追放裁判
そうして、いよいよ裁判の日がやってきた。
公開の裁判だったわりに題名はつけられてなかったけど、つけるまでもないのだろう。
だって、この裁判で何が争われるのか、誰が原告で誰が被告なのかは、この国の人みんなが知っていることだから。
原告としては、おそらく彼らの代表であろう4人の司祭と5人の一般人が並ぶ。それに対して被告は、男女2人ずつ、合わせて4人の殺人者が席についていた。
残念だけど、その中に龍神さんの姿はなかった。
この裁判は特殊な形式で、検察も弁護人もいない。まあ原告は司祭と町の人達だし、その司祭達は弁護人を兼任する形になってるのだろうけど。
それに対して、被告である殺人者側には弁護人はついていない。人数だけで言えば、9人対4人だ。
既に殺人者側に不利だけど、正直これは予想済みだ。と言うか、何となくこうなるような気がしていた…その根拠がどこから出てくるのかは自分でもわからないけど。
私はカイナさんたちと一緒に殺人者の弁護人兼証人として出席した。ちなみに、ラステも出席している。
この裁判はこの国の全ての殺人者が被告なので、本来ならラステが証人として出席するのは憚られるところだけど、心配はない。
この裁判はここでも特殊で、事前に証人として出席する人を知らせておく必要はなく、人数や種族の制限もない。
結果的に勝てればいいんだけど、どうもこの所ちょっと変わった裁判にばかり出席している気がする。
最も、私は色んな意味で変わった人と旅をしてるわけだし、今更なような気もするけど。
ついに裁判が開廷した。
裁判長の席にはシルトさんが、裁判官の席には調査委員会の人達が座っている。
彼らの中には判別官らしき人もいたけど、正直私はあてにはしてない。
シルトさんには申し訳ないけど、私は今ここにいる原告側の人全員が敵だと思っている。
少なくとも、あの司祭達は殺人者を疎ましく思っているはずだ。どんな手を使ってでも、殺人者を有罪にしたがるだろう。
でも、そんなことはさせない。
私は、原告達の話を一言一句聞き漏らさず、忘れずに聞いていた。
1人が喋り終わったら、異能を用いて相手が今言っていたセリフを復習した。
「ここ約1ヶ月の間の殺人者の行為が、何かに触発されてのものだったことを示す明確な証拠はなく、彼らが身勝手に起こしたものであることは確実です。また、2ヶ月ほど前より、町中で挙動不審な殺人者を見ていたという報告も複数あります。ここにいる者たちが、その証人です」
「シルト様のご意向に難癖をつけるわけではありませんが、そもそも殺人者を国に招き入れるということ自体がリスクのある行為だと思われます。仮に彼らが物理的な被害を出していないとしても、それは『今は』というだけに過ぎず、将来的にもそれが続くという保証はありません。いや、きっとそうです!」
正直聞くのも嫌だったけど、心を殺して聞いていた。
なんだろう…なんかこの原告の人達の声は嫌な感じがする。原因はわからないけど。
原告団の主張が終わり、私達の番が回ってきた。
まずはカイナさんが立ち、殺人者が一般人の目には不審に見える動きをしているのは珍しいことではない、将来的に問題を起こすリスクがあるとしても、それはあくまで憶測の域を出ないことであり、このような場で証拠として出せるものではないはずだ、と話した。
どうやら、2人目の原告…緑の髪の男性司祭が言ったことに対して反論したようだ。
ちなみに、カイナさんは今は正体を隠して陳述している。もしものことがあれば、正体を明かすつもりなのだろう。
次に、私が立った。
そして、まずは異能のことを説明した。
「最初に申し上げておきますが、私は過去を見、または映し出すことができる異能を持っています。判別官の方を疑うわけではありませんが、今の私の話が嘘ではないことを証明するため、こちらの2人を連れてきました」
そうして、私は2人の数日前の映像を空中に映し出した。
メレーヌさんは港で水兵と話している所を、ライマーは自宅で魔導書を読んでいる所を、それぞれ10秒ほど映し出して見せた。
映像を消すと、すぐに裁判官が口を開いた。
