蒼穹のブーツ

「わ、私は…どう…ですか…?」


「…」

苺さんは、私の顔を触ってきた。

そして、懐かしい、とつぶやいた。

「えっ…?」


「あなたの顔は…シエラの面影が根強く残っています。懐かしき友の顔を、今になってこうはっきりと思い出させられるとは…」


「やはり、彼女は生の始祖に似ているのですね?」

カイナさんが、首を突っ込むように言った。


「ええ…忘れもしない、大切な友の顔。この若き水兵は、彼女によく似ています」


「…では、彼女なら再生者を…!」


「そう…ですね」

苺さんは、私の頬から手を離した。


「アレイさん。あなたは元々穏やかに暮らす一般の水兵だったようですが…再生者を3人破り、多少なりとも自信はつきましたか?」


「ええ、まあ…」


「それはよかったです。しかし、ここから先は更に厳しい戦いが待っています。

次にあなた達が挑む再生者、皇京流未歌は、かつて私達も苦戦した実力者。

残念ですが、今のあなた達では勝ち目は薄いでしょう」


「それは承知です。それでお尋ねしたいのですが…苺さん、どこか良い修行場をご存知ないでしょうか?」


「修行…ですか。やはり、シエラに似ていますね。しかし、それより先に彼女の使っていた道具を集めることをおすすめします」


「と言うと、『始祖の七つ道具』のことですか?」


「はい。シエラは、強大な魔力を込めた7つの道具を使っていました。それが現在、『始祖の七つ道具』と呼ばれているものです。あれらがあれば、あなた方の戦いも少しは楽になるかと思います。

しかし…言い出しておいてなんですが、実は私も全ての在り処は知らないのです」


「そうなんですか?」


「ええ…私達が死の始祖を討ち取った後、シエラは一人で大陸のあちこちに自身の使っていた道具を安置したようで…私達にもよくわからないのです。

ですが、あなた方はすでにいくつかを手に入れているようですね?」


「はい。星気霊廟で手に入れたものが二つ、サリス司祭からいただいたものが一つ…あと、偶然見つけたものが一つあります」


「左様ですか。所で、あなたが今身につけている陰の手は、実は元々私が預かっていたものなんです。色々あって、直接渡せませんでしたが…サリスに任せたのは、正解だったようですね」

え…もしかして。

「もしや、サリスさんは苺さんの…」


「ええ、彼女は私の弟子の1人です。厳格ですが優しく、素晴らしい司祭ですよ」


「私もそう思います。まあ、初めて会った時は…彼が怒らせてしまいましたけど」

すると、龍神さんは舌打ちをして、

「無駄に厳しいヤツとは、馬が合わないんだよ」

と言った。


こう言ってはなんだけど、龍神さんの場合、意図せずして人を怒らせる事はザラにあると思う。

「ふふっ…殺人鬼の中には、特性上他者の気持ちを理解できない者もいると言いますからね、仕方ないでしょう。

さて、始祖の七つ道具の件ですが、一つはポームの町の古城にあったかと思います。

『蒼穹のブーツ』というものがあるのですが…ご存知ですか?」


「はい。…なるほど、確かにあれがあれば、流未歌と戦う上で大きな助けになりますね」


「そういう事です」


「なあ、蒼穹のブーツ…って何なんだ?」

龍神さんが割り込んできた。

「蒼穹のブーツは、かつてシエラが愛用していた魔法の靴。魔力を使わずに飛行が出来るようになり、自身と仲間の素早さを上げ、呪縛や地形効果などによる行動の制限を無効化する効果があります」


「へえ…そりゃいいな。樹…じゃなかった、あの祈祷師達が欲しがってたのも納得だな」


「祈祷師?」

今度は苺さんが彼に質問した。

「前にアリスの城に行ったとき、知り合いに成りすました人造の化け物に遭遇した。それは尚佗の部下の祈祷師が遣わしたものだったんだが、そいつがそれの話をしててな」


「なるほど、奴もあれの存在を認識しているのですね。となると、少しばかり急いだ方がよさそうです。あれ無くして流未歌と戦う事は難しい。速やかにアリス城へ向かい、蒼穹のブーツを手にして下さい」

ここで、アメルが驚くように言った。

「アリス城…って、あの黒い吸血鬼ノワール・ヴァンプの所ですか?」


「はい。彼女は、かつて私達を助けてくれた異人の1人。シエラは、彼女に自身が使っていた道具の一つ…蒼穹のブーツを預けたと聞きます。あなたになら、きっと扱う資格があるでしょう」

そうであってほしい。

心から、そう思った。


「でも、どうして流未歌を倒すのにそれが必要なのですか?」

アメルの疑問はもっともだ。


「流未歌は尚佗と並び、空を支配する再生者。空を飛ぶ事が出来ない者は、彼女と互角に戦う事は叶いません。故に、自由な飛行ができるようになるあの道具はほぼ必須と言えるのです」


「そうなのですか…」

正直、今の説明でアメルが理解したかはわからない。

私は伝説を知ってるからわかるけど。

「とりあえず、ポームに言ってそのブーツを手に入れてくればいいわけだな?」


「そういうことです。私はカイナ陛下とお話ししたい事がありますので残りますが、転移魔法でお二人をポームまでお送りします」


「それはありがとうございます。カイナ陛下も、ありがとうございました」


「よいのです。どうか、お気をつけて」


「それじゃ、さっさと行こうぜ」



アメルは苺さんの部下の下で修行する…なんて言ってたけど、苺さんと話して、私達が蒼穹のブーツを手に入れてからにする事にしたらしい。



そうしてポームの町外れまで転移した私達は、すぐにアリス三世の城へ向かった。

アメルは門を見て、「荘厳な雰囲気ね…」なんて言っていた。

だから、私はこう言った。

「その気持ち、わかる」



アリス三世は、前と同じように玉座に座っていた。

「またいらしたのですね。おや、初めて見るお顔があるようですが」


すると、アメルは一歩前に出て挨拶をした。

「アリス伯爵夫人、お初にお目にかかります。水兵のアメル・ステノアと申します」


「これは、ご丁寧に。アレイさんのご友人ですね?」

アリス三世は、アメルを物珍しそうに見た。

「いかがされました?」


「いえ…槍使いを見るのは久しぶりでしてね。

ところで、今日は何のご用ですか?」


「あなたが蒼穹のブーツを持っている、と聞いてきたのですが…」


すると、アリス三世は神妙な面持ちになった。

「ええ、確かに。それから、我が城には生の始祖の魔力を受けた首飾り…生命の首飾りもございます。長い間守ってきましたが、いいでしょう。あなた方にお譲りします」


「本当ですか!」


「あなたは生の始祖の末裔ですもの、あれらを手にする権利はあって当然です。

ですが、どちらもこの城の最深部…私の部屋にあります故、取りに来ていただきましょう。

…どうか、生きてたどり着いて下さいませ。期待しておりますわ、うふふ…」

アリス三世は、不敵に笑って姿を消した。

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