第19話 フィストファックお嬢様!
カリンの拳によってダンジョン壁の地面が粉砕された。
大蛇が起こした地震よりもなお激しい衝撃で浮遊カメラの画面さえ大きく揺れる。
〝はああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!??!〝
〝ええええええええええええええ!?〝
〝地面爆発した!? カリンお嬢様爆発に巻き込まれた!?〝
〝いや、ちが、お嬢様が……ダンジョン壁を殴って……粉砕した……?〝
〝ファーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?!?wwwwwwwwww〝
〝ちょっ!? は!? こんなことある!?〝
〝わァ……あ……マジで地面にクレーターできてる……〝
〝大蛇の仕業ちゃうんか!?〝
〝お嬢様が無傷で大蛇がなんか全身ズタズタなのに大蛇の仕業だったらあいつがバカみたいだろ!? ……なんでお嬢様無傷なの!?〝
〝な、なんですのこの馬鹿げた光景……〝
カリンが放った拳の威力に愕然としたコメントが流れていく。
言葉を失っている者が多いのか、その流れは一周回って遅くなっているほどだ。
〝なんですかこれ!? 生配信って聞いてきたんですけどフェイクってやつですか!? 俺釣られました!?〝
〝フェイクではな……ない……はず……〝
〝古参視聴者ニキも自信なくしてておハーブ〝
〝なんやこれ……なんやこれ……夢でも見てんのか俺は……〝
〝そもそもダンジョン壁って破壊できるもんなのか!?〝
〝ダンジョンを構成する濃密な魔力で硬度の上がってる鉱物だから理論上壊れはしますわ。爆炎石とかでワンチャン……〝
〝この自称お嬢様素手なんですけど!?!?!??!?!?!〝
〝「アイアム爆炎石」やんけこんなん!〝
〝……ねぇ、今回の配信でずっと思ってたんだけどさ……いくら対人で手加減してたとはいえこの子の打撃に何発か耐えてたゲロってもしかしてかなり強い?〝
〝👺〝
〝そりゃそうですわ〝
〝お吐瀉物様はダンジョンエアプ勢から深層10分敗走の件をよくバカにされますけど、なんやかんや下層ソロ配信できるくらいの実力者ですし……〝
〝人格以外はマジもんの上澄みだからなあいつ〝
〝だからあの方を瞬殺したカリンお嬢様の異常性がバズったんですのよ……〝
〝ここにきてゲロ再評価はおハーブ〝
〝いやお前ら緊張感! なんの話してんだ!〝
〝だ、だって……〝
〝壁の中に逃げ込むモンスターが壁破壊するバケモノと戦っても結果は……〝
〝それはそうだけど相手は深層のモンスターだぞ!〝
〝油断してたらガチトップランカーでも命取りになりかねないんだって!〝
まだ油断できる状況ではないと叫ぶ一部のコメント。
そしてそれが事実であると物語るように――戦闘はまだ続いていた。
「ガルウウウウウウウウウウウウウウウグアアアアアアアアアア!!」
ダンジョン壁爆散の衝撃でズタズタだったはずの身体を再生し、大蛇が再びカリンに攻撃を仕掛けているのだ。カリンの通常打撃は大蛇に致命傷を与えれず、ジリ貧の戦闘が再演されようとしていた。
〝そうだあの蛇を仕留めるための決め手がないんだった!〝
〝厄介な地震はとりあえず完封したっぽいけどどうすんだこれ!?〝
〝あいつ衝撃で全身ボロボロだったのにそれも回復すんのかよ!?〝
〝核はどうなってんだ核は!〝
〝マジでこいつ厄介すぎんだろ!〝
壁破壊拳は溜めが必要で連射不可。
大蛇が打撃の衝撃を逃がせないよう掴んで殴ろうにも、滑らかな鱗で覆われたその身体は掴んで抑える場所がない。
せっかく地震という大技を封じたにもかかわらず、勝ち筋が存在しないのだ。
が、お嬢様はそんな常識をものともしない。
「いえ、もう大丈夫ですわ」
コメント欄の不安を払拭するようにカリンが言った。
「先ほどまでは揺れに邪魔されていましたが――この方の動きも弱点も、もうすべて見切ってましてよ。つまりわたくしの勝ちですわ!」
「シャアアアアアアアアアアアアッ!」
そんなわけがあるかとばかりに大蛇が吼える。
迫る一撃をカリンはこれまで通りひらりと避ける。
そしてその手に込められるのは――ダンジョン壁を破壊したときとはまた違う魔力。
ひたすら鋭く研ぎ澄まされた魔力を凝縮させ、カリンがドレスの袖を大きくまくった。
瞬間――ドッッッッッッッ!