「今の映像に映っていたのは、あなた達2人で間違いないか?」
「「はい」」
2人は、しっかり事実であると言ってくれた。
その直後、当然の如く原告の司祭が手を挙げて「その2人は、彼女と口裏を合わせているのではないか?」なんて言ってきたけど、判別官が魔法道具の片眼鏡を覗いて「いや、彼女たちは嘘は言っていない」と言ったことで黙った。
その上で、私は陳述を始めた。
「この町の殺人者はみな、誘致された時からずっと大人しくしています。たとえ通り魔であろうと、それは変わりません」
「ならば、なぜ奴らが最近になって事件を起こし始めたと言うのだ!」
まだ話してる途中なのに、原告の男…おそらく一般人、が訊いてきた。
「私には、はっきりしたことはわかりません。ただ、見せることはできます」
私は両手を合わせ、目を閉じて唱えた。
「『過ぎ去りし時の記憶よ、ここに甦れ』」
そうして映し出したのは、通り魔達の過去。
この国で騒ぎを起こした通り魔と、そうでない通り魔の過去を比較する映像。
「左側が、事件を起こした通り魔。右側が、事件を起こしていない通り魔です。一体何が彼らを分けたのか?事件を起こした通り魔に、一体何があったのか?その答えを、今からお見せします」
左側の映像には、夜道を歩いている男の通り魔の姿が映っている。
一見普通に歩いてるだけのように見えるけど、数秒後に突然姿を消した。
「追ってみましょう」
目線を切り替え、男がどうなったのかを映し出す。
そこには、なぜか町の外にワープした男。
そして、その傍らに立つ不気味な女の姿が。
人々は騒然となった。
私は映像を止め、その女の姿を拡大して映し出す。
「この女性の正体は何なのでしょう。もしかしたら、彼女が彼をワープさせたのかもしれません。…続きをどうぞ」
そして、その女は男としばらく何か言葉を交わし、やがて男の両手を掴んだ。
同時に男の体からは黒い瘴気のようなものが一瞬だけ立ち昇り、男は虚ろな目をして町中へ戻っていった。
「この女性ですが、どうやら彼だけでなく複数人の通り魔に同様のことをしていたようです。そして、その通り魔はいずれもこの国で事件を起こし、検挙されています。逆に、右側の映像に映っている通り魔は彼女と接触した過去はないことを確認しています」
観衆がどよめいている所に、私はとどめを刺すように言う。
「もうお気づきの方もいるかもしれませんが、この女は八大再生者の1人、皇京流未歌です。彼女が一部の通り魔を言いくるめ、術をかけて国内で事件を起こさせていたのです。従って、今回の一連の騒ぎの直接の原因は彼女であり、通り魔そのものではありません。ましてや、殺人者自体が自ら悪事を働いて回ったのでもありません」
「その通りさ!」
突然、ラステが口を開いた。
「オレたちは、この国に来てからやっとまともな生活が出来るようになったんだ。この生活を、わざわざ捨てるようなことするわけない。それくらい、わかんないかい?」
すると、原告のうちの1人の女性司祭が手を挙げた。
「異議あり!彼女の陳述は被告に都合が良すぎます。そもそも殺人者を証人として呼んでいることからして、何もかも全くのでっち上げである可能性が…」
「この子の言ってることは全部正しい。疑うなら、判別官に調べてもらったらどうだ?」
ラステは、まるで龍神さんのような鋭い目で彼女を睨みつけた。
「…確かに彼の言う通り、彼女の今の陳述には一切の嘘はない。殺人者であるというだけで、虚偽の証言をするという根拠にはならない」
彼女は、それで黙り込んだ。
その後、裁判は着々と進んでいった。
そして、最後に裁判長たるシルトさんが判決を下した。
「以下の通り、判決を下す。今回の一連の事件は、再生者皇京流未歌が一部の通り魔を惑わせて起こしたものであり、殺人者並びに通り魔自身の悪意で引き起こされたものであるとは言えない。よって…主文、原告の訴えは棄却。被告は無罪とし、処罰は行わないものとする」
こうして、私達の…
殺人者の勝訴が、確定したのだった。
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