第16話 大暴れお嬢様!


「ブルオオオオオオオオッ!」


 カリンの眼前で、高さ2mはあろうかという牛頭の怪物が唸りをあげていた。

 はち切れそうな筋肉は暴虐を孕み、全身に圧倒的な破壊と暴力の気配が満ちている。



〝ミノタウロスきたああああああ!〝

〝いきなり下層最強格とか大丈夫か!?〝

〝いやまあこのお嬢様相手にするならむしろこのくらいじゃないと〝

〝多分大丈夫だと思うけど気をつけてお嬢様!〝



 下層に潜っていきなり出現した下層最強級モンスターにコメント欄も加速する。

 カリンを心配する者、その強さに信頼を置いて応援する者など様々だ。


「安心してくださいまし皆様」


 そんなコメント欄を安心させるようにカリンが胸を張る。


「わたくしこの牛さんの扱いは熟知してますので」


「ブルオオオオオオオオオオオオッ!」


 言葉が通じたわけではないだろう。

 だがそのカリンの態度を挑発と受け取ったかのようにミノタウロスが吼えた。


 二足歩行だったその体をぐっと屈め四足に。

 それはさながらクラウチングスタートのようで、


〝あ〝

〝いきなりきますわ!〝

〝ミノタウロスの突進ですの!〝



 ミノタウロスの発達した足が膨脹した瞬間――ボッ!


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 凄まじい轟音がダンジョン下層を揺らした。

 カリンに突進を仕掛けたミノタウロスが凄まじい勢いでダンジョン壁に突っ込んだのだ。


「危ないですわね」


 カリンはその突進を難なく避ける。

 が、コメント欄の反応は安心一色とはいかなかった。



〝お嬢様普通に避けてる!〝

〝さすがはカリンお嬢様ですわ!〝

〝いやでもこれ威力ヤバイな!?〝

〝はっっや!?!?〝

〝浮遊カメラ視点でもまともに動きが追えねぇ……〝

〝そりゃバケモノ揃いの下層でもミノタウロスの突進速度と破壊力は随一ですもの……!〝

〝やっぱ下層ヤベェな……〝

〝特にミノタウロスは何回見てもヤバイ〝

〝いままでのモンスターとは冗談抜きで格が違う〝

〝紅茶捨てたとはいえ、これはさすがにいままでみたいに全回避の瞬殺は難しいんじゃ…〝

〝一撃避けただけじゃ油断できませんわよ!〝



 その懸念を体現するように、下層最強のゆえんである雄牛の突進ブルラッシュは止まらない。


「ブルオオオオオオオオオオオッ!」


 ダンジョンを揺るがす威力で壁に激突したにもかかわらず、禍々しい角の生えたその頭部は無傷。何事もなかったかのように再び加速をはじめた。


 ドドドドドドドドッ!


 しかも今度は途中で壁に突っ込んで止まったりはしない。

 湾曲した角を壁にこすらせ、あるいは勢いのまま壁を走り、ダンジョンの広い通路を縦横無尽に駆け回ってカリンに連続で突進を仕掛けるのだ。


「鬼さんこちらですわ!」


 が、カリンはその連続攻撃をものともしない。

 まるで踊るように、ドレスのスカートを揺らして突進を避けまくる。



〝カリンお嬢様YABEEEEEEE!?〝

〝あの速度を完全に見切ってんですの!?〝

〝なんならドレスのスカートひらひらさせて煽ってますわ!?〝

〝ミノタウロス相手に闘牛士の真似事してかすらせもしないとか……〝

〝やっぱりカリンお嬢様はカリンお嬢様でしたわ!〝

〝いやでも回避はいいけどこっからどうすんの!?〝

〝こいつの攻略法ってそもそも突進させねえか、前衛が無理矢理止めてその隙に剣戟叩き込む感じだろ!?〝

〝あとは命がけのカウンターもあるけどそれも剣戟か魔法じゃないとキツいぞ!?〝

〝さすがにお嬢様の拳でもキツくねえ!?〝


  

 ミノタウロスは頭部を中心に、その凄まじい激突の反動に耐える肉体を有している。たとえ魔力を込めていても打撃は通りが悪く、魔法や剣戟でないとろくなダメージが見込めなかった。


「ブルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」



 加えてカリンのひらひらドレスに苛ついているのか雄牛の突進速度もどんどん上がっていく。

 

