第65話 実況解説と魔境の洗礼


「どうも皆様こんにちは。今日も私の配信に来ていただいてありがとうございます。そしてはじめましての方ははじめまして。四条――とかいう腰抜けの家の名前は捨てたのでただの光姫です。今回は事前に告知していたとおり、カリンお嬢様が深層ソロ攻略に挑戦する様子を実況解説していこうと思います」


 カリンが深層攻略ダンジョンに挑むその日。


 実家を捨ててカリンの側についた光姫は連泊中のホテルにて配信を行っていた。


 今回の深層攻略は「自作自演などせずともただダンジョン攻略をするだけで登録者数1000万だろうが2000万だろうが稼げた」と証明するためのもの。そのため深層攻略挑戦に際し、実際にカリンのチャンネル登録者数が跳ね上がってほしいという思惑もあった。


 衝撃的な映像や偉業に加えて、やはり数字というものには説得力がある。今回の配信でしっかりと登録者数が伸びてくれればカリンの無実により信憑性が出るということで、海外にも根強いファンを持つ光姫が実況解説に名乗りをあげたのだった。


 もともとカリンの切り抜き動画は海外でも拡散されていたのだが「ダンジョン後進国の日本の女子高生? 冗談だろう?」「この服装はアニメのプロモーションだね。間違いない」と質の良いフェイク扱いされており、そこまで海外ファンの獲得には至っていなかった。


 そのためサムライガールとして海外視聴者からの信頼も厚い光姫のチャンネルによる実況解説はうってつけだったのである。まあ正直、カリンのやることなすことがあまりにも無茶苦茶すぎて光姫のチャンネルを通してなお信用されるかは怪しいが……やれることはすべてやるだけ。


 というわけで、穂乃花たち対探課が二手に分かれて奥多摩ダンジョン入り口の警護とブラックタイガーの粗探しに奔走する一方、光姫は奥多摩ダンジョン攻略開始の少し前から配信を開始。


 高いトークスキルで視聴者を引きつけ今回の騒ぎの経緯について詳しく解説しつつ実況解説へと移行し、多くの視聴者をカリンのチャンネルへと誘導していた。のだが、


「はああああああああ! カリンお嬢様最高すぎますううううううう!」


 カリンの配信開始からものの数分で光姫は完全に壊れていた。


「上層中層をいきなり破壊して進むとか今回の配信が潔白を証明するためのものだとちょっとわかってないんじゃないかと思うような所業! しかもまた配信で私の名前を呼んでくれました聞きましたか皆さん!? 加えて私が指導させていただいた剣術で攻略スタートなんてもう一生の誉れすぎるじゃないですか……!」



〝お、おう……〟

〝突然の絶叫で鼓膜ないなった( ;∀;)〟

〝ファンスレで予想されてたけど案の定まともに実況解説続けられなさそうで草〟

〝ま、まあファンスレの予想に比べればもったほうだから……〟

〝なんなら初っぱなの「四条とかいう腰抜けの家の名は捨てた」の時点で既にキレッキレだったし……〟

〝戻ってきてあの頃の光姫ちゃん(´;ω;`)〟

〝み、光姫ちゃんが幸せそうなら俺はそれで……〟

〝カリンお嬢様は無実の証明より先に光姫お嬢様をこんな有様にした責任をとるべき〟

〝あのフィストファック謝罪配信以降ちょいちょいやってたカリンお嬢様の過去動画実況解説配信の惨状から予想はついてたけど、リアルタイム実況はさらにリアクション激しいカオス状態でおハーブ〟

