第17話 遭遇
未成年探索者が全長20mを超えるボスモンスターの尻尾を掴んで振り回す。
意味不明を通り超して幻覚としか思えないその光景に、数瞬止まっていたコメントがやがて恐る恐るといった風に再び流れはじめた。
〝い、いやあの、これはさすがに……〝
〝あかんやろ人として〝
〝霧で画面見づらいしなんか幻覚だよきっと……〝
〝さすがに20m越えのボスモンスターを振り回すなんてありえませんものねww〝
〝お、わたくしと同じ幻覚を見た方がいらっしゃいますわww〝
〝カリンお嬢様が心配なあまり集団幻覚発生しとるやんけww〝
〝ボスを投げ飛ばすとかww ミノタウロスならまだしもなwww〝
〝あ、霧が晴れてきた〝
〝これでちゃんとなにが起きてるかわかるな〝
と白い霧が薄くなり画面が先ほどより見やすくなれば、
「霧が濃いと見づらくなってやっぱりよくなかったですわああああああああ!」
「ルオオオオオオオオオオオオッ!?」
ぶおん! どがん! ぶおん! どがん!
ラージキメラを振り回すことで風を起こし、白い霧を蹴散らしながら壁や床に叩きつけまくるカリンの姿が浮遊カメラにばっちりと映し出された。
〝うわあああああああああああ!? 現実だあああああああああ!?〝
〝あかん! こんな配信見てたら頭おかしなるで!〝
〝いくらなんでもおかしいですわ! なんなんですのこれ!?〝
〝い、いやでもマジモンのトップ探索者はこれくらいやれるって噂も……〝
〝それ都市伝説じゃなくって!?〝
〝そりゃこんな配信してたらフェイク認定されてチャンネル伸びませんわ!!!!!!!!!!〝
〝この期に及んでドレスが汚れてすらいないのはマジなんなんですの!?〝
〝おかしいな……影狼が『下層ボスいたぶってみた』配信やってた時でさえまずは霧が充満しきる前に背中に張り付いて集中攻撃って流れだったんだが……〝
〝い、いやこれはカリンお嬢様が正しいですわ! わざわざ攻撃しにくい背中をこちらから狙いにいくより、尻尾の一撃を待って振り回したほうが時間も体力も節約できますもの!〝
「その通りですわ!」
〝ネタで言ったらカリンお嬢様に肯定されましたわ!?!?!?!?!?!?〝
〝あかん、俺明日ダンジョン潜る予定なのにこんなもん見てたらマジで頭がおかしくなる〝
〝なんだかわたくしもモンスターを振り回せる気がしてきましたわ……〝
〝もしかして『ダンジョンアライブ』は史実だったのではなくて……?〝
〝しっかりいたせー!!〝
コメント欄が大混乱に陥っていれば――ドゴゴゴン!!
散々振り回されてグロッキーになったラージキメラにカリンがトドメを打ち込んだ。
数発の顔面パンチを食らったラージキメラは崩れ落ち完全に沈黙する。
「ふぅ、討伐完了ですわ! ……ですが霧を放置するのはちょっと配信向きではなかったですわね。焦ってラージキメラ様で霧を晴らそうとしてお手てが痛いですの」
カリンは両手をふーふーしつつ、
「申し訳ありません。次からは気をつけますわ」
〝〝〝〝お、おう……〝〝〝〝
カリンの謝罪に、コメントにはどう返答すればいいかわからず困惑する声が並んだ。
下層第1層ボスを討伐したあともカリンは引き続きダンジョンを進んでいく。
カリンのあまりにデタラメな戦いに、下層突入時は緊張感のあったコメント欄もすっかり弛緩していた。
〝カリンお嬢様が公開した足切り骸骨の新情報、本格的に騒ぎになってきてますわww〝
〝TVにも出てる有名探索者の公式アカが切り抜き引用で「え、マジか…挑戦していいやつこれ?」とか呟いてめっちゃ拡散されてるwwww〝
〝これ下手したら裏で国内最大クランのブラックタイガーやホワイトナイトも動いとるやろ〝
〝実際ちょっとブラックタイガーが慌ただしくなってるって噂も……〝
〝あの方たちお吐瀉物様の件でスルー決め込んどいてカリン様から情報だけかすめとるとか面の皮が厚すぎませんこと?〝
〝い ま さ ら〝
〝今度は「ミノコプター」がトレンド入りしてておハーブ〝
下層でのアレコレに加えて中層ボスの一件が引き続き拡散されているようで、視聴者もどんどん増えていく。
下層ボス撃破からしばし、同接は12万を突破していた。
〝同接12万か。めっちゃすげぇ、すげぇんだけど配信内容からしたらもっとないとおかしいだろこれwww〝
〝切り抜きも爆速で回ってんだけど、いかんせんカリン様の進行速度が速すぎて人が集まりきる前に下層攻略も終わりそうなんだよね〝
〝なんならその切り抜きもあまりに数が出回りすぎてフェイク業者疑われてるからなww〝
〝途中まで鳩も飛びまくってたけど見入ってんのかいまは減ってるしなwww〝
〝なにからなにまで規格外すぎて色々と基準があてはまらねぇww〝
〝これもうちょっとのんびりやって人集めたほうがいいくらいですわねww〝
〝やはりお紅茶縛りは必須だった……?〝
〝ってそんなこと言ってる間にもう次のボス部屋か〝
〝はえーよホセ!〝
〝2層も無傷踏破。ここまで安心して見てられる下層配信もそうそうないですわね……〝
「それでは続いて第2層ボスも倒していきますわ!」
すっかり安心しきったコメント欄でSNS情報なども流れるなか、カリンが宣言してボス部屋への扉を開く。
現在カリンが潜っているダンジョンの下層は全部で4階層。
ここのボスを突破すれば下層も折り返しだ。
〝さて次の犠牲者は……〝
〝なんなら下層ボス最強クラスのクラゲさんでも出てこないかね〝
〝アレは深層を超えて深淵まであるような大ダンジョンじゃないと出ないですわ〝
〝カリン様いわくここは深層までしか確認されてないダンジョンらしいしクラゲは出んね〝
〝カリンお嬢様には引き続きいろんな下層ボスを調理する様子を見せてほしいですわ〝
コメント欄は早くも次の配信の話までしている。
が、そうして「次はどんなボス戦を見せてくれるのか」とという空気が流れるなか、
「……? あれ? ボスがいませんわね?」
その広い大部屋にカリンの声が静かに響いた。
中央に鎮座しているはずの大型モンスターがいないのだ。
カリンにあわせて浮遊カメラも大部屋全体を見渡すが、そこにはボスモンスターの影も形もない。
〝? なんだ? 他の誰かが先に討伐したとか?〝
〝いやインターバル中は地上側から扉開かんやろ。素通りできないように〝
〝なんだこれ? ボス部屋が空っぽって下から地上に戻るときしか見たことないんだが〝
〝え? でも広間にボスいなくね?〝
〝んなわけない。足切り骸骨みたく地面から出てくるタイプじゃない?〝
〝いやそれならとっくに……大体下層ボスは部屋中央に鎮座してるタイプがほとんどだし〝
奇妙な事態に当惑するようなコメントが流れていく。
「……上ですわね」
そんななか、即座にその気配に気づいたカリンが天井を見上げれば――そこにボスはいた。
ボスより遥かに強大なソレに瀕死の状態で咥えられて。
「ブ、オォ……っ」
バキバキバキバキィ!
瞬間、虫の息だった下層第2階層のボス〈オークキング〉の巨体がいとも容易く噛み砕かれた。
ぐちゃっ!
落下したオークキングが完全に息絶える。
それを示すように下層第三層へ続く扉が開くなか、ボス部屋にはオークキングの肉を咀嚼する音が響いていた。
「なんですのあのモンスターは……!?」
咀嚼音の主を見上げてカリンが目を見開く。
ソレはまるでダンジョンの天井から生えてきたような巨大な蛇だった。
いや、蛇というのはあまりにも相貌が凶悪すぎるだろうか。
強靱な鱗に包まれたその頭部だけで数mはあり、無数の牙が生えた口内は獲物の血で真っ赤に染まっている。
その牙には食欲と殺戮本能に任せて雑に食らいまくったのだろう獲物の一部がいくつも引っかかっていた。
なかでも目立つのは〈オークキングの皮膚〉、〈ギガントウルフの毛皮〉〈アイアンクラブの甲殻〉
丸呑みにするのではなく噛み砕くことで残ったのだろうそれは、いずれもこのダンジョン下層の第3階層と第4階層に出現するボスモンスターの特徴的な部位。その残骸だった。
「――グオオオオオオオオオオオオオッ!」
「……っ」
オークキングの肉を飲み込んだ大蛇が、カリンを見据えて咆哮を響かせる。
下層ボスをも超える魔力がその体から立ち上り、周辺の空気を陽炎のように歪めていた。
〝は!? なにアレ!? なんだよアレ!?〝
〝下層にあんな大蛇モンスター出るっけ!? レアモンスター!?〝
〝つーか大蛇は大蛇でもあの大きさと牙…
〝はああああああ!? ワイアームなんて深層でしか出ないレアモンスターだろ!?〝
〝深層!?〝
先ほどまで弛緩していたコメント欄が一瞬でこれまでにない緊張と混乱に包まれる。
深層。
それは下層の奥に広がる絶対の危険地帯。
出現するモンスターは下層とすら比べものにならず、国家最強級のクランがパーティを組んで攻略していく領域なのだ。
下層が『別世界』なら深層は『異世界』。
街を丸ごと壊滅させかねない正真正銘のバケモノだけが潜むその魔窟は、探索者たちからそう呼ばれ恐れられていた。
〝マジで深層モンスターなのか!? マジで!?〝
〝あの空気の揺らぎ見ろよ! 魔力で空間歪めるなんて深層レベルのモンスターじゃなきゃありえねえだろ!?〝
〝なんで深層モンスターが下層にいんだよ!?〝
〝なんでってそりゃ……〝
〝イレギュラー!?〝
出現モンスターは階層固定、ボス部屋への出入りは扉からだけ、モンスターはダンジョンから出てこない――そうしたダンジョンの法則を無視する異常現象。
情報と事前準備が重要なダンジョン攻略において、高確率で探索者の命を刈り取るダンジョンの悪意がカリンに牙を剥いていた。
「深層のモンスター、ですの……!? 本当に……!?」
コメント欄の書き込みにカリンは体を震わせ掠れた声を漏らす。
〝そうだよイレギュラーだ!〝
〝さすがにカリン様でも深層モンスターはヤバイって!〝
〝逃げろ! いますぐ逃げろ!〝
〝しかもこいつ多分深層のなかでも相当ヤバイ! 下層ボスモンス無傷でまとめて食ってるのは絶対普通じゃねえ!〝
〝震えるのはわかるけどはよ逃げろ!〝
〝さすがのカリン様も足がすくむか……けどいまはとにかく動いて!〝
〝カリン様なら逃げ切れるはずだから早く!〝
〝どんな能力持ってるかわからん! マジで早く動いてくれ!〝
〝あかん、冗談抜きで変な汗出てきた…〝
〝逃げて!〝
コメント欄が無数の悲鳴で埋め尽くされる。
これまでカリンの戦闘を見てきた者たちでさえ1人残らず「逃げろ」と叫ぶ。
それが深層の脅威であり、いまカリンが直面している怪物の正当な評価だった。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
「……っ!」
そしてそんな怪物に睨まれたカリンはコメント欄が阿鼻叫喚に包まれるなか、さらに強く体を震わせ――、
「~~~っ! イレギュラー! 予想外の強敵! まさに
まるで夢が叶った少女のように瞳をキラキラ輝かせ、深層からやってきたバケモノに黄色い声をあげた。
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