 そんななか、


「大丈夫ですわ皆様」


 カリンがミノタウロスの突進を避ける。


「先ほども言ったように、わたくしこの牛さんの扱いは熟知しておりますの!」


 と同時、通り過ぎようとしたミノタウロスの角をカリンが横合いから鷲づかみにした。そして、


「その突進力、少しだけお借りしますわ!」

「っ!? ブルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 ミノタウロスの力をそのまま利用するように、グルグルグルグル! と超高速で回転しはじめる。



〝!?!?!?!?!?!?〝

〝は!?〝

〝ミノタウロスがヘリのローターみたいになってますわあああああああ!?〝

〝ちょっ、え!?〝

〝突進中のミノタウロスを掴んで……ぶん回してる……!?〝



 そしてその回転力が頂点に達し周囲に突風が吹き荒れるなか、


「シャルウィダンス! ですわ!」

「ブモオオオオオオオオオオッ!?」


 ドバアアアアアアアアアアアアアアンッ!


 突進力、遠心力、カリンの腕力。

 そのすべてを乗せてぶん投げられた雄牛がダンジョン壁に頭から激突。

 衝撃に強いはずの体が爆音とともに壁にめり込み、ひしゃげ、そのまま動かなくなった。


「ふぅ! やっぱり両手があくと戦闘の幅が広がりますわね!」

 


〝ファー!?!?!?!?!?wwwwww〝

〝いやいやいやいやいやいや!〝

〝倒すにしたってどんな倒し方!?〝

〝ミノタウロスが壁に激突して死ぬってなに!? どんな威力ですの!?〝

〝こんなん魚に水かけて殺すみたいなもんじゃん!?〝

〝ウォーターカッターかな?〝

〝か、壁のシミになってないミノタウロスさんは頑丈ですわねぇ(白目)〝

〝ダ、ダンジョン壁さんはこんな激突食らってもヒビひとつなくて相変わらず丈夫だなぁ。下層の濃い魔力が通ってるからミノタウロスさんにも効いたのかな?(現実逃避)〝

〝さすがはカリンお嬢様ですわ!(思考停止)〝

〝怖すぎて誰もお嬢様のクソ雑魚英語に突っ込んでないのおハーブ(震え声)〝



 カリンが行った前代未聞の雄牛退治にコメント欄が今日何度目になるか知れない混乱と衝撃に包まれる。

 

 そして早々に下層最強格のモンスターを葬り去ったカリンは止まらない。

 

「あ、今度はロックタートルですわ! この方はちょっと重いですがひっくり返すと動きが止まって仕留めやすいですわよ!」


 殲滅。


「バタフライパンサーですわね! この子は近くで見るとモフモフしてて意外と可愛らしいんですのよ! まあ討伐するんですけど」


 撃滅。


 両手が空いたことで自由度が増したカリンの攻略速度は上層中層と同じか、下手すればそれより早い。


 遭遇するモンスターの(大体誰にも真似できない)攻略法を解説。ときに鷲づかみにして動きを封じ、カメラの前でアップにするなど視聴者サービスをかかさない余裕まで見せつけて下層を突き進んでいく。


 当然、その間ドレスには傷どころか汚れひとつつきはしない。



〝し、心配してたわたくしたちがバカみたいですわ……〝

〝おい誰でもいいからこのお嬢様に紅茶もってけ! いまからでも紅茶デバフかけろ!〝

〝既にドレスデバフと同接数10万越えプレッシャーがあるはずなんですがそれは……〝

〝お嬢様が止まらねえ!wwwwwww〝

〝このお嬢様と同じ教室で授業を受けている子供たちがいるという事実〝

〝暗○教室かよ〝

〝保護者からのクレーム待ったなし〝

〝魔力で強さ爆上がりしてるはずのモンスターたちが紙切れですわ~!wwww〝



「下層第1層、これにて踏破完了ですわ!」


 そしてカリンはあっという間に下層第1層最奥に到着。

 第2層へと続く連絡路――ボス部屋の前で元気いっぱいに宣言する。



〝早すぎて草ァ!〝

〝いやいやいやいやwwww いやいやいやいやいやwwwwww〝

〝途中からお嬢様にビビったんかエンカウント減ってたけどそれにしたって異常やろww〝

〝下層ソロ攻略可能なゲロ瞬殺って前情報から実力は察してたけど……異次元すぎません?〝

〝現実の映像か? これが……〝

〝おいお前ら、いよいよ初の下層ボス戦だぞ。緊張しろ〝

〝無茶をおっしゃる〝

〝この子なんなら紅茶持って下層ボスに挑もうとしてたので……〝



「それでは皆様をお待たせしてもアレなので、早速下層第1層ボスに挑んでいきますわ」


 お紅茶がないならテンポが大事!