「カッッッ!?」
大蛇の胴体にカリンの細腕が深々と突き立っていた。
それは通常の拳戟とは違う。
殴り飛ばすのではなく、一点を貫くことだけに特化した
「いい戦いでしたわ」
そしてカリンは胎動する再生核を鷲づかみにして、
「それでは、ごきげんよう」
情け容赦なく引き抜いた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
大蛇の真っ赤な口腔から響く盛大な断末魔。
40mを超える身体が地面に溶け込むことなく倒れ、衝撃が地面を揺らす。
そしてその巨体が二度と起き上がることはなく――広々としたボス部屋に確かな静寂が戻るのだった。
「ふぅ、どうにかドレスを汚さずお優雅に勝てましたわね」
まだ余裕のあるカリンの言葉をひとつ残して。
〝え……勝った……?〝
〝倒した……?〝
〝死んだふりとかじゃ……ないよな……?〝
静かになった配信画面に呆然としたようなコメントが微かに流れる。
誰もが画面の前で固まり、目の前の現実を受け入れるのに時間がかかっているようだった。
だがその静寂も大蛇の身体が崩れ始めて討伐が確証に変わった瞬間、一瞬で火山のような熱に変わる。
〝 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?〝
〝やりやがったああああああああああああああああああああああああ!?〝
〝やべえええええええええええええええええええ!〝
〝マジかあああああああああああああああああああああああああああ!?〝
〝本当に16の女の子が深層イレギュラーをソロで討伐したのかよ!?〝
〝やっべぇ……比喩でもなんでもなく画面の前で叫んでガッツポーズとっちまった……〝
〝うおおおおおおお! マジで全身鳥肌すぎる! すごすぎんだろ!〝
〝凄すぎる……完全に惚れたわ……〝
〝こんなもん収益関係なく切り抜いて拡散するしかねえだろうがああああああああああああああああああああああ! 全人類にカリンお嬢様の勇姿よ届けですわああああああ!〝
〝伝説伝説お嬢様!〝
〝最強無敵のお嬢様!〝
コメント欄が爆発したように沸き立つ。
万単位の視聴者が一斉にコメントしているのか、もはやコメントの数が多すぎてほぼ読み取れないほど。しかし文面は読めずとも視聴者の熱狂が画面を突き破って伝わってくるようだった。
(っ!? な、なんだかとんでもないコメント数ですわ!?)
そしてその熱狂を作り上げた
(あれ? これってまさか……ずっと夢想してきたあのシチュを実現するまたとない機会ではありませんこと!?)
最高にお優雅なシチュのひとつ。
『強敵を倒したあと、勝負を決めた必殺技名を勝ち鬨とともに宣言する』というアレを!
気づいてしまえばもうそれをやらないという選択肢はなかった。
ゆえに、
「深層のイレギュラーモンスター、確かに強敵でしたわ」
カリンは先ほど引き抜いた大蛇の核を勝利の御旗のように掲げ、浮遊カメラに向き直る。そしてあれだけの激戦を超えてなお傷ひとつ負わなかったドレスを優雅に揺らして、
「ですがその強さも、無駄な破壊をせずモンスター様の身体を貫き仕留めるわたくしの必殺技がひとつ――〈フィストファック〉の前では無力でしたわね!!」
きまった……!
大勢の注目が集まる一戦、予想外の強敵を打ち倒したことを示す勝ち鬨での必殺技開示。
いつかたくさんの人に見てもらうためずっと温めていた必殺技名をこれ以上ない最強のシチュエーションでお披露目することに成功し、カリンは興奮とともに確信する。
(チンピラお嬢様がどうとか不本意なイメージがついてしまっていましたが、これだけお優雅に決めればおかしなイメージ払拭も間違いなしですわね!)
