第21話 影狼の配信


 迷惑系ダンジョン配信者ゲロこと影狼砕牙はその日、無事に退院していた。


 山田カリンに粉砕されてからおよそ1週間。

 複数の骨折にむち打ち、内臓破裂など色々と重体だったのだが、レベル1000に達した探索者の超人的な治癒力と自前の回復促進薬などを使った治療でどうにか退院にまで漕ぎ着けたのだ。


 そして帰宅するやいなや、影狼は速攻で生配信の告知を投稿。

 苛立ちに顔を歪めながら生配信を開始していた。


 目的は当然――卑怯な不意打ちで影狼のプライドを粉々にした山田カリンの糾弾。

 あんな不意打ちで本当の実力は決まらないという「解説」だった。


 先の騒ぎがよほど注目されているのか、同接待機人数は過去最高。

 この数日で散々好き勝手言ってきただろうアンチどもを徹底的に論破してやると、影狼は頭に血を上らせながら配信開始をクリックした。


 途端、



〝ごきげんよう影狼様! ぽっと出の野良お嬢様にボコられた傷はいかがでして?〝

〝ダンジョンで迷子になっていたところをカリンお嬢様に助けていただいてよかったですわね! こんな幸運なかなかありませんことよ?〝

〝これに懲りたら爆炎石爆破なんて錯乱行為はおやめになったほうがいいですわ〝

〝まあ! 退院したとは聞いてましたけど、1人でおうちには帰れまして?〝

〝お吐瀉物様の動画にもお嬢様が大量発生してておハーブ〝

〝お吐瀉物様の配信にしてはコメント欄がお上品でおハーブ畑ですわ〝

〝子供に負けるなんてあなたには失望しましたわ。チャンネル登録は解除させてもらいますさかい、ほな〝

〝お嬢様のなかに大阪のおっさん交じってておハーブ〝



「てめえらふざけんじゃねえ!」


 開始早々、やたらと腹の立つ口調で煽り倒してくるお嬢様の大群に影狼がブチ切れる。


「あれはちょっとした油断――そもそもあの女の完全な不意打ちだっただろうが! あれで俺が負けたことになんてなるわけねえだろ! 正々堂々やれば俺が勝つんだよ!」


 すると視聴者からは「言うと思ってましたわ」「一瞬の油断が死に繋がるダンジョンでそれは実質敗北宣言ではなくて?」とコメントが飛んでくる。


 だがその手の浅いアンチコメへの反論なら病院で死ぬほど練ってきた。

 怒りに駆られて感情的になってしまったが、まずは予定通りそこからアンチどもを論破してやる――と影狼は戦意を漲らせる。


 が……続けてアンチどもから返ってきたのは予想外のコメントだった。



〝まあ油断したならしょうがありませんわね〝

〝ところでカリンお嬢様の配信はご覧になって?〝

〝影狼様が10分で敗走した深層のモンスター、その強化種らしきものを素手で殴り殺してましたわよ?〝

〝あとダンジョン壁も素手で爆砕しておられましたわ〝

〝お体の弱い影狼様は危険極まりない爆炎石を使わなければ破壊できませんのに……〝

〝そんな人外お嬢様に油断しなければ勝てるなんて影狼様は随分と頭がのんびりしてらっしゃるのね〝

〝お可愛いこと……〝

〝そんな可愛らしい頭ではお股を痛めて生んでくださったお母様に顔向けできませんわよ?〝



「……はぁ?」


 怒濤の勢いで流れてくる意味不明なコメントに影狼は怒りよりも先に呆れと困惑が先に来る。


「なに言ってんだお前ら。煽りたいからって適当なこと抜かしてんじゃねえよ。大げさに言いやがって。あんなガキがそんなことできるわけねえだろ」



〝あれ……? これもしかしてお吐瀉物様……〝

〝あっ……(察し)〝

〝なんでこの方こんなに強気なんでしょうと思ってたらこれは……ww〝

〝あの、つかぬことをお伺いしますけど、もしかしてネットが使えない病院に入院してらして?〝


「ああ?」


 なにやら妙な雰囲気になるコメント欄にいよいよ影狼は訝しげに眉をひそめた。

 一体なにを言ってやがんだこいつらは……。


 確かに自分は入院してからいままでネット断ちをしていた。

 自分がボコボコにされるあの最悪の映像が面白おかしく拡散されてどこもかしこもお祭り騒ぎになっており、配信で反論もできない状況ではストレスが溜まるだけだとふてくされていたのだ。


 また、プライドが粉砕された状態ではブラックタイガーのメンバーとも話す気にならず、世間の情報から遠ざかっていた。だがそれが一体なんだと言うのか。


 と影狼が眉をひそめていれば、


 \10000

 ほい、先日のカリンお嬢様のダンジョン配信見所まとめ動画ですわ → URL〝



「マジでなんだってんだ……わざわざ赤スパまでしてなにを……………………………………………………………………………………………は?」


 赤スパと呼ばれる高額の投げ銭とともに送られてきた動画を再生してしばし、影狼はその場で固まっていた。


 そこに映っていたのは、先日の配信で山田カリンが行ったトンデモ攻略の数々。

 影狼がいま初めて目にする異次元の映像だったのだ。


 

