番外編 山田カリンの手加減



※申し訳ありません。書籍化作業×2に加えて体調不良や不運の重なりで色々と滞っているため今回は番外編になります(とはいえ時系列的には前話の直後になりますが)

 ―――――――――――――――――――――――――――



 四条光姫が訓練場から一時離脱したあと。


 カリンは穂乃花とともに他の訓練グループを回って引き続き鍛錬の様子を配信していた。そんななか、とあるグループの紹介を終えたカリンに声をかけてくる一団があった。


「失礼。少しいいだろうか」


 数人の大柄な男たち。

 服装からして今回の訓練に参加している若手警官のようだ。

 先頭に立つリーダー格らしい男が意を決したようにカリンへ頭を下げる。

 

「突然で申し訳ない。私は今回の合同訓練に参加させてもらっている警視庁刑事部二年目の渡辺。後ろの者は同期になります。このまたとない機会、カリンお嬢様にひとつ頼みがあるのですが、よろしいでしょうか」


「? ええ構いませんが、どのような頼みですの?」


 突然の闖入者にカリンが首を傾げる。

 すると男たちはビッと背筋を伸ばし、


「単刀直入に言うと、この機会に是非カリンお嬢様と手合わせをさせていただきたいのです」


「手合わせ……模擬戦ですの?」


「はい。それというのも我々、失礼ながらカリンお嬢様の強さを未だに信じ切れていないのです」



〝は?〝

〝こいつらさっきのお優雅抜刀砕や無限ズバズバ君有限化事件を見てないんか……〝

〝あれほぼ無音だったからガチで気づいてないパターンでは。訓練グループも違ったっぽいし〝

〝いやそれを差し引いてもあんだけ色々事件があったうえに警視総監コラボまでこなしたお嬢様の実力を信じてないというのはちょっと……〝

〝なんですの? 影狼様に続く身の程知らずなわからせ要員ですの?〝



「え、ええと、わたくしの実力を信じられないというのはその、いわゆるフェイク動画を疑っているとかそういうことですの……?」


「いえ、そういうわけではないのです」


 若干トラウマが蘇りそうになっていたカリンの言葉に、若手警官渡辺が苦悶するように声を漏らす。


「頭では……頭ではカリンお嬢様の実力が本物だとわかっているのです……! ですが警察学校での地獄の訓練やダンジョン教習も乗り越えてきた私たちよりずっと華奢で可憐な女子高生があそこまで強いという現実を心がどうしても受け入れられず……しかし渋谷を救った英雄にこのような疑念を持ち続けるなど失礼千万。ゆえに一時の無礼は承知で、この愚かな若輩者に現実を徹底的にわからせてほしいのです……!」



〝なんだこいつww〝

〝わざわざ配信中になに言ってんだww〝

〝クソ真面目かよwww〝

〝わからせ要員かと思ったらわからせ希望者でおハーブ〝

〝わからせ希望者ってそれただの愉快なド変態じゃねーか!〝

〝カリンお嬢様が異常すぎてなんか変なのが寄ってきてますわよww〝

〝なにが面白いってわからせ希望者が渡辺君1人じゃなくて後ろの連中もってことだよ〝

〝ずるい! こいつら警察官の立場を利用してカリンお嬢様にタダで合法わからせしてもらおうとしてますわ! 職権濫用ですの!〝

〝↑コメント欄にも変なの湧きはじめてておハーブ〝



「ただ、いましがた言ったように我々とカリンお嬢様に天と地ほどの実力差があることは頭ではわかっています。恐らく、まともにやっても力の差がありすぎて我々にはお嬢様の実力を正確に認識することすら叶わないでしょう。ゆえに、もう舐め腐ってるとしか思えないほどのハンデをつけたうえて私たちをぶちのめし、実力差をわからせてほしいのです」


「それこそカリンお嬢様だけ片足けんけんで戦うとか! それくらいのハンデを負ったうえで全力出してもらえばペーペーの俺たちでも良い感じに実力差を痛感できると思うんです!」


「おいコラ馬鹿ども! カリンお嬢様の配信にいきなり割り込んでなに言ってんだ!」


「注文の多いドMかよ! カリンお嬢様が困ってるだろ! 引っ込め!」


「ああいえ、わたくしは別に構いませんのよ? ここは訓練の場ですし、時間があれば若手の相手をしてやってほしいとも言われているので」


 カリンは女性陣のちょっと乱暴な言葉を宥めつつ、「とはいえどうしたものでしょうか」と頬に指をあてる。


(舐め腐ったほどのハンデと言われても、あまりにもあんまりなことをするとお優雅ではございませんし。かといってここにいる方々がまだ影狼様よりずっと弱いとなると、生半可なハンデでは大怪我をさせてしまいそうなんですのよねぇ)


 さてどうすればいいのやら。


「……あ、だったら」


 そこでカリンは妙案を思いついたとばかりに人指し指をピンと立てた。


「わかりましたわ! ではわたくしはこの指1本――」


 と人指し指を若手警官たちのほうに向けて、


「――すら触れずに全員まとめてぶっ倒してさしあげますの! 当然、飛び道具なんかも使いませんわ!」


「「「え……?」」」


 カリンの言葉に渡辺たちがぽかんとする。


「い、いやカリンお嬢様? 指1本でというならまだしも触れずに倒すというのは……」

「そんなの一体どうやって……」


「どうって……こうですわ!」


 ヒュ――ボッ!!!!!!!!!!!!!!


