ナアトの通り魔
城の入口の兵士は、カイナさんの顔を見るとすぐに通してくれた。
そうして私達が城内に入ると、緑色のつむじ風のようなものが漂ってきて、私達の前で止まった。
私達がそれに軽く会釈すると、それは後ろに向き直って進み始めた。
「どうやら案内をしてくれるようです。ついて行きましょう」
それからずっとそれについていったのだけど、カイナさんの言った通り、つむじ風は私達をどこかへ案内しているようだった。
そしてつむじ風は、4階のある部屋の前に来るとふっと消えた。
「ここみたいですね」
「ええ。…私が開けましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
ドアを叩き、中からの返事を待つ。
「…入りなさい」
そう聞いて、ドアを開く。
至ってシンプルな内装の部屋。
その奥の座椅子に、シルトさんは座っていた。
「待ってたわよ。来てくれてありがとう」
その穏やかで優しい声は、聞いているとなんだか安心する。
「シルト…久しぶりですね」
にっこりと笑うカイナさんに、シルトさんも笑いかけた。
「ええ、久しぶりねカイナ。…こう言ってはなんだけど、流未歌に命を奪われなくてよかったわね」
「全くです。私では、奴にはかないませんから」
私は、単刀直入に聞いた。
「シルトさん。私達を呼んだ理由をご説明いただけますか?」
「ああ、そうだったわ。…以前、最近この国で殺人者が色々と悪さをしているという話をしたのを覚えてる?」
「はい。何か進展があったのですか?」
「進展…と言えば進展ね。実はあの後調査をして、悪さをした殺人者達と、彼らに関係があると思われる事柄を徹底的に調べたの。…殺人者の町には何もしていないから安心して」
それを聞いて、私も龍神さんも安心した。
「それで、調査の結果いくつか重要な事がわかったのよ。まず、町で騒ぎを起こした殺人者は全て『通り魔』という種族に属していたわ」
「通り魔…?」
すると、龍神さんとカイナさんが説明してくれた。
「通り魔ってのは、殺人者の亜種の一つだ。動くスピードが早くて、通りすがりに人の物を奪ったり、路上で無差別に人を殺したりするが、密売とかに手を染めることはあまりない。短剣とか弓を使う奴が多いな」
「活動の痕跡を多く残す傾向にありますが、動きが素早く追跡や捕縛が困難なのです。調査もあまり進んでおらず、詳しい事はよくわかっていません」
私は、二人にお礼を言った。
「ご説明ありがとうございます。それで…その通り魔達が、町で事件を起こしていたのですね?」
「ええ。でも、彼らは通り魔にしてはおかしい点が多いの。積極的に盗みや殺しを働く訳でもないし、逃げ足が早い訳でもない。そもそも、殺人者は単独か少数での活動が基本の種族。なのに、彼らはいつも5人以上のグループで事件を起こす。…何か、変よね?」
「ふむ…確かにな。そいつらに何か、共通点はあったのか?…種族以外で」
「あるわ。事件を起こすのは全て男性の通り魔なの。そして彼らは皆、精神的に錯乱していた。見た目に変化はないのだけど、鎮静魔法を使うと決まって意識を失い、しばらくして目を覚ますの。そして、皆してここ数日の記憶がないと言うのよ」
「それって、つまり…」
「ええ、誰かに術をかけられて操られていた可能性が高いわ」
「しかし、誰がそのような事を…」
シルトさんは、カイナさんをじっと見つめた。
「カイナ、あなたはこの国のルーツを知っているわよね?」
「ルーツ?ええ…あっ!」
カイナさんも気づいたようだ。
「そういうことよ…おそらくはね」
「しかし、なぜ殺人者を…それも、殺しをさせるのでもなく、細々とした騒ぎを起こさせるのでしょう?」
「罠…だろうな」
龍神さんの言葉で、皆は彼を見た。
「それは、いったい…」
「簡単なことさ。目的のため、一つの仕掛けを用意するんじゃなく、何個もの罠を仕掛けるんだ。一つ一つは大したことないにせよ、それらが重なれば違ってくる」
「えぇ…えーっと…?」
カイナさんは首をかしげる。
正直、私もよくわからない。
「シルトさんよ、あんたはこの国を守るために殺人者を置いてるって言ってたよな」
「ええ」
「そこがミソだ。ヤツはおそらく、民衆に殺人者…ひいては皇魔女への不満を募らせ、国自体の瓦解を狙ってるんだろう」
「どういうこと?」
「順々に行こう。まず、通り魔…というか殺人者は精神力が強い。だから洗脳とか、操りの類いの術は基本的に効かない。だが、守りは完璧じゃない。穴はある」
「というと?」
「殺人者の中でも、人間に近い性質や能力を持っているもの…狂信者や爆発者は、魅了には弱いんだ」
そこまで聞いて、シルトさんは気づいたようだった。
「魅了…もしかして!」
「そうだ。流未歌は男を魅了し、意のままに操る。通り魔は無情者なんかと比べると色々人間に近いからな、異性からの誘惑に耐えるのは難しいだろう」
「つまり、流未歌は通り魔の男達を魅了し、ナアトに送り込んで悪さをさせている、と?」
「そして次だ。シルトは殺人者の入国を規制しているのに、いつの間にか殺人者が入ってきていると言っていた。それはつまり、探知できない方法で国に入ってきているということだ。だが、言うまでもなくそんなのは容易なことじゃない。けど、もしこれが再生者の力によるものだとしたらどうだ?」
それで、カイナさんもわかったようだった。
「まさか、流未歌がそんなことまで出来るなんて…」
「そして最後だ。そうして何度も国で殺人者に事件を起こされれば、住民達はどう考えるだろうな?
殺人者と言っても色々いる。だがヒラの奴に、そこの事情を知ってる奴がそれなりにいる…とは考えにくい。きっと、殺人者という一括りにして考えるだろう。そして、やがてはこう思うだろう…殺人者を、国から追い出さなければ…」
「…!もしそうなったら…!」
「別に実際に追い出されなくてもいいのさ。もしかしたら、民衆が暴動を起こして、皇魔女陛下に下剋上するかもしれんからな。まあとにかく、この国が自衛の手段を失えばそれでオーケーだ。そうなれば、遅かれ早かれこの国は終わるからな」
シルトさんはたちまち目つきを鋭くし、言った。
「すぐに国中に結界を張るわ。カイナ、あなたも協力して!」
「ええ!」
「それと、あなた達は通り魔を見つけて拘束して。無理そうなら、最悪殺しても構わないわ。龍神、あなたなら通り魔を見極められるでしょ?」
「もちろんだ。だが他の殺人者はどうする?協力を願うか?」
「そんな暇はない!とにかく、一刻も早く全ての通り魔を捕縛しなければならないわ!」
「…わかった。アレイ、行こう!」
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