第63話 決意表明


〝いまなんつったんですのこのイカれお嬢様!?〟

〝深層ソロ攻略!?〟

〝しかも配信しながらってマジで言ってんですの!?〟

〝待て待て待て待て!〟

〝お嬢様ちょっとお待ちになって!? 〟

〝いや確かにワイアームや深層ボスを無傷でぶっ殺したカリンお嬢様ならいけるんじゃないかとは思いますけども!?〟

〝さすがに深層モンスターを倒すのと深層ソロ攻略配信はわけが違いますわよ!?〟

〝国家最強級クランが総力あげての命がけで攻略していく本物の地獄やぞ!〟

〝聞き間違いか……? なんか「この程度」って言ってたような気がするんだが……〟

〝????? この山田カリンって人、無実の証明ができないからヤケになってるってことですか? まさか正気じゃないですよね?〟

〝工作員アカまで呆気にとられてておハーブ〟

〝そりゃそうだよ! 俺たちだって「ヤケ起こしてるだろ!?」ってなってんだから!〟

〝お嬢様ちょっと落ち着いてくださいまし!?〟



 ブラックタイガーの工作によってふっかけられた疑惑を払拭するためにとカリンが宣言したその内容に、コメント欄が大騒ぎになっていた。


 深層ソロ攻略配信。


 あまりにぶっ飛んだ宣言に、カリンのファンはおろか工作員らしきアカウントまで一緒になって「ヤケクソか!?」「マジでやめとけ!」の大合唱だ。


 しかしそれも無理はない。


 深層ソロ攻略など、ダンジョン発生から今日まで世界でも数えるほどしか達成したことがないとされる偉業。さらに未成年(二十歳未満)ともなればソロ攻略どころか深層第1層を踏破した者すらほぼ存在しないのだ。


 それをレベル獲得から2年ほどしか経っていないはずの16歳が――それも配信しながら行うなど前代未聞。いくらカリンお嬢様でもヤケクソと思われて仕方のない宣言だったのである。


 なので視聴者たちは必死に落ち着くようコメントするのだが、


「おお、なんだか思ったよりずっと反響が多いですわね……! 深層ソロ攻略なんて奈落で活動してるセツナ様たちに比べたら全然大したことないと思ってましたけど、確かにこれなら疑惑の払拭も――って同接200万ですの!? ひぇ……連日の騒ぎで良くも悪くも注目度が上がってるのはわかってましたけど、ただの自宅配信でこの数字はめっちゃ怖いですわね……」



〝いや同接数より深層のほうにビビってくださいまし!?〟

〝自分がどんだけヤバい宣言してるのか全然わかってない感じでおハーブ〟

〝いやまあこの状況での同接200万は怖いだろうけども!?〟

〝誰かお嬢様にちゃんと深層の怖さを教えてあげてくださいまし!〟

〝光姫様とか隣の親友ちゃんとか常識人ちゃんといるでしょそっち!?〟


@光姫:大丈夫ですよ皆さん! カリンお嬢様なら深層ソロ配信が不可能なんて常識、ブラックタイガーごと粉砕してくれるに決まってますよ!


〝光姫様なにやってんですの!?〟

〝ダメみたいですね……〟

〝ここ最近の発言で判明したけどこの人カリンお嬢様の狂信者なので……〟

〝そういえば光姫様、カリンお嬢様サイドにつくために実家と縁切った発言してらしたわね……〟

〝てゆーかよく考えたら光姫様と穂乃花様がこの告知配信の宣伝してたし深層ソロ攻略配信ってのも親友ちゃんの入れ知恵っぽい口ぶりだったし……〟

〝あれこれもしかしてカリンお嬢様サイドやばい子しかいない……?〟

〝カリンお嬢様1人でも手に余るのに増殖連携されたらもう打つ手がねーよ!〟



 カリンの説得が不可能っぽい雰囲気にコメント欄に速攻で諦観が漂いだす。そんななか、


 ¥50000

 カリンお嬢様マジで考え直してくださいまし!

