第62話 虎の謀略と力業

「あの状況でまたしても犠牲者ゼロとは……想定はしていたがやはり埒外のバケモノだな、山田カリン」


 ブラックタイガーの本拠地にて。

 クランマスターの黒井はタブレットに映るネット記事に目を落としていた。


 記事になっているのは先日のダンジョン崩落事故である。

 命がけで奮戦した四条光姫ほか引率3人の活躍と、彼らが力尽きる寸前に駆けつけた山田カリンの劇的な救出劇について書かれており、普通ならあり得ない犠牲者ゼロに誰もが沸き立っていた。


「まったく。犠牲者の1人でも出てくれれば山田カリンのついでに目障りな光姫の所属クランホワイトナイトにも打撃を与えられたんだがな」


 黒井は少しばかり不満げに漏らす。

 だがそれはあくまで100%理想通りにはならなかったことへの贅沢な不満だ。


「まあいい。犠牲者が出ればベストだったのは確かだが……あの崩落〝事故〟に山田カリンが居合わせた時点でこちらの狙い通りだ」


 黒井はニュース記事のコメント欄や各種掲示板に目を落とし――自らが仕込んだ策が毒のように広がっていく光景に口角をつり上げた。


      〇

 

【これが現実】四条光姫ことシン・フィストファックお嬢様について語るスレpart34【光姫様ファンは受け入れろ】



107 通りすがりの名無しさん

いやほんま繰り返しになるけどフィストファック書き込み戦犯ニキが光姫様だったの歴代配信者のスキャンダル(?)のなかでもトップクラスの笑撃しょうげきだったろwwww


108 通りすがりの名無しさん

ダンジョン崩落犠牲者ゼロと光姫様のカミングアウトでネットの話題が二分されてたのカオスすぎるwwwww


109 通りすがりの名無しさん

奇跡的な救出劇と同時にシン・フィストファックお嬢様爆誕とか温度差で風邪ひくわwwww


110 通りすがりの名無しさん

てか事件後の光姫様の謝罪配信がズルすぎるwwwww

配信者の謝罪で定番のスーツ着て配信してたやつ、絵面がもう完全に笑っちゃいけない配信者24時だったからなwwwww


111 通りすがりの名無しさん

めっちゃ真面目かつ深刻な雰囲気で「本当のフィストファックお嬢様は私なんです。カリンお嬢様は被害者なんです」とか謝ってるのもう完全に笑わせにきてただろwwww


112 通りすがりの名無しさん

同接100万超えてたし恐らく全国で最低でも3、400万発のタイキックが炸裂してる。ワイは5発食らった


113 通りすがりの名無しさん

それもうタイキック係のムエタイ選手のほうが足折れて死ぬだろwwwww


114 通りすがりの名無しさん

配信中にカリンお嬢様が「気にしなくていいんですのよ!」「わたくしは許してますというか怒ってないですわ!?」って繰り返しまくってたの微笑ましかったなww


115 通りすがりの名無しさん

光姫お嬢様は責任とってカリンお嬢様に常識を教えてあげて! って言われまくってたのほんまおハーブ


116 通りすがりの名無しさん

光姫お嬢様の自白しばらく信じられなかったけど、光姫様が書き込みに使った裏垢画面まで証拠提出されたらもう信じるしかなかったぜ……


117 通りすがりの名無しさん

自分の書き込みだけ枠で囲って表示するやつな

アカウント名も一致してたし


118 通りすがりの名無しさん

あの証拠画面、光姫様ファンスレの面々が「合成に決まってる!」って検証に乗り出して無事討ち死にスレ阿鼻叫喚なのクソ笑ったわwwwww


119 通りすがりの名無しさん

やだやだ信じない! 光姫ちゃんはあんな書き込みしない! 真面目で清楚でみんなに優しい最高のダンジョン配信者なんだよ! あんな下品な書き込みなんてしないもん! シン・フィストファックお嬢様なんかじゃないもん! 本物のお嬢様だもん!


120 通りすがりの名無しさん

ほい光姫様の自白検証まとめ → URL


121 通りすがりの名無しさん

おぎゃああああああああああああああああ!?


122 通りすがりの名無しさん

光姫様ファンがお生まれになってて草


123 通りすがりの名無しさん

元気な男の子ですわね~


124 通りすがりの名無しさん

この子産声が断末魔なんですがそれは


125 通りすがりの名無しさん

しかしまあちょいスレチだけどカリンお嬢様マジですごかったよな

てか配信者として持ってるわ

深層イレギュラー遭遇にダンジョン崩壊犠牲者ゼロでさらにはダンジョン崩落まで解決とか前代未聞すぎる


126 通りすがりの名無しさん

どれかひとつだけでもとんでもないのにな

でもって光姫様のフィストファック書き込みを必殺技名に採用して事故った挙げ句今回の謝罪配信に繋がるとかもう配信の神に愛されてるだろwwww


127 通りすがりの名無しさん

持ってるっていうか、自作自演なんじゃないですか


128 通りすがりの名無しさん

山田カリンという配信者はダンジョン崩壊もダンジョン崩落も自分で引き起こして自分をヒーローに仕立て上げているという疑惑があります。皆様はどう思われますか?


