第56話 四条光姫の裏事情
「「「…………………っ!?」」」
「な……っ!?」
警察と大手クランの若手が鎬を削り合う合同訓練会場の一角。
体術武器術の修練を行っていたグループの全員が言葉を失っていた。
「おお! 見よう見真似でやってみましたが、光姫様の動き、やっぱり凄く効率の良いお優雅な体捌きですわ! 訓練場をぶっ壊さないように手加減したのに思った以上の威力が出てくれましたの!」
そう言って楽しげに訓練用の刀を鞘に納めたカリンお嬢様の抜刀によって、訓練用の特殊修練用具が3体まとめて消し飛んでいたのである。
不定形モンスターの核を利用して作られた瞬間自動修復訓練器具「無限ズバズバ君」。そのなかでも斬撃耐性に特化した特注品。計3体。
それを真っ二つでも細切れでもなく、音まで切り裂いたように無音で粉砕したカリンに誰もが絶句していた。
もっとも早く反応できたのは、目の前の異常現象を画面越しに見た視聴者たちだ。
〝は?〝
〝いやいやいやいやいや!〝
〝斬撃耐性とは一体……〝
〝いや斬撃耐性は光姫様も突破してたからいいとしてそれ以外がなにもかもおかしいだろ!? なんで斬撃が面攻撃になってんだ!?〝
〝しかもなんだいまの……音が全然しなかったんだが……わたくしのイヤホンが壊れてまして?〝
〝い、いやわたくしも音が全然聞こえませんでしたわ……〝
〝音を伝える空気ごと切ってる……?〝
〝一瞬で細切れってのはさっきの光姫様しかり何回か見たことあるけど一太刀で跡形もなく消滅させるとかはじめて見ましたわよ!?〝
〝斬撃の概念が壊れる〝
〝お優雅
〝いくらお嬢様がバケモノとはいえなんなんですのこの現象!?〝
〝しかもあの威力で核はちゃんと避けたのか再生が始まってる……!?〝
〝てかよく考えたらカリンお嬢様って技量も凄いとはいえ多分我流だから何百年も続くちゃんとした型を取り入れたのってこれが初なんじゃあ……〝
〝熊が空手を習得してパワーアップしたようなもんだろこれ……〝
〝↑野生のフィジカルに格闘技は怖すぎておハーブ〝
〝鬼に金棒ならぬカリンお嬢様に武術……〝
〝なんでまだ伸び代があるんですかね……(震え声)〝
〝てか一回見ただけで光姫様の太刀筋完コピとかなんなんですの!?〝
〝穂乃花様指導のときから思ってたけどカリンお嬢様やっぱ見切りの力も半端ねぇですわ!?〝
「うーん。けどやっぱり一度じゃ真似しきれませんわねぇ」
と、コメントに畏怖や賞賛が入り交じる一方、カリンとしては少々不満が残るようだった。
「光姫様のはもっとこう……わたくしの動きよりさらに洗練されて美しくて……やはり積み重ねてきたものが違いますわね……うん、いまは配信中ですし自己分析はここまで。これより先は直に指導してもらったほうがよさそうですわ! というわけで光姫様、どうしたらいいですの?」
「……っ!」
「光姫様……?」
なんだか先ほどよりもさらに様子のおかしい光姫にカリンは首を捻る。
光姫は声を抑えるかのように口元を手でおさえ、剣を握るカリンの手元をもの凄い形相で睨み付けているのだ。呼吸もやたらと荒く、明らかに普通ではない。
〝光姫ちゃんさっきからホントどうしたの!?〝
〝光姫ちゃん……親の仇を見る目をしてる……皆が気づかなくても俺には分かる〝
〝太刀筋一瞬でコピーされてショック受けてる!?〝
光姫の配信視聴者も引き続き戸惑いの声をあげる。なにか激情でも抑えているかのような人気配信者の姿に、横で見ていた穂乃花も「あの」と見かねたように割り込もうとしたのだが、
「 ……ハッ。え、ええと、その、すみません……ちょっとあまりのことに言葉を失ってて……指導、ですよね……っ」
なんとか正気を取り戻したとばかりに光姫が反応し、かろうじて配信中の顔に戻る。
「ええと、大まかな動きは良いと思います。というか完璧です。ただ細かいことを言うなら、たとえばここをこうすればもっと――」
「おお、なるほどですわ!」
ズバンッ!
