第33話 影狼砕牙のリベンジ


〝は!? ゲロ!?〝

〝え、なにしてんだこいつ!? リア凸!?〝

〝てか本物か!?〝

〝うわこいつカリンお嬢様に声かける直前に生配信はじめてやがる! ガチで本物のゲロじゃん!〝

〝ダンジョンに出てくるモンスターからカリン様の潜ってるダンジョン特定したんか!?〝

〝キモいんですけど!〝

〝つーかなにしにリア凸なんかしてんだよこいつ!?〝


 

 カリンが髪飾り作製のダンジョン配信を終えようとしたとき。

 突如として現れた影狼にコメント欄がどよめく。


 当然だろう。


 元々アポなしのリアル突撃など褒められたことではないうえに、影狼は問題行為を面白おかしく配信するいわゆる迷惑系ダンジョン配信者。


 一体どういうつもりなのかとコメント欄が警戒するのも無理はなかった。


 そしてそんな雰囲気のなか当の影狼はといえば、


「お前……この影狼砕牙様のことを覚えてないってどういうこった……!?」


 ぷるぷる体を震わせ、カリンから「は? 誰?」という反応をされたことに表情を歪ませていた。


「え、あ、影狼! 影狼砕牙様ですの!? いえあの、名前はちゃんと覚えてましてよ!? ただその……」


 カリンはその名前を聞いて慌てたような様子を見せる。

 そして少し気まずそうに目をそらし、


「あのときはわたくしが殴りまくったせいでアンパ○マンみたいな顔面になってらしたので……元のお顔を全然把握してませんでしたの」



〝草〝

〝アwンwパwンwマwン〝

〝確かにゲロの顔ギャグ漫画みたいに腫れあがってたからなwww〝

〝そりゃ確かに覚えてませんわwww〝

〝やったねゲロちゃんあだ名が増えるよ!〝



「てめぇ……!? やっぱりバカにしてんだろ!?」


「え!? なんでそうなりますの!? 全然バカになんてしてないですわ!? むしろやりすぎてしまったことをずっと謝罪したいと思っていたくらいで!」


 そう。カリンはあの日以降、影狼のことをきちんと気にしていたのだ。

 いくら影狼が下層での爆炎石爆破などという危険行為に及ぼうとしていたとはいえ、何日も入院するほどの重傷を負わせてしまったのはちょっとやりすぎだっただろうと。


 なんならその謝罪ができないまま自分のチャンネルが急成長し続けていくことに少しモヤモヤしていたくらいである。


「でもその、何回か連絡しても繋いでもらえなくて……なのでいまからでもわたくしにできることでしたらお詫びになんでもしますわよ!」


「……へぇ? 言ったな」


 と、影狼の瞳が獲物の隙を見つけた狼のように細められた。



〝ゲロ……見損なったよ〝

〝未成年に手ぇ出すやつだったとはな〝

〝最低すぎる……〝

〝堕ちるとこまで堕ちたなゲロ〝

〝見下げ果てたよ……〝

〝ゲロ、日本語わかるか? お嬢様は「できることなら」って言ってるからな?〝

〝影狼……俺お前のことカスだけど決定的な一線は超えないこざかしいカスだと思ってたのに……未成年にそれは引くよ〝

〝知ってるかゲロ。性犯罪は刑務所のなかでも服役仲間から軽蔑されるレベルの最低行為なんだぞ……〝



「まだなんも言ってねえだろふざけたこと抜かすなネットのカスども!」


 自身の配信画面に流れてきた最低の言いがかりコメントに影狼が怒鳴る。


 どうやらカリンの視聴者の一部が同時に影狼のチャンネルも視聴するいわゆる二窓状態にしているらしく、影狼のチャンネルは荒れに荒れていたのだ。


 しかし影狼はその言いがかりにいったん息を吐いたあと真剣な表情でカリンに向き直り、


「お詫びになんでもするっつーなら――俺と本気で勝負しろ」


「え?」


「配信しながらの公開試合だ。今度は互いに不意打ちもクソもねえ。正面から正々堂々本当の実力をわからせてやる」


 影狼はカリンに向けて真っ直ぐに果たし状を突きつけた。


 途端、先ほどまでゲロを警戒し叩いていたコメントの雰囲気が一気に様変わりする。


 ――主に影狼を心配する方向へ。



〝は!? 本気で言ってんのかこいつ!?〝

〝ゲロ……良いヤツ……ではなかったけど死んでほしいとまでは思ってなかったよ(過去形)

