第18話 ゴリ押し
〝おバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?〝
〝カリン様ああああああああああああ! 聞いてくれえええええええええ! ここはアニメの世界じゃねえんだああああああああああああ!〝
〝あかんあかんあかん! いままで何回もあかんと思ったけどこの子はマジであかん!〝
〝これ錯乱してるよな!? 錯乱してるでしょ! 早く正気に戻って逃げてくれ!〝
〝撮れ高とか言ってる場合じゃないんだってばあああああああ!〝
〝アホだアホだとは思ってたけどどこまでアホの子なの!?〝
〝逃げろっつってんだろうがバカお嬢様ああああああああああああ!〝
深層のイレギュラーモンスター、
〝深層のモンスターは本当にあかんって!〝
〝どんな能力持ってるかもわかんねえんだぞ!?〝
〝しかもこの大蛇はモンスター食ってる! ボスモンスターを! 下手したら強化種ってやつの可能性すらあんだって!〝
〝下層のエンカウント少なかったのこいつのせいかもだし本気でヤバイ!〝
そのすべてが「頭おかしいとっとと逃げろ」であり、なかにはベテラン探索者らしきものも散見された。ほかのモンスターを捕食することで通常より力を増した「強化種」の可能性も示唆されており、それを見たほかの視聴者からもさらに心配の声があがる。
だが、
「大丈夫ですわ。あれくらいならなんとなく倒せる気がしますし。それに――」
カリンは当然のように言い放つ。
「――これだけ大勢の方の前でおめおめと逃げ出しては
カリンの視線の先――スマホの画面では、同接が15万にまで跳ね上がっていた。
〝本気で戦う気なんですの!?〝
〝マジで冗談言ってる場合じゃないんだぞ!?〝
〝ダメだこのお嬢様! セツナ様に脳みそ焼かれすぎてる!〝
〝お嬢様が規格外なのは嫌というほど思い知ってるけど今回は向こうも激ヤバなんだって!〝
〝いくらなんでも深層の亜竜種ソロは無茶すぎる!〝
〝いや確かにカリンお嬢様ならって気持ちもあるよ!? けど倒せるってそれ根拠あるの!?〝
〝うおっ、マジで深層のモンスターいる!? しかもワイアーム!?〝
〝鳩がまた大げさなこと言って他動画の視聴者奪おうしてると思ったらマジで大事やんけ!?〝
〝は!? この人深層イレギュラーと戦う気なんですか!?〝
〝おいおいおいおい! 今日はとんでもない切り抜きがやたら出回ってると思って配信に来てみたらなんだよこれ!?〝
〝深層モンスター! それもワイアームなんて希少種一生見る機会ないと思ってた!〝
ネットでは現在、SNSや動画サイトを中心に大騒ぎになっているらしい。
元々ダンジョン配信中のイレギュラーは同接数が伸びやすい。そこにほぼ目撃する機会のない深層モンスターが出現したということで短期間にここまでの人数が集まっているようだった。
カリンを心配するものに加えて騒ぎを聞きつけてきたらしい新規視聴者のコメントも多く投稿され、同接数はいまなお増え続けている。
これで逃げるなんてあり得ない。
それは鬼龍院セツナに憧れたお嬢様のすることではない。
ゆえにカリンはこちらを見下ろす大蛇を、笑みさえ浮かべて睨み返す。
「 さて、まったく知らないモンスターですけどどういった力をお持ちなのかしら」
〝〝〝深層のイレギュラーモンスターに情報0で挑むんじゃねえええええええ!?〝〝〝
「グオオオオオオオオオオオッ!」
視聴者の悲鳴と大蛇の咆哮が重なる。
そしてそれが合図になったかのように――戦いが始まった。
「シャアアアアッ!」
最初に動いたのはカリンを獲物と定めた
天井から生えた状態のまま鎌首をもたげ、その巨大な顎を開いてカリンを捕食せんとカリンに突っ込む。蛇特有の瞬発力。
「あら、どこを食べてらして?」
だがその神速の噛みつきを――カリンもまた人外の速度で回避する。
〝っ!?〝
〝カリンお嬢様消えた!?〝
〝まさか食われた!?〝
〝死んだの!?〝
〝いや生きてるって!〝
〝動きが見えねえからって縁起でもねえこと書き込むなですわ!〝
〝攻撃避けてる! 避けてるよ!〝
あまりの速度と紙一重の回避にカリンが食われたと勘違いする者も出るなか――神速の戦いはさらに加速する。
「シャアアアアアアアッ!」
一撃外したことで完全に意識を切り替えたのだろう。
大蛇が放つのは間断なき顎の連続攻撃。
カリンの華奢な身体を噛み砕こうと、頭が分裂したかと見紛うような速度で噛みつきが放たれる。その攻撃に巻き込まれたオークキングの残骸が消し飛び、超速で動く大蛇に引き裂かれた空気が逆巻きうねる。
しかしそれでも、
「さすがに深層クラス。速いですわね。けれど――それではいつまで経ってもわたくしを捉えられませんわよ!」
その神速の連撃を、カリンはひらひらドレスで踊るように避けまくる。
まるで未来でも見えているかのように。
ラージキメラ並の巨体から放たれる超速の連撃をそのドレスにかすらせさえしない。
〝うおおおおおおおおおおおおおおっ!?〝
〝おい嘘だろ!?〝
〝これ攻撃全部避けてるんですの!?〝
〝大蛇もお嬢様も全然動き見えねぇ……!?〝
〝派手なドレスの軌跡でかろうじて避けてるのはわかる……!?〝
〝あの服装であの巨体のあの速度を捌いてんですの!?〝
〝お嬢様やべえええええええええええええ!?〝
〝うわああああああっ!? 戦いになってるうううううう!?〝
〝マジでアニメかよ!?〝
〝深層のイレギュラーでしかも強化種疑惑あんだぞ!?〝
〝ああもうマジかよ!? マジかよこれ!? どうなっても知らねえぞ!?〝
〝もうこうなったらどうしようもねえよ絶対勝てカリン様あああああああ!〝
はじまってしまった戦闘、さらにはお嬢様が深層モンスターの攻撃を回避し続けてていることからコメント欄が熱を帯び始める。
そんななか――
「シャアアアアアアッ!」
ずるり。
ドズウゥン!