〝ガチファンが過ぎる……〟

〝光姫様のカリンお嬢様動画解説は実質ただのリアクション動画だってそれ一番言われてるから〟

〝ぶっちゃけ今日はこれを見に来たまである〟

〝おかしいな……俺この前まで光姫ちゃんがぶっ壊れたことにショック受けてたのにいまでは心底楽しそうな光姫ちゃんに元気もらってるよ〟

〝そりゃ推しが幸せそうならそれ以上のことはないので……〟

〝きょ、今日のサムライガールは一体どうしたんだい?(英語)〟

〝日本のクレイジーお嬢様が16歳で深層ソロ攻略に挑戦していてそれに興奮しています(英語)〟

〝??? 日本はいま時差でエイプリルフールなのか?(英語)〟



 奇声を発するだけになった光姫にコメント欄が混沌とする。

 そんななか、光姫の配信画面に表示されるカリンのダンジョン攻略動画ではさらに光姫の情緒を破壊する展開となっていた。


『よし、中層踏破ですの!』


 上層中層をショート〝カット〟し、中層ボスであるタイタンナイトボーンを超速ドロップキックでぶち倒したカリンはドレス内のアイテムボックスに手を伸ばし、


『それでは、ここからはわたくしお気に入りのティーバッグお紅茶、お安くて美味しいリプ〇ン様をおともに下層をお優雅攻略していきますわね! ちょうど特売をやってくれていたおかげでたっぷり用意できたので、今日は途中で切らしたりしませんわ!』


 言って、ティーカップになみなみと注がれたお紅茶を手に下層へ突撃しはじめたのである。

 カリンの動画にコメントしていた視聴者たちは大混乱だ。



〝は!?〟

〝ちょ、お嬢様!?〟

〝え、なにやってんの!?〟

〝ちょっとお嬢様!? マジでなにしてんの!?〟



『え? なにって、見ての通りお紅茶下層攻略リベンジですけど……』



〝見て分かりませんの? みたいな顔やめてくださいます!?〟

〝いやいやなんで今なんですの!?〟

〝確かに前々からリベンジしたいとは仰ってましたけども!?〟

〝今日は深層攻略前なんだから少しでも体力温存しておかないと!〟

〝上層中層をショートカットしたのは時短と体力温存のためじゃなかったんですの!?〟

〝リベンジはまた今度にしていまは体力温存に努めたほうがいいに決まってますわよ!?〟



『確かにそういう考えもありますわね』


 カリンは下層でお優雅に紅茶を一口。


『けどこのチャンネルは「お優雅なダンジョン攻略」チャンネル。上層中層は諸々の事情を鑑みてショートカットしてしまいましたし、深層もまふ――親友からお優雅を優先しすぎないように言われてますの。なのでわたくしが全力でお優雅配信できるのはいまここしかないんですのよ! それに今回の疑惑騒ぎでまた下層でのお紅茶攻略リベンジが遠のいてしまいましたし……せっかくこれだけの方が見てくれているのですから、下層だけでもわたくしの全力お優雅なダンジョン攻略の様子をしっかり楽しんでいただきたいのですわ! あ、もちろん下層ではこの拳ひとつで進んでいきますわよ !』



〝なるほどそういうことかぁ……って視聴者が頷くとでも思ってんのかこのお嬢様は!?〟

〝そういう考えもありますわね、じゃないんだよ! そういう考えしかないんだよ!〟

〝深層に向けて体力温存するよりチャンネルコンセプト優先しやがったぞこのお嬢様!?〟

〝おバカおバカとは思ってましたけど一体どこまでおバカを更新するんですの!?〟

〝強さの底も知れなけりゃおバカの底も知れねえですわね!?〟

〝この人さっきからなんなんですか!? ダンジョンぶっ壊したり下層で紅茶飲み始めたり!〟

〝そもそもお紅茶下層攻略ってなに!?〟

〝お嬢様は新規視聴者にいきなり剛速球のパワーワードぶつけるのやめろですわ!〟

〝なんで上層中層で武器使って下層で素手なの!? 俺の聞き間違い!?〟

〝古参の人たちに聞きたいんですけどこの人いつもこうなんですか!?〟

〝う、うーん〟

〝大体いつもこんな感じだけど今日はいつも以上に頭が……〟

〝なんかTVで疑惑かけられてたから有名になる人ってやっぱ裏であくどいことしてるんだなって思ってたけど……こんな頭おかしい人が何百万人も騙す嘘つけるんです……?〟

〝ウソつくだけならバカでもできるけど人を騙すには一定以上の賢さが必要なんだよなぁ〟

〝このお嬢様ウソさえまともにつけそうにないんですがそれは……〟

〝な、なあ工作員の皆さんよ……なんかもう深層攻略する前からお嬢様の冤罪が吹っ飛びそう雰囲気があるんだけどマジでその泥船いますぐ降りたほうがいいんじゃねえの……?〟