〝真顔でおハーブ〝

〝わたくしがはじめて切り抜き動画を目にしたときと同じ顔で大おハーブ農場ですわ〝

〝そりゃそうなる。誰だってそうなる〝

〝草〝

〝カリン様のダンジョン攻略を見た外人ニキの反応より面白いですわwwwww〝

〝お吐瀉物様がカリンお嬢様の攻略風景を初見視聴する瞬間が見られるとかマジで今日の配信来てよかったですわ~~~!〝



「……っ! てめえら手の込んだフェイク動画なんざ送りつけやがってふざけんじゃねえぞ!? あれだろ、全員で結託して担ごうとしてやがんだろ!? そうまでして俺が負けたことにしてえかよ!? そりゃこんな化物じゃなきゃ俺を倒したことにできねえもんな!?」


 いや、実際はわかっていた。レベル1000に達した探索者の五感はフェイクなど即座に見抜く。そのトンデモ映像が本物なのは間違いなかった。見ればSNSのトレンドもその話題で持ちきりであり、一部のネット民が可能な悪ふざけの範疇を逸脱している。


 だがそれでもなお、影狼は山田カリンがわずか1度の配信で行った所業の数々をすぐには信じられなかったのだ。



〝フェイク動画……そう思っていた時期がわたくしにもありましたわ……いやガチで〝

〝まあプライドの塊であらせられるお吐瀉物様でなくとも疑って当然ですわね〝

〝お吐瀉物様これフェイクじゃないって気づいてらっしゃいますでしょww 声が震えてらしてよwwww〝

〝明らかに動揺してる手つきでおハーブ〝

〝お吐瀉物様が現実を受け入れられない無様な場面なのに視聴者お嬢様たちが全員「うんうんそうだよねわかるよ……」ってなってるの面白すぎですわww〝

〝この期に及んでまだ負けを認めないのはご立派ですが……〝

〝これだけの映像も出ているんですからいい加減認めたらいかがです? あなた不意打ちとか関係なく16歳の子供に負けたんですのよ影狼様〝

〝突然の火の玉ストレート〝

〝剛速球お嬢様!〝

〝200km/hくらいありそうな罵倒でおハーブ〝



「ふ、ざけんなよお前ら! だから負けてねえっつってんだろ!」


 影狼は全力で吼える。

 だが、



〝まあ! そんなに怒鳴らなくてもいいじゃありませんの!〝

〝そうですわ! 認めれば楽になりますわよ! あのカリンお嬢様にボッコボコにされたおかげでほら、同接もこんなに!〝

〝あら、影狼様がどれだけやんちゃなさってもこんな数字にはなりませんでしたのに〝

〝良かったですわね影狼様! カリンお嬢様のおこぼれでチャンネル登録者数も微増してらっしゃいますわよ!〝

〝明日からはもう迷惑炎上行為なんてしなくてもよさそうですわね!〝

〝提案ですが、カリン様に叱っていただくコラボ配信とかいかがでしょう。影狼様が炎上行為してまでほしかった数字がきっとごっそり手に入りますわよ?〝

〝お尻ぺんぺん配信なんていいですわね!〝

〝これはチャンネル登録者数爆上がり間違いなしですわ~!wwww〝

〝皆様お待ちになって!? いくらカリン様が蛮族でもコラボ相手を選ぶ権利はございましてよ!?〝



「こ、このカスども……! 自分が強いわけでもねぇのに調子こきやがって……!」



 最早なにを言っても100倍の煽りになって返ってきそうな状況に影狼は歯ぎしりする。

 事前に考えてきた反論などまったく役に立ちそうになかった。


 それはひとえに、山田カリンが下手な理屈など容易く吹き飛ばす絶対的な実力を見せつけたことに起因する。影狼が不意打ちについていくら巧みに疑義を唱えようが、負け犬の遠吠えにしかならないのだ。



 こんな予定ではなかった。



 今回の配信では不意打ちに関する糾弾と山田カリンの実力を疑う指摘をしまくり、それを起点に再戦を申し込むつもりだった。


 公の場ネット配信で試合を挑むことで逃げられないようにし、今度こそ不意打ちなどできない状況で真正面からリベンジ、地に落ちた名誉を回復する算段だったのだ。


 だがいまのこのふざけた状況は……山田カリンが勝負を避けても世間では逃げたなどとは絶対に思われない。子犬に絡まれた絶対強者が「格下を優しくあしらった」としか思われないだろう。


 そもそもこの映像が本当ならば、ただ挑んだだけでは結果など目に見えていた。


「~~~! クソが!!」


 最早当初の予定を果たすどころではない。


 ひたすら煽られるだけの配信をさっさと切り上げた影狼は、送られてきた山田カリンの映像に改めて歯ぎしりする。その表情には激しい苛立ちが渦巻き、いまにも血管が切れてしまいそうだ。


 ずたずたにされたプライドをすぐには回復できない現状に液晶をぶち破りそうになりながら……しかしその目はネット民から送りつけられた映像を凄まじい集中力で睨み付けていた。


「……落ち着け。このあり得ねぇ強さ、絶対になにかカラクリがあるはずだ……!」


 でなければいくら突出した才能があろうとわずか16歳でこんな馬鹿げた芸当ができるはずがない。

 

 強力なユニークスキルや特級マジックアイテム併用のコンボなど、なんらかの裏技を隠し持っていることは間違いなかった。


「それを解き明かして対策して……時間と金をいくら費やしてでも真正面から潰してやる……!」

 

 ぽっと出の子供にやられたなどという汚名を返上するのだ。

 絶対に。なんとしてでも。


 そうして影狼はネットでバズっているカリンの動画をくまなくチェックし保存したあと、少しでも相手の詳しい情報を得るべく今度はカリンのチャンネルのアーカイブを一から順に視聴しはじめるのだった。



 もちろん、癪なのでチャンネル登録やSNSのフォローなどはしないまま。

 


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