第76話 救世主

〝は!? なんだあの装備!?〟

〝どういうこと!?〟

〝お嬢様これ爆撃全然食らってないのか!?〟

〝なんか風纏ってない!?〟

〝お嬢様が浮いてるー!?〟

〝爆炎が急に晴れたと思ったらお嬢様が新装備で変身なさってるんですけど!?〟

〝なんだこれアニメか!?〟

〝おいあんまワクワクさせんなよ!?〟

〝カリンお嬢様その装備なに!?〟



 これまで攻撃をすべて回避していたお嬢様が爆撃の海に飲まれ、あわや死亡事故配信になるかと思われた直後。


 爆炎を吹き飛ばしながら無傷で現れたカリンに視聴者たちが何度目になるとも知れない大混乱に陥った。


 ドレスを補強するような黒き鎧。

 凝縮した嵐がごとき暴風。

 得体の知れない新装備によって傷1つない姿を見せたカリンに、現実逃避の集団幻覚でも見ているのではないかと誰もが自分の目を疑う。


 だが、


「皆様、心配をおかけしてしまったようで申し訳ありませんですわ。ですがご安心を」


 嵐を纏ったカリンは、そんな視聴者を安心させるようにはっきりと断言した。

 

「ここから先は一方的ですので」


「ギゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 そしてその断言を挑発とでも受け取ったのか。

 あるいは確実に仕留めたと思った羽虫の健在に得体の知れない恐怖でも感じ取ったのか。


 金属の軋むような鳴き声とともに、超大型モンスター〈ギガント・フォートレス〉が凄まじい弾幕を解き放った。


 先ほどまでの弾幕と同じかそれ以上の密度。

 大広間を埋め尽くすような爆撃と砲撃の雨がカリンに再度襲いかかる。が、


「魔龍鎧装・嵐式!」


 ビュ――ドッッッッッッッ!


 カリンがその新装備の名を叫んだ瞬間、風が奔った。

 いや、カリンが疾風そのものと化した。

 

 視聴者の動体視力はもちろん、超速度で迫る弾幕すらカリンの速さに追いつけない。なにもかも置き去りにして、カリンは一瞬で中空高くに躍り出ていた。


 そしてそのままの速度で――空中を自由自在に飛び回る!



〝はあああああああああああああ!?〟

〝お嬢様が飛んでるうううううううううう!?〟

〝なんだあれマジで人間ミサイルかよ!?〟

〝上空に避難してる浮遊カメラの俯瞰映像でも速すぎてわけわかめですわ!?〟

〝え、あのなんか霞んで見える紫の線がお嬢様なんですの!?〟



 ドドドドドドドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 無数の弾幕がカリンに追いすがり取り囲もうと空を切り裂くが、重力のかせから解き放たれたように空を駆け抜けるカリンは弾幕の僅かな隙間を縫うように飛翔。無数に迫る凶弾の1発たりとも、カリンを捉えることは叶わない。


「魔龍鎧装・嵐式。今日のために作り上げたこの装備の能力は風の操作。そしてそれに伴う機動力の上昇ですわ! 無論、風の操作によって高速移動時もドレスが破けたりはしませんの!」


 凄まじい速度で宙を疾駆し弾幕を翻弄しながら、カリンが配信者らしく新装備の概要を語る。


 それは人間の感覚から大きく逸脱した異能を再現する特級の魔法装備。

 風を操るには極めて繊細な魔力操作訓練が必要であり、一朝一夕で装備の能力を十全に引き出せるものではない。


 が、



〝はっっっっっっや!?〟

〝戦闘機かなんかかよ!?〟

〝さっきからお嬢様が空中を奔る線にしか見えねえええええええ!?〟

〝スカイフィッシュお嬢様ですわああああああ!?〟

〝敵の砲撃より速くない!?〟

〝このお嬢様マジでぶっ飛んでんな!?(物理)〟

〝もうわけわかんねぇですわああああああああ!?〟



 カリンはその魔法装備を完全制御。

 大地を生きる人間の五感では混乱するだろう空中――三次元の戦場をも自由自在に駆けて弾幕の雨を避けまくる。


 完全回避お優雅配信をするために鍛え抜いた埒外の感知スキルに身体操作、体に流れる魔力の掌握。あらゆる基礎技能が突出しているがゆえに応用も容易であり、自分用にチューニングした装備の操作はほぼ完璧となっていたのだ。


