層なので仕方ないですが、まーた顔なじみですわね! 〈魔龍鎧装・雷式〉! はいトンテンカンですわ!」
「ギゴオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
既に戦い方を熟知しているカリンは止まらない。
〈魔龍鎧装・嵐式〉の超機動力ですべての砲撃を当然のように避けて接近し、雷式とクソでかハンマーを組み合わせた電打撃で超大型ヤドカリモンスターをぶちのめす。
迫り来る深層ボス級モンスターたちの群れを相手に、山田カリンは一瞬たりとも止まらない。
〝うわああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?〟
〝心配する間もなく深淵で暴れまくってるううううううう!?〟
〝いくら敵の攻略法がもうわかってるっていっても一方的すぎんだろう!?〟
〝装備の性能もそうですけどこのお嬢様レベルいくつですのホントに!?〟
〝もうなんもかんも無茶苦茶すぎるwwwwwwww〟
〝このお嬢様いっつもなんもかんも無茶苦茶にしてるな……〟
〝怪獣大戦争かよwwwwwwwwwwww〟
〝さすがにフェイクだろこれ……というかフェイクだと言ってくださいお願いします(懇願)〟
〝深層ボス相手に無双するのはまあいいとして(よくない)、なんでカリンお嬢様はこの出力で戦い続けて息切れも魔力切れも起こしてないんですの!?〟
〝補給といえば道中アイテムボックスから出した100円
〝エネルギー効率原子炉かよ!〟
〝いや諸外国が黙ってないだろこの強さ!?〟
〝世界のみなさん信じてください日本はダンジョン後進国なんですこのお嬢様が突然変異なんです本当なんです〟
〝ミュータントお嬢様!〟
〝ブラックタイガアアアアアアアアアアアア! てめぇとんでもねぇ虎の尾を踏んでくれやがったなあああああああああああ!?〟
〝なにがブラックタイガーだ白虎の尻尾ふみふみしやがってよおおおおおおお!〟
〝アホクランのせいでとんっでもないバケモンが日本にいるって全世界に生放送されちゃってるんだがあああああ!?〟
〝〈神匠〉クラン結成未遂どころの騒ぎじゃねえですわよおおおおおおおお!?〟
〝虎は責任とれ責任!!〟
〝謝って! 虎はこれから大変なことになるダンジョン庁や行政の偉い人に誠心誠意謝って!〟
〝#土下座しながら腹を切れブラックタイガー〟
〝#いますぐカリンお嬢様を鎮める人柱となれブラックタイガー〟
〝ブラックタイガーお前ら絶対に1人残らず責任取らせてやるからなああああああああ!〟
〝あいつらが高飛びできないよう空港封鎖だ封鎖!〟
〝海上警備隊も厳戒態勢にしますわよ~!!!(ꐦ°᷄д°᷅)〟
〝絶対に逃すな!〟
〝最強級クランを潰すのはいろいろリスクがでかいうえにろくな物証もないから断腸の思いで目ぇ瞑ってりゃあよおおおおおお!〟
〝こりゃ1ヶ月くらい家に帰れないかもですわああああああああ!(白目)〟
〝これがのちに「霞ヶ関の一番長い1ヶ月」と呼ばれる地獄のはじまりであった……(吐血)〟
〝なんか行政サイドらしき悲鳴が大量でおハーブ〟
〝そりゃこんな核爆弾みたいなお嬢様の実力が週末にいきなり明るみに出たら行政サイドはハゲ散らかしますわ……〟
〝さすがに行政の中の人がこんな書き込みせんやろ……とは思うんだがカリンお嬢様がヤバすぎてネタかガチか判別つかねえよ!〟
〝ブラックタイガーに凄まじいヘイトが集まっている……その数500億!〟
〝怒りの矛先ひとつ残らずブラックタイガーで草〟
〝そら(あいつらのせいでこんなヤバい配信が垂れ流されることになったら)そうよ〟
〝カリンお嬢様は知人友人が工作員や便乗アンチに攻撃される可能性を限りなく0に近づけるために身体張ってるだけですしおすし……〟