妙にぎこちない光姫のアドバイスに従いカリンが刀を振う。
先ほどよりも威力が凝縮し明らかに洗練された斬撃が、再生の済んでいた無限ズバズバ君を再度消し飛ばす。
「ほかにはそうですね……ここで1ミリだけ腰を落として」
「凄いですわ! 全然違いますわー!」
ザンッ!
一太刀ごとに洗練される斬撃がより鋭利な一撃となって放たれ、その劇的な変化にカリンが歓声をあげてさらに刀を振った。
〝無限ズバズバ君「もうやめて」〝
〝核は避けて切ってるから平気だゾ〝
〝もう無限回遊べるドン!〝
〝なんであの破壊力で的確に核を避けられてるんですかね……〝
〝おいおいあんなちょっとしたアドバイスで素人目に見てもどんどん練度上がってるようにみえるんだが!?〝
〝光姫様が凄いのかカリンお嬢様が異常なのか……〝
〝多分両方ですわ!〝
〝てか光姫様、指導は的確だけど相変わらず凄い顔してるな!?〝
〝カリンお嬢様が上達するたびに光姫様のお顔がしわしわピ〇チュウみたいになっていきますわ!?〝
〝なんでそんな顔になってるかわかりませんが嫌ならやめていいんですのよ!? ただでさえバケモノなお嬢様がもっと手がつけられなくなりますの!〝
消極的にも見える光姫の指導にもかかわらず、カリンの動きはどんどん洗練されていく。
そうして何度か刀を振った末に――カリンの抜刀はすべてを置き去りにした。
パチンッ!
刀を鞘に納めた音が軽く響いた数瞬後――スパンッ!
既に無限ズバズバ君が真っ二つに切り裂かれていたのだ。
〝は?〝
〝なんか鞘に剣を納める音が聞こえたと思ったらもう斬れてるんですけど!?〝
〝いつ抜いたんですの!?〝
〝鞘から刀抜いた音かと思ったら鞘に納めた音でおハーブ〝
〝最初の斬撃からしてわけわからん速さだったのに今回はただ振り抜いただけじゃなくて刀がもう鞘に収まってるとかお優雅すぎませんこと!?〝
〝わたくしこれ漫画で見たことありますわ!? 音越えの斬ってやつですの!?〝
その怪奇現象に全員が戦いていたのだが……そこでさらに異常な事態が起きた。
「……あれ? 無限ズバズバ君が、回復しない……?」
穂乃花が指摘するように、核を破壊されない限り消し飛ばされてもすぐに再生をはじめるはずの無限ズバズバ君がぴくりとも動かなくなっていたのだ。
〝え、壊れた……?〝
〝あーあ……〝
〝いつかやると思ってましたわ……〝
〝これは器物破損でブラックシェルコースですわねぇ……〝
「え!? ちょっ!? ちがっ、違いますわ! 違いますわ多分! だってほら! 核は攻撃してませんもの!」
カリンが大慌てで弁明する。
実際ズバズバ君の核には傷ひとつついておらず、再生しないのが不思議なほどに魔力も漲っていた。
〝アレ? ほんとだ〝
〝え、じゃあなんで回復しないんですの……?〝
〝無限ズバズバ君は有限ズバズバ君だった……?〝
〝どゆことですの?〝
「これはきっとアレですの! えいっ」
ドスッ!
