第22話 新たな日常
深層イレギュラーを討伐したあの配信以降、カリンの周囲は色々と慌ただしかった。
特に大変だったのは配信を終えた翌日。
「あ、カリンお嬢様だ!」
「ただの変人だと思ってたけどあんな凄かったのか!」
「握手してください! あ、でも手加減してもらえると……」
「っ!? っ!? な、なんですのこれ!?」
登校するなり大量の生徒に取り囲まれる騒ぎになり、女子からは握手を、男子からはサインを求められるなど始業時間が遅れそうなほどの事態になってしまったのだ。
幸い配信者になる前からサインは考えており、下層ソロ攻略も可能な探索者の超速度でファンサをこなしどうにか迅速に騒ぎを収めることはできた。だがカリンはいままでにないタイプの気疲れに体力を使い果たしてグロッキー。「う、嬉しいですけど配信で人気が出るとこんなことになるんですの!?」とその日は配信する気力を失ってしまったほどだった。
カリンの通う学校を特定して凸しようなどという輩が(カリンを畏怖してか)いなかったからよかったものの、あれ以上人が増えていたらとんでもないことになっていただろう。
動きがあったのは日常生活の場だけではない。
カリンの運用している告知用SNSに全国の大手クランや配信事務所からオファーが殺到して処理しきれなかったため
ほかにも影狼ボコ騒ぎの際にカリンの証言を適当に聞き流したダンジョン入り口の守衛たちからも
さらに、ネットでは伝説を超えて神話とまで言われるようになった先日の配信の影響はかなり大きく――、
「カリンお嬢様めっちゃかっこいいよね」
「ね、凄いよね! 初期の切り抜き動画なんてもう1000万再生いってるし!」
「あんたみたいなガチファンがひたすらリピートしてんでしょ」
「えへへ。あーあ。わたしもほかにやりたいこととかないし探索者やってみよっかなー。そうじゃなくても衣装真似したりとか――」
「ふふふ……」
平日の朝。
カリンが学校に向かって歩いていれば、他校の制服を着た仲のよさそうな女子グループが明るく言葉を交わしていた。
どうやらカリンの動画を再生しながら登校しているようで、自分の名前が出たことにカリンは後ろでこっそりまんざらでもない笑みを浮かべる。
「ふふ、ふへっ……大騒ぎになって周りの迷惑になるのはお優雅ではないと先日の学校で学習したのでこちらからはしたなく声をかけたりはしませんが……こうして話題にしてもらえているところを見ると凄く嬉しいですわね」
ついこの間まで同接0、たまに来てくれる視聴者からもことごとくフェイク認定されていたのが嘘のような状況に思わず鼻が高くなる。
が――そんなカリンの余裕は次の瞬間粉砕された。
「おはよー。なんの動画見てんの?」
前方の女子グループに途中で合流した背の高い女子が動画を覗き込む。
「って、あんたらまたフィストファックお嬢様? まあ私も動画勧められてはまっちゃった口だけどさぁ」
「ちょっとー、外ではそれやめなよー……ぷふっ」
「そ、そうだよ! それは誤解だってカリンお嬢様も言ってたでしょっ」
ビシッ。その単語を聞いたカリンは硬直。
(おああああああああああああああっ! 1週間も経てば風化すると思ってましたのにいいいいいいいいい!)