 カリンお嬢様がイカレた強さしてるのは十分わかってますが、深層はガチでヤバいんですの! お嬢様たちの年だと知らないかもですが、15年前にはこんな大事件もあったんですのよ!?→ URL



〝あ、これは……〟

〝荒川ダンジョンの悲劇か……〟

〝そういえばこんな事件もありましたわね……〟

〝カリンお嬢様ちょっと配信止めていいからマジでその記事1回読んでくれ! 深層は本当にヤバいってわかるから!〟



「荒川ダンジョンの悲劇、ですの……?」


 高額スパチャとともに投下されたリンク。そして一斉に書き込まれた「これ読んで!」のコメントにカリンはそのURLをクリックした。


 表示されるのは過去のニュース記事。


 日本探索者の歴史のなかでも指折りの大事件、通称「荒川ダンジョンの悲劇」についてだった。


 レベル2000以上の探索者18名で構成された、当時としては文句なしに国内最強の連合探索者パーティが深層で壊滅したという痛ましい事件。


 相性の悪い魔法生物の大群と遭遇したからとも、なんらかのイレギュラーや初見殺しに見舞われたせいとも言われているが現在に至るまで詳細は不明。


 わかっているのは当時日本を代表していた探索者の多くが深層で消息を断ったいうことだけ。多くの戦力を失った日本が今日に至るまでダンジョン後進国と呼ばれるようになった最大要因のひとつとも言われる大事件だった。


 その記事リンクで当時のことを思い出した視聴者も多いのか、改めてコメント欄の雰囲気が深刻なものとなる。



〝ねえやっぱいくら深層ボス殴り殺したお嬢様でも深層ソロ攻略は危なすぎるって〟

〝いくらいまより深層の情報が少なかったっていってもレベル2000以上の探索者18人がほぼ全滅って……〟

〝レベル2000以上18人での探索って当時よりダンジョン情報の揃ったいま考えても深層探索に十分な戦力のはずなのにな……〟

〝だから深層はどんなトップランカーも一瞬の油断と運の悪さで死ぬ可能性のある魔境扱いなんよ〟

〝わかったでしょお嬢様!? 深層は本当にヤバいんだって!〟

〝あの大蛇ほどじゃないだろうけど通常モンスターからして異次元な魔法生物ばっかだし、そこにイレギュラーや大群の出現なんかが重なったら本気で死ぬぞ!〟

〝無実の証明は大事だけどそれで死なれるくらいなら引退のほうが全然マシでしてよ!?〟

 


「皆様が心配してくださる気持ちはよくわかりましたわ」


 カリンは爆速で流れていくコメントを見て、


「でもこれ、深層に挑んだ方たちのお話ですわよね?」



〝え〟

〝は?〟

〝ちょ〟

〝いまなんかめっちゃぞわっとしたんですが……〟

〝「たった」ってカリンお嬢様ぇ……〟



「ええ、もちろん皆様が心配してくださっているのはとてもありがたいですわ。でもわたくし、なにもヤケになってこんなことを言っているわけではございませんの。それに――」


 カリンは用意していたお紅茶を一口、


「この疑惑をぶっ飛ばしてまた皆様にお優雅な配信を楽しんでいただくため、わたくしを信じてくださってる方々のため、この深層ソロ攻略は絶対に譲れませんの。だから皆様わたくしの無実を信じるというのならわたくしの力も信じて、週末の深層ソロ攻略配信をお待ちくださいですわ!」



〝本気なのかよ……〟

〝マジかお嬢様〟

〝あ……これ顔は笑ってるけどダンジョン崩壊のときと同じガチの雰囲気がしますわ……〟


 そこまで言われたらもう止められない。


 瞳に有無を言わさぬ力を込めるカリンにコメント欄が圧倒されるなか、カリンは改めて数日後の週末に行うという深層ソロ攻略配信の日程を告知するのだった。



      〇



「……!? 深層ソロ攻略配信だと!?」


 ブラックタイガーの本拠地に驚愕の声が響く。

 山田カリンがどう動くのか、ほくそ笑みながら配信をチェックしていた黒井である。


 一体どんな言い訳や釈明で悪あがきするつもりなのかと楽しみにしていたのだが……状況をすべてひっくり返すようなふざけた一手を宣言され目を見開いていた。


「バカな、あの知性のかけらもなさそうな怪物からこんな一手が……!? あの隣にいた女がブレーンか……!? い、いやだが落ち着け。確かに山田カリンは深層ボスをも殴り殺すようなバケモノだが、いくらなんでも深層ソロ攻略など無理がある……!」