〝い、いやそう思わせるのが目的の演技かもしれませんし、そもそもこの人にはブレーンがついてるんだからそれで証明には……ならないかと……〟

〝工作員もあまりのことにちょっと歯切れ悪くなってきてんじゃねーか!〟

〝ブラックタイガーにいくらもらったか知りませんがお仕事ちゃんとやらないと消されますわよ!〟

〝口頭じゃなく書き込みで歯切れ悪くなるとかよっぽどでしてよ!〟

〝てかそんなカスどもはどうでもいいですの! 光姫様!? 見てますわよね!? さすがにちょっとこれは止めたほうがよろしいのではなくて!?〟



「あああああああああああっ! もう本当に頭がおかしくてイカれてて非常識で最高です! さすがはカリンお嬢様……! 私なんかじゃ考えもつかない異常行動ばっかりで刺激的すぎる……! カリンお嬢様は一体どこまで私をドキドキ夢中にさせてくれれば気が済むんですか!?」



〝ダメみたいですね……〟

〝知ってた速報〟

〝光姫様にカリンお嬢様のブレーキ役を期待するとかにわかかな?〟

〝光姫様……わたくしたちがカリンお嬢様に対して常日頃思っていても(ちょっとだけ)自重していることをそんなハッキリと……〟

〝頭がおかしい、イカレてる、非常識、異常行動の罵倒4連発は草〟

〝これもう半分ブラックタイガーからの刺客だろ光姫様wwwwww〟

〝カリンお嬢様のことをありのまま表現したら罵倒になっちゃうからね、仕方ないね〟



「――あ、でもこれはしっかり言っておきたいんですが、このお紅茶攻略はカリンお嬢様が常識では考えられない強さを有しているから成立するものなので皆さんは絶対真似しないようにしてください。たとえ上層でもです。装備もちゃんと動きやすさと急所の守りを最優先でお願いします。ダンジョン攻略はそう甘いものではないので。郎党の皆さん、お手数おかけしますがこの注意喚起については切り抜いて拡散しておいてもらえると助かります」



〝うわぁ!? いきなり落ち着くな!〟

〝光姫様、多重人格並の切り替えで草〟

〝実際光姫様ファンスレでは真面目な実況解説の「光姫様」とカリンお嬢様フリークの「闇姫様」で別人として扱いはじめてて草なんよ〟

〝なんやそれ草〟

〝闇堕ち扱いはおハーブ〟

〝カリンお嬢様狂いになってるときのほうが輝いて見えるから「闇姫」様じゃなくて「大光様」とかでは?〟

〝光が強すぎてこっちの目が潰れるから実質闇なんだよなぁ〟

〝興奮で我を忘れててもこういう注意喚起はしっかりできる光姫ちゃんは立派だね(白目)〟



 と、2人のお嬢様の奇行に両チャンネルでコメント欄がざわついていたところ、


『ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 紅茶を持って下層をゆくカリンの前に立ちはだかる巨大な影があった。