天井からの攻撃が通じないことに業を煮やしたのか。
大蛇が天井から這い出すように落下してきた。
〝でっっっっっっか!?〝
〝マジもんのバケモノじゃねえか!?〝
〝ボスよりでかいとかマジでなんなの!?〝
その巨体は全長40mはあるだろうか。
胴体の太さも考えるとその大きさはまさに規格外。
大蛇はその長く太い身体を蛇行させとぐろを巻き、ちょこまかと動き回るカリンを完全に包囲する。
「シャアアアアアアアアアアッ!」
逃げ場を失ったカリンに真っ赤な口腔が迫った。
ジャンプして逃げようにも、方向転換の効かない空中へ逃れればその瞬間大蛇は軌道を変えてカリンを飲み込むだろう。
「なるほど。これが
カリンはその攻撃を真正面から睨み据え、
「それじゃあそろそろ――こっちからもいきますわよ!」
様子見は終わりとばかり、ぐっと身を屈めた。
逃げ場のないはずの噛みつきを紙一重で回避し、そのまま斜め下から大蛇の顎を殴り飛ばす。
ボッゴオオオオオオオオン!
「グルアアアアアアアアアアッ!?」
凄まじい打突音と悲鳴を響かせ、カリンを取り囲んでいた胴体ごと大蛇の身体が大きく吹っ飛んだ。
〝うわああああああああっ!? 殴り飛ばしたああああああああああ!?〝
〝マジかマジかマジか!?〝
〝いけるのかこれ!?〝
〝同接も16万超えてるぞおおおおおおお!?〝
〝うおおおおおおおおおっ!!!!! そのままやっちまええええええ!〝
だが、
「手応えが薄いですわ」
カリンの表情は渋い。
蛇特有の軟体による衝撃の受け流し+固い鱗でパンチの威力が低減された感触があったのだ。
それでも大蛇はかなりの速度で吹き飛んでおり、ダンジョン壁に突っ込めば衝撃も逃がせず大ダメージは免れないと思われた。
が――トプンッ!
その巨体がダンジョン壁に激突することはなかった。
なんの抵抗もなく壁のなかへ吸い込まれていったのだ。
〝は!?〝
〝なんだ!?〝
〝壁のなかに消えた!?〝
〝え!? なに!? どうなってんの!?〝
「……壁のなかで加速してますわね」
コメント欄が混乱するなか、気配感知系スキルでただ1人事態を把握しているカリンが天井を見上げる。
瞬間――トプンッ!
「シャアアアアアアアアッ!」
突如天井から現れた大蛇が隕石のような速度でカリンへ襲いかかる。
カリンはそれを完全回避。
大蛇の身体は凄まじい速度で頭から地面に激突する――と思いきや、トプンッ!
