第34話 影狼の秘策
公開試合を前に影狼がなにかした瞬間、カリンの纏っていたドレスが魔法効果を失ったように色あせた。黒髪に戻ったカリンにコメント欄が驚倒する。
〝なんだ!?〝
〝カリンお嬢様の黒髪新鮮ですわ!?〝
〝え、これなんか急にドレスが効果失ってね?〝
〝は!? なにこれどういうこと!?〝
〝カリンお嬢様が配信中にドレスや髪の色をオフにしたことってないですわよね!?〝
〝あ!? 影狼がなんかしたのか!?〝
「な、なんですのこれ?」
「ははははははは! 成功だ! そんじゃあまあ、試合開始といこうか!」
ドレスの不調にカリンが首を傾げるなか、影狼が凶悪な笑みを浮かべて駆け出した。
だがそれは真っ直ぐカリンへと向かう突撃ではない。
ダンジョン周辺に広がるだだっ広い建設禁止エリア。
都心にぽっかりと出現したその平地を縦横無尽に駆け回る。
「聞け素人ども! この勝負はもう俺の勝ちだ!」
それは走れば走るほど速度と突進攻撃力の増す影狼のユニークスキル〈
そしてリベンジを試みる配信者らしく、自身の策を解説するための行為だった。
「てめぇらは散々このエセお嬢様を持ち上げやがるが、くだらねぇ! 元々戦闘力が高いのは間違いねえが、だからってこんなガキが素の力だけであんなに強いわけねえだろうが! トップクラスのバケモノにはどいつもこいつも種や仕掛けがありやがる! でもってこいつの場合、その強さの秘密は〈神匠〉で作り出すふざけたマジックアイテムや魔法装備だ!」
加速する。加速する。
影狼はどんどん速度をあげてカリンの秘密を暴き出す。
「てめえらも見ただろうあのアイテムボックスを! あんなもんが作り出せるなら、自分の力を底上げする魔法装備が作れないわけがねえ! でもってこの女はドレスのなかに反則アイテムを大量に仕込んでやがんだよ!」
それはもはや確信だった。
アイテムボックスさえ生み出すほどに練度を上げた〈神匠〉。そしてそれによって作り出せるだろう数多の強化装備。山田カリンが反則級のアイテムをゆったりしたドレスのなかにたっぷり仕込んでいるのは間違いなかった。
そうでなければあんなふざけたフリフリドレスを着てダンジョン下層にソロで潜るわけがない。そんなヤツがいるとすれば正真正銘の狂人ではないか。アニメの影響を受けたなどという妄言はそのあたりの不自然さを誤魔化すためのブラフと考えればすんなり理解できた。
下層素材で強化装備を作り、底上げした力でより強い敵を屠ってはまたさらに強い強化装備を作る……目の前のエセお嬢様はその繰り返しで馬鹿げた力を実現したのだ。
「ああ確かに強力だ。深層の強化種まで無傷でぶち殺しちまうんだからとんでもねえ。いまの俺じゃあ逆立ちしたって歯が立たねえだろう。だがそれも――魔法装備やマジックアイテムの効果を無力化しちまうこいつがあればなんでもねえ!」
影狼が掲げるのは、大金を積んで手に入れた山田カリン対策。
ほぼ使い捨てかつ一時的にとはいえ、対象の魔法装備の効果を完全に打ち消す最上級のマジックアイテムだった。
国内最強級クランかつ政治的な力も強いブラックタイガーのツテでどうにか入手した希少アイテム。その威力はドレスが完全に擬態機能を失ったことからも明らかだ。
〝はああああ!? なんだそれ!?〝
〝魔法装備効果無効化ってお前そんなもんどうやって手に入れたんだよ!?〝
〝え!? おいこれ本気でヤバいんじゃねえの!?〝
〝そういやカリンお嬢様の強さについて同じような考察してる書き込みも……〝
〝お嬢様が魔法装備使いまくってるなんて根拠ねえだろ!?〝
〝いやでもあの異常な強さはそうでもないと説明がつかなくないか……?〝
〝はあ!? 影狼お前そんな卑怯な手かましてプライドねえのかよ!?〝
〝正々堂々って言ってただろうがてめー!?〝
〝お嬢様こんなヤツに負けないよね!? 大丈夫だよね!?〝
〝こいつほんま悪知恵だけは……〝
〝おいこれもうギルドか警察の対探課に通報したほうがいいって! 成人探索者が未成年探索者にやっていいことじゃねえよ!〝
「ははははははは! もう遅いに決まってんだろ!」
常人はもちろんベテラン探索者でさえ追い切れない速度となった影狼が吼える。
「大体、試合自体はお嬢様が承諾したんだ! それにここはダンジョン周辺の建設禁止エリア! 多少の怪我もお互い同意のうえ! 外野がなに言おうがどうにもなんねえよ!」
強いていえばお互い探索者とはいえ成人男性が女子高生に勝負を仕掛けること自体が倫理的に終わってはいるが――影狼は元々迷惑系配信者。いまさらそんなことを気にするタマではない。
「じゃあなお嬢様! ネットのアンチども! 俺への不意打ちと反則みてえな底上げ装備で調子に乗ってられた時間はこれで終わりだ!!」
最大加速!
「同接も21万! ――ははっ、とんでもねえ人数の前で俺と同じ屈辱を味わえや偽お嬢様!」
模造刀を構え、哄笑をあげた影狼がカリン目がけて全力で突っ込んだ。
次の瞬間――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
右頬を拳のかたちに陥没させた影狼が、凄まじい衝撃とともに地面にめり込んでいた。
「あの、なんだかとても気持ち良さそうにお喋りしていらっしゃったので口を挟むのが遅れたのですが……」
拳を振り下ろしたカリンが少し困ったように眉を寄せてぽつりと呟く。
「わたくし、魔法装備を使った力の底上げなんてしてませんわよ?」
完全敗北を喫した影狼に、その無慈悲な真実が告げられた。
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