第46話 魔法装備の改良
「次は穂乃花様が気づいた点を補うべく、そのブーツをさらに改造強化して機能を足していきますわよ!」
穂乃花が作り上げた速度強化のトンデモブーツ。
ただでさえ破格の性能を発揮した魔法装備をさらに強化していくというカリンの発言に、コメント欄が今日何度目になるとも知れない混乱に陥った。
〝魔法装備に機能を足すってなんですの!?〝
〝そんなことできますの!?〝
〝え、いや、改造とか言ってるけど、普通にいまある機能を強化するってことですわよね? 装備の強化って普通そういう意味ですし……〝
〝カリンお嬢様に「普通」なんて言葉が通用したことは未だかつて……〝
〝あの……改造ってまさか速度上昇以外に別の能力をあとから付与するってこと……?〝
「そうですわよ!」
コメント欄を見たカリンが元気よくお返事する。
「もちろん限度はありますし作成物にもよりますが……〈神匠〉のレベルをちょっと上げると魔法装備に新機能を後付けしていく〝改造〟も可能になるんですの!」
〝うせやろ!?〝
〝本気で言ってますの!?〝
〝それって加工スキル鍛え抜いたトップ工房親方レベルの技能ではなくて!?〝
〝普通は完成品と後付け素材の魔力が反発しあってろくな結果になりませんわよ!?〝
〝さっきまで〈神匠〉を使ったこともなかった子がすぐそこまでのことできるようになるってこと……? ホントに……?〝
〝ガチなら〈神匠〉本気でヤバくない……?〝
〝え、じゃあつまりあの異常性能のお優雅トリングもそういうことだったんですの!?〝
〝超威力、連射性、ロックオン、ホーミング……どうやってあんな多機能超出力魔法兵器作ったのかと思えば……〝
〝お嬢様マジで知ってる情報を先に全部〇いてくださいません? 心臓がもちませんの〝
〝↑はく、の漢字がNGワードになってて草〝
「さて、そんなわけで早速場所を移動して改造に適した素材を拾いにいきますわ。……っと、その前に」
カリンはドレスから小さな袋を取り出した。
「改造の過程で当然失敗したりブーツを作り直す必要も出てきますから。こちらの素材も持っていきませんと」
と、カリンが袋のなかにぽいぽいと放り込むのは余った弾丸グラスホッパーの素材だった。
試作ブーツを20以上作ってもなお有り余っていた素材の山が小さな袋――アイテムボックスのなかに次々と収納されていく。
「……!? え……!? な、え、な、なんであの小さな袋に素材が全部……!? え、え、え、まさか……ア、アイテムボックス……!?」
そしてその光景に驚愕するのは穂乃花だった。
〈神匠〉による装備改造などという初耳すぎる情報に先ほどまで愕然としていたのだが、そんな驚きも吹っ飛んでしまったという表情である。
〝穂乃花様お口あんぐりで可愛い〝
〝そういえばこの子、カリンお嬢様の情報が深層強化モンスター討伐で止まってらしたわね……〝
〝カリンお嬢様(ほぼ)初見勢の反応が生で見られる幸せ〝
〝
『穂乃花! 「10分でわかるカリンお嬢様の異常スペック&異常行動まとめ」って動画送っといたよ!』
〝ナギサ様お仕事早すぎておハーブ〝
〝動画タイトル酷すぎて草〝
〝カリンお嬢様の異常行動が多すぎて最短まとめでも10分かかるのほんま草〝
〝ダンジョン内でなに呑気に動画勧めとんねん! と思ったけどあらかじめ予習しておいたほうがカリンお嬢様の突発的異常行動に驚いて隙を晒すなんてことがなくてむしろ安全ですわね……〝
〝レベル30での下層アタックと〈神匠〉使用で疲れてるはずだから休憩がてら動画見ておいたほうがいいぞ!〝
と、穂乃花を気遣うコメントが流れる中。
カリンと穂乃花は少し休憩を挟んだあと、ブーツ改造の素材を集めに下層へ繰り出した。
「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」」」
ダンジョンに悲鳴が木霊する。
言わずもがな、カリンによって虐殺されるモンスターたちの断末魔である。
「っしゃ! 良い感じの素材が出ましたわ! 穂乃花様、回収は任せましたわよ!」
現在、カリンと穂乃花は即席パーティとして行動していた。
カリンがモンスターの殲滅に専念し、機動力を身に付けた穂乃花がドロップアイテム回収を担っているのだ。
もともと荷物持ちとして1年活動してきただけあって、穂乃花の動きは慣れたもの。
高速機動力を手にしたこともあり、カリンのふざけたモンスター討伐速度に伴いドロップしまくる素材もどうにかすべて拾えていた。しかしその一方、
「わ、私と同じユニークで……ア、アイテムボックス……? ダンジョン崩壊を犠牲者0で……? 魔弾ガトリング……? 深層のボスを殴り殺した……? スパチャ3億に登録者数500万……? し、深層の強化種を倒したとは知ってたけど、わ、私……思ったよりずっととんでもない人に師事してるんじゃあ……!?」