と、カリンはドヤ顔を浮かべながら視聴者の反応を窺った。
すると、
〝!?〝
〝!?〝
〝wwwwwwwwwww〝
〝wwwwwwwwwwwwwwwww〝
〝おハーブ〝
〝草〝
〝カリンお嬢様!?〝
〝いまなんて仰いましたの!?〝
〝フィストファ●クは拳で貫通って意味じゃございませんことよ!?〝
〝いやまあ間違ってはないけどもwwww〝
〝深層モンスター(強化種疑惑アリ)遭遇とかいう特級イレギュラー突破したあとの第一声がこれとかwwwwwwww〝
〝カリンお嬢様のドヤ顔可愛すぎますわねぇ(現実逃避)〝
〝これお嬢様ぜったいに意味わかってねぇですわwwwww〝
〝おいカメラ止めろ!〝
〝まず止めるべきはカリンお嬢様なんだよなぁ〝
〝誰が止められるんだよこの暴走特急お嬢様をよ……〝
〝あかんwwww 深層モンスター遭遇の絶望からのフィストファックで情緒がメチャクチャですわwwww 涙出てきたwww〝
〝こんなドヤ顔されたら切り抜くしかないですわ!〝
〝カリン様がずっと披露したくてたまらなかったと思われる必殺技ですもの! 全力拡散しますの!〝
〝わたくしも助太刀いたしますわ!〝
〝拡散ですわ! これだけあれば勝ちですわ!〝
〝やめたれwwww カリンお嬢様のパブリックイメージが地に落ちるぞwww〝
〝て お く れ〝
〝い ま さ ら〝
〝無知は身を滅ぼすと体を張って教えてくださったカリンお嬢様にいまはただ感謝を……〝
〝あ、同接20万いってる〝
〝ファ!? 20万!?〝
〝めっちゃくちゃ凄いしお祝いしたいけどこの状況だと複雑ですわね……〝
「? なんだかコメントの反応が妙ですわね」
爆速で流れていくコメントにカリンは首を捻る。
以前アニメ配信サイトで再視聴した『ダンジョンアライブ』25話にて、敵を拳で貫くシーンに『フィストファック!』というコメントがあったため語感がカッコイイと思い拝借したのだが……。なにか使い方やセンスがズレていたのだろうか。
(気になりますけど……「w」がやたら多いですしコメント数も同接も怖いくらい爆伸びしてますし、きっと悪くなかったはずですわ!)
と、カリンはちょっと目ん玉飛び出るくらいの数字になっていた同接に気を取られてその場はスルー。
最高の盛り上がりのなかダンジョンから帰還し、最終的に同接22万という異常な数字を記録したバズ後初の配信を終えるのだった。
○
――その後。
カリンがダンジョンから出ると同時に真冬から鬼電があった。
『もう完全に手遅れだけど二度と同じ過ちを繰り返さないように教えといてあげる。あんたのあの必殺技の意味はね――』
「ふぇ!?」
親友の真冬から自らの過ちを知らされたカリンはゆでだこのように赤面。
それと同時、嫌な予感に駆られ慌ててSNSを確認すれば、
トレンド1位:フィストファックお嬢様 呟き数15万
関連ワード:山田カリン、深層イレギュラー
「おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
2日前にチンピラお嬢様がトレンド1位になったとき以上の絶叫がカリンの口から迸った。
――さらにその後。
『違いますの! そういうつもりではなかったんですの! 勘違いですの! わたくしはフィストファックお嬢様ではないんですの! ネットに騙されましたの! これは陰謀ですの!』
とSNSに投稿されたカリンの言い訳は4万RTと10万いいねを記録したものの当然のようにネット民の悪ノリを助長。
リプ欄には無数の「wwww」「草」「おハーブ」が並び、フィストファックお嬢様は翌日までトレンド入り。「山田カリン」の検索サジェストには「ヤバイ」「お優雅」とともに「フィストファック」が出現し、カリンの悲鳴は数日続くことになるのだった。
だがその結果――カリンのチャンネルは配信の翌朝には登録者数120万を突破。
SNSフォロワーも100万超え。
登録者数を維持するどころかその数は爆発的に増加し、カリンのダンジョン配信者としての地位は(少々カリンの思い描くものとは違うとはいえ)もはや盤石なものとなっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
というわけでダンジョン攻略編は一段落
次からは掲示板回などを挟みつつカリンお嬢様のユニークスキル判明編(編?)になっていく予定です
まだまだ毎日投稿続けていきますので、面白いと思っていただけたら↓の☆やフォローなどでの応援よろしくお願いします!
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