またしてもその身体がなんの抵抗もなくダンジョン壁で構成された地面に沈んだ。
「なるほど。どうやって亀裂ひとつない天井から這い出してきたかと思えば……ダンジョン壁の中を泳ぐ。それがあなたの能力ですのね」
〝はぁ!? うっそだろ!?〝
〝なんだいまの!?〝
〝あの蛇ダンジョン壁のなか泳いでんの!?〝
〝深層のモンスターが魔法みたいな能力使うってマジなのかよ!?!?!?!?!?〝
そう。
深層のモンスターはその極まった魔力により、単なる身体能力の強化に留まらない力を発揮する。
まさしく「魔法生物」としか言い様のない能力を持つ者が現れるようになり、だからこそその戦闘力は下層までのモンスターたちとは比にならないほど〝飛躍〟するのだ。
これに比べれば、下層ボスが見せる「白霧発生」などの特性すら児戯にすぎないと深層経験者は語る。
ゆえに深層は『異世界』と呼ばれ畏怖されるのだ。
そして
「シャアアアアアアアアッ!」
咆哮をあげて地面から這い出す大蛇。
先ほどカリンによって大打撃を食らったその大顎には傷一つなく、先ほどまでとなんら変わらない殺傷力をもってカリンに襲いかかった。
壁に潜ったほんの数秒のうちにダメージが完全回復しているのだ。
〝はあああああああああああああああっ!?〝
〝なんで!? 傷が回復してる!?〝
〝どうなってんですの!?〝
〝ワーム系モンスターは尋常じゃない再生力がウリっていうけどこれはいくらなんでも…!?〝
〝反則ですわ!〝
〝え、これつまり体内にある核とか破壊しないとダメなタイプってこと!?〝
〝あの速度を掻い潜ってあの巨体から核探すとか無茶言うなよ!〝
〝こんなんチートじゃねえか!?〝
〝しかも回復中は手出しできない壁の中ってお前いい加減にしろよ!?〝
「しっ!」
そんななかでもカリンは攻撃を避けつつ果敢に大蛇へ殴りかかる。
だが何度繰り返しても結果は同じ。
カリンがやられることはないが、大蛇は何度拳戟を食らっても壁に潜っては体勢を立て直し、無傷の身体で繰り返し攻撃を仕掛けてくる。
〝おいこれジリ貧じゃねえか!?〝
〝持久力勝負…ってそんなことするくらいならやっぱ逃げたほうがいいって!〝
〝体力が尽きたら仮に勝ててもダンジョンから脱出できなくなるぞ!?〝
コメント欄に改めて逃走を促す声が溢れる。
だが――深層の怪物はそんな甘い選択を許しはしなかった。
「……? なんですの?」
不意にボス部屋を静寂が満たす。
先ほどまであれほど苛烈な攻撃を仕掛けてきた大蛇が地面に潜ったまま浮上してこないのだ。
カリンが訝しげに眉をひそめた、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!
ボス部屋の地面が大きく揺れた。
〝なんだ!? ボス部屋が揺れてね!?〝
〝地震!?〝
〝ダンジョンって地震起きんの!?〝
〝いやこれまさか――〝
「……!?」
大きく揺れる地面にカリンがバランスを崩す。
「シャアアアアアアアアアアアッ!」
瞬間、大蛇が狙い澄ましたかのようなタイミングで地面から現れ飛びかかってきた。
「――っ!」
大蛇が地面を飛び出す直前に揺れがおさまったことでカリンはその攻撃をどうにか避ける。だが大揺れで体勢を崩されていたこともあり、その回避はギリギリ。
そして大蛇が再び地面に潜れば――地表に近い位置でぐるぐると高速回転し、ダンジョン壁に満ちる魔力と大蛇の放つ濃密な魔力の反発で大きく地面が揺れた。
「シャアアアアアアアアアッ!」
「なるほど、一筋縄ではいきませんわね!」
逃げるどころかまともに立つことすら難しい揺れ。
そしてバランスを崩したところを狙う神速の一撃。
繰り返される大蛇の本気にカリンが声をこぼす。
〝はあああ!? この地震あの蛇が起こしてんのか!?〝
〝いい加減にしろ馬鹿たれ!〝
〝これが深層のモンスターかよ……〝
〝そりゃ異世界呼ばわりされるわ……〝
〝これカリンお嬢様本気でヤバない!?〝
〝揺れてるうえに高速だからよくわからんが、なんか回避が危なっかしく……〝
〝むしろ回避できてるだけすげえよ! あんなの普通立ってらんねえぞ!?〝
〝ヤバイヤバイヤバイ!〝
〝マジで逃げろって!〝
〝いやこんな揺らされたら走るどころか立ってるのもキツいだろ!?〝
〝お嬢様死なないで!〝
〝逃げられないなら蛇仕留めるしかない! 早くしないとマジでやられるぞ!?〝
〝どうすんだよ相手は基本ダンジョン壁の中だぞ!?〝
〝音響攻撃系の魔法スキルがないと無理だろこれ!?〝
コメント欄に絶望が満ちる。
状況はそれほど最悪だった。
破壊不能なダンジョン壁の中に潜んで地震を起こす大蛇は討伐不能の災厄そのもの。カウンターを狙ってもその傷はすぐ回復し、再び地震を起こして襲いかかってくる。
いくらカリンでも回避し続けるのは困難だ。
そんななか、
「……」
揺れる地面のうえで、カリンが目を閉じしゃがみ込む。
〝カリン様!?〝
〝なにしてんですの!?〝
〝まさか諦めた!? 魔力切れ!?〝
極限状態においてありえないその行動にコメントが悲観で埋め尽くされる。
だが、
「――ふううううううぅ」
カリンは諦めてなどいなかった。
目を閉じ鋭く息を吐く。可能な限り揺れに翻弄されないよう重心を下げて魔力を練り上げる。集中とともにその身に宿る数多のスキルが拳に凝縮されていき――、
「うっとうしい!! ですわ!!」
大きく揺れる地面目がけ、膨大な魔力の宿る拳が叩きつけられた。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
ダンジョン壁で構成された地面が爆散。
地震を起こしていた大蛇が全身を襲う衝撃に悲鳴をあげ、粉々になった地面から叩き出された。
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