第77話 もう一声


 16歳の深層ソロ攻略達成にネット中が大騒ぎになっていた。

 特に日本では各種SNSはもちろん、どこの掲示板も話題はそれ一色。

 トレンド独占は当然で、それ以外の話題を展開する場所では明らかに人が減っていると実感できるほどだ。


 そしてその中心――『ナチュラルボーンお嬢様・山田カリンのお優雅なダンジョン攻略』チャンネルでは、DDoS攻撃もかくやという勢いで歓声が爆発していた。



〝うわああああああああああああ! やりやがったああああああああああああああああ!〟

〝カリンお嬢様ああああああああああああああ!〟

〝最強最強お嬢様! チンピラ無敵のお嬢様! 前人未踏のお嬢様!〟

〝完全無欠の世界記録キタアアアアアアアアアアアアアア!!〟

〝しかもあんな深層級飛び越えたようなバケモン討伐してとかあああああ!〟

〝わけわからん装備も連発だしもうほんとなんなんだよこのエセお嬢様はよおおおおおお!?〟

〝(カリンお嬢様単体の功績だけど)これでもうどこからも日本のことダンジョン後進国だなんて言わせねえからなあああああああ!〟

〝うわ……なんか涙出てきた……日本からダンジョン関連の世界記録なんて出たのいつぶりだよ……〟

〝ぶっちぎりの世界記録だああああああああああああああああああ!〟

〝こんなん赤スパいくらつぎ込んでも足りねえええええええええ!〟


¥50000 @motimotimotimoti

カリンお嬢様おめでとうございます!


¥50000 @光姫

カリンお嬢様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


¥50000 @光姫

おめでごうございますおめでとうございますおめでとうございますおめでとうござ


¥50000 @光姫

やっぱりカリンお嬢様が至高にして最高のお嬢様で探索者でお嬢様に濡れ衣をかけたブラックタイガーもそれを鵜呑みにした人たちも切り捨てようとした実家も全員〇〇〇〇〇〇(自動検閲)


