第4話 先生になってほしいんだ
「…………なんだって?」
「”娘”の教師をやってほしい、と言った」
「いや、そうではなく……」
「ああすまない、言葉が足りなかったな。正確には娘の魔術の先生をしてやってほしいんだ」
いや、そういうことではなく……。
それがお忍びで来てまで打ち明ける内容なのか……?
グレイの娘――っていうと、つまり皇女殿下だよな?
……一応、グレイとエステルが一児を儲けたことは知っている。
終戦の一年後に生まれて、当時は国中で話題になったからな。
だが俺は、その子と直に会ったことはない。
俺は二人が結婚式を挙げたのを見届けた後、すぐにハーフェンへ向かったからな。
それに皇都へ戻ったり、グレイやエステルと連絡を取るのをできるだけ避けていたのもある。
だから詳しくは知らない――というか、皇女殿下のことを詳しく知る者なんて極少数ではなかろうか。
何故なら皇女殿下は、これまでほとんど公の場に姿を現したことがないからだ。
俺は参加しなかったので詳細は不明だが、戦後十周年の記念パレードでも姿を見せなかったらしい。
なんでも身体が病弱で、王宮の中から出られない――なんて話を風の噂で聞いた。
真偽のほどは知らないが…………正直、知りたいとも思わない。
「娘は今年で十五歳になる。彼女は『アルヴィオーネ魔導学園』への入学を目指していてね」
「――! アルヴィオーネに……?」
「ああ、懐かしいとは思わないか? 僕たちが青春を過ごした、あの学園だよ」
……懐かしくないワケがない。
十六年前、まだ十代だった俺たちが共に学び、共に汗を流し、共に国を守るために立ち上がった、かけがえのない学び舎。
――『アルヴィオーネ魔導学園』。
『エクレウス皇国』の公立学校であり、何世紀にも渡って優秀な人材を輩出してきた由緒ある魔導学園。
名前に魔導とあるように基本は魔術を教えているが、同時に皇国を守る士官を育成する場所であるため、魔術以外にも剣や弓など様々な武術も教えている。
この学園に通うことは皇国の民にとって最大の名誉であり、
――メタなことを言ってしまえば、ここが”戦ラプ”の物語の舞台なのだ。
広々とした学園で、魔術とファンタジーがあって、若者たちの青春の場で――。
如何にも乙女ゲームの設定に使いやすい場所、それが『アルヴィオーネ魔導学園』。
……俺が初めてエステルと出会ったのも、学園の中だったよ。
今でも……よく覚えてる。
「来春には入学試験が控えていてね。これまでは僕とエステルが魔術を教えていたんだが、この度専属の教師を雇うことに決めたんだ」
ああ……なるほど?
アルヴィオーネは世界でも最高峰の魔術学校。
そのレベルは非常に高く、入学の難しさが群を抜いていることでも知られている。
一次試験である筆記テストの時点で、その倍率なんと200倍。
加えて国内が平和になった現在、優れた学問を学びに世界中から入学希望者が殺到しているようで、さらに年々倍率が上がっているなんて話もある。
もはやエリートの中のエリートしか入学を許されない超難関。
そこを目指すとなれば、グレイが娘に教師を付けようと考えるのも頷けるが――
グレイもエステルも、立派なアルヴィオーネの卒業生。
つまりエリート。
俺なんかに頼らずとも、充分に教師役が務まるはずなのだが。
「なんだ、それならそのまま教えてればいいだろう。どうして改めて俺を雇う?」
「……色々と
どこか歯切れの悪そうに答えるグレイ。
まあ言えないなら別にいい。
皇王家ともなれば、そりゃ色々あるだろうしな。
俺は話を変えるべく、
「っていうか、俺より適任がいるだろうに」
「へえ、例えば?」
「それこそマティアスの奴とか、学問って話も含めればイヴァンでもいいじゃないか。ラキは……ちょっとナシかもしれんが」
――”戦ラプ”の
”聖剣士”グレイ・エクレウス
”魔槍使い”マティアス・プラム
”召喚士”イヴァン・アザレア
”魔弓手”ラキ・スコティッシュ
そして”魔術師”クーロ・カラム
この五人は親友にして戦友であり、共に『アルヴィオーネ魔導学園』を卒業した者たちでもある。
この面子に”治癒師”エステルを加え、俺たちはいつも仲良くつるんでいたものだ。
「……クーロ、彼らが今どうしているか知ってるかい?」
「え? そう聞かれると……もう永らく連絡を取ってないけど……」
「マティアスもイヴァンもラキも、今はアルヴィオーネで教師を務めている」
「!? そうなのか!?」
「しかも三人共結婚してお子さんもいるし、自由に動ける身じゃなくなってるんだ。彼らから聞いていないのか?」
聞いてないよ。
全然聞いてない。
あいつら、今そんなことになってたのか……!?
