第57話 2人のお嬢と虎視眈々(前編)



「皆様、ご機嫌ようですの~」



〝ご機嫌ようですわ~〝

〝配信待ってた!〝

〝うおおおお! 今日もお優雅成分を摂取できますわー!〝

〝なんかダンジョン配信って久々な気がしますわ!〝

〝色々ありましたものね……〝

〝本当にね……内乱一歩手前になったり自衛隊のスクランブル発進が増えたり警視庁とおコラボしたりね……〝

〝マジで色々ありすぎておハーブ〝


 警察主導の若手合同訓練の紹介配信を終えた翌日。

 カリンは数日ぶりの放課後ダンジョン配信に繰り出していた。

 下層に到着してから浮遊カメラを起動させれば同接は一瞬で数万に膨れ上がり、大量のコメントが流れていく。


 いまだにその非現実的な数字には思わず変な声が出そうになるが、カリンは頑張って普通に喋りはじめる。


「さてそれでは早速今日もお優雅なダンジョン攻略を魅せていきたいと思うのですが、その前に。皆様昨日の合同訓練配信は見てくださいましたか?」



〝見ましたわ~!〝

〝わたくしもアーカイブで拝見いたしましてよ!〝

〝穂乃花様の成長が凄かったですの!〝

〝お優雅抜刀砕爆誕でおハーブでしたわ!〝

〝穂乃花様はともかくなんでカリンお嬢様まで成長してるんですかね……〝

〝光姫様が美しかったですの!〝

〝やっぱり本物のお嬢様は所作からして違いましたわね!〝

〝なにやら最後まで様子がおかしかったですがそれでもあの剣技は凄まじかったですわ~!〝



「そう! 光姫様の所作が本当に美しくてお優雅だったんですの!」


 流れてくるコメントに、カリンが我が意を得たりとばかりに声を弾ませる。


「立ち振る舞いや表情のひとつひとつがどれも洗練されていて美しく、やはりわたくしもまだまだ未熟だと改めて痛感しましたの。アニメだけだとセツナ様の登場シーン数的にどうしても学べる動きに限界がありましたが……本物のお嬢様というのはああいうものなのですわね!」


 

 そう。昨日の訓練で出会った光姫に、カリンは本当に感銘を受けていたのだ。

 結局あのあとも光姫の様子が引き続きおかしく、きちんと指導のお礼をしたりお優雅の秘訣を詳しく聞いたりはできなかったのだが……それでも昨日の僅かな邂逅で学べることが多くあった。


「なのでわたくし、憧れのセツナ様にさらに近づけるよう今後は光姫様からも色々と取り入れていければと思うのですわ」



〝おお?〝

〝これはまさか……カリンお嬢様が光姫様を通してついに真の「優雅」と「常識」に目覚めるのか……!?〝

〝ここまで長かったな……〝

〝わたくしたちがなにを言っても聞いてくださいませんでしたものね……〝

〝カリンお嬢様はフィストファック兄貴のせいでネットの書き込みをより強く疑うようになってらしたから……〝

〝わたくしたちネット民お嬢様には無理でも光姫様なら……!〝

〝昨日は光姫様から謎の塩対応食らってたのに、感銘を受けたものからは素直に取り入れる。これがカリンお嬢様の強みですわ!〝

〝素直すぎてアニメから常識を学んだ結果がこの有様ですけどね!〝

〝なんにせよ光姫様のおかげでカリンお嬢様がようやくまともになりそうですの……!〝



「というわけで少し前置きが長くなりましたが、本日の配信では光姫様のお優雅な所作を少しでも身に付けられるよう――まずは刀を作っていこうと思いますの!」



〝え〝

〝ちょ〝

〝なんでやねん!〝

〝いや確かに昨日のカリンお嬢様は光姫様の抜刀モーションに特に目ぇキラキラさせてましたけども!?〝

〝光姫様の動画から真の優雅と常識を学ぼうって話じゃないんですの!?〝

〝カリンお嬢様の「お優雅」がどこまでも〝暴〟と結びついてておハーブ〝



「確かに、わたくしの憧れたセツナ様は基本的に素手でのお優雅な戦闘をメインとする探索者様でしたわ」


 コメント欄の動揺になにを勘違いしたのかカリンが続ける。


「ですが思い返してみればセツナ様も探索者となる前は剣道をはじめとした様々なお稽古であのお優雅な所作を身に付けたというお話ですし、そのセツナ様を目指すならわたくしも様々なところからお優雅を取り入れる必要があるのは道理。というわけでより高度なお優雅を目指すためにも、剣術の練習用に刀装備を作っていく必要があるのですわ!」