送られてきたカリンの所業まとめ動画の衝撃が抜けきらず、穂乃花は素材を拾いながら青い顔でぶつぶつと呟いていた。
〝お気づきになられましたか……〝
〝下層のモンスターハウスでレベル30に魔法装備を作らせようとする時点で気づくべきでしたわね…〝
〝とはいえまさかアイテムボックス所持の深層ボス撲殺お嬢様だったとはリハクの目をもってしても見抜けませんわよ……〝
〝穂乃花様良い反応してくれますわ~〝
〝下層モンスター虐殺と穂乃花様のリアクション、一粒で二度美味しい配信ですわ!〝
〝ブラックシェル叩きとこの最高に面白い配信視聴、両方やらないといけないのがお嬢様ファン(カリン党)のつらいところですわね!〝
そうしてガンガン素材を集めていれば、カリンが「ふむ」と満足気に頷く。
「よしよし。めぼしい素材は大体集められましたわね。量も十分。では穂乃花様、集めた素材を使ってブーツの改造をしていきますわよ!」
「ほ、本当にできるんでしょうか……?」
カリンに声をかけられはっと我に返った穂乃花が少し弱気な声を漏らす。
「わたくしが見たところ穂乃花様の〈神匠〉スキルはギリギリ改造可能なレベルになってるはずですわ! もしできなくても試作品を作り続けていればレベルも上がっていくでしょうし、気にせず試行錯誤ですの! わたくしも昔はそうでしたから!」
「は、はぁ……」
そういうことではなく、そもそも本当に改造なんて真似が可能なのか、それができるのはあまりにも規格外すぎるカリンお嬢様だけなのでは……と穂乃花は思う。
だが自分にここまでしてくれる人が言うのだから、と穂乃花は再度下層で〈神匠〉を発動させた。
使う素材は弾丸グラスホッパー素材と相性が良いという〈ブラッディマンティスの鎌〉に〈スプリングスネークの尾〉。
それぞれ斬撃効果と反動軽減機能をブーツに付与してくれるだろうとカリンが集めた素材だ。
穂乃花は半信半疑ながら、自分を助けてくれたカリンを信じて魔力を練り上げる。すると、
(……!? あ、あれ……なんか、少し、手順が見えるような……)
下処理はカリンお嬢様に教えてもらったから当然。
だがそれ以降の「ブーツに他素材を加えて複数の魔法機能を付与」に関しても、なぜか少しだけわかるのだ。それが可能だと。
ユニークスキルから流れ込んでくる直感に従い、時折カリンからのアドバイスももらって穂乃花は道具を駆使する。そして何度かの失敗を経れば――、
「……っ! で、できた……!」
そこには、複数の素材を魔力の反発なしでつなぎ合わせた新しいブーツが誕生していた。
反動軽減効果、そしてつま先に鋭い刃を取り付けた逸品である。
〝え、ほんとにできた!?〝
〝早くない!?〝
〝穂乃花様、スキルレベルとは別に明らかに神匠の扱いが手慣れてきてておハーブ〝
〝そら総額何億だよって勢いで練習素材が供給され続ければ……〝
〝にしたって異常ですわよ!?〝
〝こ、これ本当に複数の機能が追加されてんですの!?〝
〝少なくとも見た目はがっつり強そうになってますわ!?〝
〝い、いやまあ外見変更や単なる機能増進だけなら普通の加工スキルでもいけるし……〝
〝確かにいちおう形にはなってますが……複数効果の後付けなんて超絶技巧がすぐにできるよ うになるなんてまさか……ね?〝
「よしそれじゃあ、実際に性能を確かめたいところですが……その前にちょっと場所を移しましょうか」
「え?」
言ってカリンが穂乃花を連れてきたのは中層最深部。
素材集めの過程で中層近くまでやってきていたためあっという間に移動したその場で、カリンは穂乃花に言った。
「では穂乃花様。ブーツを履いて、あのモンスターと戦ってみましょう!」
「っ!? え!?」
穂乃花は愕然とする。
カリンが指さしたのは、ダンジョン中層でも屈指の力を持つモンスター、ダンジョンボアだったのだ。
以前カリンが砲弾として軽く投げ飛ばしたためあまり強くは見えないが……それでもレベル30にはとても太刀打ちできない相手。所持スキルや装備にもよるが、ソロで安定討伐するにはレベル100以上はほしい相手だった。
〝ちょ、ブーツの機能試すのにいきなり実戦ってマジですの!?〝
〝お嬢様!? いちおう言っておきますが穂乃花様は人間でいらっしゃいましてよ!?〝
〝人間はカリンお嬢様と違ってはかない生き物なんですのよ!?〝
〝まるでカリンお嬢様が人間じゃないみたいなコメントわらわらで草〝
〝カリンお嬢様は種族「お嬢様」であらせられるので……〝
「え、え、あ、あの、本当にいきなり戦うんですか……!?」