129 通りすがりの名無しさん

これだけ多くの事件に居合わせているのはいくらなんでも出来すぎだと思うんですが


130 通りすがりの名無しさん

え、なにこの連投……


131 通りすがりの名無しさん

うわ出た


132 通りすがりの名無しさん

カリンお嬢様の名前出すとどこのスレでも速攻しゅばってくんなこいつら……


133 通りすがりの名無しさん

え、マジでなにこれ? アンチ?


134 通りすがりの名無しさん

なんか崩落事件以降、各種掲示板やSNS、ネット記事コメ欄にめっちゃ湧いてんだよ。空気読まずにひたすら疑惑連呼


135 通りすがりの名無しさん

ほんと急に爆増したよな

カリンお嬢様の話題はこういうのほぼないのが快適だったのにさぁ


136 通りすがりの名無しさん

てかこの疑惑(っつーか言いがかり)、ブラックタイガーと懇意って有名なインフルエンサーとか有名人も急に反応しまくってるよな


137 通りすがりの名無しさん

はあ? まさかブラックシェルの件で報復にでもきてんの?


138 通りすがりの名無しさん

おいおいおい

だとしたら逆恨みもいいとこなんだが?


139 通りすがりの名無しさん

あーもう(またスレの流れが)目茶苦茶だよ

面倒だからBANしろスレ主


140 スレ主

既に完了してますわ!


141 通りすがりの名無しさん

有能


142 通りすがりの名無しさん

いやけど最近マジで各種SNSやネット記事コメントでもめっちゃ湧いてきてウザいんだよな。次のカリンお嬢様の配信不安だわ


143 通りすがりの名無しさん

マジでなんなの……


      〇


 最初の異変は、ダンジョン崩落事件を解決してすぐあとのことだった。


「さて、それでは今日も配信をやっていきますわよ! 皆様ごきげんようですの~」


 ダンジョン崩落事件やらシン・フィストファック事件やらをどうにか収拾させてからはじめての雑談配信。


 1人の犠牲者も出さずにダンジョン崩落事件を解決し、光姫の様子がおかしかった理由も判明、ついでに登録者数も激増となにもかもが順調ななか、カリンは自宅での配信をスタートさせる。


(あ、あわわ……雑談配信なのにもう同接が10万とかいってますわ……な、なんか順調すぎて怖いですわね……)


 異常な勢いで増えていく同接にカリンは改めておののく。


 穂乃花の一件や光姫とのアレコレでチャンネル登録者数がちょっと意味不明なくらい伸び、現在は800万越え。崩落事件解決で改めて注目度が高まっていることもあってか「あのヤバいお嬢様の配信はここですか!?」「マジでドレスだ!」と新規視聴者らしいコメントも多かった。


(しかし油断は禁物。事故がきっかけなのであまり喜ばしいことではないですが……せっかくわたくしのチャンネルに来てくださったんですもの。お優雅な配信で楽しんでもらって、しっかり固定視聴者様になってもらいませんと!)