「っ!?!? ぐおおおおおおおおおおおおおお!?」


 瞬間、渡辺の脳裏に生まれてからいままでの記憶が駆け巡った。

 走馬灯である。


 一体なにをされたのかといえば――カリンの拳を眼前で寸止めされたのだ。当然ただの寸止めなどではない。


 拳圧によって大気が轟き暴風が吹き荒れる。


 拳が当たっていないにもかかわらず渡辺の髪は強制オールバックとなり、後ろに3メートルは吹き飛んだ。突き抜けた衝撃と「当たったら絶対に死んでいた」という確信で崩れ落ちた身体には力が入らず、その有様はまさしく戦闘不能そのものだ。


〝!?!?!?!?!?!〝

〝は!? いまなにが起きた!?〝

〝寸止め!?〝

〝いや寸止めで人が吹き飛ぶのはおかしいですわよ!?〝

〝けどお嬢様の鉄拳が当たってたら確実に木っ端微塵だったと考えると寸止めとしか……〝

〝うっそだろなんだよいまの!?〝

〝ま、まあ下層ボスとか殴り殺すお方ですし……〝

〝だからっておかしいやろ!〝

〝いくら若手とはいえ本当に指1本触れずに倒すってなんなんですの!?〝



「さて、指一本触れないこのやり方なら要望には応えられてますわよね?」


 コメントと訓練参加者。両者が唖然とするなかカリンは思いついた妙案に胸を張る。


「皆様には今後穂乃花様が長くお世話になることですし、要望には全力でお応えしたいんですの。なので――もしほかにもわたくしとの全力ハンデ模擬戦を希望する方がおられましたら、指1本触れないこのやり方で全員まとめてお相手してさしあげますわ!」


 とカリンが訓練参加者たちに宣言した瞬間、


「う……うおおおおおおおおおおおおおお!」

「い、いくらなんでもあそこまで異次元なわけがない! なにかタネがある! 全員でかかってせめて種明かしくらいはしてもらうぞ!」

「よしいい機会だひよっこども! どんどん参加しろ! こんな格上に胸を貸してもらえる機会なかなかないぞ!」

「だったら教官も参加してくださいよ!」


 あまりにも異常なカリンの一撃に、渡辺一派だけでなく何人もの血気盛んな若手警官や大手クラン新人たちが突っ込んでいく。


 だが――


「ぎゃあああああああああああ!?」


 ある者は先ほどよりも威力を増した寸止めの衝撃で吹き飛び、


「嘘だあああああああああああああ!?」


 ある者は当てないアッパーの風圧で打ち上がり、

 

「「「だああああああああああああ!?」」」


 ある者たちはドレスのスカートを翻した風圧でまとめて吹き飛ばされる。


 カリンが「えいっ」と地面を踏みならせばその衝撃で全方位の訓練参加者たちが一斉に倒れ、気づけば眼前に寸止めを叩き込まれて戦闘不能に陥っていた。


 模擬戦開始から1分と経たず、広場は一度も攻撃を食らってはいないはずの訓練参加者たちで死屍累々である。


「は、はは……」

「マジかよ……」

「俺はクランの先輩に連れて行かれた下層でなぜミノタウロス程度にビビってたんだろう……」

「今後どんな凶悪犯に遭遇しても無茶はしないまでも冷静に対処できる自信がある……」

「警察学校時代の教官? 元カノ? はは、怖くねぇよ……本当の恐怖ってやつはもっと身近にお嬢様の皮を被って潜んで……」

「お、おい……俺いま……首くっついてるよな……? 吹き飛んでないよな……?」



〝ファーーーーーーーーーwwww〝

〝怪獣大暴れすぎるwwww〝

〝マジで指1本触れずに全員戦闘不能にしてるの怖すぎる〝

〝ダメージを与えてるのが身体じゃなくて心なのヤバすぎない?〝

〝当たり前のようにドレスに触れさせてないのホンマ……〝

〝というかあのドレス暴風を巻き起こしても破れたりしないんですのね!?〝

〝これもう実質暴風龍やろ……〝

〝暴風龍より恐ろしいナニカなんだよなぁ〝

〝わたくしこれ少年ジャ〇プやラノベで見たことありますわ! 訓練や交流試合の最中に超格上の敵が乱入してくるやつでしてよ!〝

〝格上どころかラスボスが乱入してきたんですがそれは……〝

〝派手なドレスのラスボス……小林〇子かな?〝

〝いままで若手の段階でここまでの恐怖に直面した者たちがいただろうか……〝

〝彼らは強くなるぞ……〝

〝模擬戦とはいえカリンお嬢様に向かっていけるあたり、やっぱ合同訓練に参加できるだけあって有望な若者たちすぎる……〝

〝その将来有望な若者たちがゴミのように吹き飛んでるんですがそれは……〝

〝拳の余波でなにか吹き飛ばすとか普通は埃が限界なんだが????〝

〝なんなら埃だってあんな派手には吹っ飛ばねえよ!〝

〝なんにせよ見応えある訓練風景でしたわね!〝

〝訓練(一方的な蹂躙)〝

〝地元じゃ負け知らずなフィジカルエリートにどうあっても届かない格上の存在を知らしめて慢心させないのも大事な教育だから……(震え声)〝


 と、そんなこんなで、


「ふう、大体こんなところですわね! 皆様良い筋してましてよ!」


 新人たちの要望に上手く応えられたことに満足したカリンは、続いて1人1人の長所と短所を丁寧に指摘。改めてその異次元な強さと観察眼を発揮し、対探課以外の場所でも数多のシンパを獲得するのだった。


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