通りすがりの女子学生にまでフィストファックお嬢様が浸透している現実に心の中で絶叫。
前方を行く女子グループや周囲の人間に自分が山田カリンだと絶対にバレないよう髪型をお嬢様ヘアーからポニーテールに直し、逃げるようにその場をあとにした。
学校の廊下や玄関口で囲まれると周りの迷惑になるため、シャッ! と3階までひとっ跳び。
先ほどの現場からダッシュで逃げた勢いのまま、カリンは「うわああああっ!」とベランダの窓をあけて自分の教室に駆け込んだ。
「おー、今日も山田はベランダ(から)登校か」
「何回見てもすげーなぁ」
クラスメートが呑気に呟くなか「真冬―!」とカリンは親友に抱きつく。
「わたくしのチャンネルでは割とおさまってきてたから大丈夫かと思いきや、あれから1週間経ってもミーム汚染が止まりませんの! ネットの悪影響ですわ! 最悪ですの!」
「はいはいはい。例のアレね」
泣きついてくるカリンを、佐々木真冬が慣れた調子で受け止める。
「まあ有名税みたいなもんでしょ。諦めなって」
「これは有名税とはちょっと違いませんこと!?」
ダウナーに告げる真冬にカリンが叫べば、周囲からも声があがる。
「俺は好きだぞ!」
「私もいいと思う!」
「私カリンちゃんにならフィストファックされてもいいし!」
「他人事だと思いやがってですわ!」
加えて悪ノリするのは生徒だけではない。
「……っ! 山田が今日も普通の髪型にしてる……!」
そう言って感涙を流すのはHRのために教室に入ってきた担任の女性教師。
「ネットって悪いことばかりじゃないんだな……もしかしてこの「フィストファック」とかいうのがもっと拡散したら山田がもっとまともに……? よし、もう一回リツイートだ」
「それでも教育者ですの!?」
担任からスマホを没収するカリンの悲鳴が朝の教室に響いた。
そんなこんなで休憩時間。
カリンはまだ真冬に泣きついていた。
真冬は引き続きダウナーな調子で口を開く。
「まあ確かにアレな流れなのは同情するけどさ。別に炎上したってわけでもないし、おかげでチャンネル登録者数も凄いことになってるんでしょ?」
「それはそうですけども!」
真冬の言う通り、『ナチュラルボーンお嬢様・山田カリンの優雅なダンジョン攻略』のチャンネル登録者数はあれから凄まじいことになっていた。
その数およそ150万。
カリンが1度のダンジョン攻略で叩き出した記録や功績、衝撃映像の数々が時間経過で広がりまくり、カリンが地道に配信を続けていることもあってチャンネルへの流入が止まらないのだ。
今回はしっかりとお優雅なダンジョン攻略を見たうえで登録してくれている人も多く、それ自体は喜ばしい。
だがチャンネルの設定ページにあるアナリティクス――チャンネル登録者数の時間別推移、性別年齢などの分析データを閲覧できる設定――やSNSの動きを見るに、フィストファックからの流入もかなり多いようなのだ。つまりチンピラお嬢様のときと同様、カリンに間違ったイメージ(ここ重要)を抱いてチャンネル登録した者も結構な数がいる。
「お優雅なダンジョン攻略」というチャンネルコンセプトを貫くにあたって、間違ったイメージで登録者が増えてもいずれはチャンネルの衰退に繋がることが多く、悩ましいものがあるのだった。あと普通にフィストファックお嬢様のイメージ拡散は嫌だ。
「ま、それに関しては引き続き地道に配信続けていくか、なにか印象を塗り替えるようなことをするしかないんじゃない? それこそ今回の騒ぎでチンピライメージが薄れたみたいに」
「血で血を洗うような話ですわね……」
「ま、とはいえ別に変わったことなんてしなくてもあんたの場合は色々とアレだから、普通に配信続けてれば変なイメージはすぐに上書きされるでしょ」
「そうですわね……」
真冬の言葉にカリンは小さく頷く。
「わたくしがミスをせず普段のお優雅さを発揮していればちゃんとそういう方向にイメージが変わっていきますわよね」
「あー、まぁ、うん」
「うぅ、わたくし配信頑張りますわ……」
そんなわけで、カリンは学校が終わってすぐ配信の準備をしていた。
とはいえそれはなにもフィストファックのイメージ払拭のためだけではない。
「真冬が言っていたように繰り返しの配信がお優雅な印象を定着させるのに重要ですし、いまは可能な限り毎日配信を続けてバズの勢いのままファンを増やしていくべき時期ですものね」
正直ちょっと登録者数が増えすぎて怖いくらいなのだが……こういうものは流行廃りが激しくいつ急落するかわからない。増やせるべきときに増やして固定ファンを獲得していくのはとても大事なことだった。
とはいえ真冬からは『慣れない数の視聴者を前にダンジョンに潜り続けるのは無自覚に疲れを溜めて危ないし、マンネリにもなりやすいよ』と言われている。
「というわけで今日は自宅配信ですわ」
親友のアドバイスに従い、カリンは自室での配信を開始するのだった。
――その日の配信が、ある意味先日のダンジョン攻略以上の騒ぎに繋がるとは思いもせずに。
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