 さしあたってはダンジョン崩落事故や光姫のカミングアウトについて触れたあと、以前できなかった下層でのお紅茶攻略配信リベンジの告知をしよう。


 とカリンが新規視聴者たちを長期ファンにすべく話しはじめたときだった。



〝疑惑の配信者の配信ってここですか〟

〝山田カリンさん、いま色々と疑惑がありますけど嘘ですよね?〟

〝ダンジョン崩壊とダンジョン崩落を起こした疑惑について否定したほうが……〟

〝自作自演疑惑があるって聞いたんですけど説明してほしいです〟



「……? え、なんですのこれ」


 ほかのコメントを押し流す勢いでどっと増えた謎のコメントにカリンは目を丸くする。

 これまでのコメントとはまるで違うノリ。

 しかもその内容はカリンにとんでもない疑惑がかかっているというもので、


「!? !? 自作自演!? ダンジョン崩壊と崩落がわたくしの仕業!? え、な、なんですのそれ!? わたくしそんなことやってませんわよ!? セツナ様に誓って!」


 あまりに突拍子もない疑惑。しかもかなりの数のコメントに思わず声が裏返る。



〝うわ……やっぱり配信にも湧いてきたか〟

〝カリンお嬢様、気にしなくていいですわ!〟

〝ブラックタイガーの逆恨み工作でしてよ!〟

〝言いがかり通り越して荒らしだろこんなん〟

〝カリンお嬢様! こういうときは遠慮なく追放していいんですのよ!〟

〝ついでに魚拓とって開示請求してもいいくらいですわ!〟



 なんだかよくわからないが、いわゆるアンチの荒らし的なものらしい。

 幸い、その疑惑追及コメントは大量の視聴者たちによって押し流され、カリンがあわあわしている間に配信はいつもの雰囲気に戻っていく。


 そうしてカリンは楽しんでくれている視聴者を優先して配信を続行。


「な、なんだかよくわかりませんが……こんな根も葉もない言いがかり、すぐにおさまりますわよね……?」


 と、どうにかその日は無事に配信を終了させてぽつりと呟いたのだが――。


 カリンの予想に反し、騒ぎはおさまるどころか異常な速度でどんどん拡大していった。





『特集記事! いま話題の配信者、山田カリンの大いなる疑惑!』

『劇的な功績はすべて自作自演だった!?』

『まだ分別のつかない16歳の子供があれだけの力を持ってるわけですからね。なにかやっててもおかしくはないでしょう。ほらよくいるでしょう、ネットの数字に踊らされて過激なことやっちゃう人。彼女の今後のためにもしっかりと大人が追及していく必要が――』

『なんにせよ一度公式の場で正式に無実を証明してほしいですよね』

『普通なら無理のある疑惑なんですが、あれだけ常識外れな力を持ってるうえにこうも立て続けに大事件との遭遇が続くとねぇ。毎回事件に遭遇する名探偵じゃないんですから』

『野党としてはこのような疑惑を持つ未成年者と強い繋がりを築き持ち上げた警察にも説明責任があると――』

『そもそも彼女ちょっと頭がおかしいでしょう。やってても不思議ではないですよね』



「な、なんですのこれええええええええええええ!?」


 スマホをつければ飛び込んでくる惨状にカリンは絶叫する。


 なにせその「疑惑」はネットの無責任な書き込みに留まらず、有名週刊誌に一部TV、ネットで強い影響力をもつインフルエンサー、果ては野党議員まで、とんでもない規模にまで波及していたのである。


 鎮火の気配などまるでなく、もはや無実を証明せねば配信で皆を楽しませるどころか日常生活すら危うくなるほどに。


      〇


「くく、はははははははっ」


 身元特定開示請求対策に海外のプロバイダを何重にも経由させている工作員たちの書き込み、支配下に置いているインフルエンサーや各種マスコミが大々的に報じる疑義、そしてそれに乗っかってカリンを叩き始めたバカな一部ネット民に黒井は満面の笑みを浮かべていた。


「いいぞ。もっとだ。より多くの人間でバケモノを取り囲み一方的に叩き続けろ」


 人の戦いの歴史とは、いかに遠距離から一方的に相手を攻撃するかを突き詰めた歴史だ。

 体格差リーチの違いによる殴打、棍棒、槍、投石、弓、銃、ミサイル。

 そしてその進化の果てのひとつがマスメディアとSNSである。


 反撃不可能な場所から大量の人間が攻撃を繰り返せばどんな大物にでもダメージを与えることができる。それがたとえ深層ボスを無傷で殴り殺すバケモノであろうとも、社会的な立場を崩すことが可能なのだ。かつて人がライオンやマンモスすらも打ち倒したように。


「直接潰すのが困難な怪物を、数と金にものを言わせた情報戦で潰すか。相変わらずやり方が姑息だな。だがいいのか? いくら山田カリン排除の世論を形成するためとはいえ、ブラックタイガー俺たちとの繋がりが強いと噂されてる有名人やマスコミ連中まで使って。警察どころか下手したら山田カリン本人がここに突っ込んでくるぞ」


「むしろそうなってくれるとありがたい」


 ブラックタイガーの最高戦力、鬼久保王虎の懸念に黒井は余裕の表情で答える。

 

「私たちとの繋がりが露骨でも、所詮はただ『怪しい』だけ。それにもし警察が総力をあげて扇動の証拠を突き止めようが、私たちがやったことはあくまで『危険行為をしている可能性のある怪物への疑惑追及』だ。一線を越えた誹謗中傷を行っているのは純然たる便乗バカどもで、私たちが指示した連中には予防線を張った疑惑の提言に留めるよう念を押してある。訴えられない範囲での報道、立ち回りを熟知したゴミどもだからな。そしてそんな状況で山田カリンが無実の証明ではなく力にものをいわせる道を選べば、それこそ国を挙げた捕縛対象だ」