〝身体の張り方が規格外すぎて国際情勢案件なんだよなぁ〟
〝いつの間にか〈神匠〉クラン結成未遂を遥かに超える爆弾配信になってておハーブ〟
〝いやなんかもうここまで来たら逆に安心な気がしてきたな……(核武装完了的な意味で)〟
〝(これもう疑惑払拭とか超越して虎さん完璧にお亡くなりなのでは?????)〟
〝あーもうめちゃくちゃだよ(世界が)〟
〝めちゃくちゃすぎてわたくしもうこの配信がどんだけヤバいものか判断つきませんの……〟
〝ネット中が大混乱で草〟
「ふう! とりあえずこの辺りのモンスター様は一掃できましたわね! とりあえず先に進んでみましょうですの!」
そうこうしていれば深層ボスモンスターの群れは1体残らず全滅。
死屍累々の戦場跡を尻目にカリンはてくてく先へ歩いていくのだが……何十体ものモンスターを討伐すれば当然発生するものがある。
大量のドロップアイテムである。
〈暴風龍の角〉〈セパレートケルベロスの心臓〉〈雷獅子の電操核〉〈要塞宿借の炉心(仮名)〉など、先の深層ボス戦では運が悪かったのかドロップしなかった希少素材がゴロゴロ転がっていた。
換金すればとてつもない値がつくだろう宝の山。
だがカリンは当然のごとくこれをスルー。
新顔モンスター様はいませんの~? とずんずん先に進んでいった。
〝 おぎゃああああああああ!? お宝がゴミのように無視されていきますわあああああああ!?〟
〝あの……これって当然……〟
¥5000
※深層でも書きましたがカリンお嬢様は未成年なのでドロップアイテムを持ち帰れません〟
〝ふざけろですわああああああああああああ!?〟
〝ブラックタイガーの情報資産損失額計算してたアカウントが今度はカリンお嬢様が素材持ち帰れないせいで国が損した額の試算してておハーブ〟
〝深淵……っつーか深層ボス素材の素材相場なんてガチの専門家でも簡単に値段なんてつけれんから正確じゃないだろうけど……現時点で軽く300億超えは確定らしいですわね〟
〝ヒェッ……〟
〝わたくしなにも聞いてませんわ!〟
〝あの要塞型モンスターの素材が未知数すぎるしもっといくだろ……〟
〝お嬢様ってアイテムボックスあるから持ち帰ろうと思えばガチで300億ぶん楽に持ち帰れるんだよな……バカでかい素材もかさばらないし〟
〝お嬢様これ毎週末深淵に潜って素材回収してたらちょっとした国家予算級の年収になりません……?〟
〝未成年の素材持ち帰り全面禁止にした人たちが息してねえですわー!?〟
〝ダンジョン庁のお偉方や政治家先生は切腹ものでしてよ!?〟
〝こんな妖怪みたいな未成年の存在を想定しろってのはさすがに
〝いやこれはもう一周回って禁止しといてよかったのでは……?〟
〝こんなもん一気に供給されたら日本のダンジョン素材市場こわれちゃう!〟
もはや画面に映るすべての要素が大騒ぎを引き起こす前代未聞の深淵配信にコメント欄はもうめちゃくちゃ。様々な言語で「これはフェイクだよな!?」という意味の書き込みも多く見られるようになり、加速度的にカオスな有様となっていく。
そうして大混乱のネットから大量の視聴者が流入し同接があっという間に未曾有の1500万を超えようかという頃、
「お、ありましたわね」
深層ボス級モンスターたちをなぎ倒して突き進んでいたカリンの視線の先。
巨木の根元に、景色と同化するように佇む古めかしい金属質の扉があった。
〝え〟
〝おいまさか〟
〝いやいや早くない!?〟
「深淵第1層のボス部屋ですわね! 今回の深淵攻略は最初に言ったようにチラ見せ。日が落ちる前に帰りたいですし、短時間でキリの良いところまでいけそうでよかったですわ」
〝マジでボス部屋かよ!?〟
〝発見が早すぎじゃありませんの!?〟
〝てか深淵ってこんな屋外みたいな有様なのにちゃんとボス部屋はあるの……〟
〝こんなヤバすぎる配信速攻でBANやろ……と思ってたら切断より早くヤバそうなとこ到達してておハーブ枯れる〟
〝これ深淵って屋外と見分けつかんレベルで広いし深層までと違って通路があるわけじゃないから普通はボス部屋の発見ってかなり手間取るもんなんじゃないか……?〟
〝お嬢様ふっつーにボス部屋まで真っ直ぐ進めるのなんなんですの!?〟
〝感知スキル磨きすぎでしてよ……!?〟
〝え……てかマジでこのままボス部屋までいくんですの……?〟
〝お、お嬢様!? 本気でして!?〟
〝このお嬢様いっつも本気なんだよなぁ……〟
〝やめとけやめとけ!〟
〝わかったから! お嬢様が無実なのはもうわかったから! ブラックタイガーも国を挙げてぶっ殺すからとりあえず落ち着こう! な!?〟
〝このお嬢様なら大丈夫なんだろうなとは思いつつそれはそれとして心臓に悪いですわ!?〟
「ふふふ。皆様いつものようにネット特有の激しいリアクションで動画を盛り上げてくださってありがとうございますですの! それでは皆様の応援に応えるためにも深淵第1ボスに挑んでいきますわ! ……にしても、なんか思ったより同接がエグいですわね。なんですのこれ……ま、まあ伸びるぶんにはいいんですけど」
深淵どころか深層攻略の様子さえ普通は配信されないらしいしそのせいだろうか。
(ダンジョンアライブで描かれていたように、配信など目立つことをしてないだけでわたくしより凄い方なんてたくさんいるでしょうに。そんななかでわたくしだけがここまで注目されちゃうのはちょっぴり気まずいですわね……)
カリンはなんだか想定以上のことになっている各種数字に内心かなりビビりつつ、しかし疑惑の徹底的な払拭を成し遂げるために迷うことなくその扉を押し開いた。
次の瞬間、
「……っ!? おぎゃああああああああああああああ!? 出ましたわああああああ!?」
配信画面にカリンの絶叫が轟いた。
〝!?〟
〝え、なに!?〟
〝カリンお嬢様お生まれになりましたの!?(n回目)〟
〝ちょっ、なんか攻撃でも食らった!?〟
〝え……特になんか変なとこないけど……わたくしたちじゃ認識できない攻撃でも食らいまして!?〟
〝おいおいここまできて事故配信とか勘弁してくれよ!?〟
〝カリンお嬢様大丈夫ですの!?〟
〝お嬢様どうしましたの!?〟
「どうしたもこうしたも……って、あ、そうですわ! 視聴者の皆様には詳しく話してませんでしたわね!?」
突然の絶叫にカリンがなにか得体の知れない攻撃でも食らったのではないかと視聴者たちが肝を冷やすなか、カリンは大興奮でボス部屋の奥を指さして、
「ほら前に言いましたでしょう!? アイテムボックスの素材になるモンスター様にずっと会えてないと! アレがそうですの! ほらほら見てくださいまし!」
〝え〟
〝え〟
〝は?〟
〝ちょ〟
キラキラと目を輝かせるカリンの指さす方向にいたのは、なにか「でっかくてぼんやりとした」中空をたゆたう謎の存在。
ソレはあらゆるモンスターのなかでも特異。決まった出現場所を持たず、深淵以降のボス部屋に極低確率でランダム出現する希少ボスモンスターで――……。
「こ、ここに来てまさかの神引きですわ! これは配信も盛り上がって疑惑の完全払拭まったなしですの!」
「オオオオオオオアアアアアアアア――ッ!!」
いまだ正式名称すらついていないソレと真っ向から対峙したカリンは「最後の最後に最高の撮れ高きましたわー!」とハイテンション。
ボスモンスターの不気味な咆哮が轟くなか、視聴者たちはもはやどこから突っ込んでいいのかわからない展開に再び固まるのだった。
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