〝やめとけバカ! 家具にされるぞ!?〝

〝ジュエルタートルやシープスキラーと同じ末路を辿りますわよ!?〝

〝お吐瀉物様だけずるいですわ! わたくしもカリンお嬢様の椅子になりたいですわ!〝

〝わたくしも!〝

〝じゃあわたくしは足置きに……〝



「なんで誰も俺の心配ばっかしてやがんだよ! つーか関係ねえ話してんじゃねえ気持ちわりぃ!」



〝いやむしろなんでお前は勝てる気なんだよ!?〝

〝あんだけ動画URL送りつけてやったのにカリン様の異常行動を見なかったんですの!?〝

〝お前だけじゃなくて深層のバケモノまで殴り殺してんだぞこのトンデモお嬢様!〝

〝カリンお嬢様に顔面ぶん殴られて思考力が消滅なさいましたの!?〝



「はっ、素人どもが」


 自身のチャンネルに流れるコメントを影狼は鼻で笑う。


(フェイクじゃねえにしろ、ただの素の力だけであんなに強いわけねえだろ。トップクラスのバケモノってのはどいつもこいつも種や仕掛けを隠し持ってるもんさ)


 もちろん素のスペックが高いのは当然だが、特定条件下で威力を発揮するスキルやアイテム、様々な要因があって最上位に君臨している者が多い。もちろんその特定条件を簡単に突き崩せるものではないゆえにトップランカーなのだが……強力なダンジョンボスと同じで対策できないわけではないのだ。


(そして俺はこのガキの種も仕掛けも完全に見抜いた。過去のアーカイブと、この前のふざけた加工スキル配信でな)


 当然、その対策もばっちりだ。

 でなければこんなバケモノに正面から戦いを挑むわけがない。



「で、どうなんだよお嬢様。俺に詫びがしてえってんなら、この勝負受けてくれるよな?」


 自信満々に影狼は促す。


「ちょうどここは地上で探索者がおおっぴらに力を使ってもごちゃごちゃ言われねえ数少ないエリア。ダンジョン周囲300mの建設禁止区域だ。探索者同士の公開試合にも使われる場所。勝負するにはもってこいだろ」


「それがお詫びになるならわたくしは構いませんが……」


 影狼の要求してきた「お詫び」にカリンは困惑しながら心配するように告げる。


「影狼様はいいんですの? せっかく退院したのにまたお怪我をしてしまいますわよ?」



〝ナチュラル煽りキタアアアアアアアアア!〝

〝wwwwwwww〝

〝草〝

〝いやまあそうなるよww〝

〝カリンお嬢様はマイクパフォーマンスも一流でしてよ!〝

〝戦闘力に加工スキルにレスバぢから……お嬢様は常識のお勉強以外なんでもできますわ!〝



「……っ! ああ構わねえよ。そんなもん勝負するなら当たり前だからな」

「でしたらわたくしは構いませんわ。よくわかりませんが、それで影狼様の気が済むのなら」


 ほっとしたように勝負を受けて立つカリン。


 そんな2人のやりとりにダンジョンの守衛が「ちょっ、君たち!?」と止めに入ろうとするが、


「ああ?」

「……っ!」


 若手最強の探索者。それも政治的な力も強い国内最強級クラン・ブラックタイガーの主要メンバーに睨まれれば黙るしかない。


 影狼とカリンの2人は都内にぽっかりと出現したそのだだっ広いエリアで改めて向かい合う。


〝おいこれ囃し立てといてなんだけどマジでやるのか!?〝

〝挑んだのは影狼側だからまあカリン様は大丈夫にしても……配信でやるのはちょっとまずいかもな〝

〝つっても建設禁止エリアは探索者の合同訓練にも使われることあるし広義じゃこれも訓練……?〝

〝ブラックタイガー並の詭弁〝

〝じゃあ大丈夫だな! ダンジョン庁もスルーしてくれるね!〝

〝おいおい同接一気に20万まで跳ね上がってるけどホントに大丈夫かこれ!?〝

〝いくら探索者同士のトラブルが同接伸びやすいとはいえこの数字はヤバイな……〝



 本当に試合をやろうとしている2人にコメント欄が改めてざわつくなか、影狼が訓練用の模造刀を抜き放つ。


「髪飾りは外したらどうだ? 大事なもんなんだろ?」


「ご心配なく。これはセツナ様からいただいたわたくしの誇りですので」


「ああそうかよ。後悔しても知らねえぜ?」


「そちらこそ……本当に本気でいってよろしいんですわよね?」


「ああ。当然だ。俺も本気でいくからな。でもって――使える手はなんでも使うのが毎日命のやりとりしてる探索者の〝本気〟だぜ?」


 と影狼が口角をつり上げた瞬間――ブウンッ!


 特殊な魔力が周囲一帯に広がった。

 そして、


「……!? え!?」


 まるでその魔法効果が消えたかのように。

 カリンの纏っていたドレスの色がくすみ、カリンの髪色も黒の地毛に戻った。

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