 山田カリンの戦闘力と影響力を危険視している有力者はブラックタイガー以外にも山ほどいる。それこそこのタイミングで山田カリンがブラックタイガーの構成員を少し殴り飛ばしただけで、世間に浸透しつつある疑義とあわせて一気に本物の危険人物へ仕立て上げることができるだろう。


 仮にそこまでいかずとも、マスコミへの圧力や別件逮捕が行われた時点で海外サーバーを経由させた工作員を中心にもっと騒ぎ立てる予定だ。「力にものをいわせて疑惑を封じ込める山田カリンとその一派」。どう転んでもその印象を損ねることになる。


 普通ならこのように稚拙な疑義で警察とも懇意な有力者を潰すことは難しい。黒井もこんな言いがかりで山田カリンに罪をなすりつけられるとは思っていない。


 だが山田カリンは配信者。つまるところは流行り廃りの激しいネットの娯楽コンテンツなのだ。繰り返される疑義やそれに伴う際限なき口論、解消されない疑惑は驚くほど簡単にファン離れを引き起こし、その人気と影響力を失墜させる。

 

 もちろん根強いファンは残るだろうが、いまのような異常なブームが終焉を迎えるのは確実だった。戦闘力はもとより山田カリンの影響力をこそ最も危険視している黒井にとって、それこそが山田カリンを〝潰す〟ということなのだ。


「それに万が一山田カリンが突っ込んできたところで、私のユニークスキル直感……〈事前危機察知〉があれば襲撃の予測は容易。ブラックタイガーの幹部や財産、そして私自身は確実に逃げられる。まあ拠点の1つや2つ、下っ端の10人や20人は消し飛ぶだろうが……それであの怪物を討伐対象に貶められるなら安いものだ」


「なるほどな。相変わらずの最低野郎だ」


 鬼久保王虎が愉快げに笑い、黒井はそれよりさらに悪辣な笑みを浮かべる。


「さあ、下手な言い訳は逆効果。そもそも「やっていない」ことを証明するなどほぼ不可能。炎上を放置すれば危険極まりない自作自演を行った配信者という印象が既成事実化して世間への影響力は激減。楽しい配信などできなくなり、かといってそのどうしようもない状況に癇癪を起こせば捕縛対象。疑惑の配信者を持ち上げたということで警察も派手に動きづらくなる。終わりだ山田カリン、そしてその一派」


 いくらファンや信者が多かろうと、解消されない疑惑という毒はジワジワと人々の心に広がりコンテンツを死に至らしめる。


 戦闘力はもとよりその影響力が甚大であり、放置すれば必死に築き上げたブラックタイガーの利権や立場がいずれ崩壊するという〝直感〟があった山田カリンという脅威。その怪物の力が徐々に削れていくネット上の様子に、黒井は満足気な表情を浮かべていた。


      〇


「……!」


 佐々木真冬は人でも殺しそうな顔でスマホを睨み付けていた。


 画面に映るのは、親友である山田カリンへの馬鹿馬鹿しい言いがかり。

 明らかに人為的な工作によって生み出され拡大していく疑惑追及の流れだった。


「ブラックタイガー、まさかこんな全力で仕掛けてくるなんて……! 一体どういうつもり……!?」


 ブラックシェルの件でカリンを逆恨みしたブラックタイガーがなんらかの報復を企てるのではないかという懸念は当然あった。


 だがそれはカリン本人の頭おかしい強さに加え、警察との繋がりをこれ以上なく強めるという真冬の策で牽制できていたはずだったのだ。いくらブラックタイガーが国内最強クラスの実力と影響力を持つとはいえ、傘下をひとつ潰された程度でこの布陣に喧嘩を売るはずがないと。


 だが現実として、向こうは全力でカリンを潰しにかかってきた。

 自暴自棄を起こしたカリンに殲滅されるリスクすら完全に無視し、まるでいまここで動かないほうが遥かに危険だとばかりに。


(カリンがブラックタイガーを敵視していない以上、向こうとしては静観がベストのはず。なのにこんな行動を起こすなんて愚かにもほどがある。……いやまさか、なにか自分たちの未来や行く末、選択肢に確信の持てる能力を所持している……?)


 ブラックタイガーが立ち上げから一代で成し遂げた急速な勢力拡大速度を考えればあり得ない話ではない。公安が長年手をこまねいていることからも、連中がなにか未知のリスク感知手段を持っている可能性は極めて高かった。


(いや、もう起きてしまったことへの反省はあと。いま最優先で考えるべきは――)


「真冬ー! こ、ここここれ一体どうすればいいんですのー!? わたくしこんな、登録者数を増やすための自作自演なんてやってるわけないですのにいくら説明しても全然ダメで! は、早くどうにかしないと! 豚箱で臭い飯は嫌ですのー!」


「……ひとまずちょっと落ち着きなカリン。証拠なしで逮捕なんかされないし、今の刑務所の献立はあんたがいつも食べてた粗食より全然マシだよ」


 カリンを落ち着けるように真冬は軽口で返す。


 真冬はいま、突発的な炎上でパニックのカリンに電話で泣きつかれ、対策会議のため急いでカリン宅にやってきていたのだ。


 この手の組織的な「疑惑」は時間が経てば経つほど、あまりものを調べないライト層を中心に既成事実化して手がつけられなくなる。

 顔面蒼白で泣きついてくる親友の言うとおり、一刻も早く事態解決に動く必要があった。



 だが、


「ま、真冬! 本当にこれどうすればいいんですの!? わたくしだけでなく視聴者の方々もいろんなところで疑惑に反論してくださってるみたいなんですが、お優雅とはほど遠い喧嘩になるばかりで全然収まる気配がないんですの! こ、これってもしかして、もうどうしようもないのではなくて……?」


 カリンが懸念するとおり、この騒ぎを解決するのは容易ではなかった。


 これがただの誹謗中傷なら公安が秘密裏に全員抹殺して終わりだし、実際に公安では「必ず社会的に殺すリスト」が真冬主導で既に爆速製作済みなのだが……今回の騒ぎでカリンは「疑惑」をかけられている状態なのだ。


 事を焦って無実の証明より先にゴミどもの社会的制裁を優先すれば、それは「疑惑」に対して言葉ではなく力で応じたことになる。気に喰わない事態を強引にねじ伏せたというイメージに繋がり、「お優雅なお嬢様としてみんなに楽しんでもらう配信」には間違いなく影響が出るのだ。さらに今回の場合、法的措置を講じたカリンを再度貶める二の矢が準備されている可能性が極めて高かった。


 本来ならこれだけの騒ぎになった以上、配信への影響を考慮してなお法的措置が一番である。


 厄介なのは、1000人近いブラックタイガーの工作員たちが海外のプロバイダを何重にも経由しているという点だ。開示請求をかけても身元特定にはかなり手間がかかるし、それが千人以上ともなれば警察が総力をあげても全員逮捕まではかなりの時間が必要だった。国家権力が最大の力を発揮できるのはあくまでその国の中でのこと。加えて今回の炎上が組織的な動きである以上、国境を越えた請求がスムーズに通る国を経由させてはいないだろう。


 そんな状態で疑惑を広めるマスコミや便乗して炎上に加担する有象無象への処罰を優先すれば、工作員たちは身元を特定されづらいのをいいことに「力で疑義を潰す怪物と公権力」のレッテルを貼りまくるに違いない。極めて面倒かつ周到な構図が出来上がっていた。


 大元のブラックタイガーを潰すのも同様の理由から難しく、そもそもそんな簡単に潰せるならいまのいままで公安が手をこまねいていはいない。カリンが直接手を下すなどもってのほかだ。


 なんならブラックタイガーが裏に控えていると匂わせるあからさまな動きはカリンの暴発を促し国を挙げた討伐対象に仕立て上げるための罠の可能性も高く、短絡的な行動はより厄介な状況に繋がると真冬は正確に嗅ぎ取っていた。


 ゆえにこの状況を打開するためにはゴミどもの抹殺準備と並行して、まずはふっかけられた疑惑を最優先で解消する必要がある。


 だがこれはいわゆる悪魔の証明に近い状況。

 やったことを示すのは証拠さえあれば容易だが、逆に「やってない」ことの証明は極めて難しいのだ。


 特にカリンの場合、他者干渉不能のアイテムボックスの存在がでかすぎる。


 いま保持している装備やマジックアイテムをすべて提出して「ダンジョン崩壊なんて意図的に起こせない」と証明しようにも、まだなにか隠し持っているかもしれないと言われれば反論不能なのだ。


 加えていままで散々常識を破壊してきただけに、ダンジョン崩壊を人為的に引き起こしただのという荒唐無稽な疑いも晴らしづらくなってしまっているのである。


 なにより、今回の事態はブラックタイガーが仕込んだ意図的なもの。

 下手な反論をしても頭のおかしい屁理屈で延々と疑惑をふっかけられる可能性が極めて高かった。


 そして厄介なことに、無理筋な屁理屈も喜々として盲信し炎上に加担する人間というのはごまんといる。


 そんななかで事態を穏便に収束させるなど、ほぼ不可能だ。


 敵をただ潰すだけならいくらでもやりようはあるが、カリンの夢である「みんなをお優雅に楽しませる配信者」を維持しようとすれば対抗手段は極めて限られる。


(だとすれば考え得る手段はアレくらいだけど――)


 と真冬が鋭い目つきで対抗手段を考えていたそのとき。


 ピンポーン。

 

 インターホンが来訪を報せた。

「? どなたですのこんな時間に。はいですの~」とカリンが玄関を開ければ、

 

「カリンお嬢様大丈夫ですか!?」

「カリン様平気!? 凹んでない!?」

「カリンお嬢様……ご飯とかちゃんと食べてますか……!?」


「っ!? 光姫様!? それにナギサ様に穂乃花様まで!?」


 凄まじい勢いで玄関に雪崩れ込んできた面々にカリンが目を丸くする。

 聞けばそれぞれがカリンを心配して様子を見に来てくれたらしい。

 そのことは非常にありがたいのだが、


「あ、あの光姫様……? 心配してくださるのは嬉しいのですが、わたくしの家に来て大丈夫なんですの!?」


 カリンは光姫の来訪に慌てて訊ねる。

 実は先日、カリンの炎上が大騒ぎになりだした折に光姫はSNSでこう呟いていたのだ。


『ありえない……騒ぎが落ち着くまで念のためカリンお嬢様との交流も動画解説も控えるよう実家から言われました……ありえないありえないありえない……』


 四条家は名門であるうえ、長女の光姫はホワイトナイトの若手筆頭という立場もある。


 ゆえに実家からのそんな指示もやむを得ないだろうとカリンは寂しく思いながらも納得して連絡を控えていたのだ。だが光姫はいま普通に目の前におり、実家との関係は大丈夫なのかとカリンは心配したわけなのだが、


「ああ、それは問題ありません。実家とは縁を切ってきたので」


「……は?」


「根拠薄弱な疑惑を理由に恩人を見捨てるような腰抜けの家に生まれた覚えはありませんと先ほど家を出てきたんです。私はたとえ世界中が敵に回ろうが永遠にカリンお嬢様の味方なので。ああけどご安心を。当然カリンお嬢様の家に転がりこむなんて厚かましいことは言いません。ここにはカリンお嬢様が心配で来ただけで、新しい住処は既に用意しているので。ええそうです、親友らしき方が既に家のなかにいて羨ましいから私もしばらくお邪魔したいなんて思ってません」


「ちょ」


 ガンギマリの目でとんでもないことを言う光姫にカリンは言葉をなくす。


(え、ちょ、本気ですの!? ありがたいことに実は前々からわたくしのファンだったとは聞いてましたが、そのために実家と縁を切った!? それ本当に大丈夫ですの!?)


 とカリンが光姫の行動に唖然としていたところ、


『――! ――!』


「え?」


 ふとリビングのほうから怒鳴り声が聞こえてきた。

 真冬との作戦会議中ずっとつけっぱなしにしていたTVがなにやら騒がしいのだ。

 なんだ? と光姫たちも伴いカリンがリビングに戻れば、TVに映っていたのはとある生放送ニュース番組。


 カリンの疑惑について何度も特集を組み、今日もまたネットの声を拾ってカリンの疑惑を大々的に報道しているところだったのだが――そこに異物過ぎる異物が映り込んでいた。


『ふざけたこと報道しまくってんじゃねえぞカスども! なにが人為的なダンジョン崩壊疑惑だ! 仮にできたとして、あのクルクルパーがそんな小賢しい自作自演できるわけねえだろ! そういうのは頭の良いやつにしかできねえんだよ!』