¥50000 @光姫

ダメだもう意識が保てないいちいち5万ずつなんてわずらわしいカリンお嬢様あとで私に通帳番号をおしえ


¥50000 @光姫



〝光姫様がスパチャつぎ込めるだけつぎ込んで死んだぁ!〟

〝死と再生を繰り返す光姫様……フェニックスかな?〟

〝光姫様怒濤の赤スパでおハーブ〟

〝こんなん光姫様じゃなくて貢ぎ様やんけ!〟

〝てか同接やべええええええええええええええええええええええ!〟

〝1000万はおハーブ通り越して真顔通り越して爆笑ですわあああああああ!〟

〝カリンお嬢様死亡って早とちりトレンドワードで一気に人が増えたなwwww〟

〝ニュース速報もゴリゴリに流れてるしな!〟

〝ニュース速報飛び越えてるぞww 急に画面切り替わったと思ったらカリンお嬢様世界記録達成の報道特別番組はじまっておハーブプランテーション〟

〝マジやんけ草ァ!〟

〝配信者でこんなんなるのはじめてだろwwwww〟

〝いままで頑なにニュース速報流してなかったブラックタイガー寄りの局が遂にニュース速報流してるううううう!〟

〝もうカリンお嬢様に疑惑ふっかけるの無理と悟ってアリバイ報道しはじめたなwww いまさら遅いわバアアアアアアアアアアカ!〟

〝チャンネル登録者数1300万キタアアアアアアアアアアアアアアアアア!〟

〝うっわなんだこれwwwww〟

〝同接じゃなくて登録者数で1300万!?〟

〝1回の配信で登録者数500万増加ってこれはこれでやべぇ記録ですわよ!?!?〟

〝親友ちゃんの「登録者数1000万や2000万くらい簡単だった」がマジで実現されてて草草の草ァ!〟

〝さすがに数字吹きすぎやろと思ってた俺が完全に馬鹿だったわごめええええええええん!〟

〝こんなんもう疑惑もクソもねえわブラックタイガーざまああああああああ!〟

〝飯が美味すぎるwwww 勢いでとっておきのワインあけちまったわwww〟

〝っしゃオラアアアアアアアアアアアア! ざまみろ黒井いいいいいいいい!〟

〝おい影狼お前裏アカとっくに特定されてんぞwwwww〟

〝お前の裏垢特定言い訳配信にスパチャ5万用意してイジりにいってやるからなゲロおおおおおおお!〟



 超大規模モンスターの撃破。

 加えて数分前に「カリンお嬢様死亡」という物騒なワードがトレンド入りしたことなどから、凄まじい数の視聴者がカリンの記録達成を目撃していた。


 真冬たち公安の根回しであらかじめ過剰なまでのサーバー増設に努めていたためどうにかなっているが、それでも少し画面の動きが怪しいほどだ。視聴者の数はもちろんだがコメント数が尋常ではない。それに伴いチャンネル登録者数もうなぎ登り。


 カリンの動画は偉業達成への賛美と、疑惑がほぼ払拭されたことへの歓喜で満ちあふれていた。


「す、すっごい数字とお祝いの数ですわ……!? み、皆様ありがとうございますですのー!」


 カリンもまたとんでもない反響に心臓バクバクでビビり散らかしながらも笑顔で応じる。

 ブラックタイガーという強烈な悪意に対して完全合法の正攻法で打ち勝ったハッピーエンドの雰囲気がいまやネット中を席巻していた。


 ――が、


「……うーむ、うむむむむむ?」


 日本中からの声援を一身に受ける祝福の中心にあって――。

 世界記録を達成しいまや時の人となっているカリンは直前までの笑顔を引っ込め、なぜか少しばかり不満げに腕を組んでいた。


 その視線の先にあるのは、配信画面に表示される登録者数1300万という莫大な数字。疑惑を「ほぼ」払拭するのに足る今回の成果である。

 だが、


(このわけわかんねー数字、正直ビビり散らかして吐きそうなくらい十分な戦果なのは間違いないのですけれど……)


 工作員との間で勃発していた視聴者たちのレスバに、もちもちたまご先生をはじめとした関係者への迷惑。そして恐らくいまもカリンの預かり知らぬところで奔走してくれているだろう(と直感でわかる)真冬へかけている苦労。


 それらのアレコレを、カリンは実のところかなり気にしていた。

 それこそ真冬が考えている以上に。

 炎上や疑惑の影響をほんの少しだって残したくないくらいに。


 ――だからだろう。


(チャンネル登録者数1300万……時間が経てばもっと増えるとはいえ……それでもこれ、〝100%完全な疑惑払拭〟のためには少しばかり心許なくありませんこと……?)


 規格外の数字を記録してなお、完全には安心することができなくて。

 今回の件に関して完全無欠の解決を求めるカリンの脳裏に、数日前から浮かんでいたが、現実的な選択肢として輪郭を帯びはじめていた。


      〇


「まだだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 山田カリンへの疑惑はほぼ完全に払拭された。

 自作自演なんて必要ない。するわけない。


 そんな声がネットに満ちて工作員たちもあまりの劣勢に完全沈黙するなか、しかし疑惑をふっかけた張本人は往生際の悪いことにまだ諦めていなかった。

 

 ブラックタイガーの主要メンバーが弱音を漏らそうとするのを先んじて制するように、黒井が声を張り上げる。


「確かに山田カリンが成し遂げたこれは偉業だ! 人を集め惹きつけ心酔させる前人未踏の偉勲で私たちにも手が届かん圧倒的功績だ! だが――疑惑を100%完璧に払拭するには1歩だけ足りん! なぜなら災害を食い止め群衆の命を救ったヒーローとただの世界記録達成者では人気の質がまったく違うからだ!」


 黒井はなりふり構わず叫ぶ。


 そうだ。


 山田カリンの強さは圧倒的で、深層攻略は間違いなく偉業で、自作自演をせずとも登録者数1000万も2000万も容易く達成できたのは確かだろう。だがそれだけでは、視聴者たちが見せるあの心酔も社会的な影響力も、莫大な投げ銭もあり得なかった。


