第5話 謁見
「はぁ……俺に娘の教師をやれだぁ……?」
俺は馬車に揺られながら、一人ため息を漏らしていた。
――結局グレイの申し出を断れなかった俺は、ハーフェンを皇国軍に任せて単身皇都へと向かっている。
「一体どんな気持ちで、昔惚れてた女の娘に魔術を教えろってんだよ……」
ハッキリ言って気分は憂鬱だ。
今からでも帰りたい。
もう帰るべき場所はないけど。
ハーフェン没収されちゃったし。
まあ幸いなことに、ハーフェンの後任領主はグレイお墨付きの中流貴族が引き継いでくれた。
疑わしい人物ではないし手腕も確からしいので、領民が不幸になることはないだろう。
というかそう信じる他ないが。
セルバンの爺やに関しては、これを機に執事業を引退することになった。
もう年齢が年齢だったからな。
後任の執事に引き継ぎを終えたら、ハーフェンに小さな家を建てて余生を過ごすと言っていた。
彼は俺を送り出すにあたり、
『クーロ様が過去の呪縛を断つには、これ以上の方法はありますまい』
『このご依頼は、必ずや貴方様を先へと歩ませてくれるでしょう』
『これで爺やも心置きなく引退できそうです』
と言って微笑みかけ、背中を押してくれた。
……そこまで言われちゃ、頑張るしかないよなぁ。
それに皇女殿下は、来春の『アルヴィオーネ魔導学園』への入学試験を目指すって話だしな。
来春というと今から精々三ヵ月程度――。
つまり三ヵ月間だけ、エステルとその娘の傍で教師役をすればいいワケで。
その日々を耐え抜けば、あとはお役御免。
報奨としてまた適当な領地を貰って、怠惰な日常に戻ればいい。
精神的に地獄の日々となりそうではあるが……ぐぅ、今から胃痛が……。
なんてことを思っている内に馬車は皇都への入り、大通りをどんどん進んでいく。
そして都の中央部にそびえ立つ、巨大な王宮へと辿り着いた。
「お待ちしておりました、クーロ・カラム様。謁見の間にて皇王様がお待ちです」
馬車から降りた俺を給仕が出迎え、広々とした王宮の中を案内していく。
ここに来るのも、もう十六年ぶりか――。
流石に戦後すぐだった当時と比べれば、だいぶ様変わりしたな。
さっき通って来た街並みもそうだったが、建物のほとんどが一新されて綺麗になってる。
『エクレウス皇国』がすっかり復興し、余裕が出てきている証拠だ。
懐かしさこそ薄れるが、良いことなのは間違いない。
とはいえ……昔からそうなんだが、こういう厳粛で無駄に広い場所って苦手なんだよな。
やっぱり俺は小さい屋敷で過ごすのが性に合ってるよ……。
やや気まずさを感じつつ歩いていると、謁見の間に到着。
玉座には正装をした皇王グレイ・エクレウスが座り、他にも数名の大臣たちの姿もあった。
俺は頭を垂れて片膝を床まで降ろし、
「――グレイ・エクレウス皇王陛下、この度は王宮へご招待頂き誠に恐悦至極。クーロ・カラム侯爵、ここに馳せ参じました」
「よく来てくれたね、クーロ。どうかそんなに畏まらないでくれ。ここが王宮だとしても、僕とキミは対等な友人なんだから」
「……フッ、無理矢理呼び出しといてよく言うよ」
俺は僅かに口元を吊り上げ、軽口を叩く。
そんな俺の態度に、どこかグレイも嬉しそうに笑う。
そして、そんな彼のすぐ傍には――
「……久しぶりだね、クーロ」
「……エステル」
皇后であるエステル――エステル・エクレウスが寄り添っていた。
昔は肩に付く程度の長さだった栗色の髪は、今は腰まで伸びている。
シワ一つない肌も瑞々しく、まるで老化を感じさせない。
彼女は俺と同じ年齢だったから、今は三十二歳のはず。
それなりにいい年齢のはずだが……十六年前と、あの頃となにも変わらぬほどに魅力的だ。
でも敢えて言うなら、昔より気品のようなモノが備わっただろうか?