 そしてその緻密な暴風操作の恩恵は機動力強化だけに留まらない。


「ギゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオッ!!」


 業を煮やしたとばかりに要塞から放たれるのは凶悪な魔弾の嵐。

 強力なホーミング性能を持つ魔力の塊が先ほどよりも濃密な網となってカリンを襲う。機動力特化の鎧で回避に専念し、他の砲撃と接触させ誘爆処理してなお避けきるのは難しい絶対の包囲弾幕だ。だが、


「あまりお優雅ではありませんが、魔龍鎧装・嵐式――出力アップですわああああああ!」


 ドゴオオオオオオオオオオオオオッ!


 迫り来る追尾弾幕の嵐を、風の鎧がすべて吹き飛ばした。

 放たれた凶弾は暴風の壁に阻まれ、連鎖する爆風すらカリンに傷をつけることは叶わない。

 それどころか魔弾の嵐はカリンの半径数メートル以内に侵入することすらできずにそのすべてがはじき返されていた。


 暴風による絶対防御。

 それはかつてカリンが打ち倒したボスモンスターの能力そのものだ。



〝あの反則臭い魔弾を全部ぶっ飛ばしたあああああああ!?〟

〝マジでなんなんですのそれええええええええ!?〟

〝い、いやちょっと、あの、これもしかして……〟

〝ちょっとお嬢様!? わたくしこの能力に見覚えがあるんですが!?〟

〝おいこの風の防御って……〟

〝待て待て待て待てこれまさか暴風龍素材で作った鎧とか言わないよな!?〟

〝渋谷決戦で倒した暴風龍の素材使ったんですの!?〟

〝いやでもあのときは素材がドロップしてなかったっぽいしそもそも討伐者に直接渡せる規則じゃないはずなんですが!?〟

〝こ、今回の攻略でも暴風龍の素材はドロップしてなかったのになんでここで暴風龍素材製と思われる魔法装備が出てくるんですかねぇ(震え声)〟

〝おいおいおいおいこのお嬢様まさかよおおおおおお!?〟

〝ちょいちょい予測されてましたけど世界記録挑戦とか言う前から深層潜ってやがりましたわねこの16歳!?〟



「一気にいきますわよおおおおおおおおお!」


 装備の性能見せは終わりとばかりにカリンが速度をあげた。

 迫る弾幕のわずかな隙間を縫い、一気に要塞本体へ肉薄。


 山のような巨大モンスターの遥か直上にて取り出すのはダンジョン壁から作製したクソでかハンマーだ。そして――ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるぐるぐるぐるるるるるるるるる!


〈ギガント・フォートレス〉直上にて、カリンが繰り出すのは暴風を利用した超速回転。

 

 吹き荒れる風によってカリンの回転速度は加速度的に上昇し、同時に迫る弾幕も防御。


 遠心力、重力、膂力、そのすべてを掛け合わせ、


「ごめんあそば――――せ!!!!」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


「ギゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 凄まじい速度で回転落下しつつ振り下ろされた巨大ハンマーが〈ギガント・フォートレス〉の殻に叩きつけられた。


 要塞めいた殻が大きく凹み、巨大な多脚が衝撃に耐えかねたように沈むこむ。


 発生したとんでもない衝撃が周囲の弾幕をも消し飛ばし、大広間全体を大きく軋ませる。補強してあった浮遊カメラもカリンから大きく距離をとっていてなお僅かに映像を乱れさせるほどだ。



〝うわあああああああああっ!?〟

〝ちょっ〟

〝文字通り山を粉砕してるうううううう!?〟

〝もうなんなんですのこれえええええええ!?〟

〝いままでのボス戦が可愛く見える怪獣決戦すぎるんですけどおおおおお!?〟



「ギ、ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオ!」


 しかしそれでも〈ギガント・フォートレス〉は沈まない。

 巨体に見合った規格外の耐久性。

 殻が大きく凹んでなお戦意を失わず、砲門を頭上の狼藉者めがけて再び照準する。

 

 カリンがいまの一撃を放つにはまた飛翔する必要があり、そこを暴風すら貫通する〝主砲〟で絶対に仕留めてやるという腹づもりだ。だが、


「セツナ様もこういった魔法装備は使ってらっしゃいましたがそれもあくまで物語の後半。まだまだ修行不足なわたくしが頼るのはあまりお優雅ではありませんが……今日もっとも大切なことは無事に深層を攻略すること! ならば手段は選びませんわ!」


 カリンの選択は再度の飛翔ではなく、換装。


 漆黒の鎧がアイテムボックスに戻ると同時、〈ギガント・フォートレス〉の殻に降り立ったカリンの体を黄金が包み込んだ。


 バチバチバチバチィッ!


〈魔龍鎧装・嵐式〉に代わってカリンのドレスを彩るのは紫電を纏う金の鎧。

 今日のために作り上げた3つの魔法兵装、最後のひとつ、


魔龍鎧装まりゅうがいそう雷式らいしき!」


 奥多摩ダンジョン深層第3層に現れた雷獅子と同系統の能力を持つ魔龍から作り上げられた嵐式の姉妹装備だ。


「こちらの鎧の能力は見ての通り雷の操作ですの! まあ出力を上げすぎるとこっちがビリビリ感電しちゃうので強い電気を纏ったりはできませんが……その代わり! この装備の真価は電気刺激による肉体活性! そして打撃の際、敵に叩き込むことのできる電撃でしてよ!」


 ブオンッ!


 先ほどよりも軽々しく振り上げられるクソでかハンマー。そして、


「どっっっっっっっせい!」


 ドゴオオオオオオオオオオオオオン!

 

〈雷式〉の効果によって瞬発力を増したカリンの巨大ハンマー振り下ろし。

 加速や助走なしで十全な威力を発揮するようになった打撃武器の衝撃によって〈ギガント・フォートレス〉の体躯が大きく揺れ、殻から生える砲門の多くが粉砕される。


 と同時に――バチバチバチバチバチバチィ―――――――――――ッ!!!

 

「ゴーーーギイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 カリンの言葉通り、〈雷式〉の手甲とハンマーを介してその巨体に強烈な電撃が迸る。

 無数に生えた機械の砲門が広範囲にわたって爆発、煙を吹いて炎上し、さらに爆発が連鎖していった。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 その巨体ゆえに電撃が一発ですべての砲門を破壊することはなく、要塞モンスターも負けじと新たな砲門を生やしてカリンを狙う。が、

 

「だりゃああああああああああああああああああ!」


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


 雷を纏うカリンの連続攻撃は止まらない。

 活性化した肉体の力を存分に振るい、まるで鉱山を掘り進む屈強な炭鉱夫のように〈ギガント・フォートレス〉の殻を粉砕しまくっていく。


 奔る電撃に火器砲台の統制は乱され、爆発炎上は無限に連鎖。

 好き勝手に暴れ回る小虫1匹に巨大モンスターはもうどうしていいかわからない。



〝いやもうマジでさっきからなにが起きてんですのおおおおおおおおお!?〟

〝カリンお嬢様が被弾して死んだとか騒ぎになってたから慌てて見に来たらなんかCGに5000兆円かけた実写映画が配信されてるんですけどおおおおおおおお!?〟

〝なにこれえええええええええええええ!?〟

〝お嬢様死んだと思ったら数秒とかからず相手を一方的にボコってるの心が追いつきませんわよ!?〟

〝さっきから知らない異常魔法装備のバーゲンセールですわああああああ!?〟

〝このお嬢様ホントどうなってんですの!?〟

〝な、なんかもう頭パンクしそうでわけわかんないけどいっけええええええええええええ!?〟

〝そのままぶっ倒せええええええええええ!〟

〝てかよく考えたらさっきからなんだこの装備名!?〟

〝名前がまっとうすぎじゃない!? 完全にダンジョンアライブのセンスなんですけど!?〟

〝絶対カリンお嬢様のネーミングじゃないだろ!? 誰だこの名前考えたの!?〟


¥50000 @motimotimotimoti

僭越ながら事前に新装備ネーミングのお手伝いをさせていただきました!


〝は!? もちもちたまご先生!?〟

〝ちょっ!? マジで!?〟

〝原作監修入ってて草ァ!〟

〝憧れのアニメの原作者からオリジナル装備名もらえるとかイラストと同じくらい羨ましいやつじゃん!!!〟

〝うおおおおおおおおおおお! たまご先生はわたくしたちの救世主ですわあああ!〟

〝クソダサネーミング地獄からの解放!〟

〝やっとお嬢様の頭おかしい装備を手放しで賞賛できますわああああ!〟

〝その調子でほかの装備も名前つけてあげてください! カリンお嬢様が名前をつける前に!早く!〟

〝みんな容赦なくておハーブ〟


¥10000

あの、ところでカリンお嬢様自身はあの鎧にどんな名前をつけようとしてましたの?


¥50000 @motimotimotimoti

……お優雅ドレス「ビュービュー」と「ゴロゴロ」ですね


〝は?(圧)〟

〝カリンお嬢様の暴虐を食い止めてくださったたまご先生にいまはただ感謝を(真顔)〟

〝お腹下してますの?〟

〝あのさぁ! 工作員どもはありもしない疑惑じゃなくてお嬢様のこの壊滅的なネーミングセンスを糾弾しろやくださいまし!〟

〝結構な数のカリン党が寝返るからダメです〟


¥50000 @光姫

皆さんなに言ってるんですか! たまご先生のネーミングも素敵ですけどカリンお嬢様のポンコツなネーミングセンスも可愛くて最高じゃないですか!!!!


〝光姫様! さっきまでまた死んでたのに!〟

〝光姫様、擁護と見せかけてお嬢様のこと背中から撃ってておハーブ〟

〝サムライガールが背中から撃っちゃダメですわよ!〟

〝サムライの家の名は捨てたからセーフ!〟

〝み、光姫ちゃんはカリンお嬢様をリスペクトしたうえで言ってるから……〟

〝これもうdisペクトだろ〟



 カリンの無茶苦茶な戦いにコメント欄も混乱し混沌としたものになる。

 呆気にとられ愕然としている者が多いのか同接に比べて怖いほどにコメントの流れは遅いが……それでも多数の書き込みが配信画面を埋め尽くす。

 

 そうこうしているうちに、


「だりゃあああああああああああああ!」

「ギゴオオオオオオオオオオオオオッ!」


 暴れ回るカリンの手により、巨大ヤドカリの殻のほとんどが粉砕されていた。

 

 ねじ曲がる砲塔、煙を上げる無数の銃口、叩き潰され粉砕された殻はその体積を半分以下にしており、もはや重武装要塞のていをなしてはいない。


 完全に勝負は決した。


 と、誰もがそう確信した、そのときだ。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 ボッコボコのメッタメタになっていた〈ギガント・フォートレス〉がこれまでとは違う鳴き声を発した。


 体内に満ちる魔力が急速に膨脹し、その巨体の内側から炸裂せんばかりに荒れ狂う。


 まともに機能しない全身の重火器武装を巻き込んだ盛大な自爆である。

 しかしそれすら、


「ああなるほど。要塞型モンスター様なら当然そういう最後っ屁もありますわよね。ですがここまで殻を粉砕した以上――あなたの弱点は射程圏内ですわ」


 紫電の迸る体で構えるのは〈モンゴリアンデスワーム〉


 超巨大モンスターの最後のあがきを即刻感知したカリンは活性化した肉体で刀の柄を握り――空間ごと切り裂いた。


 ――――――――――。


 音もなく。

 殻の奥深くに潜んでいた〈ギガント・フォートレス〉の中核が延長された斬撃によって細断。


 本来ならばすぐに距離をとるべきその自爆がいとも容易く防がれて――ズズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!


 地鳴りのような大震動を轟かせ、超巨大モンスターは轟沈した。


「うんうん、よしよし」


 そして視聴者たちが息を呑むように沈黙するなか、カリンはじーっとその威容を観察し、


「第4層ボス、討伐完了ですわ!」 


 奥多摩渓谷ダンジョン第4層ボス〈ギガント・フォートレス〉の完全撃破。

 

 これによりいまこの瞬間、未成年による高難度ダンジョン深層ソロ攻略達成という前人未踏の公式記録が打ち立てられることとなるのだった。


―――――――――――――――――――――――――

誤字脱字の報告ありがとうございますですの!

ありがたいことにコメント数がとんでもないことになっているので返信できてないですが、こっそり修正しておりますわ!

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