「そうだ、まだ突き崩す点はある……! 深層ソロ攻略、私の策略をひっくり返しかねない妙手だったが、問答無用で100%ひっくり返すほどではない。偉業ではあるが、それはただ偉業であるだけ。ヒーロー気取りでしか得られない名声というものがある! そういう意味では山田カリンが自作自演を行う動機がないとは言い切れないのだ! ああわかっている、これは99%通らない暴論だ。だが99%ひっくり返される状況でも残り1%があればヤツの影響力を削ぐための世論工作はまだやりようがある!」


 そうだ。諦めるにはまだ早い。

 ここまできて〈事前危機察知〉が沈黙を貫いていることが良い証拠。

 たとえ100人中100人が諦める状況でも、まだ打てる手はあるのだ!


「百々目木! 腰が引けている工作員どもに伝えろ! 金の心配はいらん、この先も私たちと甘い汁を吸いたければ……共倒れしたくなければ従えとな!」


 黒井は血走った目で声を張り上げる。


「ああそうだ私が溜め込んでいた資産もすべてつぎ込んでやる! 奥多摩ダンジョンからの収入が激減したからといってそれがなんだ! 私たちはトップクラン! 溜め込んだ現金は引き続き愚衆を操るに十分すぎる! そもそも山田カリンの影響力を危惧する有力者からも金は引っ張ってこれるんだ! あのバケモノの人気と影響力を削ぐための泥仕合はまだまだ終わらん!」


 ここまできた以上、黒井が仕掛ける情報戦の影響など微々たるものだろう。

 だがそれを何か月も続ければ? 世界記録のインパクトが薄れてなお継続すれば?

 当初の予定ほどの水準は到底不可能でも、相手の力を削ぐことは十分に可能だ。

 

「大丈夫だ! 〈事前危機察知直感〉に異変はない! つまりこのまま突き進めばブラックタイガーの瓦解は防げるし、今回の莫大な損失も埋め合わせができるということ……! いくら無謀に見えようが直感が警告を知らせない限り私のこの方針に間違いは――」


 ズキィ!


「あぇ……?」


 黒井が周囲を鼓舞するように演説を繰り広げていた、そのとき。

 彼の脳裏に突如、危険を知らせる痛みが走った。


 それはまるで、壊れていた家電がたまたまなにかの拍子に一瞬だけ正常に作動したかのような――……。


 激しい警鐘を鳴らし続けるユニークスキルに従い、黒井が呆然としながら配信画面に目を落とせば、


『うーん。登録者数がちょっと心臓まろびでそうなくらい伸びたとはいえ、やっぱり疑惑の〝完全〟払拭にはもう一声ほしいですわねぇ。視聴者の皆様を含め、たくさんの方がここまでお膳立てして応援してくださったんですもの。注目度が最も上がっているいまこのとき、皆様の献身と信頼に応えるためにも、絶対に100%、ぐうの音も出ないほどの潔白の証明がしたいですわ!』


 え? この人なにを言ってるの? という雰囲気が同接1000万のチャンネルに満ちる。そして、



『うんうん、やっぱりそうですわ。深層踏破くらいじゃちょっと足りないんじゃないかとわたくし最初から思ってたんですの。――というわけで世界記録挑戦とは別の出血大サービス! 思ったより早く攻略が終わりましたし、今日は特別に!』



「……………………………………………………………………………は?」


 深層のその先。

 すなわち深淵。


 正真正銘の人外領域へ向かってドレスのまま歩き出した頭のおかしい配信者に、黒井の乾ききった口から掠れた声が小さく漏れた。



――――――――――――――――――――――――――――

オマケが本編。というわけで今回の配信はここからが本番ですわ(そんなに話数はかからないはず)


※皆様のおかげで☆がなんと20000を超えましたわー!

☆やフォローが増えるとランキングに浮上してさらにカリンお嬢様の異常行動が多くの人の目に触れるようになるので、もう本当にありがたいですの! 


そして次回は真冬様視点。

引き続き応援していただけますと嬉しいですわ!

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