皇后として長く過ごし、ややお転婆だった部分が鳴りを潜めたのかもしれない。
「貴方はあの頃のままだわ。本当に十六年も経ったなんて思えない」
「なに言ってんだよ。そっちこそあの頃のままだろ」
「私はすっかりおばさんになっちゃった。近頃は肌のお手入れも大変なんだよ?」
「よくわかる。俺も白髪を気にする日々だからな」
「ウフフ、それじゃ私たちは皆おじさんおばさんだね」
「ハハ…………ああ、そうだな」
――懐かしい。
彼女とこんな他愛のない話をするのが、本当に。
でも……やっぱしんどいな。
……もう、グレイに寄り添う彼女を見てられない。
こうして話していても――やはりエステルと会うべきじゃなかったと感じる。
「エステル、そろそろ本題に入ろう」
俺の内心を知ってか知らずか、グレイは話を先へと進める。
本題――というと、俺が教師になる件についてだろう。
「クーロ、先日話した通りキミには娘の魔術教師をやってもらう。来春までにあの子を『アルヴィオーネ魔導学園』へ入学できるようにしてほしいんだ」
「わかってるって。……ところでその娘さん――皇女殿下はどこに?」
さっきから思っていたのだが、周りを見回しても皇女殿下らしき人影は見当たらない。
年齢は十五歳でまだ子供のはずだから、見ればすぐにわかると思うんだが……。
「……安心してくれ、後でちゃんと会わせるさ。それより今後はこの王宮で――」
「――皇王! やはり私は反対です!」
グレイは話し始めた矢先、何者かが彼の言葉を遮る。
それは立ち並ぶ大臣の内の一人だった。
「皇女殿下の教師に、十六年間も辺境で惰眠を貪っているような者を抜擢するなど……! 不適格としか思えませぬ!」
「……ダルトン・チャップマン大臣。その話はもう済んでいるはずだが」
「いいえ、このダルトンは容認しませんぞ! 皇女殿下にはもっと相応しい人物をお付けになるべきだ!」
そう声高に主張するのは、禿頭と異様に高い鼻筋が特徴のダルトンという大臣。
一応彼のことは知ってる。
確か外相を務める人物で、長年外交官として剛腕を振るってきた政治家だ。
ただ……昔からあまりいい噂は聞かない。
良くも悪くもハッキリ物を言うタイプで、自分が贔屓する者しか重用しようとしない独裁気質の持ち主。
さらに癇癪持ちで、気に入らないことがあれば皇王にすら食って掛かることで知られていた。
聞くところによると先代皇王――グレイの父親も苦労させられたようだ。
とはいえ外交官として仕事はできるし、有力な公爵家の出身であるために蔑ろにもできない。
なんとなくグレイの苦悩が垣間見えるな。
「ワシが進言した通り、『アルヴィオーネ魔導学園』で教員経験のある者を採用すべきです! それこそ皇女殿下に魔術を指導するに相応しい!」
「……キミが推薦する元教員というには、チャップマン家の血筋の人物だったね?」
「そうです、それがなにか問題でも?」
まるで臆することなく、ふてぶてしさ全開のダルトン大臣。
彼は俺を堂々と指差し、
「第一に、こんな
「……」
「真に国を想う有能な魔術師だと言うなら、新魔術の発明に勤しむか、でなければ後進の育成に尽力したはずです! 他四名の大英雄のように!」
――反論はできない。
事実、俺は戦後の復興には関与しなかった。
それよりも自分の感情を優先してしまったのだ。
……あの時、クレイから必要とされたにも関わらず。
責められても文句は言えない。
「この者にとって、国や皇王家などどうでもいいのです! もはや売国奴にも等しい! そうですとも、きっとこ奴は敵国と繋がって皇女殿下を――!」
「お黙りなさいッ!!!」
ダルトン大臣の言葉を遮り、今度はエステルの怒号が広間に木霊する。
もの凄い気迫で、俺すらも圧倒されてしまった。
「それ以上の発言は、我が親友への侮辱と見做します! 如何にダルトン大臣と言えど、相応と処罰を下しますよ!」
「で、ですが皇后様……」
「エステルの言う通りだ、ダルトン大臣」
今度はグレイが口を開く。
そして恐ろしいまでに冷たい眼差しをダルトン大臣へと向け、
「彼は僕たちの大事な友であり、皇王の賓客だ。無礼は控え給え。それに――」
グレイは座ったまま、玉座の隣に立て掛けられていた剣を掴む。
瞬間――その場にいた全員の背筋が凍り付いた。
「――なにも知らない分際で、偉そうな口を叩くなよ。僕はこう見えて気が短いぞ」
エステル以上の気迫と殺気は、まるで無数の針で肌を突き刺されるかのよう。
凄まじいプレッシャーだ。
ああ――懐かしいな、この感覚。
昔はよく戦場で感じてたよ。
あの頃は心底頼もしく思えたもんだ。
流石は”聖剣士”グレイ・エクレウス――。
その獅子の如きオーラは健在、か。
「ひっ……!? も、申し訳ございません……!」
「金輪際、キミが同件について口出しするのを禁ずる。いいな」
「ぐっ……しょ、承知致しました」
泣く泣くといった様子で了承するダルトン大臣。
あらら、かわいそうに。
すっかり萎縮しちゃって。
「すまなかったね、クーロ。それじゃあこの後――さっそく娘に会ってもらおうか」
==========
次話は明日の08:45に投稿予定です。
何卒、☆☆☆評価とブックマークをお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます