第32話 収益化記念配信(ダンジョン編)



「あんたねぇ。4千万程度でビビっててこの先どうすんの?」


 カリンの自宅に呼び出された佐々木真冬は呆れたように溜息を吐いていた。


「自分のチャンネル登録者数と動画の再生数ちゃんと把握してる? スパチャどころか、今後は動画の再生数だけで毎月かなり入ってくるよ」


「そ、そうなんですの……?」


「まあチャンネルのジャンルや動画サイトごとの仕様なんかもあるから一概にいくらって断言できるもんじゃないけど。登録者数180万オーバーであんたの配信頻度だと……月収500 万くらいは覚悟しといたほうがいいんじゃない?」


「ごひゃ……!?」


 カリンは目ん玉飛び出しそうになる。

 

「そ、そそそ、そんな大金いったいどうすればいいんですの!? しかも年収じゃなくて月収!?」


「別にどうもしなくていいんじゃない?」


 大慌てのカリンとは逆に、真冬は落ち着いたものだ。


「確定申告のために専門の税理士雇う以外は無理して使わず貯めときゃいいのよ。変に贅沢して1度生活水準あげると二度と下げられなくなっちゃって、お金がなくなったあと普通の貧乏暮らしより遥かに苦しむっていうし。大体あんた、お金の使い方なんてわからないでしょ?」


「そ、それはまあ確かに……」


 お金の使い道といえば生活費や学費、あとは両親がのこしてくれたこの家の維持費くらいしか思いつかなかった。強いて言えばずっと手の届かなかった『ダンジョンアライブ』グッズでも買いあさるくらいだろうか。


 そう考えると真冬の貯蓄案はまあ妥当なところといえるだろう。


「ただし」


 思案にふけるカリンに真冬が指をつきつける。


「あんたは昔から食事を削りがちなんだからそこだけはちゃんとお金かけて改善すること。レベルの影響で粗食でも元気にやれてるみたいだけど、限度はあるんだから」


 なんだかちょっぴり圧を感じてカリンは「は、はぁ」と頷く。


「とりあえず食費はいまの5倍にしな。視聴者もそれを望んでんだから。あんたの場合は元が酷いから食費5倍にしても今回のスパチャで数十年はもつし。そこだけはちゃんと意識改善したほうがいいよ。あ、ちなみにこれ、4千万からサイト手数料と税金引いたあとの残りで計算してるから」


「わ、わかりましたわ……じゃあいただいたお金や広告費がまとめて振り込まれるらしい来月末から……」


「今月から。今日から」


 ずい、と真冬がカリンに迫る。


「まったく。毎度毎度おごったりおかずを分けたりするのもよくないと思って遠慮してきたけど、こうなったらもう関係ないわ。ほら、スーパーいくよ」

「え? ちょっ、そんな急に!?」


 そして引っ張っていかれた先で――カリンは悲鳴をあげた。


「ちょっ、ダメですわ真冬!? お肉なんてそんなにカゴに入れたら……待ってくださいまし! お野菜は最近バカみたいに高いんですのよ!? 場合によってはお肉より……あー!? 台湾パイナップルなんてそんなの王様が食べる果物でしてよー!?」

「うるさいなぁ」

「あー!? あー!? レシートがとんでもないことになってますわ―!? なんか知らないうちにハーゲン○ッツとかも入ってますわー!?」


 とギャーギャー騒ぎながら強制買いだめ。

 カリンは真冬の手でお腹も冷蔵庫もパンパンにされるのだった。



 そうして……スパチャ4千万だの『ダンジョンアライブ』原作者降臨だの色々ありすぎて心を休めるために配信を2日ほどお休みしたあと。週末。


 カリンはいつものようにダンジョン配信に繰り出していた。


〝配信キタアアアアアアア!〝

〝楽しみにしてましたわ!〝

〝ごきげんようですわあああああ!〝

〝スパチャ4千万と原作者ファンアートのダブルパンチでノックダウンしていたお嬢様が復活したと聞いて〝

〝スパチャ4千万トレンド入りおめでとうございますですわ!〝

〝これで本物のお嬢様に一歩近づきましたわね!〝

〝そんなまるでいまは偽物みたいな……〝

〝カリンお嬢様はセツナ様にも認められたんやぞ!〝

〝セツナ様が認めるのはお嬢様かどうかではなく強さとかなので……〝



 休日であるせいか、昼下がりからの配信にもかかわらずコメントの流れが早い。

 同接も瞬く間に増えていき、一瞬で安定の万越えだ。


「さて、今日は事前に告知していた通りちょっと変わった……というか思いっきり私的なダンジョン探索になりますわ!」


 人がある程度集まった段階で、カリンは改めて今日の配信について説明をはじめる。


「それというのも、先日の収益化記念配信でわたくし『ダンジョンアライブ』原作のもちもちたまご先生に特別なイラストをいただきましたの! そこにはわたくしがセツナ様に髪を整えてもらいつつ、とある髪飾りをつけてもらっている様子が描かれていましたわ!」



〝カリンお嬢様めっちゃドヤ顔でかわいいですわww〝

〝いまだかつてこれだけ立派な「ふふーん顔」があったでしょうか〝

〝まあアレは自慢していいww〝

〝そりゃあんなイラストもらったら一生ドヤ顔するわww〝

〝あの髪飾りは特に嬉しいですわよね!〝



「そう、あれはセツナ様が認めた相手にしか送らない髪飾り。いままではまだまだセツナ様に及ばないと思い自重していましたし、なんならいまも届いているとはまったく思っていませんが……あんな素晴らしいイラストをいただいたのなら話は別! というわけで今回の配信ではあの髪飾りを作っていこうと思いますの! もちろんダンジョン素材で!」

 

 

〝いいですわね!〝

〝セツナ様からの贈り物をリアルでも作っちゃうのいいですわぞ^~〝

〝なるほどそういう配信ですのね!〝

〝というかいままで作ってなかったことにセツナ様へのガチリスペクトを感じますわ!〝



「ついては前々から良い材料になると思っていた珍しいモンスター〈ジュエルタートル〉が出るこちらのダンジョン中層にやってきていますわ。できるだけ完璧なものを作りたいと思いますので試行錯誤用に素材は多め……まあとりあえず200匹くらい狩っていきますわね!」



〝ジュエルタートルさん逃げて!〝

〝逃げられるわけねぇんだよなぁ……〝

〝お嬢様からは逃げられない!〝

〝恨むなら人に仇なすモンスターに生まれた自分たちを恨んでくださいまし……〝

〝タートルさんたちができるだけ多く生き残る道は素材を落とす個体をカリン様に全員差し出すことのみですわ……〝



「それじゃ、やっていきますわよ!」


 コメント欄がジュエルタートルへの同情一色で染まるなか、その日の配信がスタートした。



 


〝そういえばカリンお嬢様、今日はなんだか艶々してませんこと?〝

〝言われてみれば。なんか血色良い気がしますわ〝

〝やはり4千万には体調を改善する力があるんですの?〝


「あー、これはその……いつも話している親友からスパチャぶん食べろと言われて……スーパーの高級品をひたすら買い物カゴに入れられましたの。この2日はずっと鍋でいろんな食材を詰め込まれてましたわ。いや幸せでしたけども」



〝親友ちゃんやっぱり有能〝

〝カリンお嬢様の言う高級品って多分おつとめ品とかじゃない普通の食材ってことなんだろうな……〝

〝そうだ……もっとだ……もっと食わせろ……〝

〝なんならもっとデブってくれるとわたくしが嬉しいですわ!〝

〝↑害獣〈盛るペコ〉は一匹残らず駆逐しますの!〝



 そんな雑談を交えて配信は順調に進んでいく。


 言ってしまえばただ素材を集めているだけの単調な配信にもかかわらず同接はぐんぐん増え、開始から1時間で12万を突破。


『ダンジョンアライブ』原作者降臨のインパクトは2日経ったいまもまだ根強いのか、セツナの髪飾りを作るという今回の配信にはいつも以上に人が集まってきているようだった。 


 また、ダンジョン内で素材を加工することで「未成年のダンジョン資源利用不可」の原則をすり抜けるそのトンデモ配信を今度はリアルタイムで見たいという者も多いのだろう。


 カリンが素材加工の段階に入ればさらに人が増えていた。


 そうして配信開始からおよそ3時間。同接も15万を超えた頃。


「~~~! できましたわ~!」


 カリンがダンジョン内で歓声をあげた。

 掲げているのは先日のイラストに描かれていたのとそっくりかつ高級感溢れる髪飾りだ。



〝すげえ!〝

〝うおおおおっ、マジでそっくりやんけ!〝

〝わかっちゃいましたけど本気で加工スキルのレベル高いですわね!?〝

〝ぶっちゃけこれまでの試作品のどこか気に食わんのかと思ってたけど完成品見たら気が変わったわ…カリン様マジで職人気質っつーかなんでこの加工適正があってあの戦闘力なんだ……(戦慄)〝