『ここの局のジジイどもはブラックタイガーから散々金もらってたよなぁ!? 黒井に言われて白々しい偏向報道か!? ああ!?』


「影狼様!?」


 カリンは今度こそ腰が抜けるかと思った。

 見知った顔が生放送のスタジオに殴り込んでコメンテーターの胸ぐらを摑んでいたのだ。


 当然スタジオは大騒ぎ。ネットはお祭り騒ぎ。


 スタッフたちの怒号が飛びかい、『誰か早く対探課呼んで!』と悲鳴が響く。

 だが、


『ダメですディレクター! 対探課いま全員めっちゃ立て込んでて到着まで3日はかかると!』

『嘘つけそんなわけねーだろ! あいつら山田カリンを庇ってんな!? お嬢様の次は警察の不正を追及してやる!』

『近隣のクラン呼んでクラン!』


 よほど混乱しているのかそんな声まで電波に乗り、ほどなくして「しばらくお待ちください」と放送画面が切り替わる。


 そんな映像にカリンたちが唖然としてれば、


「あ、先輩からメッセージ? ……え」

「どしたの穂乃花。先輩からの連絡って……え」


 穂乃花がスマホを取り出して固まり、それを覗き込んだナギサまで固まった。

 え、ちょ、今度はなんですの? と続けてカリンが固まる穂乃花のスマホを覗き込めば、


『穂乃花―? いまから対探課のみんなでブラックタイガーのカスどもとの全面戦争許可とりに警視総監のとこ行くんだけど穂乃花も一緒にいこー(^^)』


『あのダンジョン崩落とかかなり怪しいと思うんだけどブラックタイガーって昔から異常なくらい尻尾摑ませないんだよね。だけど幹部全員別件逮捕でぶち殺してから拷も――お話しやお宅訪問したら海外プロバイダ経由して誹謗中傷させてる小賢しい兵隊一覧もゲットしたりできるだろうしさ。ね、だから戦争許可もらいに行こうよー(*^_^*) 機動隊や警備課、公安の連中も誘う予定だよ(*´Д`*)』


『あ、流れによっては警察庁長官のとこにも許可取りに行くからそのつもりでね٩(ˊᗜˋ*)و』


「は?」


 コンビニ行こーくらいのノリでとんでもないメッセージが送られてきていた。

 どう考えても警察官が記録に残して良い文面ではない。

 そのメッセージにカリンもナギサのように固まるのだが、


「……! そうだよね、ここで動かないと対探課に入った意味が無いよね……! カリンお嬢様、ナギサ、私、いってくる……! 助けてもらった命、ここで使わないと……!」


「え、ちょっ、穂乃花!? 本気で言ってる!?」


「穂乃花さん、私もどうか助太刀させてください! まだまだ未熟ですが、ブラックタイガー構成員の首、1人でも多く刈り取ってみせましょう!」


 穂乃花と光姫、いつの間にか意気投合していた2人のバーサーカーが完全な臨戦態勢に入り、ナギサがさすがにちょっと落ち着くよう割って入る。


 そしてそんな連続する大騒ぎに、ふと真顔になるのはカリンだ。


(あまりの事態に自分が炎上していることしか見えてませんでしたが……これはもしや、もうわたくし1人だけの問題では――)


 ふと冷静になったその手でカリンはスマホを起動させた。

 そして直感に駆られるまま、炎上騒ぎのせいでしばらく見ていなかったもちもちたまご先生のアカウントをチェックする。


 そこに表示されるのは、いつもどおりカリンのファンアートを投稿しまくってくれている先生の新規絵。


 そしてその絵のリプ欄に並ぶ、カリンを出汁にしたたまご先生への糾弾の数々だった。


 ひとつひとつの言いがかりにたまご先生は反応していない。

 恐らく出版社と一緒に腹をくくっているのだろう。ただただ現状に反論するように、カリンとダンジョンアライブの新規絵を投稿し続けていた。


 ――チリッ!


「「「っ!?」」」


 瞬間、室内の空気が変わった。

 先ほどまで騒いでいたナギサと穂乃花、そしてレベル900の光姫までもが全身から冷や汗を流して動きを止める。


 尋常ならざる莫大な魔力が室内の空気をビリビリと揺らしていたのだ。


「いけませんわ」


 魔力の発信源、カリンはすぐにその災害めいた魔力をおさめて静かに呟く。

 

「これは、ダメですの。わたくし1人が燃えるだけならまだしも……視聴者の皆様がレスバだらけで楽しい気分になれないのも、大切な方々が巻き込まれるのも。全然まったくお優雅ではございませんわ」


 そしてカリンは「臭い飯は嫌ですのー!」と喚いていたときとはまったく違う顔で、


「真冬。無茶を承知で言いますが、どうか知恵を貸してくださいまし。この事態を解決するためならわたくしなんでもしますの」


「……はぁ」


 真剣な顔で告げるカリンに、真冬が汗ひとつ流さず大きな溜息を吐く。


「まあ……このままブラックタイガーの本拠地にカチ込まれても困るしね。そこの鉄砲玉2人組も含めて」と先ほどまで自分の中に少しだけあった迷いを断ち切るように呟くと、


「あんたがそう言うなら、ひとつだけ案があるわ」


「っ! そうなんですの!? でも一体どうやってわたくしがやってないという証明を!?」


「完全な無実の証明は無理よ。ただ、くだらない疑惑をはね除けることならできる」


「??? どういうことですの?」


「簡単に言えば、あんたにそんなことをする理由はないと……自作自演なんてリスクの高すぎる方法で登録者数を増やす必要なんてないんだと、最高にインパクトのある行動で示せばいいの。敵の言いがかりが全部吹き飛んで誰もがあんたの無実を信じざるをえない確固たる力業事実をね」


 かつて写真が登場したことで新聞が社会に与える影響は格段に増え、さらにはTV動画の登場でマスメディアの力は最高潮に達した。


 つまるところ、ひとつの衝撃的な映像は100の言論や1000の屁理屈に勝るのだ。だから、真冬たち警察サイドが裏でブラックタイガー勢力への強制捜査準備を進めると同時に、


「あんたの配信で、アレを解禁するわ」


 真冬のその言葉に、カリンが目を見開いた。





 そして翌日の夕方。 


【ナチュラルボーンお嬢様山田カリンの重要なお知らせ】


 そんな枠名でカリンは配信枠を確保していた。

 まだ配信が始まっていないにもかかわらず、待機人数が凄まじいことになっている。

 

 カリンが騒ぎからしばらく配信を控えてきたことに加えて、ネットの工作員や一部マスコミが連日騒ぎ立てていたこともあり、注目度がとんでもないことになっていたのだ。



〝重要なお知らせってなんだろ〟

〝おいおいまさか配信者やめるとか言いませんわよね……〟

〝あんなあからさまな工作でカリンお嬢様が引退とかなったらマジで最悪なんだが〟

〝ブラックタイガー絶許だろマジで……〟

〝いやいや! お嬢様ならきっと無実を証明してくれますわ!〟

〝つっても工作員や叩きたいだけのアンチが黙るような説明ってかなり難しくないか……?〟

〝一部マスコミの偏向報道もヤバいしな……これを全部吹っ飛ばすのはさすがに……〟

〝カリンお嬢様のお優雅な頭脳ではとうてい……〟

〝影狼があのまま局をぶっ潰してくれればよかったんだがなぁ……〟

〝駆けつけた近隣クランにドナドナされちまいましたものね……〟

〝遂に山田カリンが罪を認める時がきましたか?〟

〝でたわね〟

〝やっぱり湧いてきたか……全員で通報しまくれ〟


 

 光姫と穂乃花が事前の配信でコラボし、がっつり宣伝していた影響も大きいのだろう。


 待機人数は既に100万人を越えており、真っ暗な画面には配信開始前にもかかわらず無数のコメントが流れていく。


 そして、


「みなさまごきげんようですわ。色々あって少し休んでしまいましたが、今日は久々の配信ですの」


 予告時間通りに配信がはじまった。

 同接もコメントも一気に増える。

 カリンの無実を信じる者、野次馬、工作員と様々な層のコメントが流れるが……そのなかで大勢を占めたのは、カリンの隣に映る人物についてだった。



〝え、誰?〟

〝光姫様……は穂乃花様と別窓でこの配信見てるし、違う子だよね?〟

〝顔隠してるってことは配信やってない一般の子??〟

〝あれ、これもしかして……いままで話に何度か出てきた親友ちゃん????〟 



「時間の無駄なので前置きは省きます」


 顔を隠してカリンの隣に並んだ真冬は、はっきりとした口調でそう切り出した。


「コメントを見る限り、今日は釈明配信かなにかだと思っている方が多いようですが……残念ながら無実を証明する手段はいまここにはありません。やってないことの証明は極めて難しいからです。ですが彼女、私の親友である山田カリンが自作自演などというバカな真似をするわけがないと断言できます。なぜならそんなリスクの高い方法に手を出さずとも――影狼砕牙の一件でバズったあとの彼女なら登録者数1000万だろうが2000万だろうが、ただ『ダンジョン攻略配信』をするだけでいつでも達成できたんですから」


 真冬がはっきりと言い放つ。。

 そしてその突拍子もない言葉にコメント欄全体が困惑に陥るなか、


「ええと、というわけでわたくしも本当に無実の証明になるのか半信半疑ではあるんですけど……」


 カリンが真冬と入れ替わるようにして、


「次回の配信でわたくし、未成年探索者が公式では世界で誰も達成したことがないらしい記録――深層ソロ踏破の様子を皆様へお優雅にお届けいたしますわ!」



〝は?〟

〝ちょ〟

〝え〟

〝は!?〟



 気でも違ったとしか思えない突然の宣言に、コメント欄が大混乱に陥る。


〝謀〟の真冬と〝暴〟のカリン。


 日本最大級の力を持つクランブラックタイガーの仕掛けてきた静かなる大抗争情報戦を、2人の少女が真正面から受けて立つ。



 ―――――――――――――――――――

「カリンお嬢様の残念なおつむで自作自演なんてできるわけないだろ!」という影狼様の主張が前回61話のコメント欄に大量にあっておハーブ大農園でしたわ。


 あとすみません。これは嬉しい悲鳴なのですがさすがにちょっとコメント返信が大変になってきたので、今後は返したり返さなかったりになりますの。とはいえ全部読んで糧にしてますので今後とも応援よろしくお願いいたしますですわ……!

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