第2話
職員室から部室に行く途中のことである。一年生の教室前で騒ぎが起きている。
「ぶうー、この顔で生まれたのは罪なのか?」
「……そうだ、気持ち悪いのも罪だ」
デブとイケメンが喧嘩をしている。あー嫌だ、嫌だ。自意識過剰のデブは嫌いだ。
「教育委員会に訴えてやる。場合によっては裁判だ」
過度の平等教育の弊害だな。
デブはデブらしく、大人しくしているべきだ。
「ぶう!!!」
うん?デブの方が突然苦しみだすと倒れ込む。これは噂の突然死なのか?私は携帯端末のカメラを取り出して写真を撮る。
あれ?ビデオ録画モードになっている。これでは写真として記事に出来ない。私がアセアセとしていると、担架が持ち込まれてデブはそのまま病院に向かうのであった。
くそ、しくじった。何で携帯端末がビデオ録画モードのままなのだ?
ここは冷静になって、イケメンの方を取材だ。
「おい、そこのイケメン、喧嘩の理由はなんだ?」
「失礼な奴だな、ただ、俺の彼女にぶうーぶうー慣れ慣れしくされたからだ」
やはり、デブの方が悪いのか。
うん?
デブの携帯端末に『校内楽園化計画』完了の表示が……。
よし、今日の記事は『校内楽園化計画』にしよう。この携帯端末は『人工ヒューマノイド』と呼ばれて自分で意思を持ったモノである。これは持ち主の脳細胞に直接アクセスして使うのだ。
「でも、やっぱり、あのデブ要らないよね」
クラスの女子が呟く。要らない人間を排除する?!
偏った思想だが、何時の時代もある思想である。
「そう言えば、あのデブの名前はなんだっけ?」
「もう、デブは死んだかもしれないから、名前なんって関係ないよ」
これを最後にデブの話題は無くなった。そう、最初から存在しなかったかの様子である。私はこの現象をニューラルネットの細胞死と例える事にした。ニューロンが新たな繋がりを築くことで死んだ脳細胞の必要性が無くなる現象だ。
翌日、私は英語の小テストに苦戦していた。人工ヒューマノイドの登場で語学の壁が無くなり。英語を勉強する意味が完全に消えていたからだ。今の時代にこんなチマチマした事なんてナンセンスなのに。
しかし、ここで逃げ出したら、優良生徒ポイントにひびく。私は渋々、テストの解答欄を埋めていく。
「そこまで、結果は後日返す」
英語の先生の言葉が聞こえるとシャーペンを止める。ふ~う、これで今日の授業は終わりだ。私は速攻で第二新聞部の部室に行き。昨日、起きた『校内楽園化計画』の記事をまとめていた。
「ちーす」
誰かと思えば将斗である。あーコイツも『校内楽園化計画』のターゲットに成りそうだな。
おとり取材に使うか?
そんな目線で将斗を見ていると。将斗は眉毛を八の字にして、不機嫌でいる。
「今日はセクハラですか?」
「はい?」
「そんな物欲しそうに見られても何も出ませんよ」
ホント、コイツはムカつくな。
試しに『校内楽園化計画』について聞いてみると。
「あぁ、学園の要らない人材を粛清することですね」
何故、知っている?
「当たり前ですよ、死んだ生徒が余りにも評判が悪い。誰も悲しまないし、数日後には話題にもならない。そこで噂になっているのが『校内楽園化計画』です。元々はネット上で遊びとして『コイツ死ね』投票が行われて、大問題になり、教育委員会が介入する事態まで発展し、理事長が謝罪までするまでの大騒ぎになった事件ですよ」
知らなかった、基本友達もいないし、私が情報弱者であるのは認める。だから新聞部に入ったのに、そんなお騒ぎが起きていたのか。ならば、話は早い、将斗をおとり取材に使うか。
「そこでだ、将斗くん、おとり取材の候補にならないか?」
「嫌です、それに僕は人徳があるのですよ」
あー自分で人徳があるとか言うところが痛いのだがな。まあ、私も要らないリストに入りそうだが。ここは将斗にお茶を買いに行かせよう。それでごねて粛清されれば良い。
「また、パワハラですか?そもそも、僕が入部する前はどうしていたのですか?」
「あぁ、職員室でコーヒーを飲んでいた」
「そんな裏技があるのですか……僕も飲みたいです」
うむ、予想外の反応だ、ここは寛容な部長を演じてみよう。てな、訳で、二人で職員室に向かう。
一年の教室の前を通りかかると。デブは居なかった。試しにクラスの女子にどうなったか聞くと。デブは死んだとのこと。死因を聞くが知らないらしい。
ニューロン細胞は増えない細胞である。その細胞が死ぬと新たなネットワークが構築されて死んだ細胞の代わりになる。
やはり、この現象は『ニューラルネットワークの構成』に例えよう。
私達も何事も無かった様に教室を後にする。そして、職員室の給湯コーナーに着くとお湯でコーヒーを飲む。
「獅子尾、今日は連れがいるのか?」
「はい、第二新聞部の部員です」
「ほら、将斗も挨拶をしなさい」
「僕はコミ障害だから要らないのです。ね、先生」
「あぁ、コミ障害なら仕方ないな」
先生は去って行き私達はコーヒーを飲む。しかし、過度の平等主義だな。これで将斗は卒業して真面な人間になれるのであろうか?
「でも、何で、ビーカーでコーヒーを飲むのですか?」
将斗がビーカーで飲む理由を問うてくる。私は理系ではないが、この耐熱ガラスのビーカーで飲むコーヒーは学校でしかできないと思うからだ。
要は気分の問題なのだ。私は適当に答えるとコーヒーを飲み干す。
「ここに置いてあるマグカップと区別をつける為ですね」
将斗は関心した様子で答える。確かにここには先生方のマグカップと区別ができる。適当に答えたはずが自分でも気がつかない事になる。
さて、ここで言う事はただ一つ、この世界に平等などないとのことだ。例えばニューヨークでは東アジア系など差別の対象だ。私は職員室からの帰り道に将斗に諭す。
「あーそう言うのは面倒臭いから」
ダメだ、子供の頃から過度の平等主義に浸かっているからか。
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