 筋骨隆々の牛頭モンスター、下層最強と名高いミノタウロスだ。



〝またこいつか!〟

〝カリンお嬢様よくこいつと遭遇しますわね!?〟

〝あれ? でもなんかこいつおかしくね?〟

〝でっっっっっっっっっか!?〟

〝角の大きさと筋肉量おかしくね!?〟

〝なにこいつ!? ジム通いミノタウロス!?〟

〝肩にでっかいジープ乗せてんのかい!?〟



「あ、これは強化種ですね」


 引き続き解説モードの光姫が口を開く。


「深淵まである大ダンジョンは全体の魔力が濃いせいか、下層域に差し掛かったあたりから通常のダンジョンよりも強化種が出やすくなるんです。強化種との遭遇は通常、間違いなくイレギュラーに分類される事象ですが……深淵保有ダンジョンともなるとこれが普通と考えてもらってさしつかえありません。そしてミノタウロスの強化種についてですが……その特性は通常種を遥かに上回る打撃耐性に身体能力。どんなトップ探索者も打撃で仕留めるのはまず不可能です」


 光姫のその言葉を証明するように――ドゴォ!


「ブモッ!? ~~ッ! ブモオオオオッ!」


 お紅茶持ちカリンのパンチを食らった強化ミノタウロスが吹き飛んで壁に叩きつけられる。が、ダメージを負ったような悲鳴は上がるものの肉体は健在であり、殺意に溢れた顔でカリンを睨み返していた。



〝!?〟

〝うわお嬢様のパンチ耐えた!?〟

〝ウソだろ!?〟

〝お紅茶装備で全力のパンチとはほど遠いだろうとはいえマジで!?〟

〝いやみなさん驚くとこそこなんですか!? なんか目に見えないパンチ? 放ったはずなのに紅茶が全然こぼれてないんですけど!?〟

〝なんで紅茶がこぼれてないことよりミノタウロスが打撃耐えたことのほうが驚かれてるんだこの配信……〟

〝ご新規と古参の間で認識に致命的な乖離があっておハーブ〟

〝いやマジか……こんなヤバい強化種がイレギュラー扱いされないとか深淵保有ダンジョンって冗談抜きでヤバいんだな……〟

〝高難度ダンジョンってなにがどう高難度か知らなかったけどこれは……〟

〝え、これお嬢様どうすんの!?〟

〝とりあえずお紅茶いったん捨てて本気でかかってくださいましお嬢様!〟

〝さっきダンジョンスパスパ切ってた刀がありましてよ!〟



『ブモオオオオオオオオッ!』


 壁に叩きつけられていたミノタウロスが反撃に転じようと雄叫びをあげる。


「遅いですわ」


 が、次の瞬間――ヒュッ!

 

 先ほど打撃を放ったカリンが瞬間移動めいた速度で強化ミノタウロスの眼前に肉薄。


 ドゴン!


 間髪入れずその拳をミノタウロスの最硬部位である顔面に叩き込んだ。

 さらには――ドゴン! ドゴン!! ドゴゴン!!! ドゴゴゴゴゴゴゴゴン!!!!!


『ブモッ!? ブッ!? オ゛ゴッ!?  オ゛ッ!?  オ゛ンッ!?  オ゛ッ!?  オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッオ゛ッ!?!?!?!?』


 一切の反撃を許さないとばかりに一方的に拳を連打。

 

 強化ミノタウロスはダンジョン壁に後頭部を何度も叩きつけられまくり、壁と拳の間で脳を激しくシェイクされるたびに鈍い悲鳴を幾度も漏らす。やがて――ドサッ


 首から上をボッコボコのボロ雑巾にされた強化ミノタウロスが力なく崩れ落ちた。


『むぅ。〈無反動砲〉があるとはいえ、やはりお紅茶をこぼさないようにすると盛れる攻撃スキルに限りがありますわねぇ。強化ミノタウロス様ともなると殴り殺すのに少し手間取って……。撲殺に20発もかかるなんて、わたくしまだまだ修行不足ですわ!』



〝ヒェ……〟

〝う、うわ……〟

〝え……強化ミノタウロスさんこれ普通に殴り殺された……?〟

〝修行不足とは一体……〟

〝いやあの……ミノタウロスさん猟奇殺人事件の被害者みたいになってますけど……〟

〝これ下手に一撃で殴り殺すより遥かに怖いやろ!?

〝これでまだお紅茶&ドレスデバフ解除、各種魔法武器という引き出しが残っているという事実〟

〝お嬢様普通に「撲殺」とか言ってて草〟

〝視聴者ドン引きでおハーブ〟

〝狂喜乱舞してるのは光姫様だけですわ!?〟

〝てかミノ強化種ガチで強いな……〟

〝紅茶デバフありとはいえお嬢様の拳を19発も耐えるとかモノホンの怪物ですわ!〟

〝いやおかしいおかしい! なんで強化ミノを撲殺したカリンお嬢様より20発で死んだミノタウロスのほうが評価されてんですの!?〟

〝カリンお嬢様に常識が通用しないのはもう常識なので……〟

〝なにもかもイカれてるよこの配信……〟



 そうして下層最高の打撃耐性を持つ強化ミノタウロスをも素手で秒殺したカリンはそのまま下層をお優雅に爆走。当然のように紅茶+ドレスですべての攻撃を避けまくり、


『下層ボス様のほうがミノタウロス様より全然柔らかいですわね!』

『グオオオオオオオオオオオオ!?』


 下層第1層ボス、撲殺。


『あ、ラージキメラ様! 今度は間違えませんわよ! 毒霧で画面が見づらくなる前にぶっ潰しますの!』

『グギャアアアアアアアアアアアア!?』


 下層第2層ボス、秒殺。3層ボス以下略。


「きゃああああああ! そのままイカれたお優雅の道を突き進んでくださいカリンお嬢様あああああああ!」

 

 カリンのお紅茶快進撃が続くなか、完全に応援上映状態と化した光姫は大フィーバー。


 光姫の奇声が響く解説配信は「♯解説して光姫様」のハッシュタグがトレンドに乗るまでの事態になるのだが……あの冷静沈着なサムライガールがクレイジーな有様になっていると海外で話題が波及。


 ぶっ壊れた光姫が海外で軽くバズったことにより、なんやかんやでカリンの深層攻略配信の拡散に大きく貢献するのだった。



      〇


「ふぅ……! これで下層も踏破ですわね!」


 下層第4層ボス部屋。

 

 下層ボス最強の一角と名高い害悪モンスター、ヴェノクラゲをあっという間にぶちのめしたカリンは紅茶を飲みつつ大きく息を吐いていた。



〝マジか……ヴェノクラゲさんまでお紅茶装備と素手で無傷突破すんのかよこのお嬢様……〟

〝おかしい……武器をも溶かす猛毒と再生能力、周囲の風景に溶け込む擬態能力とはなんだったのか……〟

〝ヒント:お嬢様の毒耐性スキルカンスト、ヴェノクラゲさん以上の再生能力を持ったワイアーム撃破の実績、はちゃめちゃな感知能力〟

〝てかそもそもカリンお嬢様のドレスがヴェノクラゲ素材からできてるって話だったし……〟

〝にしたって紅茶&ドレスで秒殺は異常でしてよ!?〟

〝猛毒液まみれの超速毒針射出されたのに普通に空中キャッチして投げ返してたのおハーブすぎるだろ!?〟

〝お嬢様、なんか前より強くなってません……?〟

〝あの、この人ほんとうに人間なんですか……?〟

〝とりあえず外見は……〟

〝外見すら「下層にドレスとお紅茶」で完全に人外の絵面なんだよなぁ〟



 カリンの非常識なダンジョン攻略を受けてコメント欄も大盛り上がり。


 下層最終ボスも撃破して一息ついている最中だというのにその勢いは留まるところを知らず、常人の動体視力ではまず追えない速度でコメントが流れ続けていた。


 だがそれも当然だろう。


「……っ! ど、同接300万ですの……!?」


 カリンが上層中層をぶち抜き下層でお紅茶配信を行っている間に、その視聴者数はさらに膨れ上がっていた。


 最近ではちょっと信じられないような同接数もどこか当たり前になっており、非常識な数字にも少しは慣れてきたつもりだったのが……さすがにこのぶっ飛んだ数字は口からまたお下品な声が漏れそうになる。


(こ、こわ~ですわ……まだ下層を突破しただけですのに……)


 光姫が頑張って実況解説してくれているおかげでもあるのだろう。

 かつてない数字に深層攻略なんかよりもよっぽど肝が冷える。


(けど、今回の配信はできるだけたくさんの人に見てもらうことが重要だって真冬も言ってましたものね! この勢いでガンガンいきますわよ!)


 カリンとしては特別凄いことに挑戦しているつもりはあまりないのだが、少なくとも「公式記録において」未成年の深層ソロ攻略は間違いなく偉業だと真冬から聞いている。


 それを配信しながら達成したとなればいまふっかけられている疑惑は大きく払拭され、カリンの大切な人たちに降りかかる迷惑も吹き飛ばすことができる。


 そしてその効果は偉業を直接目にする人の数が多ければ多いほど効果的なのだ。


「それではいよいよ今日の本題――深層に潜っていきますわ!」


 300万などという数字にビビっている場合ではない。

 むしろここからさらに数字を伸ばしていかないと、とばかりにカリンは堂々と宣言した。


 真冬の言いつけに従いしぶしぶお紅茶を懐にしまったカリンの視線の先にあるのは、ボス部屋の奥でぽっかりと口をあける深層への入り口だ。 



〝いよいよか……〟

〝上層中層ぶっ壊しとか下層お紅茶のインパクトで吹っ飛んでたけどマジで深層いくんだなこれ……〟

〝うわなんかめっちゃ緊張してきましたわ……〟

〝渋谷のとき深層ボスの暴風龍を無傷で倒してるから大丈夫だろうとは思うけど…どんなバケモンが何体出てくるかもわからんのが深層だからな……〟

〝お嬢様マジで命にだけは気をつけてくださいまし!〟

〝死んじゃったら疑惑払拭もなにもなくなっちまいましてよ!〟

〝トレンドがだいぶ前からカリンお嬢様一色だったけど、ここにきて「深層突入」が爆速でトレンドあがってきたな〟

〝いまやってる配信どこもかしこも「カリンお嬢様深層突入!」って書き込んでる鳩がめっちゃ湧いてるわ〟

〝深層配信なんて見られるもんじゃないからな普通……〟

〝これ同接マジでどこまでいくんだろ〟

〝カリンお嬢様本当に気をつけて!〟



 カリンを心配する書き込みが爆発的に増える。

 だが……そのコメントの雰囲気はカリンが歩を進めるごとに困惑と叫喚に変わり始めた。



〝あれ?〟

〝ちょ、ちょっと待ってお嬢様!?〟

〝カリンお嬢様!? あのなんか普通に深層向かってますけどお着替えはしないんですの!?〟

〝なにやってるんですかこの人!?〟

〝やっぱりこうくると思ってましたわ!〟

〝なんでこの人ドレス着たまま深層向かってんだ!?〟

〝さすがにガチ装備に着替えてくれるだろうと思ってたわたくしがバカでしたわ……〟

〝あのカリンお嬢様確認なんですがもしかしてそのドレスのまま深層に突撃するおつもりですの!?〟



「もちろんですわ!」


 悲鳴じみた困惑の流れるコメント欄にカリンが元気いっぱいお返事する。

 

「ご新規の方も多いようなので改めて説明しておくと、わたくしがダンジョン配信者を志したきっかけはアニメ『ダンジョンアライブ』のセツナ様に憧れてのこと。かつてわたくしがセツナ様に元気づけられたように、ドレスを着たままモンスターに一発もかすらせないお優雅な攻略で皆様にも楽しんでもらいたいと思ったからですわ! つまりこのドレスはわたくしの原点とも言える一張羅。深層挑戦程度で着替えたりはしませんの!」



〝おい嘘だろこの子!?〟

〝待て待てカリン様! 深層でドレス配信したいなら1回踏破したあとでいいでしょ!?〟

〝下層でお紅茶飲みながらノーダメージだったお嬢様ならまあ……いやでもやっぱり万全の状態でいったほうがいいって! 深層は異世界なんだから!〟

〝下層ですら強化種が珍しくない魔境なんですから高難度ダンジョンは深層も普通よりヤバいと思ったほうがいいですわよ!?〟

〝普通より難易度高い深層に初見ドレスで挑むってこの子頭おかしすぎません!?〟

〝疑惑払拭のために無茶してない!? 本当に大丈夫ですの!?〟

〝未成年のダンジョン到達階層世界記録じゃなくてアホの世界記録に挑戦してんだろこれ!?〟

〝ダーウィン賞お嬢様になっても知らねえぞおい!〟


@光姫:それでこそカリンお嬢様です! 常人なら直接向けられるだけで気絶するだろうあの異常濃密魔力を発散してたカリンお嬢様ならこのくらい……!


〝ちょっと光姫お嬢様は応援上映のほうに戻っててくださいます!?〟

〝これ以上カリンお嬢様が非常識になられたらわたくしたちの心臓が保ちませんの!〟

〝光姫様ちょっと怒られてて草〟

〝いやちょっと待って常人が気絶する魔力ってなんの話ですの……?〟

〝おいおいおいおい本当にドレスで深層についちゃいましたわよ!?〟


 

 コメント欄が阿鼻叫喚になるなか――カリンはのほほんとした表情で深層と呼ばれる領域へと足を踏み入れる。


 いままでと同じ、魔力である程度の視界は確保された薄暗い岩窟。

 だがそこはこれまでよりも遥かに広く天井の高い、地下とは思えない巨大通路が続く空間だった。


 まるでそれだけの広さがなければ収容できないモノが潜んでいるとでもいうような――とそのときだ。


 ドドドドドドドドオオオオオオオオオオオオ!


 ダンジョン全体を揺るがすような震動が鳴り響き――川が氾濫したかと錯覚するような大量の水が暗がりの向こうから突き進んできた。


 しかもその大水はただの水ではなく、


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 全身が水で構成された竜。意思を持った氾濫河川。


 そうとしか形容できない脅威がカリンを飲み込まんと突っ込んできたのである。



〝うええええええええええええええ!?〟

〝はあ!? なんじゃありゃ!?〟

〝鉄砲水の罠!?〟

〝いやあれモンスターじゃねえの!?〟

〝水の竜!?〟

〝飲み込まれたら終わりだぞ!?〟

〝ラージスライムどころの騒ぎじゃねえぞなんだこれ!?〟

〝なんかいきなり災害みてーなやつが来たんだが!?〟

〝深層ヤバすぎんだろマジで!?〟

〝お嬢様マジで着替えたほうがいいって!〟

〝いやこれ着替えたところでどうにかなんの!?〟

〝いったん引き返せすぐ後ろに通路あるんだから!〟


 

 コメント欄が深層の洗礼に半狂乱となる。が、


「おおっ! さすがは深層!」


 カリンは声を弾ませて、


「一発目から配信映えするド派手なモンスター様で幸先が大変よろしいですわ~!」

 

 いつかイレギュラーワイアームと遭遇したときのように、迫り来る天災へキラキラした瞳を向け拳を握りしめた。



―――――――――――――――――――――――――――

光姫様がお元気なのもあって文字数がかさんでしましたわ……。

そしてブラックタイガーサイドの反応はのちのちになります。


※あとすみません。前回わかりにくい文章になってしまってたんですが、奥多摩ダンジョンは深層が全部で4層あり、そのうちの3層までをブラックタイガーが開拓しているという設定になります。つまり今回下層で4体のボスを倒したように、深層でもボスが4体待ち受けてるわけですわね!(わかりにくかった箇所の文章は修正済みです)

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