「ええ。魔法装備の出来はやはりモンスターとの実戦で検証するのが一番ですもの。もちろん危なくなればわたくしが途中で割って入りますし、それに――」
カリンは一度言葉を切って、
「わたくしの見立てだと、あの程度の相手、そのブーツを装備した穂乃花様なら簡単に倒せるはずですの」
「……っ!?」
〝い、いやさすがにそれは……〝
〝見立てがお優雅すぎませんこと!?〝
〝そもそもまだブーツの改造が成功してるかもわからないんですわよ!?〝
〝てか仮に改造成功してたとしてもその子さっきまで雑用ばっかだったレベル30加工職なんですが!?〝
〝ま、まあさっき妖怪「ぴったり張り付き」やってたお嬢様ならなにかあっても絶対に途中で止められるだろうけど……〝
「あ、でも当然、穂乃花様が不安なら強制は――」
「わ、私、やってみます……っ」
少し食い気味に穂乃花は答えた。
コメント欄が「マジか!?」で埋まるが、穂乃花は意思を曲げたりはしない。
「カ、カリンお嬢様がそこまで言ってくれるんですから……っ」
カリンからの無茶振り。それはどう考えても非常識でありながら、ブラックシェルのような悪意ではなく信頼に基づくもので。穂乃花は応えたいと思ってしまったのだ。
そして穂乃花は1人でダンジョンボアの前に立つのだが――、
「ブオオオオオオオオオオッ!」
「ひ、ひゃあああああああああっ!?」
明らかに腰が引けていた。
当然だ。
魔法装備で機動力が超強化されたとはいえ、穂乃花本人は駆け出しレベルの加工職。
圧倒的格上から1対1で睨まれればまともに立っていることすら難しい。
そしてそんな穂乃花にダンジョンボアが凄まじい速度で突っ込んでくる。
〝おいホントに大丈夫かこれ!?〝
〝お嬢様スパルタがすぎましてよ!?〝
〝ブラックシェル「もしかして私たちって常識的なクランなのでは?」〝
〝↑お前らは殺人未遂で早く捕まってどうぞ〝
「大丈夫ですわ穂乃花様! 落ち着いてしっかりよく視るんですの!」
「……っ!」
カリンが檄を飛ばした瞬間――たんっ。
ブーツの高機動力をもって穂乃花がダンジョンボアの突進を避ける。
〝避けた!?〝
〝あのヤバいブーツなら攻撃を一回避けることくらいは……〝
〝問題はこっからですわ!?〝
〝レベル30の動体視力でこの高速戦闘に対応するのは無理でしてよ!?〝
〝素材拾いと高速戦闘は勝手が全然違いますわ!〝
〝素直にブーツの改造が成功したか試すだけにしておきましょう!?〝
〝そもそも仮に改造が成功してても装備を使いこなせるかは別なんですのよ!?〝
コメントが心配するように、いくらブーツが強力でも穂乃花はレベル30。
ただ高速で動き回るだけならまだしも、高速戦闘などすぐには対応不可能。
仮にブーツの改造が成功して攻撃力が付与されていたとしても本体が装備の性能に追いつかず、ろくな戦闘にならない。
――はずだった。
(……っ! 目は全然追いついてないけど……なんとなくわかる、相手の動きが……!? 次に私がなにをすればいいか……っ)
スキル――魔動察知
それは恐怖への耐性と同様、1年以上にわたるブラック労働で穂乃花が身につけていた察知能力。先輩たちの機嫌を損ねないよう徹底的に周囲を観察し続けたがゆえに発現していた先読みの力。弱者の護身。
最低クラスの身体能力しかない穂乃花ではいままで戦闘に転用できなかった、威力も低い死にスキルだ。
だが――いまの穂乃花には武器がある。
先読みのスキルを活かせるだけの身体能力。それを得られる専用魔法装備が。
そして――たたたんっ!
敵の動きを読んだ穂乃花が、ダンジョンボアの攻撃を回避して側面に着地。
脚力スキルも併用して鋭い蹴りを放った。
瞬間――ザンッ!!
「ガッ……!?」
レベル100以上の戦闘職でもなければ安定ソロ討伐などできないダンジョンボア。
その身体がレベル30加工職の一撃で真っ二つに切り裂かれていた。
〝は!?〝
〝え〝
〝ふぁ!?〝
「……っ!?」
穂乃花自身を含め、誰もが唖然と言葉を失う。
しかしそんななかで、
「ふむふむ、やはり蹴りによる反動は魔法効果でだいぶ軽減されてますし、付与した刃の切れ味も十分。素材同士の反発もありませんし、ひとまずブーツは完成ですの! お見事ですわ穂乃花様! あとは貴方様自身を仕上げていくだけですわね!」
ただ1人その展開を知っていたかのように、カリンが満足気な笑みを浮かべていた。
――――――――――――――――――――――――――――
カリンお嬢様「異常行動……????」
※ちなみに。動きの先読みは明確にスキルですが、恐怖耐性はただの慣れみたいなものです。
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