〝お、おう……?〝

〝ま、まあ確かに光姫様の洗練された所作も四条流剣術がベースにあるだろうしな……〝

〝そう言われるとさらなるお優雅のためにまず刀から調達するのは理にかなってる……?〝

〝ダメだ……視聴者もカリンお嬢様のお優雅理論に感染しはじめてる……〝

〝光姫お嬢様の配信を見て常識を取り戻さなくっちゃですわ!〝

〝カリンお嬢様には光姫様の配信で所作だけじゃなく常識もちゃんと勉強してもろて……〝



「それでは、まずはいつも通り素材集めからですわ!」


 コメント欄のツッコミもよそに、カリンは元気いっぱいで狩りに乗り出した。




「「「キアアアアアアアアアアアアア!?」」」


 ダンジョン下層に悲鳴が木霊する。

 今回のターゲットに選ばれたのは、カマキリ型のモンスター、ブラッディマンティス。

 鋭いカマを振るって探索者の生き血を啜る凶悪な巨大昆虫たちだ。


 だがその凶悪な生態もどこへやら。

 圧倒的強者の前に悲鳴をあげて逃げ惑い、しかし逃げ切れずにカマ素材を残して消滅。

 お嬢様に大量の素材を献上することとなった。


 その数およそ100。


 そしてその大量の素材をカリンは一箇所に集め、


「ですわ! ですわ!」


 トンテンカン♪


「ですわ! ですわ!」


 トンテンカン♪


 いつもの掛け声とともに〈神匠〉を発動。


「できましたわ~! 今日は調子が良いのか一発でイメージ通りですの!」


 集めた素材すべてを精錬凝縮し、一振りの日本刀を作り上げた。


〝ふぁ!?〝

〝山のようにあった素材が一瞬で消えたんですがこれは一体……〝

〝ちょっ、まさかあんだけあった下層素材をその1本に全部注ぎ込んだってこと!?〝

〝もしかしてこれ素材の精錬凝縮ってやつですの!? ベテラン親方がダンジョン素材で出来た巨大炉を使ってやる工程でしてよ!?〝

〝いやほんとカリンお嬢様って加工スキルどんだけ鍛え抜いてるんだ……?〝

〝加工クラスタがSNSで阿鼻叫喚でおハーブ〝

〝加工クラスタじゃなくてもなんかおかしなことやってるってわかるレベルですものね……〝

〝な、なんかあの刀ヤベェ雰囲気ありませんこと……?〝


 

「ふむふむ。刀身の刃紋につば、柄の握り心地……とりあえずガワは大丈夫そうですし魔力も潤沢。では早速、性能も試してみませんとですわね!」


 と、カリンは早速試し切りに乗り出したのだが――そこから先はあまりにも一方的だった。


「そりゃそりゃそりゃですわー!」


 スパパパパパパパパン!


「「「――――――」」」


 ダンジョン内には悲鳴すら響かない。

 光姫の指導で基本的な型を身に付けたカリンの斬撃によって、モンスターたちが空気ごと切り刻まれ音もなく絶命していく。


 弾丸グラスホッパーは真っ二つ。

 ミノタウロスは切り飛ばされた首をさらに空中で刻まれ絶命。

 魔力で大幅に強化されているはずのモンスターたちが豆腐のように次々と切り裂かれていった。


 

〝YABEEEEEEEEEEEE!!〝

〝カリンお嬢様が完全に辻斬りでおハーブ〝

〝ゲームの無双シリーズでもここまで一方的じゃねえぞ!〝

〝なんかちょいちょい斬られたことに気づいてないっぽいモンスターがいますわね……〝

〝そのあとすぐカリンお嬢様が頭を刻んで死を「わからせ」してるからセーフ!〝

〝下層素材100個凝縮した武器にカリンお嬢様の膂力と四条の剣技……わかっちゃいましたけどあまりにも一方的ですわ……〝



 当然のようにノーダメージで繰り広げられる蹂躙にコメント欄も盛り上がる。

 が、その雰囲気が徐々に困惑へと変わっていった。


〝あれ……? なんかおかしくありませんこと?〝

〝途中でモンスターハウスにもカチ込んで切り刻みまくってんのに切れ味が全然落ちねぇ……どころかむしろ切れ味が上がってませんこと!?〝

〝え、ちょっ、どういうことですの!? カリンお嬢様の剣技がより洗練されてるとか!?〝

〝いや、ちょっ、俺のサイドエフェクトが囁いてるんだが……モンスターを斬るたびに刀の帯びる魔力が上がってる……!? なにこれ……〝

〝サイエフェ兄貴!〝

〝え、ちょ、サイエフェ兄貴までこう言ってるのマジでどういうことですの!?〝



「ふむふむ……いいですわ! 性能も思った以上の出来に仕上がってますわね!」


 コメント欄の困惑っぷりに反しカリンは満面の笑み。

 そして視聴者たちの疑問に答えるように、


「実はこの刀、ブラッディマンティス様の生態を流用して、モンスター様の血を吸えば吸うほど切れ味が増す魔法効果をつけてみたんですの! ついでに多少の刃こぼれも血を吸うことで自動回復するようにしたのですが、両方とも上手く機能してますわね! これで面倒なお手入れなしで剣術の練習しまくりですわ!」