しかも結婚して子供までいるなんて……!?
連絡の一つも寄越さないなんて、薄情な奴らめ……!
…………いや、違うか……。
たぶん気を遣われたんだろうな……。
俺がいつまでも辺境の片隅で独身のまま不貞腐れてるから……。
なんか逆に申し訳ない気分になってきたわ……。
「そういうワケでキミが一番適任なんだ。それに……彼ら以外となると、もうキミしか安心して任せられそうにない」
「? と言うと……」
「僕が今日お忍びで来た理由だよ。娘に専属の教師が付くことを、ギリギリまで内外に悟られたくないんだ」
「!」
グレイの言い方を聞いて、俺はすぐに察する。
彼が――いや彼ら皇王家が、なんらかの陰謀に巻き込まれていることを。
「グレイ……王宮で今なにが起きてる?」
「わからない。ただ一つ言えることは、国内に帝国残党のスパイが入り込んでるってことくらいだ」
「帝国残党の……?」
「少し前に、帝国から『サン・シエナ王国』が独立したことは知っているだろう。どうにも旧帝国の侵略思想を引き継いだ残党が、かの国に多くいるらしくてね」
「そいつらが、『エクレウス皇国』にスパイを送り込んでるって?」
「この国は帝国崩壊の引き金を引いたんだ。どれほど恨まれていてもおかしくはない」
なるほど……。
『サン・シエナ王国』は独立こそ果たした国だが、その国家規模はかなり小さい。
俺たちと再び戦争できるほどの力は持ち合わせてはいないはずだ。
そこでスパイを送り込み、内部からの崩壊を試みる。
まあ戦争の常套手段ではあるな。
先に戦争を吹っ掛けたのはそっちなのに、随分と逆恨みされたもんだ。
「おそらく、大臣たちの中にもスパイに買収された者がいる。僕やエステルはすっかり疑心暗鬼の状態なんだ」
「まさか……そのスパイ共に娘が狙われてるのか?」
「……たぶん、ね」
――なるほどな、ようやっと腑に落ちた。
グレイは俺に教師役を任せると共に、身辺警護を任せたいと思っているワケだ。
彼やエステルは立場上、四六時中娘と一緒にはいられない。
だから護衛を付けたいが、王宮の中の人物は信用できない。
そこで俺に白羽の矢が立ったのだ。
「だ、だが、それならどうして俺は信じられるんだ? 俺だってスパイかもしれないだろ!」
「この十数年、碌に皇都へ顔も出さず辺境に引きこもっていたキミが? 無理があるだろう」
「う……それは、その……」
「それにこれは、娘の望みでもあるんだ」
「娘さんの……?」
「当代一の魔術師であるクーロ・カラムに、ぜひ魔術のご教授を頼みたい――ってね。エステルもキミなら任せられると賛同してくれたよ」
フッと苦笑するグレイ。
――母国と親友に危機が迫り、信ずる仲間として必要とされている。
理屈抜きに考えても、断る道理はない。
ない……けれど……。
だけど――なんでよりにもよって――
グレイとエステルの間に生まれた――
……正直、心の整理が付けられる自信がない。
「……グレイ、悪いが俺は――」
「先に断っておくが、これは皇王命令だ。キミに拒否権はない」
「は?」
「こっそり辞令書も用意してあるし、ここハーフェンは皇国軍が責任を持って管理することになった。今は隣接地域の紛争も沈静化してるしね」
「いや、あの――」
「もし拒否するなら財産と爵位を剥奪した上で、娘の専属秘書にさせる。ほら、これで心置きなく先生をやれるようになったろ?」
心置きなく、じゃねーよ。
そりゃ選択肢がないって言うんだ。
もう、どう転んでも教師になるしかないじゃねーか!
パワハラだろ! 職権乱用だ!
グレイめ……こういう強引なところは本当に変わってないな……。
「それじゃ、後日迎えを寄越す。準備しておいてくれ」
グレイはそう言い残し、「邪魔したね」と屋敷から去っていった。
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次話は明日の08:45に投稿予定です。
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