〝あの……なんかぼわんってなって急に髪飾りが出てきたんですが……!?〝

〝わたくしの知ってる加工スキルと違うんですけど!?〝

〝また新参お嬢様が腰抜かしてておハーブ(n回目)〝

〝カリンお嬢様すげえですわ! つけてみてくださいまし!〝



「ふ、ふふふ。それでは早速……どうですかですわ!?」



〝かわいいですわ!〝

〝少なくとも見た目はマジモンのお嬢様みたいですの!〝

〝これにはセツナ様もニッコリ〝

〝本当に凄いですわこの髪飾りの質感、まるで本物のお嬢様ですの〝

〝先日のイラストそのまんまですわ!〝

〝なんかちょいちょい失礼なコメあっておハーブ〝

〝@motimotimotimoti:ちょっとデザイン懲りすぎてグッズ化できなかった髪飾りが現実に……! 質感までイメージそのまま……重ね重ねありがとうございますカリンお嬢様……! すごく似合ってます!〝


「うぶおほ!? た、たまご先生!?」


〝たまご先生!?〝

〝草〝

〝なにやってるんですか先生ww〝

〝これもうたまご先生もただのカリン様ファンじゃありませんこと?www〝

〝まあでも確かにあのデザインをガチ原作再現されたら嬉しいですわよww〝

〝カリンお嬢様からのお返しですわね!〝

〝ここほんと原作とファンの優しい関係ですき〝

〝カリンお嬢様またあかん声出してたぞwww〝



「~~~~! ありがとうございます!! ありがとうございますですの!!」


 原作者からのお墨付きにカリンは頬を染めて。

 満足のいくファングッズ作製に成功したカリンは大満足で地上へ帰還するのだった。



 

 配信を続けたまま、カリンはダンジョンの出入り口にあるゲートをくぐった。

 もう他の探索者やダンジョン入り口を監視する守衛さんから「なんて格好してるんだ!」と言われる心配もなくなったため、ドレス姿のままである。


 と、そんなカリンの背後でゲートが「ぴーっ」と高い音を鳴らす。


 今日ダンジョンに入った人間が全員出たことを示す、〈最後の帰還者〉しか聞けない珍しい音だ。


「あれ? 珍しいですわね。まだ割と早い時間ですのに」

「週末はこの近くの素材換金所が早くに閉まるからね」


 配信者の癖で独り言を漏らしたカリンに老年の守衛さんが同じく独り言のように答える。


「ドロップアイテムはかさばるし高級品だから。手元に置いておきたくない探索者は早くに上がるんだよ。それにここは深層まである上位ダンジョンだからね。普段から人がそう多くないんだ。ダンジョン内でも孤立しがちだから遅い時間まで潜らないほうがいいよ」


「なるほどですわー。ありがとうございますですの」


 カリンは頷きつつ、ダンジョン周辺のだだっ広い建設禁止エリアで改めて浮遊カメラに向き直る。


「さて。最後に少しお勉強になったところで。無事に帰還しましたし今日の配信はここまでですわ。次回は早速この髪飾りをつけて下層へ潜っていこうと思うので、よろしければチャンネル登録と通知はオンでお願いしますの。それでは、乙カリ――」


 と、多少は慣れてきた終わりの挨拶で配信を終えようとした――そのときだった。



「――よっしゃ、ビンゴだ」



 ガラの悪い声が、突如カリンの背後から配信に入り込んだ。


「ジュエルタートルが出るのは都内じゃここ渋谷ダンジョンだけ。いけねぇなぁ。配信でこんな長時間、特定されやすいダンジョンに潜ってちゃ」


 見下すような声音に好戦的な態度。

 男は全身から殺気にも似た気配を立ち上らせて、


「よぉ、久しぶりだなエセお嬢様」

「あなたは……!?」


 その立ち上る鋭い闘気に、配信中にもかかわらず背後を振り返ったカリンははっと目を見開き、

 

「え……っと……? え? どなたですの?」


「影狼砕牙だよ! てめえが不意打ちかましたダンジョン配信者! 若手最強の影狼砕牙だ!」


 カリンの「え? マジで誰?」という顔に、ガラの悪い男――迷惑系ダンジョン配信者ゲロこと影狼砕牙が地団駄を踏んで怒声をあげた。

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