〝はあああああああああああああああ!?〝

〝おま、それ、水や食料と並ぶダンジョン攻略の課題である武器損耗も解決しとるやんけ!〝

〝普通は手入れのアイテムがかさばったりして大変なんですのよ!?〝

〝さすがに限度はあるだろうけど相変わらずぶっ飛んだ性能で草〝

〝完全に妖刀でおハーブ〝

〝持ってるだけで呪われそうなんですがそれは……〝

〝なるほど……ブラッディマンティスのカマ100個使って精錬凝縮すれば継戦能力抜群の武器が作れるんですのね! 値千金の情報ですわ!〝

〝これは明日からダンジョン攻略の効率が全国で爆上がりですわ! ね、全国の親方たち!〝

〝無茶言うんじゃねえ!〝

〝こんな頭のおかしい変態お優雅武器ほいほい作れるか!〝



「よしよし。ひとまずこれで十分ですわね。……あ、そういえば」


 満足そうに刀を眺めていたカリンがふと気づいたように呟く。


「日本刀には名前をつけるといいますし、この子にはちゃんと名前をつけてあげないとですわ。うーん、そうですわねぇ……」


 と、カリンはしばし頭を捻り、


「よし決めましたの! 血を吸って力を増す刀……この子の名前は「名刀ちゅぱかぶら」ですわー!」



〝!?〝

〝なんですのその名前!?〝

〝ダッッッッッッッッッッッッ!?〝

〝カリンお嬢様のネーミング相変わらずおハーブ〝

〝ダンジョンアライブからお優雅だけでなくネーミングセンスも学習してくださいまし!〝


 ¥20000

 頼むからわたくしに命名権を売ってくださいまし! こんな芸術品めいた造形に高性能な刀、ちゃんとカッコイイ名前をつけてあげたいんですの! お願いですの!


〝スパチャするやつまでおって草〝

〝そりゃあの国宝級の見た目と超絶高性能見たらちゃんとした名前つけたくもなるからさもありなん……〝

〝ま、まあフィス〇ファックの100倍マシだから……〝

〝マイナス1000とマイナス10を並べてマイナス10を選ばせる詐欺師の手口やめろですわ〝



「な、なんでですの!? 可愛い名前じゃありませんの! 今度は変な意味でもありませんし!」


 と、最後に命名で少し紛糾はしたものの――。



〝まあちゅぱかぶら云々は置いといて……日本刀とドレスの組み合わせ結構すこですわ!〝

〝光姫様の指導もあって動きが美麗ですし、見栄え最高でしたの!〝

〝カリンお嬢様のセツナ様リスペクトを尊重するのは当然として、たまにはこういうのも良いですわね!〝

〝まあセツナ様もインフレが進んだ最終章では結構いろんな装備使ってたし……たまに刀を使うくらいセーフではなくて?〝



(おお、なんだか思ったよりも好評ですわね!)


 カリンの日本刀攻略は想定以上に好感触。

 次の配信でもカリンが刀を振るう姿が見たいという声がそれなりにあった。


(基本的にはセツナ様に習って素手での戦闘メインにしたいんですが、このチャンネルのコンセプトは「お優雅なダンジョン攻略で皆様に楽しんでもらう」こと。マンネリを防ぐためにも、希望があるならたまにこういう攻略をまじえてみるのもいいですわね!)


「わかりましたわ! なんだか結構な希望があるようなので、剣術の鍛錬がてら、次回もこのちゅぱかぶらちゃんでダンジョン攻略をしてみようと思いますの!」



〝おお! いいですわね!〝

〝なんか命名のせいかペットみたいな扱いでおハーブ〝

〝これは是非光姫様とコラボしてほしい〝

〝けどなんか光姫様のカリンお嬢様に対する態度おかしかったしなぁ〝

〝でもカリンお嬢様の配信で名前を出す許可はくれたんですわよね?〝

〝光姫様の態度がなんかチグハグでよくわかんねーですわ!〝

〝まあなんにせよ楽しみですわね!〝



(そうなると問題は次回どこのダンジョンに潜るかですが……普通のダンジョンだとさすがに手応えがなさすぎて……あ、そうですわ! 刀の鞘も作っておきたいですし、下層で斬撃耐性のあるモンスターが出やすい品川第一ダンジョンとかいいですわね!)


 と、次回の配信予定も決まってカリンは上機嫌。

 ちゅぱかぶらで興が乗った勢いのまま、刀も配信が終わったあとこっそり作り、上機嫌で地上へと帰還するのだった。


――――――――――――――――――――――――――――

というところで申し訳ありませんが、文字数がかなり多くなってしまったのと体調やらなんやらの関係で前後編になります。次回、汚いごんぎつねこと光姫様パートです。


※あ、あとちなみに体調不良というのは前々からあるめちゃくちゃ面倒な持病のことでして。周辺環境に体調がかなり左右される難病で、オーバーワークとかではないのでそこはご安心ください(専業なので仕事量自体はコメント返しなど含めてもむしろ余裕あるくらいなんですよね)

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