 昨今の娯楽はもたもたした展開を望みませんの!(真冬談)

 とカリンはさっそくボス部屋へと侵攻を開始した。

 

「――ルオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 カリンが広間に足を踏み入れると同時。


 部屋の中央で身を起こしたのは、全長20メートルはあろうかという四足の白い獣。様々な動物を混ぜたような姿、なかでも巨大な尾と背中の棘が特徴的なモンスターが歪な叫声を響かせながらカリンを睥睨する。



〝ラージキメラか……こいつもなかなか面倒よな〝

〝あの巨体で飛び跳ねまくるうえに毒霧で視界封じてくるからな……〝

〝今度はどうやって討伐するのかワクワクですの!〝

〝背中に瞬間移動して毒霧発生器官を真っ先に潰すくらいはやりそうwww〝

〝もはや誰もお嬢様のこと心配してなくておハーブですわww〝

〝そら(さっきのミノコプター見せられたら)そうよ〝



「ルオオオオオオオオオッ!」


 叫ぶと同時、ラージキメラが地面を蹴った。

 巨体に似合わぬ俊敏さでカリン目がけて飛びかかり、そのナタのような爪を振り回す。


 その速度はミノタウロスに比べればいくらか遅い。

 だが全長20mを超える巨体が高速で跳ね回ればそれだけでとんでもない脅威であり、上下左右から放たれる攻撃は暴風雨のようだ。


「相変わらずお優雅ではない動きですわね」


 その攻撃をカリンはこれまで通り当然のように回避する。


 だがラージキメラが真に厄介なのは、跳ね回るその背中からいままさに放たれている白い霧だ。


 大広間を少しずつ満たしていく濃霧。

 それは探索者の視界を封じてただでさえ俊敏なラージキメラの巨体を覆い隠すと同時、神経毒に似た効果で探索者の動きを鈍らせる極めて厄介な代物だ。


 この下層ボスを倒すにはまず濃霧を生み出す背中の器官を最優先で破壊、さもなければ火炎放射器や魔法を使って濃霧を焼き尽くす必要がある。


 だが、



〝? おいおい、なんでお嬢様避けてばっかなんだ!?〝

〝さすがに今回は様子見とかしていい相手じゃなくない!?〝

〝まあなんか考えがあるに違いないですわ、これまでのパターンからして〝


 攻撃を避け続けて濃霧の拡散を放置するカリンにコメントの速度が上がっていく。

 その大半はカリンにまたなにか策があるのだろうというものだったが、


「あ、これちょっとミスったかもしれませんわ」



〝いやこれはあかんって!?〝

〝浮遊カメラさんも限界なくらい霧が濃いですわよ!?〝

〝多分感知スキル持ちだから攻撃は視えてるんだろうけど広範囲&高威力攻撃のボス相手に毒で動きが鈍るのはマズすぎるのではなくて!?〝

〝この濃さだともし解毒剤持ってても完全中和は無理だろ!?〝

 


 さすがにボス部屋全体が真っ白に染まりつつあるなかでは看過できず、カリンがぼそりと漏らした声もあわさり本気で心配する声があがりはじめる。

 

「ルオオオオオオオオオオオオッ!」


 そしてカリンの不利を確信したのはラージキメラも同様だった。

 ラージキメラ自身は毒が効かず、霧に姿を紛れさせ、獲物の体温を感知するピット器官によってカリンの位置が丸わかり。


 その絶対優位の状況で放たれるのはラージキメラの必殺。

 巨大な尾を全力で叩きつける一撃だった。


 ドゴオオオオオオオオオオオン!


 ラージキメラの持つ最強最速の攻撃がカリンを襲う。

 が、


「よかったですわー。その一撃が出る前にカメラが完全に機能しなくなりそうで討伐の仕方をミスったかと思ってましたの」


 感知スキルによって当然のようにその一撃を避けていたカリンがほっとした声を漏らした。


「残念でしたわねラージキメラ様。わたくしには視界封じも毒も効きませんの。耐性スキルがカンストしてますので」

 

 そしてカリンは眼前に振り下ろされた差し出されたその太い尾を両手でむんずと掴み、


「どりゃああああああああ! ですわああああああああ!」

「ルオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 全身に血管を浮かべて力任せにぶん回す。


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ダンジョン壁に背中から叩きつけられたラージキメラの毒霧発生器官が完膚なきまでに破壊され、毒霧の発生が完全に止まった。


 それと同時、


〝…………は?〝


 かろうじて打ち込まれたようなその一言を最後に、同接10万を超えるはずのコメント欄も完全に停止するのだった(本日2回目)

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