困惑するコメント欄に答えるように、カリンが無限ズバズバ君に刃を突き立てた。
途端、その一撃でようやく自分が斬られていることに気づいたかのようにズバズバ君が再生をはじめた。
「ほらやっぱり壊れたわけじゃありませんでしたわ! 時々いらっしゃるんですわよねぇ。こういう、ご自分が既にやられていると気づかないニブチンなモンスター様が。今回は加工済みの訓練器具でしたけれど」
〝は???????〝
〝え???????〝
〝え、ちょっ、要するに斬る速度があまりに速すぎて&切り口が鋭利すぎて再生がはじまらなかったってこと????〝
〝つまりどういうことだってばよ!?〝
〝斬られたことにも気づかないとかそれ漫画に出てくる達人の領域ではなくて!?〝
〝剣をもって1日どころか10回も振らないうちにどんな領域に辿り着いてんだよ!?〝
〝いやあの、そもそも剣を持つ前に何回かこういう現象を引き起こしてたような口ぶりでしたけど……?〝
〝カリンお嬢様が上層モンスターを壁のシミにして完膚なきまでにぶっ殺してたのは自分が死んでることに気づかない悲しきモンスターを生み出さないための慈悲だった……?〝
〝いや多分壁のシミになった連中はいまもまだ自分が死んだことに気づいてないと思われますわ……(震え声)〝
〝あ、あり得ないですわ……!? うちの製品にそんな不具合は……!?〝
〝加工業者さん降臨してておハーブ〝
〝製作者も想定外な挙動発見とか変態プレイでバグを発生させるゲーム廃人かな?〝
〝現実をデバックするのやめてもらっていいですかね……〝
〝カリンお嬢様自体がバグみたいな存在だから……〝
「ふ、ふぅ。焦りましたわ~。……それにしても、たった数度の指導でより素晴らしいお優雅な立ち振る舞いが身についた気がしますの!」
と、器物破損未遂にガチ焦りしていたカリンはぱっと表情を明るくする。
そしてカリンのイカれた剣戟に愕然としていた光姫を振り返り、
「やはり光姫様は凄いですわ! 四条流、でしたかしら? ダンジョンアライブでも言ってましたが、やはり人が積み重ねてきた技術というのは素晴らしいですのね! 光姫様のおかげでよりお優雅な配信者に近づけましてよ!」
「~~~~~っ! それは、良かったです」
輝くような笑顔を向けられた光姫が唇を噛む。
そしてなにか限界が来たかのように、
「すみません、ちょっとお手洗いに……! 指導と配信も少しだけ休憩します……!」
それまで続けていた配信を突如中断。
「え? あら、そうですの?」と首を傾げるカリンや訓練生たちを残し、全力で走り去ってしまうのだった。
〝マジでどうしたんだ今日の光姫様……〝
〝いやまあそりゃあ……自分が何年も磨いてきた剣技を一瞬で習得するようなバケモン目の当たりにしたら探索者以前に武芸者として心折れますわ……〝
〝いやでも仮に心折れたとして光姫様が配信中にあんな様子おかしくなりますの?〝
〝配信者としてのプロ意識とレベル900の胆力は伊達じゃないはずなんだけど……〝
〝さっきから散々言われてますけど、なんだか色々と不可解ですわね……?〝
〝いやそれより光姫様がお手洗い、だと……!?〝
〝↑通報しましたの〝
困惑するのはコメント欄だけではない。
光姫の走り去っていったほうに目を向けながら、穂乃花がカリンに声をかける。
「あの、大丈夫でしたかカリンお嬢様……?」
「え? なにがですの?」
「いやだって、あの人、なぜかずっとカリンお嬢様のことを睨んでるみたいでしたし……気にならなかったのかなって」
「あー、確かになにやら様子はおかしかったですけれど……悪意とかではなさそうだったのでそういうものかなと思ってましたの」
穂乃花の指摘にカリンはのほほんと答えつつ、
「でも確かに言われてみれば、悪意も敵意もないのにどうしてあんな感じだったんでしょう?」
(お手洗いに走っていかれましたし、探索者の強化されたお膀胱をもってしてお花畑寸前だったとか? あるいはどこか体調がおかしかった? 〝視た〟感じそんな雰囲気ではないようでしたけれど……)
カリンも他の者に遅れて首を捻り、
「まあなんにせよあとでもう一度声をかけておきたいですわね! また一歩お優雅に近づけたお礼も改めてしっかりしたいですし!」
光姫のことを気にかけつつ、ひとまずは案件であるところの訓練風景紹介配信を続けるのだった。
〇
「~~~~~ッ! あり得ないあり得ないあり得ない……っ」
配信を切ってカリンたちの前から逃げるように立ち去ったあと。
〝光姫ちゃんいきなり配信切っちゃったけど大丈夫!?〝
〝自信なくさないでいいよ! カリンお嬢様は……その、人間じゃないから!〝
〝人間のなかなら光姫ちゃんの剣技が一番だよ!〝
配信が切れたあとも少しだけコメントできる真っ暗な画面やSNSにそんな書き込みが溢れるなか、光姫はお手洗いとはまったく別の方向に走っていた。
光姫のことを心配しているのはファンだけでなく、訓練場周辺で光姫とすれ違った職員も「なんだどうした?」「なにがあったんだ光姫さん」と思わず振り返る。
いまの光姫はそれだけ鬼気迫っていて切羽詰まっていた。
一連の流れを知る者からすれば、カリンの実力に心折れた光姫がその脚でギルドに探索者引退届でも出そうとしているかのように見えるだろう。
実際、某掲示板では光姫の精神ダメージや引退を大真面目に心配する書き込みがいくつも書き込まれているほどだ。
しかしそうして多くの者たちが光姫の常ならざる様子に様々な憶測を立て心配するなか――。
息を切らして辿り着いた個別トレーニングルームで周囲に人気がないことを確認した光姫は大きく息を吸い込み、
「――うわああああああああああああああああああ! 本当にあり得ない! ヤバいヤバいヤバい! 生カリンお嬢様最高にヤバすぎます! 完全な不意打ちであんな純度100%の生お優雅を食らってかろうじて正気を保てていた私って凄くないですか!?!?!?」
溜め込んでいた激情を吐きだすように目を輝かせて叫んでいた。
そこには一瞬で技を盗まれた武芸者の嘆きも、ダンジョンで無茶苦茶を繰り返すカリンへの苦い感情もなにもない。
ただただ強烈かつ熱烈な光が宿り、熱に浮かされたようにまくし立てる。
「なんなんですかあの剣捌き! 一度見ただけで型のひとつがコピーされたうえに、あの型に関しては数度の指導で完全に私の上をいかれた!? ああ、私の培ってきた技術がお嬢様の一部になったうえにあんなお礼と賞賛までいただけるなんて本当にご褒美すぎます……! ほかにも加工済みの
そう。
彼女、四条光姫は重度のカリンお嬢様ファンだった。
代々続く武家出身の彼女にとって、そもそも強き者とは本能的に求め焦がれて憧れるもの。
そして光姫も子供の頃には年相応にダンジョンアニメにハマっており、何人もの架空の探索者に憧れてきた。そんな彼女からすれば、数多の強力なモンスターを無傷でなぎ倒し完勝してみせるカリンはまさにTVから飛び出してきた憧れのヒーローそのものだったのだ。
さらには子供の頃から優等生だった光姫にとって、カリンの
そしてそのハマり具合は渋谷決戦でいよいよ天元突破。
日々の修練の作業用BGMとしてカリンの配信アーカイブを流す、裏アカウントで合計200万以上のスパチャを貢ぐなど、普段の明るく凛とした様子からは想像できないほどの
「というかいまさらですけどなんでお嬢様と配信が不意打ちバッティングしたんですか!? カリンお嬢様の配信は絶対見逃さないよう常に告知をチェックしてたのに……あ! そうか……穂乃花様が羨ましすぎてカリンお嬢様が彼女について言及してると憤死しそうになるから「穂乃花様」をミュートワードにしてたんでした! 「穂乃花様の様子見がてら」という文章が含まれた告知の呟きが見えなくなっていたやつですねこれ!」
もはや頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すように光姫は猛る。
「ああうう! 心の準備なんてできてなかったからどうしていいかわからなくて最低の態度をとってしまって最悪です! 今度はちゃんと色々と準備してコラボしたい……! コラボは無理でも私の配信全部カリンお嬢様の動画にリアクションと解説する動画にしたいです! あとサインも欲しい! この愛刀の柄に……いやあわよくばこの身体に入れ墨とかで直接カリンお嬢様との
光姫はありとあらゆる願望を叫ぶ。
だが……そうした大願のどれひとつとしてカリンに頼むことなどできなかった。
なんならカリンの大ファンであると公言する資格すらないと光姫は前々から自分を強く戒めていたのである。
なぜなら――
「ああ……うぅ、この気持ちを真っ直ぐ伝えたいのに……さっきも本当は大ファンだって伝えたかったのに……私はなんで……」
あらゆる激情を吐き出してふと冷静になった光姫が突如として頭を抱えて項垂れる。
「私はなんであのとき……配信されていたダンジョンアライブ25話にフィストファックなんて書き込んでしまったんでしょう……!?」
最高の推しに最低の黒歴史を作らせてしまった原罪。
完全に魔が差したとしか言えない過去の愚行。
それは生カリンを前にファンだと打ち明けられなかった理由であり、どういう態度をとればいいのかわからず完全に挙動がバグってしまった最大の理由。
土下座して謝ろうにも恨まれるのが怖くて言い出せないそのやらかしに、光姫は何度目とも知れない苦悶と後悔の声を漏らすのだった
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