 カリンの宣言に驚愕していた黒井は自分を落ち着けるように呟く。


 深層ソロ攻略など、世界でも指折りの怪物しか達成したことのないイカレた所業。

 

 確かに深層ボスまで殴り殺した山田カリンの戦闘力は異常だが、たとえば下層ボスのラージキメラをソロ討伐するのと下層ソロ攻略するのとではわけが違うのだ。 


 深層ともなればなおさら。


 多種多様な特性を持つ魔法生物が跋扈する地獄であり、その種類はダンジョンごとに大きく異なる。相性的に1人では絶対勝てないような初見殺しと情報ゼロで遭遇する可能性も高く、だからこそ深層はどんな実力者でもパーティを組んで挑むのである。



「王虎、お前は深層ソロ攻略をやれといわれたらどうする?」


「……。できれば御免被りたいが、挑む深層の完璧な情報を揃えて相性の悪い相手が出るダンジョンは回避、入念に事前準備をしたうえで命を賭ければどうにかといったところか」


 レベル2900。長きにわたり第一線で戦い続けたブラックタイガーの最高戦力であり、国内最強の一角である探索者、鬼久保王虎をしてこう言わしめるのが深層だ。


 仮にやむにやまれぬ事情で挑むにせよ、王虎の言うとおり入念な下準備と情報の獲得、相性の悪い魔法生物の回避や対策は必須。


 しかし深層の情報は些細なものでも数千万単位で取引されるうえに、文字通り命と引き換えに得た情報を重要資産として秘匿しているクランも多い。


 山田カリンがどこの深層に挑もうとしているのかは知らないが、仮に警察や国のバックアップがあったとしても深層の情報を数日で完璧に揃えるなど不可能なのだ。


 つまりこの深層攻略は無謀もいいところ。

 それも集中力や注意力がどうしても阻害される配信を行いながらソロ攻略するなど正気の沙汰ではない。


 無論、対応力に長けたユニークスキル〈神匠〉を持つ山田カリンならあらゆる状況に対処できても不思議ではないが……そもそも挑む深層の情報がなければ事前対策もクソもないのだ。

 

 それになにより、


「……大丈夫。山田カリンが深層ソロ攻略を宣言しても私の直感は疼いていない。確かにこれで深層ソロ攻略など達成されてはふっかけた疑惑も吹き飛びかねないが……ヤケクソの深層攻略で野垂れ死ぬか逃げ帰るのがオチだ」


 黒井は確信とともにそう呟く。

 これまであらゆる危険を回避してきた優秀な直感とは別に、胸の奥で妙にざわつく嫌な予感には無自覚なまま。


      〇


 カリンの深層ソロ攻略宣言の直後から、世間は大騒ぎだった。


 もともとカリンの釈明配信(と思われていたもの)は注目度が極めて高かったこともあり、多数の記者が張り付いていたのだろう。


 カリンの深層ソロ挑戦については配信が終わるやいなや無数のネット記事が出回り、もはや掲載していないニュースサイトを探すほうが難しいレベル。


 各種SNSや掲示板ではどこもかしこもカリンの話題一色。

 もちろんそれは好意的なものばかりではなく、「いやできるわけない」「大げさなこと言って誤魔化そうとしてるのが見え見え」と工作員を中心とした否定意見もあったが、「工作員ども! もっと強く言ってあのおバカお嬢様を止めてくれ!」と一部カリンファンとアンチの間に謎の呉越同舟が見られるなどカオスな状況に。


 巨大な疑惑が持ち上がっていた有名女子高生配信者が一転して世界的な偉業に挑戦するという状況に、それまで静観していたTVマスコミも大きく反応。


 様々な要因が重なり、まさに日本中がその深層攻略配信に注目しているといっても過言ではない状況が出来上がっていた。


 そして迎えた週末。


『それじゃあカリン、準備はいい?』

「ええ、改めて用意した魔法装備のチェックに浮遊カメラの補強、どちらもばっちりですわ!」


 東京西部の山岳地帯にある、奥多摩渓谷ダンジョン。


 第3層途中という国内屈指の高難度大ダンジョン前にて。


 電話越しの真冬に元気いっぱい宣言したカリンはいつものドレス姿で深呼吸を数回。


「――よし、やりますわよ!」


 のちに「日本のクラン勢力図をばちぼこに一変させた」と称される配信を開始した。

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